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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
76/117

これから、君たちには殺し合いをしてもらいます

【9番】は戦闘用奴隷であった。【スクール】で育成された。

夜な夜なミュータントの咆哮が高い壁の向こうから響いてくるような、何処とも知れぬ土地に学舎は建っていた。人種も性別も異なる大勢の子供たちが大陸中から集められ、昼も、夜も、与えられた科目をクリアすべく死に物狂いで修練に励んでいた。

正式名称は、【227-B-42-09】。

だが、長いので教官たちは【9番】、数少ない友人たちは【××××】と呼んでいた。


 担当教官が語るところに拠れば、【××××】の名は、ミュータントに喰われて死んだ両親が在りし日につけたものだそうだ。

 物心ついた頃には、高い壁に囲まれた巨大な学園の跡地で、妹と共に過酷な訓練の日々を送っていた【9番】だが、両親の残してくれた名前に想う処がない訳でもなかった。

 なんとなれば、親が残してくれた唯一の繋がりのように感じられて心が温かくなる時もある。

 施設生まれで名前を持たない友人の【12番】など、何時も【9番】を羨んでいた。



【スクール】が何処に在ったのか、今となっては知るすべさえない。

 【学園】は高い防壁に囲まれていて周囲の景色は見えなかったし、【出荷】されるまではずっとその内側で暮らしていたからだ。

 出荷される際には、薬で意識を失い、気づいたら箱詰めにされて主人の元へと届けられた。


 都市の市民、廃墟の居住者、地下の棲息者、荒野の放浪者、蛮族や略奪者、海の民、そして追放者に変異者。浚われてきた者、売られてきた者、拾われた者、施設で生まれた者。学園には、東海岸の全域からありとあらゆる階層や出自の子供が何十人と集められ、教育を受けていた。


 電子や機械工学系技術者、兵士、農作業従事者、医療技術者、土木作業員、重機取扱い技能者、

 単純労働用。船や車の運転・整備技能。執事やメイド、召使い。清掃業。姓奉仕。

 顧客に応じて、様々な容貌の奴隷が調達され、用途や容貌に応じて様々な技術や技能を叩きこまれ、或いは従順さや沈黙、冷酷や淫乱と言った形質を形作られて出荷されていった。


