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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ワタリガラス
69/117

欧羅巴の鶏は、クックドゥールドゥーと鳴くのだ

ちょくちょくと細かい情景描写を書き直した。

自警団がゲートをどんな風に見張っているのかとか。


より良い作品に仕上げる為なんやな。げっへっへ。

最初が駄目駄目な訳ではないんです。違うんです。



 雷鳴党の主だった幹部構成員の幾人かは逮捕され、自警団詰所へと連行されていったが、団員の大半は、暴れ回っていたにも拘わらず、今も大手を振って青空市場を歩き廻っている。


「……実質的な無罪放免ですよね」

 近くの石段に腰を下ろしてぼやいているアーネイの視線の先では、雷鳴党の面々が忙しく動き回って、壊れた酒場から再利用可能な資材や使えそうな物品を取り出していた。

 この土地での命の安さが窺えるな、などと思っているアーネイだが、実際問題として治安関係でのマンパワーがまるで足りないのだろう。

 抗争の参加者を全員逮捕するには、明らかに自警団員の人数は少なすぎた。


 それでも居残った数人の自警団員は、小火器や凶悪そうな鉄製の警棒を手に作業の様子を見張っている。

 威圧的な雰囲気を放射しながら歩き廻っている幾人かの自警団員は、騒乱の再発や小競り合いの発生を抑えている意味合いもあるのかも知れない。

 治安機関が仕事をしてない訳ではないが、被害者は明らかに蔑ろにされていた。


 卵屋の老人も、己が店の残骸の前で放心したように口を半開きに佇んでいた。

 しょげきった様子が余りにも気の毒なので、アーネイは声を掛けるを躊躇った。

「知っていますか?昔の恐竜の子孫って鶏なのだ。きっと食べたら美味しいと思いますのだ」

 が、いつの間にか手にしていた触手モンスター・ゼリーの缶詰とやらを一口食べては、変な顔して首を傾げていた主君は、まるで空気を読まない。

「あんた、この気の毒な人によくそんな口が聞けますね?

 それと何処で拾ったのか知りませんけど、そんな怪しげな缶詰食べるのお止めなさい。お腹壊しますよ」

 家臣に白い目で見据えられて、意図を訴える帝國貴族。

「こ、小粋なジョークで場の空気を和ませようと……

 それに拾い食いでは有りませんぞ。廃墟で拾った綺麗なビー玉と交換しましたのだ」


「取りあえず、使えそうなものや売り上げの一部なりとも残ってないんですか?」

 気を取り直したアーネイが語り掛けるも、老人は首を振った。

「ねえ。なにもねえ。財布を落としたとしたら、殴られた店の前だと思ったんだが。

 鶏も鞄もねえし、商売道具のフライパンやコンロも消えてやがる」

「……誰かが持っていったんですかねえ」

 破壊された木箱の破片を地面から拾い上げたギーネが、壊された鶏の巣箱の傍に残された複数の足跡に気付いて肩を竦めた。

「抜け目のない奴は何処にでもいますな。

 却っては来ないでしょう。なにしろ、此処はティアマットです」


 だが、帝國貴族がそう口にした直後。

 コケー!コッコッコー!コケコッコー!

 近くの路地から、鶏の叫びが聞こえてきた。


「おお!」

 卵屋の老人が喜色満面に顔を輝かせて駆け出した。

「鶏の鳴き声ですね。良かった。良かった」

 一緒になって喜ぶアーネイに、首を傾げるギーネ。

「喜ぶのはまだ早いですぞ。アーネイ。今の鳴き声、ちょっと切羽詰っている感じがしましたのだ」

「また適当なことを」

 鶏の気持ちが分かると主張する主君が待ったをかけてきたが、卵屋の爺さん。

 二人を待たずにとっとと路地裏へと駆けこんでいってしまう。

 軽く顔を見合わせた帝國人たちも、暇を持て余しているので老人の後を追ってみた。



 昨今【町】の治安はよろしくない。

 頑丈な防壁に守られた市民居住区では、武装した市民と自警団が常に目を光らせているが、簡素なバリケードが張られただけの外縁地区は、治安機関の目も届きにくく色々と物騒であった。

