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首なし騎士 崩れる

 前回のあらすじ

 首なし騎士『捧げよ~♪ 捧げよ~♪ 食料を捧げよ~♪』

「む?」


 とある村の中心、そこに住まう人間たちへ『食料を捧げよ』と神託を下したデュラハンは兜を傾げる。

 周囲を取り巻き恐怖と敵意を突き刺すように注いでいた戦士たちが不可解な態度を見せたからだ。

 具体的には武器を構えたままお互いに顔を見合わせたり、自身の耳の穴をほじったりしている。

 張り詰めていた空気も混乱というか弛緩しており、


「麦に豆だと? 首じゃないのか?」

「私にもそう聞こえた。空耳ではないぞ」

「確かに麦や豆と言っていた……だがしかし何故?」

「そりゃ――食べるためだろ」

「おい! 気を緩めるな馬鹿ども眼前の敵より目を逸らすなど何を考えている」


 と隣り合う者が小声で雑談までする始末。

 怒鳴って注意しているいる者もいるがその者にも困惑の感情が見て取れた。 


「繰り返す。成人前の女の五日分の食料を捧げろ! 五日分だ! 日持ちするものが望ましい」


 言葉の選択が高尚過ぎたか、と考え再度分かりやすく神託を繰り返すも戦士たちの困惑及び動揺は治まらない。

 逆により増したようにすら見える。

 ”刈り取り”のために必要な品を要求するまごう事なき神託を授けたのにこれはどうしたことか、とデュラハンは頭を捻った。


 ――もしや酔っているのか?


 人間の戦士たちが酒――飲むと惑乱状態になる水――を好むのを知るデュラハンは酒の酔いが原因かと推測するも、どうやら違うと考え直す。



 六千年もの長きに渡り、任務は的確且つ優雅に迅速を心情にしてきたあの世の騎士は”死の宣告”の一言を除いて人間との交流は一方的なものであり――無駄口は不要とさえ思っている――命の収奪以外は初心者といえた。