 ××××は、純戦闘用奴隷だ。

 脱走や叛乱を誘発させない為に、格闘技や斥候は最低限を施されたのみの狙撃特化タイプ。

 商品としての評価グレードは、VS1。

 通常、出荷される商品の中では、それでも最高に近い評価だと教官は語っていた。


 高い壁に閉ざされた、何処とも知れぬ曠野に聳え立つ学舎。

 話すのを許されているのは同じ寮の同級生のみ。

 集められた人種も性別も異なる大勢の子供たちと共に、心の摩耗する過酷な日々。

 昨日まで横にいた子供が落第の判を押されて、ミュータントの餌となって消えていく。


 それでも同じ年齢の子供たちが集まれば、仲の良い友人が出来る事もあった。

 9番と仲が良かったのは、同腹の妹の18番。

 やはり成績優秀な12番とその妹の24番、穏やかな気質の33番。寡黙だが友人想いな42番

 何人か友人はいたが、9番は特に12番と気が合った。

 互いに妹たちがいなければ、一緒に出荷されたいと希望していただろう。

 教官の言によれば、高価なA級戦闘奴隷を4人一組で買うような客は流石に滅多にいないらしかったが。


 全てが崩れたのは、33番が難病を患った時だ。

 残り僅かな薬を使うよりも、成績の平凡な33番を処分する判断を下した【スクール】の教官たち。

 見つかったら殺されるにも拘らず、医務室に忍び込んだ18番と24番。

 早朝の訓練場。戸惑いつつも助命嘆願をする9番と12番の前に、処刑されそうになっている妹たちを人質にした懲罰委員が二本のナイフを差し出してきた。


 ……殺し合え。勝った方の妹だけを助けてやる。






【町】の市民居住区に聳え立つホテル・ナズグルでは、ロビーチェアから立ち上がったセシルが、ギーネに詰めよって抗議していた。

「引っ越すとか、聞いてないよ!」

「言ってないですしー」

「……うぅ」

 ギーネの冷たい眼差しと冷たい言い方に気持ちをくじかれたのか。

 小さく唇を噛みしめたセシルが助けを求めるようにアーネイに視線を向けるも黙殺される。


 潰れる寸前までアルコールを流し込んでいたのか。セシルの足取りは覚束ない。

 テーブルの上には、安酒の瓶が無秩序な摩天楼のように並んでいる。

「むぅ……お酒臭い。少し控えないと体を害しますぞ」

 有害な化学物質めいた安物の合成アルコールの匂いを嗅ぎ取って、ギーネは眉を潜める。

 悪臭に耐えかねたのか。ヴァポリザター(噴射式)の香水瓶を取り出したギーネが、文明崩壊後の世界でも比較的安価に製造されているジャスミン系の香水を噴霧する。


 無言で佇んでいる帝國騎士の目前。亡命貴族と相対したセシリアは、怯んだように目を伏せ、視線を合わせられないままに口を開いた。

「……こ、この前は……ごめん」

「なんです?今さら謝罪ですか?」

 おせえよ、と、見るからに不機嫌そうなギーネ・アルテミス


「話がそれだけなら失礼します」

 歩き出そうと踵を返したギーネに、セシルが切羽詰まった声で呼びかけた。

「まっ、待って!」

 渋々と言った態度で、ギーネが歩を止めると振り返った。

「言いたいことあるなら、はっきり言いなさい」


 拒絶の気配に怯んでいるセシル。

 ギーネ・アルテミスとセシリアは、知り合って一年にも満たない。

 にも拘らず、嫌われるのを恐れているようなその態度を見て、傍らのアーネイは微かに目を細めた。

 闘争の夜を幾度となく越えてきただろう勇者が……分からないものだな。

 まるでわらべのように、心に柔らかなひだを残しているとは。

 軽蔑も、羨望も覚えなかったアーネイだが、意外の感は禁じ得なかった。

 

 兎にも角にも、セシリアには利用価値がある。能力と人望を兼ね備えている。

 信奉者がいても不思議ではないほどに英雄的だ。それが帝國騎士の人物評価であった。

 和解出来るならした方が良いだろうが、アーネイの傍らでふくれっ面をしている主君は、到底、素直に家臣の忠告を聞くとは思えない。


 セシリアも、もっと早めに謝っていればよかったものを。

 こうなると、お嬢さまもいい加減、意固地な御方だからな。

 何処か醒めた眼差しを二人に向けつつも、帝國騎士は主君の好きにさせることにしている。

 頭がいい時のギーネの脳髄は、あれで余人の及ばぬ深謀遠慮を巡らす性能を発揮することもあるし、仮に愚行や我儘で窮地に陥るとしても、それはそれで構わない。


 帰るべき祖国も失い、共に戦った戦友たちも散り、守るべき民衆も共和主義者共に蹂躙された。

 失うべく何物も、もはやアーネイにはない。

 ならば、領地も兵も失った幼馴染に伊達と酔狂で付き従うのも面白い。

 行く先が破滅であっても、地獄であっても構わない。好きにさせてやろう。

 過程を楽しめるならば、言う事はない。どうせ人はいずれ死ぬ。


 仲介する気などさらさら無い帝國騎士の目前。

 じっとセシルを見つめた主君は、喉の奥でむー、と不満げに唸りを上げていた。

「なんですか、女の腐ったのみたいにウジウジと。

 奴隷商人と勇敢に戦ったセシルは何処に行ったのだ?

 喧嘩別れするなら、もう失うものも、恐いものもないでしょう」


 顔を上げて何かを言いかけたセシリアだが、再び俯いた。

「いや……なんでもない。元気で」

 ほろ苦い笑顔を浮かべると、俯いてから諦めたようにため息を漏らした。

 ムスッとしているギーネ。何故か、苦虫を噛み潰したような表情で機嫌が急降下している。

「行きましょう」不穏な気配を感じて促したアーネイだが、手遅れだった。


 とりゃあ!

 亡命貴族が、セシルのおっぱいを叩いた。


「……痛ッ!なっ、なにを」

 仰天しているセシルを、ギーネは理不尽にも怒鳴りつけた。

「辛気臭せー顔しやがって!

