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首なし騎士 理解

「情はあるとも。ただ騎士殿と出会うまであまり興味がなかったがね」


 ――この小娘は何を言っている?


 デュラハンの中で獲物――ルフェイ=モルガーナの危険度が上昇していく。

 不遜を飛び越えて悪辣なルフェイの性格。

 それは生来の性で、あの世の騎士に”死の宣告”を刻まれる前から周囲の人間を弄っていたのだろう――そう思っていた。


「何度も言うが私は一途だよ。こんなに熱く甘く黒い想いを抱いたのは騎士殿だけさ」


 琥珀に輝く狼眼石の瞳がすっと細められる。

 何故か獲物を狙う泣き妖精を思い浮かべてしまった。

 『騎士殿だけ』――これまでは戯言、デュラハンを効果的に苦しめるための演技の類と思おうとしていた。


 だがだが! 己にも他人にも無関心――というか全く執着を示さない小娘の唯一例外は誰か?


 ……俺だ。


 父親の首より何に執着していた?


 俺だ!


 命の危険を冒して何を見物していた?


 俺だ!!


 弟の安否確認を後回しにして何を弄ってた?


 俺だ!!!


「そう、騎士殿だけさ。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――言っているだろう?」


 まるでデュラハンの心を読んだかように肯定するルフェイ。

 狂気、不遜、傲慢、悪辣、怪奇、薄情…………デュラハンはこれまで小娘から様々な心象を得ていた。

 だが今どれとも違う感情がじわりと染みこんでくる。

 下から見上げているのにまるで覆いかぶさってくるような圧迫感。

 

 海神の腕に揉まれ口の中まで水浸しになったはずなのに酷く喉が渇いた。


「そんなに恐れないで欲しいな」


 ――違う! これは、この感情は恐れではない。恐怖は知っている。


 敗北の恐怖、任務失敗の恐怖、首を落とす恐怖、悪意ある言葉の恐怖。

 自己が否定され失われる可能性は幾度か体験し耐性も得てきた。

 デュラハンは己の弱さを無視しない、直視し学び乗り越えることができる。


 しかし今宵は違う。


 己の命を含めあらゆることに無頓着という行動の末、デュラハンだけに向けられる執着。


 ――クルアハよ!


 確かに最初から――あの晩から態度が不可解だった。

 それでもこの世を舐めている小娘という侮りがあった。

 命を狙われていることから領主代行の地位をいいことに好き勝手していたのだろうと考えたりもしていた。

 今はたまたま近くにいるデュラハンが悪意の標的になったのだと、普段の物言いもデュラハンを弄るための戯れだと思っていた。

 他の存在に対してもあの加虐嗜好を向けていたなら否定もできた。


 乙女は一途――というか異常。


「小娘……貴様……何が? 何故だ?」


 つい先ほどまで勇猛果敢威風堂々と天敵に挑んでいた騎士は問う。

 あの世から生者に死を告げるはずのその声は酷く掠れていた。

 まるで逆に”死の宣告”を受取る獲物のようだ。


「何故? 何故か…………元々そういう性だったのは否定しない。しかし強いて言うなら――」


 一旦言葉を切り月下に顔を綻ばせ片目を閉じる琥珀の姫。


「――一目ぼれかな」


 思わず刎ねたくなる白い首筋に愛らしい(かんばせ)

 稚気を帯びた仕草に怖気を忘れ見蕩れてしまう。

 これまでの暴言嘲笑罵倒悪口、その全てを忘れてしまうほどに美しい。


 デュラハンは呆然とすること暫し。


「人間の娘は一目ぼれした相手にあのような行動を取るのか……」


「まあね」


「そうか……」


 世界の秘密を――それも相当に無駄な――知ってしまった、そんな呆れに近い思いが混じる声。


 ルフェイが海神の腕の戦いを見物しに来た際、命に頓着しないことが理解できず困惑した。

 それを切欠としたささやかな向上心の結果、新たな地平に至るデュラハン。

 ルフェイが相当に特殊な部類であることを訂正するものはこの場にはいない。

 吟遊詩人フェイクトピアならば指摘できたが安全な場所にいた彼はいま此方に向かっている最中。


 ――そういえば英雄譚でも多くの主人公が女絡みで破滅してたな。


 多く英雄が姫君に振り回された逸話を知っていたデュラハンは、自己補足してしまう。

 それはルフェイの行動だけでも消化し理解しようという努力であったし、同時にルフェイの思いの本質を理解することへの逃避であった。


 人を追いかけ追いすがり追い詰める存在は、追い狙われることに慣れていない。


「どうやらどうやらまだちゃんと理解していないみたいだね。これはもっと調教が必要かな? まあ、明日からじっくり教えてあげよう。今日はもう遅いからね」


 そんなデュラハンの思考を読み取ったルフェイは慈悲深い女神のように許した。

 妖しく重い言葉とともに。


「…………」


 首なし騎士は反論しようと口を開き何も言わず閉じる。

 疲労を知らないデュラハンも疲労感は覚える。

 流石に今宵はもういろいろと一杯だったのだ。

 泥だらけの身体を引き摺るようにコシュタ・バワーへ足を踏み出した――


「そうそう。戦馬車に乗る前にその身体の泥を川で落としてくれたまえ。荷物が汚れてしまうからね」


 ――途端いい笑顔で告げるルフェイ。

 デュラハンは大いに顔を顰めた。


 首なし騎士は、犬猫以上に水浴びが嫌いなのだ。

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