 嘗ての獲物である魔女マーティスにルフェイの治療を要求したのも良く言えば超絶、悪く言えば浮世離れした任務に関係しない事柄への無理解が根本にある。

 早い話が、真昼間現れ食料を要求する首なし騎士という存在が人間の目にどう映るか推測も理解もできていなかった。



「そういえば……首なし騎士は夜しか出ないと賢者様に聞いた覚えが……」

「俺も」

「ワシもだ」

「まさか――偽者か?」


 遂に偽者首なし騎士疑惑までデュラハンに向けられ始めた。

 どうしたことだ、と怒りより疑念で眉庇の奥で血玉の瞳をパチクリさせるデュラハン。

 混沌とする中、御者台に座るルフェイが身を小さく震わせ始めた。


「偽……騎士…………あ、あまり笑わせてくれないで欲しいね。騎士殿、すきっ腹に響くよ。くくく……」


 白皙の面差には悪戯好きの小妖精どもを思わせる笑みが浮かんでいた。

 どれだけ可笑しいのか腹を押え涙まで滲ませている。

 神託が生み出した不可解な現状と更にそれを笑うルフェイ。


「何故笑う。何が可笑しい」


 デュラハンは問うた。

 元々デュラハンが平和な村を訪問した理由それは獲物――ルフェイのためだ。


 始まりは小娘の言葉。


『おやおや、川が濁って魚が捕れないね』


 賢者ロインを返り討ちにした翌朝、面倒な問題が発覚した。

 デュラハンはルフェイの水の確保などのために川沿いに旅をしていたのだが、ロインが招いた海神の腕のせいで川に泥が混ざり水が濁ってしまったのだ。

 そのまま飲むとルフェイの体調に影響するし魚も隠れてしまった。

 また豆など魔女の庵から持って来た食料も心もとないとのことで近場の村に食料の確保に来たのだ。

 ひ弱で未熟な人間は小まめに食事と疲労回復をしないと死ぬと学習した成果である。


 『昼のうちに食料を捧げるように村で告げたらどうだい?』


 と小娘に助言されたこともあり、道理であると納得しコシュタ・バワーを急がせた次第。

 デュラハンの格言にもこうある『健全なる首級は健全なる肉体に生える』と。

 あの世の騎士と城なし姫は完全なる目的の一致の上で行動していたのだが……


「まさか本当に言うとはね。くくくっ……おめでとう騎士殿。食べ物をたかった首なし騎士として、騎士殿の奇行は永遠に語り継がれるよ。くくく」


「奇行? 語り継がれる、たかる? おい……どういうことだ?」


 堪えることを止めたルフェイの邪な嗤い。

 漸く戦士たちの反応がルフェイの姦計と気がつく。

 十中八九デュラハンを弄るのが目的だろうと確信し、では食料が必要というのは偽りかと問うとルフェイは顔を綻ばし応じた。


「いやいや、それも偽りじゃない。食料が心もとないのは本当だよ。なにせ育ち盛りなのでね。趣味と実益の両立というやつだよ」


 その貧相な体がどう育つんだ、と指摘したいのを思いとどまる。

 デュラハンは学習する首なし騎士だ。

 不用意な失言は身を滅ぼす。

 主に精神を。


 神託をたかり扱いされるのは、不本意ではある。

 しかし結局小娘の飼育には麦や豆が必要なのだ。

 指先で兜を弾いて気持ちを切り替えた。


「………………ならば、かまわん」


「うん?」


 そう、小娘の生存に食料の確保は必須。

 そもそもデュラハンにとって”死の宣告”と”刈り取り”――任務の遂行は、自尊心や誇りと呼ばれる感情より上位に存在する。

 故に人間たちの間で『昼間に現れ食料を求める首なし騎士』として語られても問題は無い。

 業界内で広まっても”刈り取り”成功率九割というこれまで実績があれば美談、悪くても笑い話で済む。

 尤も首なし騎士最古参のデュラハンの前でデュラハンを直接からかえる首なし騎士など”ほぼ”いないのだが。

 何よりルフェイの邪心山盛りの言葉に散々痛めつけられたデュラハンの精神は、多少のことを受け流せるだけの柔軟さを得ていた。


 ……諦念か適応かは主クルアハの審判に任せよう。


「ふ~ん」


 そんなデュラハンの態度を蝶が舞いとまりそうな唇に指を添えて眺めるルフェイ。

 思惑とは外れたがまたそれも好し、と喜色に首筋が染まっている。

 首なし騎士にとっての熟れた果実と表現すべき首級。

 百年に一個の品、否千年に一個か。


 その至高の首級――ルフェイの嗜好について分かってきた事がある。


 首なし騎士に邪な執着を向けるこの姫は、デュラハンの反応そのものを――慌て怒り悩む様を求めているようなのだ。

 悪戯が不首尾に終わっても悦を得ていることがその証。

 デュラハンが面白おかしく唄に歌われることには欠片も興味は無いと思われる。

 嘲笑の対象になる、と知ったデュラハンがどんな姿を見せるかを味わっているのだ。


 ――もしや噂に聞く悪魔(デヴィル)とやらはこの小娘の親類ではないだろうか?


 海を一つ、二つ越えた先にある大陸。

 知り合いの吸血鬼曰く、エルランドの数百倍の規模の大地であるそこでは悪魔、悪神――デヴィルやらデーヴァやら呼ばれる角と尻尾を持つ異界の者たちが跳梁跋扈しており人間を騙し誘い弄っているらしい。

 海という首なし騎士にとって最悪の障害があるためこれまでは気にもしていなかったのだが。


 ――小娘のような存在が大陸には無数に……


 地平線を埋め尽くすルフェイの群を想像したデュラハンは、素晴らしいくもおぞましいと身体を震わせた。

 悪魔業界へ不当とも言い切れない偏見とともにデュラハンとルフェイは今日も友好……ではなく愉快……でもなく奇矯……とにかく独特な理解を深めていた。


 だが二者の世界、その寸劇に割り込む者が現れる。


「おいっ!」


 野太い声にデュラハンは、うん?と左腕とそこに鎮座す頭を向けた。

 デュラハンの戦馬車を囲む戦士たち、困惑のまま放置されていた彼らの一人――四十ほどの禿男が声と共に進み出たのだ。


 ――そういえば神託を下したままだったな。


 自分から村に乗り込んでおいて忘れてたデュラハン。

 御者台に座り込んだルフェイと会話している間に、武器が届いたのだろう。

 切っ先が丸くつばも無いこの島独特の大剣――斬り合うことを無視した巨大な蛮剣を手にした禿頭の男を観察する。

 手にした武器の握り方、荒縄を束ねた如き筋肉、デュラハンほどではないが高い上背、歩法も悪くない。

 刈り応えのある首だと認めた瞬間、その強者たる戦士の次なる言葉がデュラハンを鋭く刺した。


「似非首なし騎士! 貴様、物乞いとは一体なんのつもりだ!」


「――――むぅぐぁっ!?」


 あの世の騎士は面とむかって言われた己への認識に思いのほか衝撃を受け、がしゃんと膝から崩れ落ちる。

 不様に転がる首へルフェイがくくくっと微笑んだ。

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