 言いたいことがあるなら、言ってみろー、このやろー!」

 赤毛の帝國騎士は、セッシーの胸をぺしんぺしんと叩いては揺らす主君の傍らで天を仰いだ。

 あぁ、もう分かんねえな、これ


「……なっ!なんてことをするのさ!」

 自分の胸を守るように抱きしめながら、後退したセシルが涙目で抗議してくる。

 鷲のように両手を大きく広げたギーネ・アルテミス。人食い熊の構えだ。

 傲岸不遜な雰囲気を露しつつ、人差し指で地面を指さして傲然と言いきった。

「取り繕っての媚びた笑みなんか向けられたくないのだ」

「媚びた?!そっ、そこまで言われる筋合いはないぞ!」


「はあ?ギーネさんは、全宇宙の森羅万象に口出す権利がありますぞ?

 大体、貴女。ずっと、そうやって言いたいことも言わずに生きていくつもりなんですか?」

 怯んだセシリアにギーネが追い打ちを掛ける。

「なんとも卑屈です。見るに堪えないのだ」

 と、あまりと言えばあまりな言い方に、遂にセシルも切れたらしい。

「……わっ、わたしが卑屈だと言うのなら、貴女は卑怯で傲慢だ!」

「なんですと?聞き捨てなりませんぞ!何処が卑怯なんですか?」

 自棄になったように喚いているセシリア。(本人には)身に覚えのない中傷にいきり立つギーネ。


「……だってそうじゃないか。

 馴れ馴れしく振る舞って、人の心にずけずけと踏み込んできて

 その癖、ちょっとした行き違いでこっちの言い分は聞こうともせず……」

 涙目のセシリアが不貞腐れたように吐き捨てた。

「飽きたら気紛れにさよならか。人の気持ちを弄んで楽しいか?

 私が奴隷だからか?貴族さまってそんなに偉いのか?」


 ギーネの瞳に紫電が奔った。アーネイが息を呑むほどの強烈な眼光が、女ハンターを射抜き、しかし怯む様子もなくセシルは睨み返している。

 激昂しかけたように見えたギーネだが、怒りを抑制したのか。傲然と鼻を鳴らした。

「……卑屈な考えですな。貴女の言い方を借りれば、奴隷の出だからですかね。

 そう思いたいのなら、思いなさい」


 ロビーの一角は、シンと静まり返っていた。

 この頃には、ギーネ・アルテミスが相応の腕を持つ手練だと知られていた。

 偶然、近くに居合わせた同業のハンターなどは、重苦しい雰囲気に恐れをなしたのか、巻き添えを喰らうまいと足早に立ち去るものいたし、近くに座っていた者は、固唾を呑んで見守っている。


