都市伝説 urban legend
プロメテウスのレンジャーたちが宿泊しているホテルがある<町>の西広場まで、エリナは自分から赴いた。
<大崩壊>以前は駅前のロータリーとして市民の憩いの場であった西広場には、人影も疎らで、パラソルの残骸が並んでいる寂しげな風景が広がっていた。
かつては色取り取りに鮮やかだったパラソルも、今は色褪せて千切れた切れ端が埃っぽい風に泳いでいる。
冷たい風に一瞬、体を震わせてから、電話で約束した待ち合わせ場所へと急いだ。
「ここら辺にいる筈だけど……」
伝えられた特徴を探して、周囲を見回してみる。
文明は、緩やかに後退しつつあった。
ある程度、高度な携帯端末などは製造も修繕も不可能であり、辛うじて原始的な有線電話を使ってやり取りをしている。
それとて町とその周辺地区にだけ通じるものであり、補修用の部品が尽きてしまえば、やがては使えなくなるだろう。
とは言え、今はまだ文明の産物も少なからず残されており、残滓とは言え、その恩恵を<町>の住人は大いに受けていた。
19世紀の発明品でさえ、在ると無しでは大きく異なってくる。
<町>が近隣の農園を含めた千単位の人口を支えていられるのも、浄水設備を始めとする、大規模なインフラが生き残っているからだ。
大きな亀裂が走っている国道の残骸から、やや外れた地下鉄駅入り口の前。
そこに迷彩服姿の一団が佇んでいるのがエリナの目に入った。
全員が銃器を……それもお手製のパイプ銃やマスケット、拳銃程度の代物ではなく、高性能なライフルや自動小銃を携えていた。
プロメテウスのレンジャーたちが携帯している火器がどれ程強力極まりない武装なのか。
ギルドの職員であるエリナには一目で理解できた。
貴重な筈の弾薬を、予備の弾倉や挿弾子単位で携帯している。
軍服に括りつけたクリップから覗いている薬莢も、傷一つなく輝きを放っていた。
Ⅾ級、E級の腕利きハンターに限ってギルドが支給する弾薬でさえ再生品にも拘らず、一団のそれは鋳造されたばかりの真鍮を使った新品に思える程、眩く輝いている。
当然、そこら辺の工房で造られた不発弾やら弱装弾混ざりの安物とは訳が違う。
ギルドから最優先で武装を廻される<ギルドハンター>や、<町>が抱える警備隊でさえ、大半の弾薬は装薬を詰め直した再生品である。
再生品だからと言って不良品とも限らないが、考える程に気分が悪くなってくる。
全員に此れほどの数の弾薬、しかも新品を廻せるとしたら、その組織はいったいどれほどの弾薬を製造できるのだろうか。
だって、弾薬にだって消費期限がある。
だから、普通、そんなに製造しないし、潤沢に弾薬を廻せない。
足を止めたエリナは、無意識のうちに人差し指を噛んでいた。
プロメテウスは何人いるんだろう?
百人?それとも二百人?あるいは、それ以上?
仮に……仮の話だが、1個中隊の訓練された兵士に一万発の弾薬を支給することが出来るとしたら?
精鋭揃いの<ギルドハンター>でさえ、相手になる訳がない。
だって、ギルド直轄の彼らだって、鉛の弾頭に安い装薬の再生品を使っている。
そして、支部に備蓄された良質な弾薬でさえ、いいところ二千発なのだから。
一体、なんだよ。あの武装。反則だよ。
なんなんだろう、プロメテウスって……
義勇兵とは聞いている。
でも、あんな強力な武装を必要とする義勇兵って何者だ?
