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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
99/117

Rattrap ネズミ捕り

「さあ、狩りの時間だぜ!」

 団員の一人が叫びながら、パイプライフルをぶっ放した。

『ホテル・ユニヴァース』敷地内を歩いていたゾンビが頭を吹っ飛ばされて崩れ落ちるが、銃声を聞きつけたのか。或いは、多勢で動く人間の気配を嗅ぎつけたか。

 生い茂る木立や茂みの後ろから、唸り声と共に数多のゾンビがふらつきながら次々と姿を見せる。


 手近なゾンビの頭蓋にハンマーを叩き下ろしたモヒカンが、ゾンビへと突っ込みながら叫びを上げた。

「雷鳴党!雷鳴党!」

 横薙ぎに払われたハンマーが、見事にゾンビの側頭を捉え、腐った脳味噌を地面にまき散らした。

 繰り返し叫びながら奮戦するモヒカンの鬨の声に呼応して、新参の団員たちが威勢よく雄たけびを上げて、ウォーカーたちに手にした鈍器やナタを叩きつけていく。

 

「廃墟探索者の振る舞いじゃない。まるでゾンビ映画の暴走族だ」

 些か苦々しげに言ったガーニーに、ボイドは頷きながらも意外と好意的な評価を下した。

「だが、確かに戦い慣れしている。此の侭、怪物ども片づけてくれそうだ」

「出てくるのが、ウォーカーくらいならな」肩を竦めて、ガーニーは言葉を続けた。

「変異獣やら、もっとやばい怪物が出てきてみろ。下手にでかい音を立てて数を誘き寄せたら、あいつらじゃあひとたまりも無いぞ」


「……ゾンビ映画だと全滅パターンだな。そう言えば知ってるか?ロメロの生きていた時代には、地球にはゾンビがいなかったって話があるんだぜ」どうでもいい話を振ってきたアンリに、ボイドが鼻で笑った。

「映画監督のロメロがいなかったら、人類はゾンビに対抗できなかった。彼は予知能力者だったって結論している『死者たちの預言』ってトンデモ本だろ?俺も読んだよ。21世紀のアメリカとかいう国の公文書調べた研究者が、その時代にはちゃんとゾンビ警報の予算が乗ってるって一蹴してたぞ」


  

 馬鹿話に興じる二人を無視して、ガーニーはキースに疑わしげな視線を向けた。

「でかい廃墟の内部は、外の世界とはまるで別物だ。連中は、廃墟に潜った経験があるとしても、精々、掃除済みの住宅街でスーパーマーケットや廃屋の缶詰を漁ったくらいだろうて。巨大建築物に乗り込んだ経験はあるまいし、ましてや『ホテル・ユニヴァース』だ。内部は怪物の巣になっていて、深い闇が巣食っている。連中が口を閉じることを覚えなければ、俺たちは一人とも生きて帰れんぞ」

 経験豊かな廃墟探索家のガーニーと話しているうちに近くにいたゾンビを掃討し終えたらしい。新参の団員たちが勝ち誇ったように歓声を発した。

「さあ!雷鳴党がやってきたぞ!恐怖に震えろ!

 逃げ場のない地獄に逃げ込んだ間抜けを狩りたててやれ!」

 怪物の巣のど真ん中にも拘らず、叫んでいる若者たち。自分たちと年齢はほどんど変わらない筈だが、キースには連中が、まるで曠野に棲んでいる野蛮人か、それ以上に理解不能な異邦人に思えてくる。

 輪の中心で力に酔ったように叫び続けているモヒカンを眺めながら、アンリが頭を振った。

「雷鳴党は変わったな」

 同感ではあったが、キースは何も答えなかった。沈黙したまま、苦々しげに目を逸らしたキースに、アンリが苦い笑みを返した。

 

「忠告せんのか?」ガーニーの言葉に、キースは肩を竦めた。

 叫んでいるモヒカンの青年を中心に気勢を上げている雷鳴党員たちを眺めて、しかし、士気が上がるのは悪い事ではない。と割り切った。

 巨大遺構を探索すれば、死傷者は絶対に出る。大なり小なり、ある程度の損耗を織り込まざるを得ない。新入りや臨時雇いのハンターに肉壁や囮として利用し、経験豊富な中核メンバーを温存する。