 互いに言ってはならないところまで踏み込んだかな。

 セシルの事は嫌いではなかったが、ギーネを守らねばならない。

 小さく舌打ちしたアーネイは、攻撃的に主君を守れる位置。セシルがギーネに飛びかかった場合、一瞬で命を刈り取るつもりで斜め後ろに音もなく移動した。

 友情には深い亀裂が入った、二度と修復されまいな。

 そう踏んだ帝國騎士の予想を裏切って、しかし、睨み付けていたセシリアは、視線を逸らしてから苦しげな表情で告げた。

「……そんな奴に思えないから、悩んでいるんだ」


 無言で睨み合いつつも、ギーネとセシリアから闘争寸前の荒々しい気配は薄れていた。

 ……破局は避けられたか。一歩間違えれば、血を見る結末になると思ったが。

 内心、微かに安堵したアーネイは、やはり口は挟まなかった。

 寧ろ、二人の傍から距離を取ると、其の儘、近くの椅子に陣取って煙草を咥える。


 喋りながら、言いたいことを纏めているのか。セシルはぽつぽつと言葉を洩らした。

「……絶交なら、それはそれで仕方ない。咎は私にある。

 そうされても仕方がないかも知れない。

 だけど、その前に……」

 ギーネは、不機嫌そうにしながらも、刺々しさを少し薄れさせて大人しく耳を傾けている。


「確かに、手柄を奪った形になったかもしれない。

 でも、望んでしたことじゃないし、借りっぱなしにすることはない。

 もし、手柄が欲しいのであれば、手助けだってする。

 生きていれば、次もある。取り返しがつくじゃないか。

 あんな出来事一つで、友情がどうでもよくなるのか?」


「……思っていたよりも、ナイーブですね。

 こんな世界なのに。いや、こんな世界だからか」

 親指を形の良い唇に沿わせながら、ギーネは首を傾げた。

「友情に幻想を抱きすぎですよ。壊れる時は簡単に壊れます」


 白銀の髪をかき上げて何かを考え込んだギーネ・アルテミス。しばらく沈黙してから口を開いた。

「……取り返しがつくと言いましたね。

 でも、ある種の人間にとっては、違うのです。

 命を懸けて勝ち取った武勲は、その者の命そのもの。そう考える人種も世の中にはいます」

 何か言いたげなセシルを、手を上げて押し留めた。


「……命を懸けて行ったこと。真実には意味がある。

 意味が無いとしても、尊重したい。

 誰も知らなくとも、私が行ったことは私の勲。セシルがした事はセシルの勲」

 深紫の瞳が、セシルを見つめていた。

「誰が知らなくとも、何者に記憶されずとも、この瞬間の己が自身の為した正義と勇気を知っている。

 ならば、その瞬間の自分は、永遠不滅なのです」

 肩を竦めて、亡命貴族は言葉を続けた。

「悪意がなかったのは、理解しています。だから怒ってはいません。

 そして、きっと、セシル的には、あの件は取り返しがつくことなのでしょう」

 一息ついて、ギーネは改めてセシルを見つめた。

「これは、生き方の違い。心の在り方の違いです。

 それが明白になった以上、一緒にいない方がいいのだ。

 名誉を重んじるか、命を尊ぶか。

 ギーネさんの名誉と栄光は、誰がどう思おうともギーネさんのものであり、セシルの栄光と名誉も、やはり、セシルのものなのだ」


「……命を懸けた成果を盗んだのなら、もう一度、今度はわたしが命を懸けて貴女に助力すれば償えるかな?」

 命の借りは命で返せるのではないか。己の価値観に基づいておずおずと提案したセシルだが、帝國貴族は首を振って否定した。

「そうではない。名誉は貸し借りできるものではないのだ。

 貴殿は我が名誉を軽んじた。

 そして、民も、領地も、軍勢も、全てを失って、最後にギーネ・アルテミスを貴族足らしめているのは、貴族たらんとする己自身の自負です。生き方であり、矜持です」

 怒りもなく、嫌悪もなく、ただ吶々と語る帝國貴族。

 セシルとて、人それぞれに譲れないものが在ることは知っている。

 しかし、異なる文化に生まれ育った人間の行動原理となると流石に想像の埒外だった。

 どうやら、ギーネの地雷を踏んだらしいとも薄々、理解している。

 償う方法はないのか。考えるも、しかし、まるで思い浮かばない。

 戸惑ったように瞳を揺らすセシリアに、淡々としたギーネの言葉だけが耳に入ってくる。

「名誉が、わたしの最後の拠り所。それを失ったら、わたしは貴族ではなくなってしまう。

 例え、他者の目に、形骸に拘る愚かな骨董品に見えたとしても、名誉を捨てる訳にはいかない。

 己の歩むと決めた道だけは外れる訳にはいかない」


「一敗地に塗れて、故国を追われても、ギーネ・アルテミスは貴族です。

 誰が知らなくとも、己が貴族であることをギーネさんは自分で知っています。

 だが、誇りを捨てたら、わたしは貴族ではなくなってしまう。

 名誉と魂を失ったら、例え神羅万象をこの手に収めても虚しいだけです」

「……分からないよ、命以上に大事な物なんてない。

 生きていれば、取り返しのつかないことなんてない筈だ」

 途方に暮れながらもそう告げるセシリアを、ギーネは静かな眼差しで見つめた。

「これは名誉に対する感覚の違い。生きてきた文化と生まれの違い。

 どちらが正しいとか、良い悪いの問題では有りません。

 私は、貴女の行動と判断に理解を示し、孤独と焦りからの侮辱を赦します。

 貴女が私を赦すかどうかは好きになさい」

 ギーネは、既に完結した己を律する掟を持っており、恐らくはなにを言っても届かないのだと、セシルは理解した。


「貴方を嫌いではありませんが、生き方が違うのですよ。さよなら、セシル」

 ギーネ・アルテミスは冷淡な口調で、決別を告げたのだった。


かんそー嬉しいでしゅ

おにーしゃんたち、もっとかんそーくだしゃい


頑張って喋ってる可愛い幼女を想像してください

どうです、感想書きたくなったでしょう


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