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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
81/117

Ambush 待ち伏せ

 香ばしい鶏肉が、グレンの舌の上で柔らかく蕩けた。

 決して弾力が無い訳ではない。むしろ心地よい歯応えが口の中を楽しませてくれる。


「……いつ食べても美味いな。

  材料は同じはずなのに、不思議なものだ」


 感慨に身を委ねながら、グレンは次に湯気を立てるカップのスープを啜ってみた。

 これも美味い。

 1年を通して寒冷なティアマットでは、クリームシチューやボルシチのような温かい料理は欠かせない。

 脂を足しているのか。唇を火傷しそうなほどに熱いスープが、空っぽな胃から全身に染みわたるようにして体を芯から温めてくれた。


 ルカが楽しそうに料理していた。

 町の一角にある移動式食堂で、軽食を売っている女だ。

 小さな食堂は、昔馴染みのグレンとジーナ、そして雷鳴党の団員が5、6人も入るともう満員に近かった。

 フライパンの上で狐色にこんがりと焼けた鶏肉に、ルカが僅かな塩胡椒を素早く振るう。

 鉄板に弾けたオリーブ油の香りが鼻腔を刺激してくれる。

 此の世のなにと引き換えにしても惜しくもない、穏やかな時間だった。


 ルカとは、長い付き合いになる。【町】にやったばかりで、右も左も分からず飢え死にしかけていた小僧のグレンに、水と食料を恵んで命を救ってくれた。


 あれから十年以上たつ今日も、グレンは鮮明にその瞬間を思い出すことが出来る。

 おずおずと差し伸ばされた手。焼きたてのパンの香り。此方を見つめる黒い瞳。

 生まれて初めて他者から施しを受けた。

  母も知らず、父も知らず、管理者から与えられた番号で呼ばれ、恐らくは兄弟姉妹であろう連中と最悪な味付けの乏しい食料を奪い合うようにして生まれ育ったグレンが、他者から初めて無償の愛情を受けた。

 昏く淀んだ世界の中、ルカの存在は、陽光のようにグレンを照らす光だった。


 飢餓と人間不信が蔓延る、崩壊しかけた地下世界。

 慢性的な停電、崩れた壁や漏電したケーブル、焼けるオゾンの匂いと煙、陥没した穴から這い出てくる悪夢のようなミュータント。

 薄暗いシェルターから地上世界へと這い出て、生きる為ならなんでもする獣だったグレンを人間に戻してくれた。


「……鼠や虫の肉とは全然、違う」

 雷鳴党の新入りが、鶏肉を口にしてただ茫然と呟いていた。

 別の新入りは、美味い美味いと繰り返している。


 ああ、ルカの料理は美味いだろう?

