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首なし騎士 奮闘す

「いいですぞおおおおおお! もっと激しく! もっと楽しく! もっともっともっとおおおおおお!」


 遠くもなく近くもない、石を投げれば届くだろう距離から聞き覚えのある歓声が響く。


 黙れ煩い、と怒鳴りたいがデュラハンにそんな暇はない。


 眼前に聳えるマナンの神威――海神の腕がそれを許しはしない。


 戦士に担がれ遠ざかる若造ロインが破れかぶれか狙ってか招いた神威は、正しく首なし騎士の天敵。

 それは並の賢者は呼ぼうとも思わないはずの代物。

 なにせマナン自身が知名度が低い。

 万が一神威を願う場合も海難除けや大漁祈願が主。

 六千年前にデュラハンたちが蹴散らされた話も戦全体で観たら瑣末事なため余程博識な者しか知らないような忘れられた伝承。


 なにに何故ここで現れる! というのが偽らざるデュラハンの本心だ。


 規模を比べれば六千年前のあれは嵐と大津波の複合神災で目の前のこれは精々濁流。

 マナンの息子と人間の賢者、格の違いが招ける神威の違いとして明確に現れている。

 しかしそれでも首なし騎士一体相手には十分。


 デュラハンの頭の中で鉄屑――というか砂?――にされた同胞百万の姿が思い出される。

 滅ぼされるのはまだいい。

 どちらかというと任務失敗で主クルアハを失望させることのほうが恐ろしい。


 ――逃げるか?


 後ろ向きな考えに川原の踏みしめる踵が僅かに浮く。

 その動きに応じて海神の腕が指を曲げぐぐぐっと拳を握り締めた。

 くるっ! と感じた瞬間咄嗟にデュラハンは跳んだ。


 前へ。


 飛び込むような姿勢のデュラハン。

 その兜房を赤く染まった濁流が引きちぎっていく。

 圧倒的な水量が川原の中心向かって倒れこんで来たのだ。

 天が落ちてきたような衝撃が大地を震わす。

 岩は砕けて石になり、石は砕けて礫になる、小石は砂だ。

 這うように身体を滑らせ鎌を振り回し姿勢を整える。

 振り返ると先ほどまでデュラハンが立っていた場所にはすり鉢状の穴ができていた。


「…………」


 遥か神代の懐かしき戦場が戻ってきたようだ。

 首なし騎士の腕が動き大鎌を適当な岩に突き刺す。

 岩に刺さった刃を基点にして自らの身体を曲芸師の如く更に振り回す。


 再び天より滝が落ちてくるのを辛うじて回避。


 鎌を振るう己を振るう。

 得物と自分を交互に基点として連続の円運動。


 三度落ちてくる水の槌。


 既に逃げるという選択肢はデュラハンの頭から消えていた。

 戦闘狂ではないデュラハンとしては、逃げてもいいのだが場所が拙いことを思い出したのだ。

 戦場となっている川原の周囲には人間たちが仕掛けた罠があるはず。

 だから態々川からの奇襲を行ったのだが……川から伸びる腕に襲われている現状罠が邪魔で逃げ場が無いのだ。

 もし罠で足が止まれば一撃殴られて終わる。


 いかに首なし騎士でも地形を変えるような力をまともに喰らっては壊れる。

 (ひしゃ)げ潰され千切れ砕かれ粉々になるまで殴られては流石に動けなくなってしまう。


 それにあの世の騎士と海神の腕は、極論すればただ神の威を示す存在。

 つまりこれはあの世の主クルアハと海の妖精王マナンの代理戦争に近い。

 創造主の面子潰すのは非常に拙い。


 それに吟遊詩人が観戦している状態で逃げては後々歌われることは必定! 首なし騎士業界全体にどれほどの風評被害が出るか想像もできない。

 同僚から後ろ指を差され、後輩から陰口を叩かれ、クルアハは幻滅される。

 逃げるにしても勇敢に戦い善戦した上でなければ許されないのだ。


 ああ――なんと素晴らしい。


 小娘に弄られていた時とは違う痛みが全身を這い回り内腑を突き刺す。

 砕けた岩の礫と揺らぐ川原の衝撃が甲冑を叩き鼓膜を狂わす。

 人間を刈り取るのとは異なる真の戦闘。


 余波だけでルダーナの雷とは比べものにならないそれにデュラハンは酔っていた。


 一方的に攻められ曲芸回避を続ける首なし騎士。

 一方的に殴り避けられても殴り続ける海神の腕。


 疲労もなければ休憩も必要ない命無き存在同士の戦いは、永遠に続くかと観るものに感じさせるだろう。

 だがこの戦い長引けばデュラハンに不利。

 朝が来れば集中力が落ちる。

 そこで一撃喰らえば終了だ。

 尤もそこまで付き合う気はデュラハンには無かった。


 そろそろか、と上からの殴りつけを回避するとその遠心力を使って腕の手首を斬りつける。

 たかが水、されど水。

 小川とはいえ莫大な量の水は重い。

 しかし人外の膂力で強引に振り切った。


 腕と切り離された手首から先は地にめり込んだまま形を失いなんの力も持たない水へと還る。


 これで勝利……とならないのが神の僕の戦いだ。


 手首から先を失った海神の腕は、一瞬だけ動きを止めるが断面から盛り上がるように手の平が生え指が伸び新たな拳を成す。


 先ほどデュラハンは神の代理戦争と言ったが更に言うなら神威の削り合い。

 騎士の形をした神威と腕の形をした神威がぶつかり削りあい、先に相手を潰した方が勝者。

 この世在らざる力をこの世在らざる力で滅ぼす。

 

 問題は相性。


 この大鎌も偉大なる主クルアハより授かった対人用の祭器であり人間以外にも妖精から巨人まで何でも刈り取れるが……生きていない相手には向かない。

 地道に切り刻む必要がある。


 勝利への筋道を定めたデュラハンは、大きくしなる巨腕に再びの打ち下ろしを予想し身構える。


 だが海神の腕も初めての反撃が不快だったのか。

 天から落ちる水塊は無く、次なる攻撃は不意を撃つような腕による薙ぎ払い。


「あっ――?!」


 川原から撃ち振るわれたそれは小さな津波となって首なし騎士を呑み込んだ。

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