オートモービルを持っている義勇兵なんて聞いたことがない。
傍に在る電灯に寄り掛かって、ため息を深々と洩らした。
町の警備隊が50人、ギルド直属のハンターが20から30。ただし、武装は遥かに劣っている。
仮に自動小銃を集めたとしても、それだけの弾薬など田舎町では到底、揃えられない。
……恐いなぁ。あの人たちがその気になったら、<町>だって滅ぼせるかも知れない。
それ以上の兵力を持ってる軍閥や武装集団もいるらしいけど、いずれも勢力圏はかなり遠い。
まあ、プロメテウスは比較的に評判がいい武装集団だから多分、大丈夫だろう。多分。
それでも、ボードマン副支部長が神経を尖らせる訳がよく理解できるわね。
電灯の柱に寄り掛かったエリナは、しかめっ面でレンジャーたちを眺めた。
下着姿でうろついていた付近の住人が、怪訝そうな目を向けてすれ違っていった。
基本、立ち入り禁止となっている地下鉄出入り口だが、一部の移民にとっては格好の住処なのか。勝手に駅構内に住み着いてる者も少なくなかった。
階段に腰掛けたレンジャーたちを見上げるように、レゲエ風のいでたちにサングラス掛けた移民が地下通路に立って熱弁を振るっていた。
「本当は、立ち入り禁止なんだよ。
ゾンビやら、馬鹿でっかい鼠やらがうろついてるし、地下鉄野郎に浚われるかもしれないし、でも、住むところないしさ」
「地下鉄野郎?」
若いプロメテウスの士官が首を捻った。
「だから、地下鉄に住んでる部族連中さ。
槍で武装して、こう顔にペイント塗ってる奴ら。
噂じゃキノコと豚みたいにでかい鼠を育てて喰ってるんだとよ。
で、飯が足らないのか、縄張りに迷い込んだ奴は、人間まで喰っちまうんだ」
「冗談だろ?」
言いつつも、士官の目は興味深そうに輝いていた。
おかしそうに笑っている若いレンジャーに、レゲエの兄ちゃんの方が驚いた顔をみせた。
「知らない?マジで?地下鉄部族だよ?
見たことも、聞いたこともない?
地下の大蛇は?
それも知らない?一体、何処に住んでるの?」
「それも聞いたことない。
おい、誰か聞いたことある奴いるか?」
若い士官が背後にいる兵士たちを振り返った。
「いや、ないです」
首を横に振る兵士たちだが、彼らは主として山岳都市ベレスと近隣の居留地の出身であった。
内陸の山岳地帯と、沿岸の平野部で地下鉄網が発達していた【町】とでは、脅威の事情が異なっている。
「得体が知れない都市伝説とか、与太話の類じゃないか?
ほら、スレンダーマンとか、帝國の東方総督が残党と共にティアマット征服を企んでいるとか」
肩をすくめる将校。移民のレゲエは深々と頷いてみせる。
「ティアマットネットワークのDJの正体が軍用衛星に搭載された人工知能だとか、だろ?
いやいや、これはマジな話だって。
俺の兄貴が金持ちの観光客に雇われて地下鉄を案内してる時に、地下鉄野郎の斥候に遭遇してさ」
将校の言葉に、レゲエの兄ちゃん。身振り手振り交えながら語りだした。
「雇った護衛のハンターが三流で逃げ出しちゃったんで、観光客と一緒に浚われちゃったの。
で、捜索隊が見つけ出した時は、兄貴は半分解体されたけど、金持ちは鍋ん中に足首しか残ってなかったんだよ。やっぱ肉付きがいいからかね?
友だちのスカベンジャーも地下鉄漁ってる時に、連中に在ったって言ってるし
ここら辺じゃ有名だよ」
「おいおい、マジかよ。友だちのハンターって怪しすぎて説得力ないぞ」
兵士の一人が疑問を挟むも、レゲエはドレッドを振り回して熱弁を振るう。
「連中。時々、あがって来るんだぜ。人を浚いにさ。
で、副保安官……町で一番の早撃ちなんだけど、撃ち殺した地下鉄野郎が、ほら、あそこに飾られてる。
あの頬にペイントされた頭蓋骨は、連中への警告なんだ」
レンジャーたちがレゲエの指した先に視線を転じると、広場の片隅の柵の上。
埃っぽい風に吹かれて髑髏がカタカタ鳴っていた。頬に僅かにへばりついた皮にはペイントの跡が残ってる。
「……で、地下の大蛇ってのは?」
首を傾げた若い将校の質問に、レゲエが魔除けに十字を切った。
周囲を見回すように眺めてから、褐色の顔にまぎれもない恐怖の表情を浮かべながら声を潜めた。
本気でビビってるのか。演技だとしたらすげえな。と将校は思わず感心する。
「馬鹿でかい大蛇さ。いや、大蛇だと言われている。その正体は不明だ」
鼻の頭に皺を寄せながら、蛇のつもりか。
指先をしゃっしゃっと動かしている。
「やつは地下に潜む暗黒世界の帝王だ。
電車ほどもある大きさで、なんでも喰っちまう。ライフルも通用しねえ」
「おいおい。ライフルが効かないだって?