 ミュータントやゴキブリ、そしてシェルター製の合成の肉ともまるで違う。

 鶏肉をゆっくりと味わいながら、グレンはルカを見つめた。

 手下たちと同感だった。やはり天然肉は違う。と思う。


 地下で喰っていた再生合成肉は酷い代物だった。

 兎角、固く筋張って噛んでるうちに顎に痛みを覚えるか。

 配給品となると、さらに酷い代物になる。

 柔らかすぎて口の中に入れた瞬間、不快にぐずぐずと溶け崩れるものと相場が決まっている。


 あれは酷かった。餓えていたにも関わらず、口に入れた瞬間、吐き気を催すほどだ。

 トイレットペーパーでも喰ったかのような不快な衝撃だった。

 成分としては似たような代物らしいが、原材料は……思い出したくもない。

 それに不快な感触を誤魔化すよう濃厚に味付けしたのが、故郷の管理官が言う完全な栄養を持つ食用肉だった。


 此れほど上等な料理など、シェルターでは支配者である管理官でもなかなか口に出来ないのではないか。

 故郷はどうなっただろうか。想いを馳せた。

 シェルターに備蓄された物資は、枯渇しつつあった。

 備蓄されたエネルギーと資源をじりじりと食いつぶしながら、地上の災害を恐れて生き続け、やがて切羽詰まって出てくる日が来るのだろうか。

 合成プラントとリサイクル設備が機能している間は閉じこもっているかも知れない。

 あと、二、三百年は持つのか。明日にも尽きるのか。千年先にも生き残っているかも知れない。

 その頃には、地上はどうなってるのか。


 追憶にふけるグレンの前に、湯気を立てる白磁のティーカップが置かれた。

 芳醇な香りを漂わせる漆黒の液体を見つめてから、グレンは顔を上げる。

「……頼んでない」

「サービス」

 ルカが、穏やかに微笑みを浮かべていた。


「本物のコーヒーか」

 チビのジーナが歓声を上げる傍らで、グレンは戸惑っていた。

 ルカは働き者だが、本物のコーヒーは高価な代物だった。

 市場にも出回るものではなく、早々、一般人に手に入れられる代物ではない。


「本物よ。南からの【船団】が来ているでしょう?」

 その言葉でグレンは理解した。眉根が不快そうに拠る。

「……アメリアが来たのか」

 苦い笑みを浮かべながら、保安官助手を務めるかつての友人の名を口にした。

 ジーナが一転、ゲッと小さな悲鳴を上げていた。


「安く手に入ったから、持ってきてくれたの」

「なにか言ってなかったか?」

 グレンが問いかけると、一瞬、躊躇ってから、ルカが再び微笑んだ。

 多少のほろ苦さが浮かび上がった。

「グレンとは、付き合うなって……最後はちょっと喧嘩になっちゃった」


「……そうか」

 例え、それがルカの為であっても、そうした方がいい、とはグレンは口に出来なかった。

 グレンにとって、アメリアはかつての友人だが、ルカはそれ以上の存在だった。

 ルカを失う事だけは、考えられない。グレンの偶像だ。

 コーヒーに手を付ける気になれず、ただなんとなく天井を見上げた。


「アジトで喰った鶏も、ルカ姉に料理して貰えばよかったなぁ

 このスープもあたしが作ったのとは全然違う」

 ジーナがそんな事をぼやいていた。

「コンソメに秘訣があるの。火加減や投入のタイミングも大事なのよ」


 穏やかに話すルカは、しかし、どこか翳りを纏わせた痩せた女だった。


 子供の頃、【町】の近くの街道を一人、さ迷い歩いている処を街道を巡回中の兵士に見つけられたらしい。 

 子供一人で旅をしていたとは思えない。

 後の捜索で、近くの街道で、破壊された馬車と数人分の血痕が見つかった。

 放浪者の一家が奴隷商人にでも襲われたのではないかと、見つけた兵士は報告書でそう結論付けている。

 保護者は其処で命を落としたと推測され、ルカは町の孤児院に預けられた。

 グレンは、そう聞いている。


 其れから十余年も働いて、ルカはようやく小さな屋台を持てるようになった。

 とろりとしたジャガイモのスープが売りで、時々は、食材を持ちこんで料理してもらう。

 湯気が昇っている。スープの鍋に切ったじゃがいもを投入しながら、ルカが口を開いた。


