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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
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真昼の空に星を見る

 国家や警察を例に上げるまでもなく、組織というものはその悉くが面子を重視している。

 不特定多数の個人の集まりにおいて、統制を取るためには規則が重要であり、規則を実効させるには罰則が最も即効性があるからだ。

 集団の支配を支えるのは、規則と罰則。言い換えれば、飴と鞭。

 突き詰めれば、利益と恐怖である。

 そして暴力団と言うのは、メンツ商売の最たるものであった。

 舐められて報復しない暴力団に誰がショバ代を支払うだろう?


「チンピラをからかったら、家に押しかけられたでござる」

 コンクリートの瓦礫に腰掛けながら、ギーネはぼやいていた。

 自業自得である。切っ掛けがいかな形であれ、愚連隊を鼻にも掛けずに嘲弄したのだ。

 しかし、ギーネ・アルテミスに恐れはない。

 恐怖を知らない訳でもなければ、愚連隊づれに何が出来ると高を括っている訳でもない。

 おのれが戦って死ぬ可能性を、小なりとは言え承知した上でギーネ・アルテミスは意地を張る。


 馬鹿と煙は何とやらと言われているが、現在、ギーネが陣取っているのは、ホテル最上階に位置する展望室であった。

 外壁の一部は完全に崩壊しており、剥き出しの内部が乾燥した外気に晒されていた。

 其処からは、ホテルの敷地を含む一帯の光景を一望できる。


 ホテル・ユニヴァース15階の展望室。ラウンジを兼ねたバーは、往時はさぞ落ち着きのある空間であったに違いない。

 椅子や棚、バックバーも趣が深いアンティーク風の品で色彩や質感が統一されており、バックバーが色褪せ、天井や壁が一部崩れ落ち、埃が積もった今日ですら、在りし日の光景に思いを馳せることが出来る雰囲気をなお醸し出している。

 静謐さも相まって、ギーネにとっても、それなりにお気に入りな空間であった。


 帝國貴族の視線の先、ホテルの裏門では雷鳴党の侵入者たちが続々と敷地内へと踏み込んできている。

 15階から地上までの距離90メートル。ギーネの立ち位置から、ホテル裏門への距離が30メートル。

 予め測定済みである。

(……標的までおよそ92メートル。

 ティアマットの重力が1.03G。

 海(東)から吹く追い風が、標的に向かって8m/S)


「女の子二人を相手に大げさな連中ですぞ。

  それにしても、此の侭ではギーネさんとアーネイの愛の巣がならず者に蹂躙されてしまいますのだ」

 朝食であるティアマットコウヤヘビの串焼きをむっしゃむっしゃと食い千切りながら訳の分からないことをほざいているギーネ・アルテミスだが、侵入者の一挙一動を観察しながら、脳裏では冷静に迎撃の算段を巡らせているのだ。本当である。


 真昼の空に星を見るギーネの視力であれば、裸眼で侵入者たちの人数は勿論、その装備や動き、表情までが手に取るように把握できた。

(……歩き方からして男が3名、女が4名。

 装備は、木材に鉄辺を埋め込んだ凶悪な棍棒持ちが2人にパイプ製の槍……いや、違う。

 あれは鉄パイプではなく、パイプライフル。

 いずれも若く経験も不足しているのかな。特に警戒した動きは見せていません)

 食べ終わった蛇の串を投げ捨てると、口元をハンケチで上品に拭ってから、背景に溶け込むお手製マスクで顔を覆った。


 亀裂の走ったコンクリートの通路の上を、連中は特に怪しむでもなく、不用心に仲間とお喋りしていた。

 見た目は、まるきり何処にでもいそうな普通の若者たちである。気楽な態度で大股に歩いている。

 アーネイの報告で聞いた表門の侵入者と、あまりに練度が違い過ぎる。

 連中の無防備な様は、しかし、こちらの油断を誘う為の擬態ではない、とギーネは読んだ。


 敵が待ち受けている建造物に踏み込むのであれば、適度に散開するべきだ。

 単一の敵に自動小銃、或いは機銃で一薙ぎされたら、一掃されてしまう。だが、侵入者たちは馬鹿馬鹿しいほどに密集している。

 とは言え、残念ながら、ギーネの手元に敵を一掃できそうな火器など存在してなかった。


「連中、ただのお馬鹿さんなのだろうか?

