表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
79/117

マインドセット

「ハンターはよろしい」

 それが開口一番、話し合いの席に着いた【町】の役人モリス氏の発言であった。

「先刻まで議会で話し合いをしていたがね。

 君らが要望していた活動は、滞在中、大筋で認めるという方向に纏まったよ」

 約束の時刻に少し遅れてやってきたモリス氏は、広場のカフェスタンドで湯気の立つコーヒーを啜りながら、勿体ぶった口調でレンジャーたちに確約してくれた。


「人数の制限は無いということか。結構な話だな」

 グレイ少佐が肯きながら念を押したが、なにがおかしいのか、くすくす笑いながらモリス氏は鷹揚に肯いた。

「うん、好きにしたまえ。正直な話、銃を担いだならず者など全員、引き取ってもらっても構わんよ」

 特徴的などじょう鬚を撫でながら、そう告げるお役人の気前の良さに驚いたのか。レンジャーの誰かが口笛を吹いた。


 予想外の一言に驚愕したのは、ハンター組合の職員であるところのエリナ嬢も同様である。

 おい、ちょっと待て。

 そのならず者が、狙った銃を当てられるようになるまで、どれくらい手間暇がかかると思ってるんだ?

「まったくハンターなんて暴力的で野蛮な無宿者連中は、景観を損なうだけだからね」

 衝撃に固まっているエリナの目の前で、レンジャーたちにハンターを引き抜き放題していいよと許可したモリス氏が、一転して厳しい口調で言い放つ。

「だが、市民権所有者および、二級市民の中でも医師や技術者などに対する勧誘は認めん」

 それが市民の正直な意識なのかも知れない。が、ギルド職員のエリナからしたらとんでもない約束であった。

【町】の防衛や機械部品調達などのかなりの部分をハンターが担っているのだ。評議員たちがそれを把握していないとしたら、正直、エリナは市民たちの正気を疑わざるを得ない。


「ふむ。技能保持者は駄目か。

 だが、ハンターだけでも許可を貰えるなら、有りがたい話だな」

 冷徹な口調を崩さない少佐だが、僅かに口の端が吊り上がっていた。



 エリナ・ヴィーボックは真面目な職員とは言えない。立場の弱い後輩に残業を押し付けることも多い。

 今の時代、誰もがやってることよ、と嘯きながら、仲の良いハンターに仕事を廻し、或いは、情報を洩らす代わりに、奢らせたり、小銭を稼いだことも五度や六度ではない。

 ハッキリ言って小悪党である。であるが、流石に今の放言は見過ごせなかった。


「ちょ、おま……ばっ!」

 小さく悲鳴を上げて口を挟んできたエリナを、モリス氏が片眉上げて不愉快そうに睨み付ける。

 蝶ネクタイに恰幅の良い体格のモリス氏。仕立ての良い背広は、界外かいがいからの輸入品か、最近まで特殊コンテナで梱包されていた発掘品であろうか。

 ティアマットに生きる以上、誰もが漂わせている筈の恐怖と緊張感の匂いが、モリス氏からはとんと漂ってこない。

 きっと【町】における特権階級の出に違いない。もしかしたら、安全な市民区画から出たことも殆どないのではと思わせる毛並みの良さであった。


「い、いけませんよ!それは!」

 二百年前から着古してきたエリナのスーツは、頑丈なだけが取り柄の化成品だが、流石に所々、色褪せ、綻びている。

 あまりの違いと、そんな人物に噛みつかなければならない自分の立場に思わず涙が出てくる。

 それでも、エリナは言葉を続けた。愚行に見える発言を、必死に制止しようとする。

 この際、市民の一人に睨まれても言うべきことは言わねばならない。そう決心した。


 ハンターにはならず者も多いが、真っ当な人格の持ち主も少数とは言え存在している。

 自分なりの掟を持ちあわせたハンターは、無法者の規範であり抑止力となりうる楔だ。

 プロメテウスにそうしたハンターばかり引き抜かれてみろ。

【町】の法と無秩序の均衡が崩れる。ひいては治安の劇的な悪化を招くやも知れない。


 善意や順法意識は、水のように高価で貴重な時代。

 誰もが破滅と隣り合わせに生きている世界であった。

 安全も、繁栄も、無料ではない。目に見えない多くの要素にぎりぎりの綱渡りで支えられている。

 死の息吹を間近に感じながらも、人間としての法を守ろうとする人物は貴重な存在だった。

 それを所払いなんて、とんでもない!


 愚行にしか思えない。撤回させないと駄目だ!