「……黒影党と揉めているの?」

 ルカの目線は、沸き立つスープの表面を見つめていた。

「ちょっとしたショバ争いだ」

 言ってから、グレンは言い訳するように付け足した。

「全面抗争にはならないさ。その前に保安官たちが止めに入る」

 ルカに対してだけは、グレンは強気になれなかった。嘘をつくことも出来ない。

「黒影党も、俺たちも、盗賊連中からの防衛戦には参加するからな。

 どっちかが潰れると町にとっても面白くないんだ」


「……危ないことはしないで欲しいな」

「そうもいかない。生きていくには……」

 言いかけてから、ルカの愁いを帯びた瞳に気付いて、ため息を漏らしながら手を振った。

「そう、危ないことはしないさ。約束する」


 一昔前。雷鳴党は、愚連隊ではなく、若きハンターたちのチームとして結成された。

 メンバーは雑多な少年少女の集まりで【町】の出もいたし、移民もいた。

 近隣の居留地の用心棒もいれば、放浪のハンターから仲間になった奴もいた。


 色々な奴がいて、ルカの働いていた食堂に皆でよく集まった。

 ルカは、戦う女ではなく、いつも帰りを待っていた。


 アメリア・トーラスは保安官助手になり、グレンは愚連隊の頭目となった。

 セシリア・マクウェインは、今もハンターを続けている。

 行方知れずとなった者。旅立った者。所帯を持ち、堅気となった者。死んだ者もいる。

 行く道は分かたれても、グレンにとっては忘れがたい青春の記憶だ。



「……最近、揉め事が多いから」

 スープをかき混ぜながら、ルカがぽつりと呟いた。

 伏し目がちの黒い瞳がグレンを見上げた。

「……心配なのよ。グレンやジーナが」


「珍しいな。お前がそんな事を言うなんて」

 雷鳴党は、主に【町】で生まれ育った地元出の若者から構成されていた。

 他所からやってきた連中が大半を占めている黒影党とは、基本的に反りが合わない。

 とは言え、どちらも社会から爪弾きにされた者たちが肩を寄せあって作った、小さな互助組織に過ぎない。

 所詮は似た者同士。どちらも相手を潰すほどには、憎み合ってる訳ではなく、喰うに困るほど切羽詰まっている訳でもない。

 なにより、相手を潰すことは許されない。大きな抗争になれば【町】が介入してくる。

 グレンとて【町】の統治者たちの不興を買うほど、やり過ぎるつもりはない。

 一歩先は闇のティアマットではあるが、今のところ、グレンの嗅覚に危険な兆候は感じ取れない。


「ごめん。忘れて……変なことを言った」

 慌てて俯き、スープをカチャカチャとかき混ぜるルカを見ながら、グレンは穏やかな声で囁いた。

「用心するよ」





 攻められる方よりも、攻める方が常に強いとは誰の言だっただろうか?

 攻められる側が不断の緊張を強いられるのに対して、攻める側は好きなタイミングで好きな場所を攻撃することが出来る。その意味では、ギーネとアーネイの根城を突き止めた(正確には誘導された)雷鳴党が、その日のうちに攻め込んで来てくれたのは、二人にとって幸運であったかも知れない。


「……2……3、今3名が新たに敷地内に侵入……7……8……さらに、敵影を確認。

 かなりの人数です」

 ホテル・ユニヴァースの屋上にうつ伏せに寝そべったアーネイは、携帯端末からワイヤー式生体単眼球を伸ばして正面ゲートの監視を行っていた。


生体式単眼球の視界は全天360度を完璧にカバー。双眼鏡のように2キロ先まで視認可能であり、侵入してきた愚連隊の位置と人数を、指向性を持った圧縮電波でリアルタイムにギーネの端末に送信している。


当初は、現在のティアマットでも比較的入手が容易な有線ケーブルを敷設することで電話線を繋ぐ案も在ったが、時間的に間に合わないのと、愚連隊が帝國の軍用無線を受信できるだけの技術力を持っているとは思えなかったことから断念している。


「大丈夫ですぞ。鍛え抜かれた帝國軍人は、1人で10人の蛮族に匹敵しますのだ!」

手元の携帯からは、相も変わらず能天気な主君の言葉が返ってくる。

(……連中が、アルトリウスの307式軍用無線を傍受できる程の無線機材を持ってるとは思えないが)