 それは巨大な遺構を探索する大規模なチームなら、何処でも行われている手法で、それでも入りたがる奴らは幾らでもいた。

 バーンズが一体どんな理由でこの連中を押し付けてきたのか。部下たちが死んでも構わないのか、それとも廃墟を侮っているのか。後者であれば、それは危険な兆候だった。


 古参団員たちにとっては意外な事だったが、音を立てず、静かに行動するよう促すと、モヒカン男を始めとする新参の団員たちは、キースたちの指示に従うことに一応の同意を示した。


 ここで命令を聞かないようなら、別行動を提案することも想定していただけに拍子抜けしつつも、古参団員たちは、ついに『ホテル・ユニヴァース』の本棟に踏み込んだ。

 昔の騎士たちのように盾を連ねてホテルのフロントに踏み込むキースたちの後ろを、新参の団員たちが足音を殺してついてくる。


 広大なロビーは吹き抜けとなっている。庭園に面した壁一面の窓ガラスから外側の光が差し込んで一面を照らし出していた。送電線などのインフラが途切れた崩壊世界では、自然光だけが主たる光源で、しかし、常に分厚い雲に覆われた太陽はどこか弱々しく、扉や窓から遠く離れたフロアの奥まった箇所には、薄暗い廊下や柱の物陰も存在していた。


 遠く太陽の傍できらきらと輝く雲を眺めてから、キースは最後にロビーに踏み込んだ。

 巨漢のボイドが足音も立てずにロビーを歩き回りながら、微かに鼻を鳴らして空気の匂いを嗅いでいた。

 まるで新しく引っ越した家を見て回る飼い猫のように、ロビーの冷たい空気に触れてみれば、廃墟にも拘らず淀んだ感はない。内部に変異獣なり、廃墟民なりの住人が存在して動き回っているからか。それともわずかに吹き込む風が室内をかき回しているのか。未だ気配は感じられない。

「……糞や爪痕は見当たらないな、少なくとも徘徊している様子はない」

 呟きながら、高い天井を見上げるが、しんと静まり返ったホールに動くものは殆ど見当たらない。

 

 目につく処だけを手近に歩き回って取りあえずの安全を確保したキースは、入り口近くに纏まっている新参の団員たちに合図した。

「取りあえず危険はなさそうだ。だが、なにがあるか分からん。ロビーから出るなよ」

 キースの言葉に肯いた新参団員たちは、早速とばかりにホールへ散っていった。


 やはり、廃墟に潜った経験は少なそうだ。物珍しそうに辺りを眺めながら、思い思いに歩き回っている新参の団員たちに対して、面白がるように眺める古参団員もいれば、渋面となっている者もいた。

 キースたちは、ホールの中央にある階段が崩れているのを確認する。見取り図と過去にホテルに潜ったハンターからの情報通りだった。地図によれば、まっすぐに進んだ回廊の奥には上階へ続く階段。

 左手の通路を進めば、地下への駐車場への階段が設置されているらしい。


 古参の団員たちが地図を見比べながら、攻略と探索の為の手順を簡潔に話し合っている間、雷鳴党の新参団員たちはまるで散策でもしているかのようにホテルの内部を歩き回っては、不用心に物陰をのぞき込んだり、レストランらしき一角で戦利品を物色している。


 入り口とは言え、危険な廃墟の内部には違いない。にも拘らず、まるで不用心に振舞っている新参団員たちの姿を見て、ボイドがにやりと笑った。

「おう、やっこさん達。自分の家にでもいるかのようにリラックスしてるぞ」

 魁偉な体格とは裏腹なボイドの陽気な口調に、キースも苦笑を返した。


 古びたオートマチック拳銃を構えつつ、慎重にロビーの奥まで進んだガーニーがなにかを見つけたのか、手を上げてそっと立ち止まった。床に積もった微かな埃の前にしゃがみ込んで、熱心に観察している。