 それとも、ティアマットでは一発の銃弾が命より高価なのかな。

 すると、あれはあれで理に叶った隊列かも知れません」

 幾らかは文明を残した北大陸から、蛮地へと転落したノエル大陸東海岸へと逃げ延びて以降、銃弾を蕩尽できるだけの組織などとんと見かけた覚えがなかった。

 火力に優れた勢力と滅多に遭遇しない土地柄であれば、密集隊形は決して悪い選択肢ではないかも知れない。


(……ふん、それにしても棒立ちですな。

 帝國仕様のモシン・ナガンが一丁あれば、あの程度の人数、あっという間に仕留めてみせるのですが。

 せめて手に馴染んだ長弓があれば。あるいは2、3日の猶予があれば)

 ため息を漏らしたギーネ・アルテミス。


 モシン・ナガンライフルは、かつて古代地球・帝政ロシアの軍隊において正式採用されたボルト・アクション式のライフルの名称である。

 単発式であるが故、弾幕を張れる機銃に比して至近距離での制圧力には劣るものの、その信頼性と精度はかなり高く、第二次世界大戦ではフィンランド軍や赤軍の名だたる狙撃兵たちが愛銃としている。

 ギーネたちの母国である亜帝國の東方領においても、正規軍から民兵、属国への武器供与、民間の猟師に至るまで広く普及していた。

 フィンランドやロシア、惑星アスガルド東大陸に似て寒冷な気候のティアマット東海岸であれば、充分にその性能を発揮できるであろう。


 小火器ならずとも良い。例えば、手元に固くしなやかなイチイ製の長弓などがあれば、愚連隊が例え重火器で武装していようとも、ギーネは全く寄せ付けずに一方的に始末できると踏んでいた。

 例え、ティアマットの気候に不慣れであり、惑星アスガルドの重力でつけた癖が身体より抜けきっていなくとも、ギーネ・アルテミスにはそれだけの自負がある。こと飛び道具に関する限り、彼女の腕前は狩猟の女神の名を関するに相応しい入神の域に達している。

 奇襲が効くのは、最初の一度。存在を察知されてしまうまでのただ一度の機会で、それでも背後を獲れば、音もなく標的の半数を射殺するくらいギーネはやってのける自信があった。


 だが現実として、帝國貴族の手元には銃も長弓も存在していない。

 在るのは、ご先祖伝来の小型ナイフであるプゥコが一本。

 カーボン製のクリケットバット一本とY字型のスリングショット。

 布切れと獣毛の紐を組み合わせて作ったお手製の投石器一つ。

 これで全てである。


 ちなみに投石器の紐だが、帝國貴族が自身で編んだお手製である。

 市内で飼われているミュータント牛やら旅人の馬の尻尾の毛を勝手に引き抜いたり、ホテルの裏庭で飼われている山羊の顎鬚を飼い主の見てない間に引き抜いたりして調達したものである。

 為に、ギーネ・アルテミス。『ナズグル』近隣の家畜たちに大変に嫌われており、動物たちは帝國貴族を見かける度に唾を飛ばして来たり、おしっこを足に引っ掛けようとしたり、後ろ足で蹴ろうとして来るのだ。


「ぬぬぬ、彼奴らめ。

 幾ら美人とは言え帝國貴族中、並ぶ者無き名門であるギーネさんにおしっこを引っ掻けようとしたり、唾を飛ばして来たりして偏執的な性癖を満たそうとは、畜生の分際でふてえ奴らなのだ。

 ティアマット征服の暁には、揃って王朝成立のお祝いの宴の具にしてやる次第であるから、震えて眠るがよいですぞ」

 手元の装備を確認しているうちに苦労を思い出したのか、忌々しげに呟いているギーネ。

 武装のうち、プゥコ・ナイフとクリケットバットには、近接戦闘にならなければ出番はない。

 鉄球を飛ばすスリングショットには、人間を確実に殺傷出来るだけの威力は無い。

 鉄のフライパンをへこませる威力は有しており、当たり所が良ければ人も殺せるが、期待すべきではないだろう。

 骨に当たればひびは入るし、頭部であれば脳震盪を起こせるだろうが、同時にそこが限界でもある。

 厚手の服を着込めば、それである程度は防げてしまう程度の威力しかないのだ。


 然るに、投石器。此れは、ギーネの腕前であれば百発百中であった。

 一撃で人間を殺傷せしめる威力を持っている。が、引き換えに大振りの予備動作を必要とする。

 マスケット4丁を相手に正面切って対抗するには、正確な投擲に大きなモーションを必須とする投石器は、発射速度が遅すぎた。真正面からでは、分が悪いと言わざるを得ない。


「手製の弓でも造っておけば、よかったかしらん?

