首なし騎士 腕を刈る
懐かしくも新しい宿敵――海神の腕へと泥だらけの川原を踏みしめる歩む首なし騎士。
小娘の暗殺防止のため賢者を殺すという目論見は、標的の賢者を見失った時点で既に失敗している。
だからこれからの戦いは後始末。
六千年の昔、何も考えず進み轢きつぶされた同胞の敵討ちでもない。
小娘にネチネチ嫌味を言われる可能性を潰すためでもない。
デュラハンとしては非常に珍しい私闘だ。
指一本でもデュラハンを押しつぶせそうな水の柱は、黒き騎士が近づくのを妨害するでもなく聳え立つ。
もしかすると川から動けないのか、などと思いはしたが足は止めない。
泥を跳ね飛ばし巨大な腕の間合いに一歩踏み込む。
途端、血と泥で濁った腕をたわませマナンの神威は攻撃を再開した。
デュラハンは一度でも捕まれば握りつぶされ磨り潰され粉々になることだろう。
だが単調な攻撃を繰り返す海神の腕にデュラハンは淡々と大鎌による斬撃を見舞っていく。
跳んでは切り付け。
踏み込んでは刈る。
逸らして切り裂き。
確かに海神の腕の力はデュラハンを上回っている。
しかしそれは力だけ。
より重要な能力が海神の腕には欠けていた。
経験と思考の有無。
六千年前にマナンの息子に惨敗したデュラハンは正面から当たれば負けることを十二分に理解していた。
対して海神の腕は、大地を抉るだけの力を持ちながらただその力を直線的にぶつけるのみ。
意識、思考、知性――好悪や快不快ぐらいの認識はあるかもしれないがそれも卵から孵った蛇や鳥以下だろう。
これは自らを招いた賢者ロイン――産みの親を津波の巻き添えにしたことが示している。
敵味方すらなく”デュラハン殺すべし”だけを目的に猛威を振るう災い。
六千年前、突撃することしか知らなかった蹂躙された夥しい闇の軍勢と同じだ。
――若賢者の目は憎悪で濁っていたからな。敵意だけを持って願った神威だからのこその力……もしかすると殺した戦士どもの中に親しいものでもいたか?
降り注ぐ拳を避け続けるデュラハン。
幾度も幾度も拳が大地に埋まり動きを止める度に三日月の刃が翻り手首を切り落とす。
一方的に手首を刈り取る首なし騎士。
一方的に手首を刈られる海神の腕。
戦いは作業へと変わりつつあった。
その身を刈り取られ少しずつ少しずつ巨腕の威容が衰えていく。
それでもまだまだ地形を変える力を持つ海神の腕の方が有利だ。
デュラハンは鎧を削られて兜を揺さぶられながら大鎌を振るう。
果実をもぎ取る農夫のように繰り返し繰り返し刈り取り続ける。
荒れ狂う神災を避けすかし指を手を肘を刈り取る。
――そろそろくるか。
徐々に削れられることで焦れたのか再び左右への薙ぎ払いを行う海神の腕。
偉大なる存在を数多く見知ったデュラハンでさえ息を呑む濁流の壁が迫る。
どれだけ身構え堪えようとしても当たれば足元の地面ごと掬われ呑み込まれるだろう。
デュラハンはそれを待っていた。
腰を地面につくほど低く落とし、大鎌も逆さに携え刃を上向きにした変則的な地の構えを取る。
迫る津波が視界を埋め尽くす。
飛沫の雨が兜を濡らす。
濁流が眉庇に触れる。
瞬間、足の指から手先までの全て用いて地を這っていた三日月を天へ向けて打ち上げた。
交差する黒い刃の軌跡と海神の腕。
静かに水の壁が割れた。
鎌は引っ掛け刈ることで初めてその切断力を発揮する武器だ。
突っ込んでくるような一撃離脱戦法には対応し難い。
が、相手から刈り取られにくると考えれば別だ。
逆さに構えた刃に己の勢いと騎士の振り上げが合わさり、巨腕はその中ほどから斬り断たれた。
「……これは人間が生み出した巨人殺しの業だ」
己を構成する水の半分を失い二回り小さくなった海神の腕にそう騎士は教える。
巨人の減少とともに人の間では、廃れ消えていった業。
それをデュラハンは覚えていた。
デュラハンは人間を刈り取る麦穂、人間同士の戦争をごっこ遊びと評したがその中で培われた剣術や剣理などは認めている。
人殺しについて最も進歩しているのは人だ。
何千人という剣士たちが同種族を殺すために日々研鑽するその業の蓄積。
人殺しの業をそのままデュラハンに使う愚か者が多いが、英雄譚に謳われる虹の騎士などは更に化け物退治の剣術を修めていた。
不死身の身体と人外の怪力しか持たなかったデュラハンは、何度かの任務失敗を経て人間の業を学び同胞の中でも屈指の成績を得た。
理外の力と人智の業。
「最初の一撃で俺を潰せなかったのが貴様の敗因だ」
言外に、貴様は俺に勝てん、と告げるデュラハンに、しかし心を持たないマナンの神威は恐れずそして無謀に殴りかかってきた。
だが鞭を思わせるしなりと速さで振るわれた大鎌は今度は正面から握られた拳を切り裂き指を飛ばす。
既に海神の腕に大地を穿った力はない。
更に小さくなった水の腕をあの世の刃が斬り刻んでいく。