 帝國の307式軍用無線は、送信する情報を暗号化し、距離と方角に合わせて可能な限り電波の強さを性質を調整できる。

 並大抵の機器であれば、微弱なノイズにしか思えない筈だが……

 電波の発信源を探知して、攻撃を仕掛けてくる程度に優秀では有りませんように。


 這いつくばった姿勢のままで祈るように目を閉じたアーネイは、網膜に展開されている敵映像の武装と行動を精査しつつ、次々と脅威度をデーター化していった。

 地上からは帝國騎士の姿は視認できない。

 傍目には、ワイヤーの先端だけが風にそよぐ紐のようにゆらゆらと屋上に揺れているだけであった。


 現在のところ、クロスボウが2、槍が1、鉈が3、クリケットバット2、

現地製の粗雑なパイプライフルが3。

 雑多な武装だが、散開しつつ、遮蔽を取って此方の様子を窺っていた。


 敵集団の練度・戦術を上方修正。それに伴う戦力評価をD+からC-に変更。

……10……11……13……

 あのポンコツ君主め。言わんこっちゃない

 なにが帝國騎士は1人で10人の蛮族に匹敵するのだ!ですか。

 下手すりゃ20人以上いるかも知れません」


ぼやいている帝國騎士の耳元に、主君の声が返って来た。


「……聞こえてますぞ、この野郎。アーネイは減給です。

 主君をポンコツ呼ばわりした罪は重いのだ、オーバー」


「おっ、国家機密漏えい罪かな?オーバー」

 無駄口を叩けば叩くほどに、通信や発信元を探知される可能性は高まる。

 が、まるでお喋りを止めたら死ぬかのように、二人が無駄口を止める気配はなかった。


「その減らず口を止めないと、減給に加えて降格ですよ。

 帝國ティアマット方面軍No.2の地位を失いたくなければ、精々、職務に励むがいいのだ」


 ちなみに主君ギーネがほざくところの【帝國ティアマット方面軍】は、総兵力2名である。

 裏門にはギーネが控えていたが、ホテル・ユニヴァースの敷地面積はおよそ120000平方メートル。

 全ての侵入可能ポイントをたった2人でカヴァーするには、些か広すぎた。


 ……16……17……武装した若者の集団が次々とホテルの敷地に侵入していた。

 地図らしき図面を広げた中年男が、物陰から建物を指さして周囲に集った部下に何やら指示している。


「いま、18人目を確認。見たところ、全員素直に正門から入ってくれるのはいいけれど、たった二人で何とかできるシチュエーションじゃないでしょう?

 傲慢なのもいい加減にしないと、そのうち高いツケを払うことになりますよ。

 そもそも、減給以前に、給料と言う名の未知の概念を一度でいいから観測してみたいんですがね」


「うぬぬ、アーネイともあろうものが臆したか。

 真の勇者は敵がいかに強大でも、決して退いたりしないのだ。

 それと、あまり人数が多いようなら、プランCに移行。即時撤退しますぞ」


 心中、毒づいてる帝國騎士が正門入り口を見下ろせる屋上の一角、色々と拗らせている主君が裏手最上階の一室。可能な限り多くの侵入可能ポイントを二人でカバーできる位置で監視に努めているが、当然に死角は発生している。

 また、敵がそれなりに手練の場合、ホテルの構造から逆に監視ポイントを割り出される可能性も在った。


 ギーネとアーネイは、雷鳴党にそこまでの練度は無いと踏んでいた。

 愚連隊は、恐らくではあるが、住人である帝國人たちほどにはホテルの構造を熟知はしてない筈だ。

 下調べくらいはしているかも知れないが、見取り図などは用意していないだろう。

 統一的なデーターベースが失われたティアマットにおいて、狙った過去の建築物の設計図を入手するなど、よほどの幸運に恵まれない限り困難な話である。


 また、これまでに収集した情報からは、雷鳴党が重火器を用いている徴候は存在していない。

機動甲冑のようにライフル弾をものともしない甲種兵装は勿論、アーマーやプレートと言った拳銃弾を止める程度の丙種装甲でさえ相手取る可能性は極めて低いと予想されていた。


 思考を馳せてから、アーネイはくぐもった声で、クックと喉の奥で笑う。

 ……筈だ。だろう。と思われる。

 仮に、自分が部下にそんな報告書を出されたら、突き返すに違いない。


 だが、今はアーネイ自身が、仮定に仮定を重ねた作戦計画で迎撃しなければならない。

 そもそも、このティアマットでは、全ての敵が未知の存在だ。


 ……中々、思うようにはいかないな。

 事前の作戦計画に狂いや見落としがあったら?想定に間違いがあったら?

 疲労や過信、思い込みが影響してはいないか?エラーは必ず発生する。

 自分に間違いがなくとも、敵が此方の想定を超えていたら?偶発的事象は起きてないか?

 愚連隊だと侮ってないか?何か見落としてないだろうか?