そんな変異獣がいたら、今頃、俺たちは商売あがったりだよ」
ケリィ兵長が声を上げるも、レゲエは首を振るってる。
「聞いたことないか?あの呪われた地下鉄跡の町マグダの話を。
三百人以上の住人が一夜にして消えちまった」
「マグダの話は耳に挟んだことがある。
だが、あれは、住人が疫病で町を捨てたんだよ」
レンジャーとなる前は、傭兵として各地を彷徨っていたヘザー伍長が苦笑して、うわさ話を否定した。
「おお、そこのカッコいい姉ちゃんよ。
なら、なぜ、住人は食料や弾薬まで置いていったんだ?
曠野を越えるなら必須の品だぜ。
死体が一つも残っていなかった訳は?」
「急いでいる時には、忘れ物だってするだろう?」
ふんと鼻を鳴らしたヘザーに、レゲエが片目を瞑った。
「鋼鉄の門によって封鎖されていた筈の地下鉄入口が、何か凄まじい力によって内側から破壊されていた
マグダの生き残りに在ったことが一度でもあるかい?]
「与太話さ」とヘザー。
「人間が歯が立たない化け物が地面の下を這いずっているって認めるのは恐いかい?
いや、論より証拠だ。
見な。此処に調査隊のレポートの写しがある」
レゲエが自分の荷物からスクラップブックを取り出した。
「これは、グレニア砦のドナヒュー少佐が署名した正式なレポート……のコピーだぜ。
俺は信用できなくても、ドナヒュー少佐は信用できるだろう?」
ページを開きながら、ナッシュ少尉に記事の切り抜きやメモ、写真などを見せるレゲエの兄ちゃん。
自分の集めたコレクションを自慢するコレクターのように得意げな様子だった。
「ドナヒュー少佐?ロバート・ドナヒュー少佐は、僕も聞いたことがある。
砦の司令官で、同時に高名な探検家だ。
どうしてそんなものを持ってるんだよ」
強欲だとも聞いていたが、支配した領域では盗賊やミュータントの跋扈を赦していない。
軍閥の指導者としては、多分にマシな部類だろう。
「羽振りの良かった時にちょっとな。
ほら、調査隊は掌ほどもある巨大な鱗を見つけたそうだ。
此処にサイズと写真が載っている。
マグダの連中は、地下鉄口の一つを厳重に封じていた。
まるで何かを恐れ、閉じ込めるかのように。
そして、それが内側から打ち破られた写真も載ってる。次のページだ」
興が乗ってきたナッシュがページを捲る直前、背後から女性の溌剌とした挨拶が聞こえてきた。
「プロメテウスの方々ですね。
初めまして。ハンターギルドのエリナ・ヴィーボックと申します。
お待たせしたのでなければ宜しいのですが」
応えたのは錆びた鋼のような指揮官の厳しい声。
「プロメテウスのグレイ少佐だ。
このたびは、我々の要請に応えて貰い感謝の言葉もない」
時間切れに舌打ちしたナッシュが、ページを閉じてスクラップブックをレゲエに返却した。
「ありがとう。話は楽しかった。Xファイル返すよ」
礼を言ったナッシュに、レゲエが肩をすくめて何処かを指さした。
「どういたしまして、だ。
どうだい?地下鉄の大蛇がいても不思議はないだろ?」
「ああ。いても不思議はないな。
だが、そんな地下の帝王が実在しているとしてだ。
どうして君は地下鉄口に住んでいるんだい?」
ナッシュ少尉の疑問に、レゲエがにやりと笑った。
「そりゃあ、一目でも奴を見てみたいからさ」
次回予告、ぽんこつキリングドール
訳があって明日から暫くネット使えないんご。
ああー、今日のうちに感想をくれる読者がいたら、ネット使えなくなる前に読めるのにー
でも、ぼくは奥ゆかしいから、感想のおねだりなんてできないよー
チラッ、チラッ




