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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ライオット
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curiosity killed the cat 好奇心は猫をも殺すのだ

「誰だ!何をしていやがった!」

「爺の連れか?こそこそ隠れてなんのつもりだ!?」

 口々に問いかける雷鳴党の態度は、威圧的であり、詰問の様相を帯びていた。

 険しい視線には、強い敵意と警戒心が露骨に見え隠れしている。


 神経質になるのも、無理もない。

 雷鳴党はつい先刻、無関係の人々を抗争に巻き込んで人死にを出したばかりだ。

 不始末しでかしたばかりの彼らは、自警団……【町】の司法に睨まれている。

 市場を仕切る大手の徒党とは言え、暫くは大人しくしてなければならない立場だろう。


 如何に命が安い廃棄惑星ティアマットとはいえ【町】は一応、文明地としての体裁を保っている。

 法もあれば、秩序もあった。

 愚連隊とて、取りあえず今日のところくらいは反省と恭順の姿勢を示さねばならない。それが昨日の今日どころか、舌の根も乾かぬうちに家畜を奪い取る為に商人を殺してしまった。


 よそ者とは言え、商人を殺したのを目撃されたのははなはだ拙かった。

 これが普段であれば、言い訳の一つも聞いてもらえるだろうが、抗争をしたばかりで殺人は些かやりすぎである。


 そうした立場の雷鳴党であれば、次に考えるのは当然に隠蔽だ。

 いや、抗争の後だからこそ、誤魔化せるかも知れない。

 木を隠すには森の中だ。……いっそ、こいつらも始末してしまうか。

 毒を食らわば皿まで。ギーネと少女を見つめる雷鳴党は、そんな風に算段しているのが丸分かりな冷酷残忍な目つきをみせている。


 ギーネさんの命を随分と安くみてくれるものなのだと、亡命貴族は、不満げに鼻を鳴らした。

 すぐに襲ってこないのは、関節に強化プラスチックや鉄製のプロテクターをつけ、大ぶりのナイフを腰から吊るした帝國人の風貌から、ハンターと当たりをつけ、手強いかどうかを生意気にも値踏みしているからだろう。


「お前たちは、誰だ」

 恐らくは、ミュータントとの白兵戦の痕跡か。

 頬が大きくえぐれた雷鳴党の青年が進み出て、ギーネたちに問いかけてきた。



『下手打ちましたねー。さて、どういたしますか。マイ・ロード』

 緊張感も薄そうに母国語でぼやいているアーネイは、背後からの不意打ちを警戒したのか。

 死角をカバーできるギーネの斜め後ろに陣取っている。


「……どうしましょうね」

 壁を背にしつつ、三方にさっと視線を走らせたギーネ。

 雷鳴党の人数は、男女9人。どこか据わった眼付きでギーネたちの動きを警戒している。

 年若い者も含まれているが、戸惑う様子を欠片も見せず、場馴れした雰囲気を纏っていることから、全員がそれなりに修羅場を踏んでいるものと見えた。

 狭い路地は、ピリピリとした緊張感に包まれている。

 一つ間違えたら、今すぐにも殺し合いが始まりそうな予感がした。


 ……まずいな。どうも、つまらないことになりましたぞ。

 好奇心は猫をも殺す、とはこのことなのだ。

 愚連隊に囲まれていた亡命貴族は、どこか他人事のようにそう思っていた。

 この時、雷鳴党の思惑と殺意をほぼ正確に読み取っていたギーネだが、自分を死ぬとは欠片も思っていなかった。

 相手が銃を隠し持っていようが、ナイフで斬りつけて来ようが、切り抜けられる自信を持っている。


 一見、同じ人間に見えるギーネたちと雷鳴党だが、実際のところ、戦闘調整を受けたアルトリアンの肉体は他の人類のそれをはるかに上回って頑強だった。

 未調整の人類とは、まず別の種族と言ってもいい筋線維と骨密度を誇っている。

 ゴリラと人間とは言わないが、鍛えた人間を基準に、おおよそ見た目の体重の三倍近い戦闘力を発揮できると言われており、ギーネであれば、筋骨隆々な二百キロのマッチョメンと真正面から殴り合える計算であった。


 それでも、いきなり拳銃で頭を撃ち抜かれたらアウトであるが。

 ……銃は、多分使わない。とギーネは推測していた。

 そこら辺をまだ自警団がうろついている。自分から呼ぶような真似はしない筈。

 無音銃があったら、話はまた別であるが。



 だから、自分とアーネイだけであれば切り抜けられる。と、そう踏んではいる。

 油断している心算はないが、逃げるにしろ、戦うにしろ、この程度の愚連隊連中が相手であれば、なんとかできると判断していた。

 私とアーネイだけであれば……の話ですが、ね。

 僅かに首を傾げたギーネは、生憎と足手まといを抱えていた。

 視界の端でフードの少女を微かに意識する。

 いざとなったら切り捨てなければならない。が、出来れば見捨てずに切り抜けたい。


 そのフードの少女は、地に伏した老人をじっと見つめて動かない。

「……この爺さんの連れか」

 進み出てきた頬に傷のある雷鳴党が、少女を見てから、疑問ではなく断定の口調でそう呼びかけてきた。


 罪もない商人を殺して、その同行者が保安官事務所にでも駆け込んで騒ぎ立てたら、面倒なことになるのは間違いない。下手をすれば、青空市場を仕切る権利さえ剥奪されかねない。