 傍らにキースとアンリが近寄ると、床を睨んだまま 掠れたような太く低い声で告げてきた。

「……足跡が残っている。二人分。歩幅からして、身長は……おおよそ175と185㎝」

喉に力を入れたガーニーの奇妙な喋り方は、近くにいる人間にしか聞こえない特殊な発声方法で、少し離れると声がまるで聞こえなくなる。

「おいおい、でかいな。探してるのは女だろ?」

 アンリが無駄口を叩いた。ただし、その声も蚊の鳴くように小さい。


「人間の体型だったらの話だがな……一般に帝國人。特に貴族は栄養が良いから、ティアマット人より、でかくなる傾向がある」

 キースが普通に響く大きさの声で返答すると、古参団員たちが訝しげな視線を向けてきた。

「聞かせてやろう」と、キースが新参たちに顎をしゃくると、ガーニーは招かれざる客人たちにじっと粘っこい視線を走らせてから鼻を鳴らした。

 きっとガーニーは、大規模廃墟の中を素人を引き連れて歩くという考えに反発を覚えているのだろうとキースは思った。

「親指の付け根に力を入れた足跡が残っている。速く疲れにくい歩き方だ。多分、軍人。足跡の角度から見るに、二人とも女」

 淡々と報告するガーニーの声に新参たちが微かなざわめきを発した。押し殺したような興奮の呻きも混ざっている。早くも捕まえた後のことに想いを馳せているようだ。何らかの手柄を立てて、賞金に。或いはその分け前にありつきたいのだろう。

「それと……だ。こいつら、指の付け根と足刀部分が発達している」

 ガーニーが付け加えた言葉に、キースは仮面のような無表情で尋ね返した。

「二人ともか」

「二人どもだ」

「そうか。まあ、やることは変わらない」


 近くにいた新参の団員たちが顔を見合わせた。

「……つまり、どういうことだ?」

「わからねえ」


「万遍なく体に力を行き渡らせた歩き方を普段からしているってことだ」

 背後の呟きに対して、誰に言うでもなくアンリが付け足した。

 体に力の偏りがない状態は、不意打ちにも対処しやすい。やもすれば脱力しているように見えるが、待ち伏せしている毒蛇と同じでそれはただの擬態に過ぎない。油断のならない相手ではあるが、それもまた何時もの事だった。


「足跡でそこまで分かるものなのか?男とか女とかまで」

「……俺に聞くなよ」

「それよりも早く連中を探しに行こうぜ」

 新参団員たちの囁きには早速、不満げな響きが混ざり始めていた。数を頼んでか、警戒心が薄れているようにも見える。キースには危険な兆候に思えた。


 立ち上がったガーニーの額には、青筋が浮かび上がっていた。

 腰に手を当てると、不愉快そうな表情を隠そうともせずに睨むように言った。

「本気で、あいつらを引き連れて奥へと進む気か?

 俺たちは何時から、小学校の引率の教師になったんだ?キース」

「……落ち着けよ、ガーニー」

 ガーニーは、ただでさえ短気な男であった。宥めるようなキースの声にも眼をぎょろりと剥いて唸りを上げている。

「特A遺跡だぞ。自殺するつもりはない。お前の回答次第じゃ、俺にも考えが……」

 言いかけた時、静寂を破って唐突に大きなベルがホールに鳴り響いた。

 

 鉄パイプ片手にぶらぶらとロビーを歩き回っていた新参の一人が、フロントの奥をひょいとのぞき込んで顔を顰めた。

「……うへ、死体が転がってる。ハンターの死体か?」

 フロントの一番奥に、半ばミイラ化した迷彩服の亡骸が転がっていた。目を閉じて眠るような死に顔で転がっている死体は、しかし、さして価値のあるものを持っている様子も無く、つまらなそうに呟いた新参者は、しかし、すぐにハッと息を呑んだ。

「……あ、マジかよ」

 興奮を隠し切れない震え声を漏らしながら、ふらふらとフロントの内側に歩いていく。

「ついてる。銃があるぞ」

 錆びた拳銃が転がっていた。粗末なリボルバーに手製のストックをつけたありふれた代物だが、新参者の目には、まるで黄金のように輝いて映ったに違いない。


 死体のすぐ傍であれば、用心し、躊躇ったかも知れないが、転がっているのは死体から遠いフロントに踏み込んですぐの棚。入り口から少し手を伸ばせば届きそうな位置に、無造作に転がっている。