 いや、今回は多分、大丈夫。大丈夫だ。


 無意識のうちに腕が僅かに震えていた。

 指を軽く噛むことで恐怖を抑えてから、見つからないよう慎重に頭を起こし、双眼鏡を使ってホテルへと続いている街路を探査してみる。


 「……敵の後続は、確認できず」

 相手は高の知れた愚連隊だが、迎撃計画ではやや高めに戦力と練度を設定した。

 しかし、必ずしも想定内の行動をとってくれるとは限らない。

 常に推測であった。


 真正面から戦った場合、なんとか出来る人数ではない。

 2人で多勢を打ち破るには、こちらが仕掛けたトラップゾーンに引きずり込むしかない。

 相手の行動も、戦力も、こうであろうと想定した上で対策を取らざるを得なかった。


 敵の兵力と装備が想定を越えて上回っていたら?

 その行動と判断力が我々の予想を大きく外れたら?

 一応の手順は打ちあわせて定めてある。が、現実には臨機応変にならざるを得ない。


 ギーネ曰く、高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応するのだ。との事である。

 素晴らしく大雑把おおざっぱ、かつ高度に抽象的な指示であった。

 つまりいつも通りである。

 作戦行動における裁量を一任していただき、身に余る光栄でございますとも。


 火力が上回っていたら?サイボーグは?ドローンの兆候は?

 ジャミングしてきたら?動体探知機や生体レーダーを保有していたら?

 爆薬を仕掛けられていないか?強化人間はどうだろうか?歴戦の兵士が紛れてないか?

 ミュータントを飼い慣らしているかも?毒薬や病原菌、ガスを使用してこないだろうか?

 ナノマシンを埋め込んでいるかも知れない?脳の情報でデーターリンクされたらどうする?


 未知の土地から土地へ、流れ流れてきた。

 幾度となく戦ってきたが、人間相手の戦闘は、常に不確定要素が入り込む。

 平凡なチンピラに見えて、敢闘精神に溢れていたり、自己犠牲を厭わぬ勇敢さを持っているかも知れない。

 敵のリーダーが、情報伝達や学習速度において優れていれば、意表を突かれることも在るだろう。

 いずれにしても、人間とは個体差の大きい生き物であった。文化的に熟成した社会ほど、その傾向が大きくなる。

 総体として捉えても、ティアマットはかつて科学技術文明の申し子であり、ノエル大陸の在りし日の社会もリーダーシップや勇敢さに価値を見出す文化的傾向を持っていた。

 とかく、その時となってみなければ、分からないのだ。


 相手が上手だったら、こんな呑気に会話を交わしている次の瞬間、間抜け面を晒したまま、脳髄を撃ち抜かれるかもしれない。 光学迷彩で隠形している狙撃兵一人いるだけで全てが狂う。


 アーネイ・フェリクスは、大きく息を吸った。

 湧いて出る不安と恐怖を押し殺そう。

 わたしはただひとつの拳銃だ。

 いつか、より優れた敵に撃ち抜かれるか、摩耗して砕け散る日まで戦う、何処にでも転がっている戦闘機械だ。


 心に拳銃を思い浮かべる。7歳の誕生日に祖父より贈られたラハティL-35。

 その重く冷たい手触りまでも、指の先に鮮明に蘇ってきた。

 丁寧に手入れされているそれの撃針を起こし、引き金を引いた。

 精神を切り替え、造り替える。精神と頭脳が急速にクールダウンしていった。


「(情報を持ち帰る役割を兼ねた)予備兵力と思しき後続は?」

 ギーネからの問いかけに、静かな声音で応える。

「ここからでは視認出来ません。視界は良好。敵戦力は総員22名、オーバー」

 無線からは、しばしの沈黙。

「……此方でも、たった今、侵入を確認しました。

 裏手から7名。小型無線機の所持を確認」


「敵戦力は当初の想定を上回ります。如何しますか?」

撤退か、戦闘か、主君に呼びかけて、その決断を数瞬、待ち侘びた。


「……皆殺しです。容赦なく、迅速に。一人として生かして帰すな」

 無線機から返ってきた主君の指令を受けて、帝國騎士の口元に笑みが浮かび上がった。

「イエス、マイロード」

 獰猛な肉食獣めいた笑みであった。




※Ambush 

待ち伏せ……伏兵とも

敵の侵入を予想して、侵入経路に予め有利な交戦地点やトラップゾーン、キルゾーンを設定。

任意のタイミングに効率的な奇襲を加えることで、短時間かつ少人数で多大な打撃を敵に与えることを目的とする戦術。


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