 彼らはそれを恐れている、そう推測したギーネは、どうすれば、この場を切り抜けられるかと頭を捻った。

 空っとぼけようとかとも思ったが、少女は涙ぐんで卵屋の老人の亡骸を見つめている。

「うへ、気持ち悪い餓鬼だな。なんだ、こいつ?」

 蟲の腕を揶揄されたのだろう。投げかけられる嘲りにも反応せず、激情に身を震わせながら、少女はギーネの服の裾をぎゅっと掴んでいる。


「なんとか言いなよ。姉ちゃん」とチンピラめいた女団員。

「おやおや、喋れなくなっちまったみたいだぜ」にやついている図体のでかい雷鳴党。

 誤魔化すのは難しいな、と、ギーネは交渉に見切りをつけた。


 話せば分かるが通じるのは文明人だけである。野蛮人に対話は通用しない。

 最低でも対等の暴力を持っていなければ、蒙を開く云々以前に話し合うことさえ難しい。

 そして例え、二十世紀地球相当の銃火器を製造し、爆発物に関する高度の知識を使いこなしていても、ティアマット人はけっして文明人ではない。


 邪悪な人間が文明の衣を纏うのは、ただ、他の人間がそれを着ているからに過ぎない。

 自分にとって都合が悪くなれば、彼らは其れをあっさりと脱ぎ捨てるだろう。


 沈黙のうちに主君の戦意を肌で察知したのか。

 呼応するように、帝國騎士が僅かに身を屈めた。

 何時、殺し合いになっても対応できるよう、周囲の雷鳴党の呼吸を読むことに専念する。

「……先刻、怪我していたその老人を介抱しました。

 まあ、結局は無駄になりましたがね。それだけの関係です」それだけ告げる。


「ああ、それはそれは。お優しいことで。俺も介抱してもらいないなあ」

 いやらしい笑みを浮かべながら、図体のでかい雷鳴党が進み出ようとしたが

「少し黙ってろ」

 取りあえずは場を仕切ってるらしい頬傷の雷鳴党がそう吐き捨てて仲間を制止し、感情の見えない硝子のような瞳でギーネを見つめてきた。

 彼の視線は、ギーネとアーネイの巨大なナイフと背負っているクリケットバットの上を彷徨い、それが良く手入れをされ、何時でも抜き放てる工夫をされている事と、帝國人たちの隙のない身のこなしに気付いて、口元を微かに歪めた。

「それだけの関係かね」

「……わたしは何も見ていない。関わり合いになる心算もない」

 言い切った亡命貴族と雷鳴党の男は、暫くの間、互いを静かに観察した。不意に出会ってしまった野生の肉食獣同士が、相手に興味のない振りをしつつ、動きを伺うのに似ている。



