首なし騎士 託宣す
「首なし騎士だと! 昼だぞ今は!」
「ああああああ! やった! 来ちゃったよ! 僕が英雄に成るときが来ちゃったよ! ママ!!」
「落ち着け落ち着くんだ! 皆! 落ち着いて落ち着いて落ち着いて……」
「見習いは下がれ! 木剣しか持ってない奴もだ」
驚愕、畏怖、自失、高揚、渇望、焦燥、戦意、勇気、動揺、羨望……
真昼の村に轟音と土煙を上げ乱入した首なし騎士の戦馬車を、様々な表情をした戦士たちが包囲する。
デュラハンは御者台からをそれら眺め面頬の奥で唇の端を吊り上げた。
――やはりこうでなくてはな。
突き刺すような敵意を首なし騎士は、しかし心地好く浴びる。
今までは、さして気にもしなかった敵対的感情。
だが今年の獲物――城なし姫のルフェイ=モルガーナと共に行動してから二十日余り。
悪意と邪気に晒されたデュラハンは気がついた。
――首なし騎士としての矜持を言葉の石臼でごりごりと削られた身に、只人から向けられる畏怖のなんと素晴らしきことか。
「ガキどもは武器を持ってこい。剣でも槍でもなんでもかまわん早く! 急げ! やってやるぜ怪物め!」
「おお…………なんと素晴らしい戦馬車だ…………欲しいぞ! あの戦馬車もワシのものだ!」
「領主様、落ち着いてください」
「誰か賢者様をお呼びしろ! 吟遊詩人殿でもいい! もしかするとこの首無しは……」
「女子供はさっさと隠れろ! 邪魔だ!」
怒鳴り駆ける男に腰を抜かし震える女、恐怖に泣き出す子供。
デュラハンのもたらした混乱が治まる気配は無い。
――これこそ首なし騎士に遭遇した人間の正しい態度。いきなり馬鹿呼ばわりして嘲笑するような姫もいない。
人間の詩人も言っていた『大切なものは失ってから気づく』。
もし涙腺があったなら赤い涙を流していただろう。
尤も情動とは別に習慣としてデュラハンは獲物候補たちの戦力を評価もしていた。
戦馬車を囲む戦士たちの得物は、ほとんどが木剣や穂先に重石を結んだ槍。
防具は、革鎧や衣に全裸、半裸の軽装。
戦う以前の装備を一瞥し敵足り得ないと結論を下す。
そもそも鋼だろうが鉄だろうが人間の鍛えた武器は――一部の例外を除いて――あの世の騎士を傷つけることはできない。
しかし幾人かの汗ばみ日に焼けた皮膚と太く引き締まった胸鎖乳突筋はまずまずのもの。
妖精どもの光り輝く黄金剣でも持たせれば楽しい”刈り取り”になるだろう、とデュラハンは戦士たちの首(とその下の肉体)に対しては上々と評価した。
ルフェイの白皙の美貌にころっと目が眩んだデュラハンだが鍛え上げられた戦士の首も”刈り取り”の標的として好んでいる。
更に言うならデュラハンの獲物”忌わしき三日月”の前には、あらゆる防具は葉っぱと変わらない。
故に己が技の妙に自信があれば、身を軽くするという意味から眼前の戦士たちのような全裸、半裸も選択肢としてはありだ。
寧ろ全裸こそ”刈り取り”に抵抗する戦士の正装ではないだろうか? と新たなる見解に至ろうとする首なし騎士。
「騎士殿、騎士殿」
だがその肉々した思考は、幼さを僅かに漂わせた涼やかな声に中断される。
全裸の戦士たちを眺めていたデュラハンの脛当てがくいくい、と引かれた。
視線を下げると腹を押さえ蹲った姿勢で件の城なし姫――ルフェイが冴え冴えとした光を湛えた琥珀色の瞳でこちら見上げている。
小動物を思わせる仕草だがこちらの心を貫き蕩かす様な美貌は、見詰めていると頭に靄がかかってしまいそうになる。
「男の裸体を観賞するのもいいが本来の目的を忘れてないかね。それとも騎士殿も男色なのかな?」
ただし花弁のような愛らしい唇から紡がれる言葉は見かけと真逆。
花弁の奥に秘められた蜜は毒の蜜だ。
あの世とこの世の境界を守る不死の巨人さえ悶死ししそうな毒舌に高揚した気分が落ち込んでいくデュラハン。
観賞していたのは裸体ではなく首だ、と反論する気力も湧かない。
そろそろ新しい待遇に慣れつつあることを恐れ、また頭痛を覚えながらも村を訪れた目的を果たすことにする。
デュラハンがこの平和な村に襲来したのは新たな獲物をあさる為でも、小娘を押し付ける勇者を見定めるためでもない。
六千年を越えるデュラハンの職歴でもかなり特殊な部類の行為のためだ。
「むぅん」
息を一つ吐いたあの世の騎士はぐるりと大鎌を振り回す。
たった今、人の背中から引き抜いたばかりのようにぬらりと輝く背骨状の柄とまるで闇夜を鍛えたかの如き三日月の刃は、見た人間の魂を揺さぶり心を乱す。
『名刺を持ってこい』『抜け駆けすんな』『馬鹿が! 武器も無しに何をする気だ』と内輪揉めを始めつつあった裸族――もとい戦士たちも動きを止めた。
太陽を切り裂くように振り上げた大鎌に人間達の視線が強制的に集められる。
天が”忌まわしき三日月”を恐れるように雲が日を隠した。
薄い闇が世界を包む。
十分に注目を集めたことを確認したデュラハンは、左手で頭を天高く掲げ告げる。
「傾聴せよ!」
これからデュラハンが成すのは、あの世の神の使いによる託宣。
すなわち神託。
”死の宣告”を除けば六千年を越える首なし騎士業でも稀なる行為。
黒き騎士は祭司であり、漆黒の戦馬車は祭壇である。
「傾聴せよ! 傾聴せよ! 傾聴せよ!」
厳かな声が衆人を打つ。
「この地に生きるものどもよ! 短命にして定命なる首あるものどもよ! 母の腹より産まれるものどもよ!」
地の底――まごう事なきあの世に住まう首なし騎士の声は聞くだけで心を、体を、魂を揺さぶる。
「クロム・クルアハが創造せし闇の一騎デュラハンである」
ルダーナほどではないがデュラハンの主であるクロム・クルアハはこの島で崇拝されている。
災いを招かないで欲しい、死を齎さないで欲しい、どうかこの世に顕れるな、と。
戦意旺盛だった戦士ですら顔を青くする死の神。
――嘆けぇ! 怯えろぉ! 竦めぇ! 人間達よッ!
ちゃんと恐怖してくれる人間にデュラハンの就労意欲も上昇する。
「傾聴せよ!」
主の威光と共に神託を伝える。
「麦、豆、干し果実及び腸詰等五日分の食料を捧げるのだぁ!!」
捧げるのだぁ!!
のだぁぁぁ!
だぁぁぁーー……
こだまするあの世の使者の声に張り詰めていた空気は弛緩し、戦士たちの強張り凍てついていた敵意も霧散する。
仕事は終わった、と言わんばかりに暗雲も去ってほかほか陽気が戻った。
首ではなく食料を求める首なし騎士に小さな世界は、最初とは違った意味で混沌に包まれることとなる。