 三下ハンターにとって銃の有無は、未来への切符を手に入れることに等しい。

 銃一丁あれば、ハンターの世界は一気に広がる。それまで行けなかったゾンビのうろつく雑貨店の廃墟にも潜れるようになるし、巨大鼠やミュータントハウンドと言った賞金の懸かった化け物と戦うことも出来る。隊商の護衛や郵便の配達を引き受けるハンターたちにも、必須の装備で、だが、それだけに銃はそれなりに価値を持っている。仲間たちに見つかれば、奪い合いにならないとも限らず、或いはクランの戦利品として没収されるかもしれない。


 きょろきょろと辺りを見回して、誰も近くにいないのを確認してから、鉄パイプを床に置いた新参者はそっと銃に手を伸ばした。

「運が向いてきやがった。へへっ」

 手元に引き寄せた拳銃には、しかし、頑丈な糸が巻き付いていて、繋がった先の棚の中でガチンと何かが動いた金属音が響いた。

「……なんだ、これ?」

 間抜け面で呟きながらも、何か致命的なミスを犯した。そんな感覚に襲われていた冷たい水をバケツで掛けられたかのような悪寒を伴って急速に頭の中が冷えていく。

 次の瞬間、死人の目も覚ますようなベルの音がフロントに響き渡っている。


「なんだ、これ!ふざけんな!……いったい?!」

 本音では罠に掛かったと理解しているのに認められない。動揺してそんなことを喚いてしまう新参者の目の前で、死体だったハンターが目を見開いていた。

「ゾ、ゾンビが……生きて!」

 二重の衝撃にどうすればいいのか、一瞬の思考停止がミスへとつながってしまう。

 矛盾する言葉を吐きながら、慌てて傍らの鉄パイプを手に取ろうとするが、まるで水の中のように体がまともに動かない。掠れた叫びに喉を震わせながら、ゾンビが野獣みたいに飛び掛かってきて雷鳴党員を押し倒した。乱杭歯が喉に迫ってくる。

「誰か?!誰か助けてくれ!」

 ゾンビの顔を押さえながら必死に喚くが、近くに仲間はいない。死に物狂いで対抗するも、ゾンビの凄まじい力に支える腕が徐々に震え始め、じりじりと乱杭歯が近づいてくる。


「……なんだ!この音は!?」

 ガーニーが音源を探してホールを見回し、次いでボイドが鋭く警告を発した。

「気をつけろ!奥からゾンビだ!数は十以上!ウォーカーだが早いぞ!」

 うなりを上げながら、中央の回廊の奥の方から密集したゾンビの集団が迫ってくるのが見えた。


「右手の回廊の部屋からもゾンビが出てきた!凄い数だ!こちらも早い!」

 アンリが叫んだ。おびただしいゾンビの呻きが右手の回廊からも響いてくる。

 左手の通路からも、ゆらゆらとふらつきながら、ゾンビが迫ってくる。


 自転車のドアを加工した盾を構えながら、キースは三つの廊下に視線を走らせた。

 特に真正面と右手の回廊はゾンビで埋まっているようにも見えた。小走りというには遅いが、早歩きよりも早い動きでひょこひょことゾンビの黒い影が押し寄せてくる。

 歴戦の雷鳴党員たちの背筋を冷たい悪寒が貫いていた。拙い。何もかもが拙い。鳴り響くベルの音が拙い。連続した音というのは、一瞬だけ大きい発砲音よりも遥かにゾンビを刺激し、引き寄せる。活性化しているゾンビの手強さは、鈍い時よりも遥かに危険度が増している。集団というのも拙い。離れ離れに歩いているゾンビなら群れでも恐くないが、密集したゾンビの群れの強さは、もはや別物と言ってもいい。圧力が桁違いなのだ。一匹を始末している間に隣から、悪くすれば両隣から絶え間なく襲ってくる。人間側が数で劣っている場合、噛みつきや引っ掻きに傷つく確率も跳ね上がる。そして二方向から半包囲という体制が、もっとも拙い。意識を前面に向けて戦っている合間に、後背や側面から襲われる可能性がある。


 キースは素早く判断を下す。

「……全員、中庭に退くぞ!」

「駄目だ!あれを見ろ!」

 キースの号令をあざ笑うように、ボイドの指さした先。正面ゲートにもいつの間にか夥しい数のゾンビが集まって、ガラスの壁を拳で叩いており、入り口付近から1体、また1体と侵入してきている。

  何時の間に集まってきた?受けた衝撃にキースの頭がくらくらした。警告の見張りを立てておくべきだった。普段であれば。誰も見張ってなかったのか。突破できるか?無理だ?