 市民の一人に睨まれても言うべきことは言わねばならない。今こそ、勇気を出す時だ。


 説得しようと口を開きかけたエリナを見て、モリス氏の小さな目に鈍い光が宿った。

 しかし、それは怒りの炎であった。

 鈍く見えたモリス氏は、しかし、エリナの逆らう気配を明敏に察してきた。

 小癪にも、ハンターギルドの職員ごときが【町】の役所の対外協定交渉室室長である己の言葉に口を挟んできた。それは、モリス氏にとって逆鱗に触れる行為であったらしい。


「君は……なんといったか?」

 どじょう髭の形を整えながら、モリス氏が甲高い声で尋ねてきた。

「ヴィーボックです。エリナ・ヴィーボック。ハンターギルドの……」

「あぁ、現地採用組だったかな。で、君は市民権保持者かね?」

 エリナの言葉を遮って、モリス氏が無関心そうな口調で質問を被せてきた。


「いえ……」

「ふん、移民と言う訳か。だろうな。

 町の創始者に連なる姓は、全て記憶しているが、ヴィーボックなどと言う性は聞いたことがない」


 あっ、マウンティングの気配。おれの方が偉いんだぞって匂いをプンプンさせてる。

 めんどくせーな。死ね、糞役人が。内心罵りながらも、エリナは表面上、恐れ入ってみせる。


 やや満足したかのように目を細めたモリス氏は、創立者の直系である純正の市民であった。

 一方のエリナは移民の血が混じっている。

 お爺ちゃんに至っては、お婆ちゃんが海賊行為して他世界から浚ってきた異世界人である。

 なにしろ、お爺ちゃんの故郷は、お婆ちゃんに焼かれているのだ。

 愛し合うように見える二人だが、未だにその話題で罵り合うほどである。

 でも、近所では問題にならない。だって、その一角は、みんな海賊と誘拐された人の子孫だから。

 そんなエリナにとって【町】は世界の全てではなかった。


【町】が小さいものだと言う視野の広さは、エレナが【町】を愛していないと言う事を意味しない。

 外の世界を認識はしているが、自分が必ずしもそこで生き延びられると確信している訳ではない。

 むしろ【町】が滅びることも在りうると認識しているだけに、その存続には神経質にならざるを得ない。

 血縁は【町】では大きな意味を持つが、【町】が潰れてしまったら意味が無くなってしまう。


 エリナには理解できるその理屈が、モリス氏には理解できない。

【町】が滅亡するなど、モリス氏からすればあってはならないことなのだ。

 想像するだけで罪深いことであった。

 もしエリナが自分の子供であったら、モリス氏は鞭をくれてでも、町が滅びるなどという発想を瞬時でも思い浮かべたそのねじ曲がった性根を叩き直さねばならなかっただろう。


 モリス氏の冷えきった眼差しを見て、エリナは口を閉じることにした。

 言葉を続ければ、怒りを買うのは分かりきっている。

 いんや、すでに怒りを買っているようだ。

 これは仕方ないね。市民様が【町】が滅んでもいいと言ってるんだ。

 スペインで言う『ケセラセラ』って奴だよ。うん、なるようにしかならないね。

 十年後の世界の滅亡よりも、今日のお給料である。

 町が滅びたとしたらお前が原因だ。ふぁっく。


 不承不承、口を噤んだエリナの前で、レンジャーの隊長グレイ少佐が考え込むように顎に手を当てた。

「……教育を受けた市民は良き兵士になるが、残念だな。

 しかし、ハンターについては感謝しよう。モリス氏。両事項を文書で確約しよう」

 断固とした口調のモリス氏に、グレイ少佐は難しい顔をしながらも肯いた。

 表面上、険しい表情を崩していない少佐だが、内心、してやったりとほくそ笑んでいるのがエリナには丸分かりであった。

 ハンターの引き抜きの件に触れた瞬間、少佐の頬の随意筋が僅かだが痙攣していた。

 とは言え、エリナに交渉を左右できる出来る立場がある訳でもない。

 頭を抱えて、あー、だの、うー、だの呻いているエリナをよそに話し合いは進んでいく。

 プロメテウスの若い将校が、同情するようにエリナを見ていた。


 多分、モリス氏は他人の機嫌を窺う必要も、腹の内を読み合って自分に都合のいい条件を押し付ける交渉もしたことが無いのだろう。なぜ、交渉担当者なのか。

【町】の未来を真に憂うざるを得ないエリナである。


 プロメテウスのような独立した武装集団が勧誘するなら、それは始めから、生まれ落ちた居留地への帰属意識を持つ市民ではなく、寄る辺を持たぬ放浪者が主に違いない。

 欲するとすれば、町で問題なく溶け込んでいるような穏当な人格の持ち主、かつ腕利きのハンターなどだ。


【町】が警備隊の兵士や保安官助手をハンターから募集する時も、他所の居留地やレンジャーが新人をスカウトにやって来る時も、粉を掛けるのはそうした人物であった。

 一番、引き抜いて欲しくない人種に限って、どいつもこいつも引き抜こうとするのだ。

 まして、プロメテウス。そのネームバリューには、義侠心を持つ者を惹きつけるだけの力がある。


 憮然としているギルド職員の傍らで、グレイ少佐が口を開いた。

「で、自由労働者や移民に対してだが……勧誘は認めて貰えるのかな?」

 最優先すべき交渉条件であるハンターへの勧誘を抑えたにも拘らず、少佐はさらに一歩を踏み込んできた。

 相手が譲歩できる余裕を見せているなら、さらに踏み込んで交渉するべきだった。最大の目的を隠す目晦ましにもなるのだ。


「その他についてだが、ふむ」

【町】の役所からやってきたモリス氏は、手元の書類に目をやってから鷹揚に肯いた。

「移民や自由労働者の中に医療や電子技能保持者、工学などの技能保持者がいた場合は、要相談となるかな」


 条項を一つ一つ書面に記しながら、話し合いは進んでいく。

 モリス氏は別として、エリナから見れば、ずっとプロメテウスのターン!で進んでいるように思えてならない。

 両者の拠って立つ立場や視点からの違いも在るには在るだろうが、苦いものを飲み込んだようにエリナの気分は重く沈み込んでいる。


「議会の一部には、プロメテウスによるハンター勧誘を渋る者もいたがね。私が押し切った」

 まるで功績を誇るようにモリス氏は大きく胸を張った。

「ただし、我々にとって、君らプロメテウスの機械部品や医薬品は必要不可欠と言う訳ではないのだ。

 そこは肝に銘じておきたまえよ?」

 書面に指を突き付けて、身を乗り出した。

「勿論だ。物資のレートについては、諸事情を考慮しよう」

 どうでもいいならず者を好きに雇っていいという些細な譲歩と引き換えに、バーター取引で提案されていたレートを幾らか有利に変更させたモリス氏は、少佐の言葉に対して、いい取引だったと言わんばかりに満面の笑顔で大きく肯いてから、握手を求めて右手を差し出したのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