「……そうか。賢い選択だ」

 沈黙を保ったまま、凝視してきた頬傷の男が、僅かに視線を逸らして首をしゃくった。

 行けと言うことだろう。

「ほら、行きますぞ」

 ギーネは、フードの少女の肩を押したが

「だが、お前の連れはそう言ってないようだぜ」

 行く手を遮りながら、雷鳴党の大男が嘲笑を口元に張り付けた。


 ギーネに言える義理ではないが、どうにもフードの少女。場の空気が読めないらしい。

 雷鳴党を睨みつけていた。

 少女の怒り狂う心を現すように蟲の節足が激しく動いて、フードの袖口を揺らめかせている。


「止めておけ」

「指図は受けねえよ、ホセ。何時からリーダーになったんだ」

 頬傷の青年の制止を鼻で笑い飛ばして進み出た大男は、ギーネとアーネイを値踏みするように眺めてから、フードの少女をざらついた目つきで見下ろした。


「……生意気な目だ。這いつくばってろ!ミュータントが!」

 いきなり蹴りつけてきた。が、体重の乗った重たい蹴りを、少女を庇うように覆いかぶさったギーネが防いだ。

 ブーツの先端に鉄板でも入っていたのか。ギーネの背中でみしりと筋肉が軋んだ。

「……いっつ!」

 鈍い苦痛に亡命貴族が顔を歪める。と、同時にアーネイが体勢の崩れた大男との間合いを一瞬で詰めた。

「貴方こそ身の程を知りなさい。お仕置きです」

 囁いたアーネイ。大男の右腕を十字型に関節を決めると、まるで枯れ木をへし折るように反対方向に破砕した。

 靭帯と関節を逆方向に粉砕された大男の絶叫が、裏路地に響き渡った。


 一瞬の停滞。次の瞬間、凍結した場が一気に動いた。

「殺せぇ!」

「逃げますよ!」

 少女を抱きかかえてギーネが走り出すのと、怒り狂った雷鳴党が殺到してくるのはほぼ同時だった。


 駒のように回転して傍らにいた雷鳴党の女の腹を蹴り飛ばすギーネだが、苦痛からか。常の技の切れがない。

 普段のような急所を確実に打ち抜く精確さには欠けるものの、それでも強化された肉体による加減無しの蹴りに雷鳴党の体は壁まで吹っ飛んだ。


 が、別の団員がギーネを押し倒そうと、下半身に体当たりしてきた。

「へにゃあ!助けて!」

 隙のでかい大技放って押し倒されたギーネが叫びをあげ、アーネイが雷鳴党の顔面に膝蹴りを叩きこんで助け出した。

 折れた歯を吐き捨てながら飛び退った雷鳴党員は、血走った目で憎々しげにアーネイを睨み付けると、ブーツからナイフを引き抜いた。


 舌打ちしたアーネイは、小刻みに後退しながら、牽制にクリケットバットを引き抜いて素早く打撃を叩きこんだが、さすがに命のやり取りに慣れたならず者だけあって、雷鳴党の団員たちはかなり強烈な打撃を受けても怯まない。


 幾人かは距離を取って後退すると、クロスボウや二つの石に紐を結んだボーラを取り出して、狙ってくる。


「ああ、もうっ!よく躾けられている!パス!」

 飛び道具。一瞬でそう見て取ったギーネが、目を丸くしてる少女をアーネイの方に投げながら、逆に雷鳴党の中に踏み込んだ。


 けして見失うほどの速さではないが、練達の達人を思わせる無駄のない動き。

 野生の豹とまでは言わぬが、ギーネの思い切りの良さに息を呑んだ雷鳴党員たちは、予想外の動きに対応しきれなかった。

 瞬時に並んだ仲間との間に標的に踏み込まれ、前方から横合いへ。

 戸惑いつつもギーネの位置を認識し、肉体の意識を切り替える意識の狭間。

 その僅かな狭間にギーネ・アルテミスは、常人離れした膂力と瞬発力を活かして近くにいた雷鳴党。それも比較的、小柄な団員を一瞬で捕まえると、羽交い絞めするように盾にしながら一喝した。

「動くな!首をへし折りますぞ!」


「てめぇ、ジーナを放せ!」

 雷鳴党の団員たちが憎々しげに睨み付けてくる中、亡命貴族は敵を見据えながら、ゆっくりと距離を取った。

 ギーネは、捕まった小柄な雷鳴党は、凄まじい腕力に気管を締め上げられて喘いでいる。

「女の子ですか。可愛い顔だけど容赦しませんぞ。さあ、今のうちに撤退しますよ」

「さすが、お嬢さま。すばらしく卑劣……げふん。効果的な作戦ですね」

 主君の機知と機転を褒め称える?アーネイ。

「そうでしょう。そうでしょうとも。

 こんな田舎の野蛮人共に文明人たるアルトリアンが後れを取る筈がないのだ。

 ふっふ、野蛮にして無知蒙昧たるDQN共よ。悔しかったら追ってくるがいい。仲間の命が惜しくないならだがなぁ」

 役得なのだ、と、胸を揉んで確かめてから、ギーネとアーネイはじりじりと後退を開始した。


 雷鳴党を見据えつつ、路地の出入り口へと後退するギーネであったが、

「ふっふっふ、ティアマット人共よ。

 超種族である我らアルトリウス帝國人の知略に手も足も出ないようであるな。

 悔しいのう。悔しいのう」

 余計な挑発をして、雷鳴党を悔しがらせてみる。

「こっ、この下衆がぁ!」

「てめぇ!卑怯だぞ!放せ!」叫んでいる雷鳴党を露骨に馬鹿にした目で眺めて

「人質を放す訳なかろうなのだぁー。馬鹿ですか?貴殿は?」


「放せ!何処を揉んでるんだよ!この変態が!」

 小柄な雷鳴党は暴れるが、鍛えた男性を遥かに越えるギーネの腕力を前にしては、大人と子供の差があった。武器を取り出すことも出来ずに、弄ばれている。

「ふぃーひひひ、大人しくするのだ。おお、役得役得」

 もがいている雷鳴党の胸を揉んでいると、路地の入口に差し掛かったところで

「……お前が動くな、変質者め」

 見知らぬ女の声が響き、かちゃりと言う軽い金属音が響くと共に、亡命貴族の後頭部に銃口らしき冷たい感触が押し付けられた。

「あれぇ?」


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