「ここで迎え撃つ!無理なら左の通路へ撤退!」

 だが、すぐに気持ちを建て直したキースの号令に古参団員たちが集まってきた。

 新参の雷鳴党メンバーは、思い思いにゾンビを迎え撃ち、古参党員たちは、盾を連ねて小走りに突っ込んでくるゾンビたちと激突した。

 地の底から響いてくるような呻き声と共にゾンビたちが肉体の損傷も顧みずに激しく古参党員たちに体当たりしてきた。

 古参党員たちは、左側通路に後退してゾンビ集団の衝力を受け流しつつ、振るわれる腕や頭に盾を逆に叩きつけながら、思い思いの鈍器や重たい刃物で反撃を開始した。


 新参の雷鳴党員たちも、入り口から入ってきたゾンビたちに激しく武器を叩きつけ、或いは、ソファの後ろなどに陣取って飛び道具で激しく反撃していた。

 前回、中庭で戦った時よりもゾンビたちの動きが良く数も多いが、ばらけているウォーカー相手であれば、遅れを取ることもなく、一方的に倒していった。

 特に中庭から入ってくる集団は、位置もバラバラで動きもゆっくりであり、完全に封じ込めている。


 だが、中央通路と右側通路からは、新手のゾンビたちが奔流のように勢いよく雪崩れ込んできた。

 ハンマーを手にしたモヒカンと三人の仲間たちの元にも、密集したゾンビの集団が乱杭歯を剥き出しに襲い掛かってくる。

 舌打ちしたモヒカンは、ゾンビの群れとまともに正面から当たる愚を避けた。

 以外に素早いフットワークで受け流すようにゾンビの突進を避けると、群れの比較的、外周にいたゾンビの膝にハンマーを叩きつける。

「おらぁ!」

もう一人も、ゾンビの攻撃を回避したが、此方は攻撃する余裕はなく慌てて距離を取っている。

が、二人はまともにゾンビと衝突した。ゾンビに鈍器を叩きつけるも、一人は横合いから飛び掛かられ、もう一人は次々と押し寄せてくるゾンビに押し倒されて悲鳴を上げる。


「畜生!」叫ぶモヒカンの前で暴れる仲間たちが噛みつかれ、腹を裂かれて絶叫を上げた。

 が、皮肉にも餌となった二人にゾンビが喰いつき、足を止めたことで群れの衝力は完全に失われた。

 後は、輪になって人間を喰らうゾンビたちと、バラバラに人間に向かってくる少数のゾンビだけで、雷鳴党の相手ではない。ホールのゾンビの殆どは忽ちのうちに蹴散らされ、駆逐されて、二度と動かないよう完全に頭を粉砕される。


 実際の戦闘時間は7、8分ほどか。戦っているさなかは異様に長く感じられたが、過ぎ去ってみればあっという間にも思えてくる。

 ゾンビを圧倒して殲滅してのけた雷鳴党だが、犠牲が皆無とはいかなかった。

「何人やられた?」荒い息を収めながらのボイドの問いかけに、新参の一人が首を振って応えた。

「7……いや4人だ、畜生。3人ほど噛まれた。……血清があれば」

 渋い顔でボイドも首を振った。対ゾンビ血清は総じて高価で貴重な代物で、最低でも50クレジットは必要になるだろう。それもギルド印の青紙幣でだ。【町】が乱発している緑紙幣やら、近隣の農場、牧場で食料や肥料と交換できる黄色<農民組合>チケットでは到底、何枚あっても購入は出来ない代物で、ギルドにも幾つ在庫があるかも分からず、その癖、血清にも種類があって、噛んだゾンビによっては全く効き目がない事例もあった。


 つまりは絶望的だが、怯えた目で此方を眺めている噛まれた連中を見て、自棄にならないよう宥めるように言葉を掛けた。

「落ち着け。200クレジットあれば血清だって買える。まだ死んだ訳じゃない」

 全くの嘘偽りでもない。余程の幸運に恵まれればの話ではあるが。助かる可能性もない訳ではないのだ。


 ホールになだれ込んできたゾンビの殆どを片付けて、モヒカンが額の汗を拭っている、とガーニーがフロントの奥へと入り込んだ。何やら探してしゃがみ込むと、やかましくなり続けていたベルの音が停止がする。

