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首なし騎士 証をたてる

「むぐぬううぅぅぅ~~……」


 偽物疑惑に不覚にも頭部を落としてしまったデュラハン。

 指摘した人間の戦士が優れた使い手――武器の握り方、歩法、荒縄を束ねた如き筋肉などから推測できる――だったのも闇の騎士の衝撃倍増させた。


 哀れ黒兜は楯に囲まれた御者台をガラゴロと転がり、その様をルフェイが嘲笑う。


「おやおや、大丈夫かい騎士殿。似非呼ばわりがそんなに衝撃だったのかな? それとも物乞いのほうかね?」


 そして嗜虐嗜好に忠実なルフェイは、羊毛の靴に包まれたつま先で楽しそうにデュラハンの頭つんつんと突き弄ってくる。


 ――煩い、黙れ、誰のために俺がこ、こんな、な……………………否、そうではない。そうではない。


 容赦のない追い討ちを仕掛けてくる小娘へ怒鳴りかけた首なし騎士は、しかし感情の爆発を押さえ込む。

 似非騎士呼ばわりも、小娘の嘲弄も、真昼間から働かないといけないのも全ては主のため。あの世を統べるあの方のため。

 ”刈り取る”ために手間暇を掛けてこそ良質の首級が手に入る。

 一時的に小娘のために働いているが全ては主のためとなるのだ。


「むふうぅぅぅっ」


 ガシッ、と黒光りする兜を掴み立ち直る、もとい立ち上がるデュラハン。

 そして突然倒れたデュラハンに驚いていた禿戦士へと得物の大鎌”忌わしき三日月”を突きつけ告げた。


「俺の名はデュラハン。首なし騎士デュラハン。似非でも物乞いでもない。正真正銘、本物のあの世の使者である」


「お、おう?」


「このコシュタ・バワーを見るがいい。首の無い馬なんてこの世になかろう。そしてこの戦馬車! 勤続年数六千年を超えた首なし騎士にしか支給されない六頭曳き! 更に主クルアハより下賜された”忌わしき三日月”のたるや同僚から『デュラさ~ん、もういい加減に剣へ代えたらどうです』と羨望の眼差しを集める至高の――」


 偽物疑惑を払拭するため言葉を惜しむことなく左手に掴んだ兜の中より所有物を一つ一つ示し身の証を立てるデュラハン。

 更なる困惑に目を瞬かせる禿げ男へと力説する。


 この島の人間というかこの世では、顔見知りが紹介でもしない限り身分の証明は基本的に身に着けた物品によりなされる。

 例えば色鮮やかな衣に紋章の刻まれた装飾品、実用性より美しさ優先の靴などは王族や領主一族に連なるもの――貴人でもなければ纏うことはできないし許されない。

 騎士にしても貴重な財産である”馬”所有している戦”士”であって所有物が身分を決めているのだ。

 みすぼらしい小男が『我は偉大なるエルランドの上王である』とか叫んでも誰も信用しない、と言い換えてもいい。

 この世の豆知識だ。


 ――己が首なし騎士であると証明するために知識を使うことになる思わなかったが……獲物の選定の時のために自習しといてよかった。


「騎士殿、疑われた原因は身なりより言動なのだが理解しているかね?」


 豆知識その二、振る舞いなども当然貴人と平民では異なる。

 格好だけ真似しても笑いものになるだけなので注意。

 貴人の仕草とはそれだけで人を魅了すらする。

 首なし騎士なら黙って首を刈るのが一番らしい振る舞いなのだが、人間にとって幸いなことにデュラハンはそれに気がつかなかった。


 もちろん姿や行動以外にも地位や身分を証立てする方法はある。

 単純に顔が売れているなどだ。


「おい! 小娘。立って顔を見せろ」


 容姿を知るものが多い有名人、吟遊詩人に連日連夜語られるような人物。

 例えば、城を奪われ首なし騎士に”死の宣告”を刻まれた美しき姫君とか。


 幸い胡散臭い吟遊詩人――今もしっかり戦馬車の後方に馬で着いてきているフェイクトピアを通じて小娘のことは島中に情報をばら撒かれている。


 ルフェイを、初雪を集め妖精の名工が万年の刻を費やしても再現できないであろうこの小娘を見せれば――やや不本意ながら――デュラハンが首なし騎士だという何よりの証明になるのだ。

