Chapter3-5 始動(1)
月日が流れるのは早い。『土地の呪い』の一件以降に大きな問題は発生せず、三月を迎えた。
そして、カロンの九令式を目前に控えた今日。ついに、因縁の相手がこのフォラナーダを訪れた。
改めて言うまでもないだろうが、あえて明言しよう。聖王国の第二王子グレイ・バクハーノ・ユ・アン・カタシットが、とうとう伯爵領へ足を踏み入れた。百に及ぶ配下を引きつれ、趣味の悪いゴテゴテした馬車に乗って入城してきた。
表向きは歓迎すべき来賓のため、オレたちは笑顔で彼らを出迎える。まぁ、王宮には今まで散々辛酸をなめさせられてきたので、心より笑っているのは伯爵くらいだろう。
嗚呼、今回も仕方がないから伯爵を呼び寄せたよ。例の計画は、残念ながら間に合っていないからね。
聖女の攻略対象だけあって、第二王子――グレイはイケメンだ。短く切り揃えられた赤髪に力強い黄緑の瞳、やや彫りが深めの顔立ち。雰囲気からして、自己主張の強さを感じられる少年だった。
彼は、オレとカロンを見るとあからさまに眉を寄せた。何て失礼な奴かとも思うが、あらかじめ予期していた反応なので我慢も利く。むしろ、想定よりも甘い。人目の多い出入り口付近だから自重しているのか?
ちなみに、第二王子一行は当事者のグレイの他に、騎士、使用人、お目付け役の伯爵――ベッカと名乗った――である。
婚約発表とはいえ、現在は王太子でもない彼のために、わざわざ聖王自ら動かない。他の王族も同様。これは個人的感情ではなく、危機管理の問題だ。
第二王子の群勢の世話は優秀な部下たちに任せ、オレたちはグレイとベッカ伯爵を連れて応接室へ向かう。カロンとグレイの顔合わせを行うんだ。
本当は、グレイたちに休憩してもらってから実施するはずだったんだけど、当のグレイがサッサと済ませたいと願ったために予定が繰り上がった。
「野暮ったい部屋だな」
入室して開口一番のグレイの言葉。入城した時より不機嫌なのは把握していたが、いくら何でも露骨すぎやしないだろうか。念のために補足しておくと、案内したのは一番格の高い応接室だ。
もはや、ゲーム通りの展開は回避できないか。
オレはこの時点で諦念を抱く。これまでに、いくつもゲームとは異なる状況を生み出してきたけど、今回ばかりは無理だと直感した。
こいつ――グレイはカロンを一切見ていない。金髪に対する偏見と、周囲によって決められた婚約に対する反骨。そういったモノから発生する憤りのせいで、現実の彼女を直視していなかった。
気持ちは分かる。少年の時分は、何かと決まりごとに反発したくなるものだ。特に、常日頃王族として自由を縛られているなら、なおさらだろう。
しかし、同情はできない。グレイは王族としての義務を課せられている一方、国一番の裕福な生活を送っているんだ。たとえ、取捨選択ができない子どもだとしても、最低限の義務は果たすべきだとオレは考える。少なくとも、婚約者相手に愛想良くするくらいは、容易に実行できるはずだ。
本来なら周りが指摘するところなんだけど……効果はなかったみたいだな。同行しているベッカ伯爵は、ずっと冷や汗を搔いている。ゲームでも頑固な性格だったので然もありなん。
要するに、グレイは全然王の器ではないし、絶対にカロンへ目を向けないということ。実物を見て、それらが確信できた。
先程から、父とベッカが必死にグレイのご機嫌取りをしているだけ。オレたち三兄妹は空気だった。
……早く準備が整ってほしい。この苦行、いつまで続ければ良いんだ。
てんやわんやな伯爵二人を尻目に、オレはそっと溜息を吐いた。
○●○●○●○●
第二王子グレイがフォラナーダに訪れてから数日。ようやく、カロンの九令式当日となった。
あの日以来、カロンの周辺の警戒はトップレベルまで引き上げている。普段はオレに侍っているシオンも、彼女の方へ回していたくらいだ。
また、オルカにも可能な限りカロンと一緒に行動してもらっていた。グレイ本人が接触してきた場合、部下たちだけでは対処が難しいからな。幸い、そんなことは一回も起こらなかったけど。
ただ、配下の者を使い、一方的な命令を下してきたことは何度もあった。一人で部屋まで来いという内容だったが、当然ながら受け入れられるわけがない。未婚の女性が、身内以外の異性と二人っきりになるなんて言語道断である。グレイはまだ正式な婚約者にはなっていないし、婚約者になったとしても外聞が悪い。