 複数の目覚まし時計のベルの部分だけを繋げたような奇怪な機械をフロントの上に置いたガーニーは、機械から小さな電池を抜き取っていた。

「核電池じゃないな。マルドゥーク社製。異世界産の輸入品だな。つい最近、製造されたばかりだ」

 糸が結びついている。スイッチと繋がってるのか。呟きながら機械の仕掛けを軽く動かして、拳銃を拾うとベルが鳴るようになっていることを確かめた。

 

「……間抜けだと?ふん。どっちがだ?奴らか?それとも俺たちか?」

 鼻で笑ってから、ガーニーはポケットに電池を仕舞い込んだ。


「そこら辺のものにうかつに触れるなよ。同じような罠がまだあるかも知れないからな!」

 ガーニーの言葉に、モヒカンたちは言葉も無く、喘ぎ、或いは俯いていた。

 ただ怯えたように庭園を埋め尽くすゾンビの大集団に涙目を向けているだけの若い男もいたし、絶望したように頭を抱えた若い娘もいた。


「……で、どうする?この数は、流石にどうしようもないぜ」

 アンリがぼやくように言いながら、頭を掻いている。飄々とした口調は崩れていないのがキースには頼もしく思えた。

 しかし、庭園には、恐ろしい数のゾンビが姿を見せており、なおも増えつつあるように見えた。今も鈍重な動きながら、二匹、三匹とホールに入ってきている。あまり時間はないだろう。


「……正面突破は無謀だな」

 古参団員たちも、一人も欠けてはいないとは言え疲労している。

 まだ、数戦はこなせるだろうが、無尽蔵に体力がある訳ではない。気力も体力もいつかは尽きる。集中力を失えば、思わぬ一撃を喰らわないとも限らない。そしてゾンビ相手では、その一撃が命取りになるのだ。


「こんな話は聞いてないぜ」

「……ギルドの情報も当てにならんな」

 顔を見合わせて古参団員たちがぼやいていた。

 取りあえず、入ってくるゾンビを連携して始末しながらも、話している余裕を見せている。

「……前に潜ったって言うハンター連中。誰だ?よく生きて帰ってこれたな」

「名前はギ……ギルだが、ギースだか忘れちまったが、6人組のチームだ。

 15年ほど前か。本棟から西棟に抜けて、2人死んだが残りは生還している」

「……そこまでの大人数じゃないな。それなら、生きて帰れる望みもありそうだ」

「どうかな?俺たちは、下手に人数揃えて入ったんで、ゾンビ刺激したのかもしれん」


「くそっ……百や二百じゃ効かないぞ!この数は……!」

 ゾンビの頭をナタでたたき割った古参団員の一人が額の汗を拭きながら毒づいた。

 透明なガラス壁に体を押し付けるようにして生者たちを凝視している動死者たちの虚ろな眼、眼、眼。 アクリル素材か、強化ガラスかは分からないが、ミシミシと軋んでいる透明な外壁が圧力にどれほど持ちこたえられるのか。雷鳴党員たちにも分からなかった。

「キース!限がないぞ!何時までもは持ちこたえられん!」


 死んだ新参から使えそうな武器などを回収しながら、ガーニーが不敵に笑った。

「罠か」

「罠?どうやって?」

「知るか。そんなの」

 呟きを聞き咎めた別の古参の声をガーニーは鼻で笑った。

 まあ、俺たちがホテルに入ってから、誘引剤でも新鮮な臓物でも庭にばら撒けば、幾らでも寄ってくるだろうよ。考えとは裏腹の粗野な声で、キースに視線をくれた。


「絶体絶命という奴だが、さて、どうする?」

 古参のリーダーと目される男は、少なくとも表面上は沈着なまま、頷いた。

「正面突破は難しい。左の通路へと向かおう。地下の駐車場から外へ脱出できるはずだ。ギイってハンターの残した記録が正しければな」


 頷いたガーニーが、座り込んでいる。或いは、死にそうな表情でロビーに散っている新参の団員たちを怒鳴りつけた。

「俺たちは、地下へと向かう!お前らはどうする?!」




ロメロは最高だぜ!



(でも、異世界転生はお断りします

 神さま、お願いします。神さま。

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