 とは言っても東海岸の植生って潰滅的ですし、身体にもアスガルドの重力が染み付いているのだ。

 不慣れな武装では、作戦遂行時の信頼性に欠けます。

 不測の事態が起こらないとも限りませんし」

 そう独り言ちたギーネは、ホテルを踏破して製作した見取り図を脳裏に思い浮かべた。

 怪物の多いエリアと少ないエリア。変異獣やゾンビの習慣や性質。餌場や巣穴。時間ごとの移動と分布。

 建材の劣化具合に安全地帯や避難経路などの調査結果が記された地図には、同時に対人戦闘に欠かせない情報も記載されている。


 加えてギーネたちは、ホテル・ユニヴァースを実地調査して、敷地内における狙撃可能ポイントや監視ポイント、先制攻撃可能地点、後背からの奇襲や撃ち降ろしが容易なポイントを何箇所か目星をつけていた。


 今、少しの調査時間。せめて半日の猶予があれば、有利な交戦地点が更に10カ所は見つけられたであろう。

 時間や空間と引き換えに、敵に一方的な出血を強いることが可能な有利な交戦地点は、人数や装備の不利を補って余りある。

 装備や設備に寄らず、情報の把握によってホテル・ユニヴァースは難攻不落の要塞と化した筈であった。


(……間に合わなかった。わたしはいつも間に合わない)

 憂鬱そうなギーネの視線の先。愚連隊の面々は、未だホテルに踏み込まずに、ホテル裏庭の地面に開いている大穴を恐る恐ると言った風情で覗き込んでは、おどけている。


 それにつられたか。ギーネも一瞬だけ、ぽっかりと口を開けた奈落の淵に視線を向けた。

 まるで伝承の邪悪な竜の死骸のように、捻じれた線路の上に大破した地下鉄車両が横たわっているのが見えた。

 往時の衝撃は、地下の頑丈な岩盤さえも貫いたのか。線路のさらに地底の果てまで、深奥な底無しの穴がぽっかりと口を開けているように見えた。

 破壊の痕跡は、何処まで刻まれているのだろう。もしかして地獄の底まで届いているのではないだろうか?


 ほんとうの自分は、とっくの昔に叛乱軍に殺されていて、夢見る魂が地獄で殺し合いを続けているのではないだろうか。

 昏い穴底を見て、ふとそんな妄想が頭を掠めたギーネは、僅かに目を閉じて首を振った。


 全身を襤褸切れのような鼠色のマントで覆っているギーネ・アルテミスは、顔の部分を中世のペスト医師めいた防塵用マスクで覆っていた。

 鼠色のマントで全身を覆ったギーネの姿は、変異したティアマット灰色烏の色彩パターンに酷似しており、まるで野生生物のように迷彩として灰色の曇天やコンクリートの瓦礫の背景に完全に融け込んでいる。


 これから、殺し合うのに何故、そんな風に笑っていられるのだろうか。

 呆れたように愚連隊の若者たちをじっと眺めている。

 死への恐れなど、欠片も見当たらない。負けるなどと想像もしていないかのようだ。或いは、気楽な狩りだとでも思っているのかも知れない。


 ギーネは、ふんと鼻を鳴らした。

 何の罪もない卵売りの老人をあっさりと殺したのも不愉快極まるし、ギーネとアーネイに愚連隊どもが向けてきた嘲りと好色の入り混じった視線も思い出すだけで反吐が出そうであった。

 そう、一部の連中は、ギーネたちを見る目に値踏みの色があった。

 2人を目にした瞬間、人格も尊厳も無視して、幾らの金に変換できるか頭の中で皮算用していた。そう言う卑しい表情を浮かべていた。

 それがひどく、ギーネの癇に障った。

 今、思い出しても、身体が震えるほどの怒りが込み上げてくる。

 暴力や権力を盾に理不尽な譲歩を強いられたり、力を嵩に来て弱者を踏みにじる相手には、我慢がならない。

 貴種でありながらも、ギーネ・アルテミスは意外と反骨精神が強いのであった。

 これが官憲や軍閥、マフィア相手であれば、流石に尻に帆を掛けて逃げ……転身せざるを得なかっただろうが、相手は高の知れた愚連隊。

 これまでの経緯からしても交渉の余地は存在せず、戦力的に妥協する必要もない。

 売られた喧嘩とは言え、此処で逃げ出しては帝國貴族の名も廃ると言うものだ。


 侵入者たちが裏口へと踏み込んだのを確認してから、ギーネが立ち上がった。

 剥き出しの鉄骨に、階下まで直通の頑丈なロープが吊るされていた。

 手袋を嵌めると、ロープを握りしめ、外壁へと身を躍らせながら呟いた。

「……およそ剣によって生きるものは、いずれ剣によって滅ぼされるのだ」

 ギーネたちを打ち倒し、食い物にしようと目論んだ以上、己が打ち倒されても文句は言えない。

 人を殺すのであれば、自分が殺される番が来ても、受け入れるべきであった。

 少なくともアスガルド人の倫理観に従えば、その筈であった。


ルカ


西洋では男の名前。

日本だと女の名前。


まあ、遠い未来やし(言い訳

日系人なんやな(白目


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