グレイが何を考えているのか、さっぱり分からない。探りを入れたくても、ほとんど部屋にこもっているせいで、一切接点が持てないのも要因だった。
そこはかとなく嫌な予感を覚えながら、オレは九令式の最終確認を進める。
カロンは名声が世間へ轟いているので、オレやオルカの時とは違って来賓が多い。おそらく、第二王子との婚約を聞きつけた輩もいるだろう。かなり大規模な式になるため、ギリギリまで仕事が残っていた。
とはいえ、今日のオレはあまり手を空けられない。そろそろ作業を部下に任せなくてはいけなかった。
「あとは任せていいか?」
「お任せください」
傍にいた者に書類を渡し、オレはその場を後にする。向かう先は、城の玄関である。とある人物を出迎えるんだ。
タイミング良く、こちらが準備を整えるのと同時に待ち人は現れた。
「お久しぶりです、ミネルヴァさん」
「お出迎え、ご苦労さま」
オレが笑顔で挨拶をすると、ミネルヴァはいつも通りの不遜な態度で返答する。
そう。本日のオレの主な仕事は、ミネルヴァのエスコートである。彼女はロラムベル家の代表として参加するんだ。婚約者ともなれば、公的なパーティーでは相方を務めなければならない。
ちなみに公爵本人は、仕事により王都へ詰めているらしい。
カロンの護衛に加われないのは忸怩たる思いではあるが、どうしようもないことだ。部下たちを信じて、オレはミネルヴァの方へ集中しよう。
「ステキなドレスですね。とてもお似合いです」
オルカの時もドレスアップはしていたけど、今日の恰好はその時以上に気合が入っていた。
黒を基調としたベルラインドレス。大人っぽい服装はミネルヴァの印象とややミスマッチな気はするが、似合っていないわけではない。多少の違和感はありつつも、彼女の威風堂々とした雰囲気を引き立てていた。
オレの素直な感想を受け、ミネルヴァは得意げにツインテールの髪をかき上げる。
「フン、当然よ。私が完璧なのは魔法だけじゃないの。見た目にだって気を遣うんだから」
魔力からして、本気で自分の美貌を完璧だと思っているようだ。
彼女らしい自信満々な物言いに、ほんわかした気分になる。背伸びしている子どもといった感じで頬笑ましかった。
「何か言いたいことでもあるの?」
「いえ、何でも」
おっと、釘を刺されてしまった。なかなか鋭い。
気を取り直して、オレは片手を差し出す。
「式まで時間がありますので、お休みできる部屋までご案内します」
「ええ、ありがとう」
公爵家のお姫さまは、慣れた様子で自分の手を乗せてくる。オレはそれを軽く握り返し、彼女のエスコートを開始しようとした。
ところが、
「あ、あの……」
歩き出す直前、ミネルヴァが何やら呟いた。
「どうかしましたか?」
「えっと……」
足を止めて何事かと問うと、彼女はモジモジした様子で顔を若干うつむかせた。常に自信満々なミネルヴァには珍しい反応だった。ますます意図が読めない。感情からは羞恥の色が垣間見えるけど。
沈黙が降りること十数秒、ミネルヴァは勢い良く顔を上げた。死の覚悟を決めた戦士に似た面持ちだった。
「あ、あなたのスーツも似合ってるわ。カッコいいわよ!」
何と、彼女より飛び出したのは、オレへの賛辞だった。これまで、心配はしても素直な言葉は口にしなかった彼女らしからぬセリフだった。完全に不意を突かれた形である。
一瞬だけキョトンと呆けてしまったオレだけど、黙ったままでは失礼だと我に返り、すぐに返答する。
「あ、ありがとうございます。ミネルヴァさんに褒めていただけて、とても嬉しいです」
これは正直な感想である。普段は捻くれた発言しかしない彼女なので、こうして正直に感想を吐露してくれるのは、心を許してくれたみたいで喜ばしかった。
すると、照れたのか、ミネルヴァはソッポを向く。
「フン。その通りよ。私が誰かを褒めるなんて、めったにないことなんだからね!」
素直な時間は終了してしまったようで、いつも通りの彼女だった。
その様子が何となくおかしくて、思わず笑声を溢してしまう。
ミネルヴァより睨みつけられてしまうが、笑声を止めるには少し時間がかかりそうだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