 普通、”首なし騎士に連れられている少女”が”唄に謳われる姫”となるはずなのだが今この瞬間だけは逆転していた。

 故にデュラハンは、御者台に座り込み楯の影で寛いでいるルフェイにその顔を見せるように促すのだが。


「断わる」


「何故だ!」


「お腹がすいて立てない」


「嘘をつくな」


 可愛らしく頬を膨らまし空腹を訴えるが首筋を見なくても分かる。

 デュラハンを困らせるためだけに駄々を捏ねていると。


「服の襟を引っ掴んで戦士どもの真ん中に放り込んでやろうか」


 首に痕が残るので絶対にやらないが面頬を鳴らし軽く脅してみる。

 だがルフェイはデュラハンの恫喝に怯えるどころか笑みを深めた。

 琥珀の瞳を輝かせ白い腕をこちらに伸ばし一言。


「抱き上げたまえ」


「き・さ・ま!」


 兜が軋み首の底から火を噴きそうになる。

 堪えることができたのは首なし騎士の中でも最も頭が固い、もとい真面目と呆れられる性格故だろう。

 それでも全身が小刻みに震えるのだけは押えることができなかった。


「さあさあ、似非首なし騎士の汚名を返上しなくていいのかい? できればお姫様抱っこを所望するがいかがかな」


「…………」


 結局、デュラハンは克己心の限界を今日も更新することとなった。

 あの世の騎士は、無言で大鎌を右脇に挟むと空いた手でルフェイを抱え上げる。

 滑らかな手触りの衣越しに掴んだ丸い尻は、柔らかく手に程よく納まった。

 二の腕に縋る、だが顔は勝ち誇る小娘が非常に非常に非常に忌々しい。


 ――これも俺が首なし騎士と証明するため。証明さえできれば人間たちは食料を捧げ、小娘の腹も膨れる。耐えるのだ俺!


 任務のことしか考えないデュラハンは、相変わらずやや的外れの思考に従いルフェイを周囲の人間たちに見せ付けるため御者台より身を乗り出す。


 そう――あの世の使者さえ魅了する琥珀姫を陽光の元に連れ出したのだ。


「「「…………!?」」」


 反応は激烈だった。

 疑念、困惑、敵意、油断、恐怖の全てが吹き散らされ消えていく。


「見るがいい! この”死の宣告”を刻まれた小娘を。これこそ俺が首なし騎士であるまっごーうことなき証!」


 半ばやけくそ気味に情けない自己証明に励む真性の死神。

 だが真に残念ながら騎士としては捨ててはいけないものを豪勢に放り投げてまで発した言葉は、聴衆に耳には届いてはいなかった。

 否、届いてはいたのだが彼らの頭に入ってそのまま通り抜けていた。


 禿頭の戦士を筆頭に戦士たちは、逃げ遅れた女子供は、全てが全てただ一点を見詰め微動だにせず凍り付いているのだ。


「むっ?」


 彼らの視線が声を張り上げる己の頭部から少しばかり右に逸れていることに気がつく首なし騎士。

 村人の眼差しはデュラハンが右腕で抱えている人物へ注がれていた。

 はて? と首なし騎士も己の頭を右に向け、


「初めまして皆様」


 魂を撃ちぬかれた。


 胸を掻き毟られるが如き庇護欲と哀しみを想起させる儚い声。

 天地海余さず包み込むような慈愛と僅かな陰り含んだ慎ましい笑み。

 煌く琥珀の瞳はしっとりと濡れ長い銀糸の髪が僅かに開く雪花の唇を撫でる。


 乙女がいた。


 清らかだけでは表しきれない危うい”何か”を含んだ美。

 訳もなく無性に抱きしめたくなりふらっと動きかけ、デュラハンは既にその少女が自身の腕の中に納まっていることに気がつく。



 ――いつの間にこんな娘を俺は……てっ――――――――――――――――――おい、誰だコイツ?



 首なし騎士は自身が抱えていたはずの陰険悪辣なる城なし姫はどこに消えたと、上下上下左右左右と滑稽な動きで周囲を探すが目に映るのは無骨で筋肉隆々の男どものみ。


 邪な思慕を滴らせた煌く琥珀の瞳と、悪意に満ちた言の葉を紡ぐ雪花の唇を持つこの世に生まれ堕ちた凶星の申し子はどこに消えたのか?


 無論デュラハンも理解はしている。


 首なし騎士が一度”死の宣告”を刻んだ獲物を見間違える筈がない。

 指に刻まれた黒の標は、獲物がどこにどんな状態でいるかを狩人に伝える役割も有るのだ。


 しかしそれでもデュラハンの意識が断固拒絶していた。


 ――俺の獲物がこんなに可愛いわけがない。

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