 金にも食い物にも困っている外縁地区の住人が鶏を捕まえたら、大人しく返すだろうか。ギーネも、アーネイも、甚だ疑問に思うところである。


「おい!そっちの箱の影だ!潜り込んだぞ!」

「先回りしろ!廻り込め!」

 鶏の叫び声が聞こえてきた路地では、数人の若者たちが鶏を追い掛け回している光景が広がっていた。


「どこかで見た顔ですな」

 呟いているギーネ。

「何処かもなにも先刻まで大通りで暴れていた連中じゃないですか。やだー」

 アーネイがぼやいた。

 一目で分かる。雷鳴党の構成員たちだった。


 愚連隊との遭遇は予想していなかったのか、卵屋の老人は凍り付いたように立ち尽くしていた。

「案の定ですぞ。どうせそんな事だろうと思っていたのだ」

「お嬢さまの悪い予感は、本当によく当たりますねえ」

 予想していたギーネが呟き、家臣に目くばせした。

 肯いたアーネイが茫然としている老人を物陰に引っ張り込んで、3人は其の儘、様子を窺うことにする。


 雷鳴党のある者は転んで泥だらけになりながらも鶏を追い掛け回し、ある者は喚き散らして鶏の行く手を遮ろうとし、狭い路地はまるでお祭り騒ぎのようだった。

「捕まえた鶏を戦利品のように誇らしげに抱えていますぞ。どう思います?」

 帝國貴族が家臣に向かって問いかけると、しかめっ面が返ってきた。

「喰う気満々ですな。取り戻すのは甚だ困難であると予想できます」


 パッと見で、七、八人もいるだろうか。

 派手に騒いでいるから、もっと人数が寄ってくるかもしれない。

 比較的に若い年齢層の男女が多いのが、ギーネには気になった。

 抑えの効く年配の者がいないのが、どうにも良くない傾向に思えるのだ。


 元より、町に巣食う愚連隊である。暴力の信奉者であるのは間違いないし、恐らくは他人から物を奪うのに躊躇いを持つとも思えない。

 元より民度が高いとは言えないティアマット人であるが、交渉が決裂した時など、暴力に訴えてくるであろうこと火を見るよりも明らかであった。相手が弱そうなら、なおさらだ。

 要するに、交渉相手としては地雷物件以外の何物でもない。


 なのに、老人。眦を決して進み出ようとしている。

 舌で唇を湿らせ、意を決した様子で物陰から進みでようとしている老人の肩を、アーネイは素早く掴んで引き止めた。

「死にますよ」

 開口一番、言い切った。

「……物騒なことを言うね」

 振り返った卵屋は、単刀直入な物言いに顔をしかめてみせた。

「取り戻すつもりですか。悪いことは言わないから、お止めなさい。

【町】の特に【外郭地区】では、余所者の命なんて一口の鶏肉よりも軽いんですから」


 帝國騎士の断言に、老人は思わず吹き出した。

「ふふっ、俺の命は鶏以下かね」

「冗談で言ってるんでは在りませんよ」

 アーネイは、真剣な顔になっている。

「貴方は碌な武装もしてないし、言ってはなんだが金持ちにも見えない。

 彼らは躊躇いませんよ。殺されます。それもあっさり。間違いない。」


「おいおい、そんな物騒な街なら、どうしてあんた達。無事に暮らしていられるんだね?」

 老人の疑問にアーネイは苦い顔をして首を振った。

「……揉める時は揉めるんですよ。

 まあ、チンピラ連中は、ハンターにはあまり手を出しません。

 大抵は武器の使い方をよく知っているし、仲間とつるんでいますから。

 例え一人相手でも、自棄になって暴れたハンター殺すのと引き換えに、二、三人の仲間を失っては割に合いませんしね」


 胡散臭そうに片眉を上げている卵屋の老人だが、アーネイは構わず言葉を続けた。

「後は、町に馴染んでいる住人に手を出せば自警団がすっとんできますから、市民権や居住権を持っている者も滅多には絡まれません。

 ですが、貴方は余所者です。仲間もいないし、強そうにも見えない」



「ふむ。ウナギのゼリーに似てます。中々、癖になりそうなのだ」

 触手モンスターのゼリー缶詰を食べ終わったギーネが空き缶を放り投げると、ストリートチルドレンが素早く拾い上げて走り去っていった。

「先刻、その目で見た筈ですよ。

 余所者の一人、二人が死んでも、この【町】では何の問題にもなりません」

 家臣よりはずっと冷淡な口調で言いながら、ギーネは肩を竦めて卵屋を見やった。

「多分、話の通じる相手ではないですよ。命を拾ったのを幸運と思って諦めなさい。

 私たちの方が【町】については些か知っています。ささやかな忠告です」


 ギーネとアーネイをじっと見つめてから、卵屋の老人は口を開いた。

「……ありがとうよ、娘さん。

 言葉は有り難いが、あいつらは、俺の商売道具なんだよ。

 あの子らがいないとわしは食っていけないんだ」


 それに、と卵屋の老人は言葉を続けた。

「話が通用しないと決めつけるのは早いだろう

 跳ねっ返りの若者は、何処の居留地にもいるものだ。

 わしの町にもああした連中はいるよ」

 穏やかだが断固とした老人の口調に、アーネイは己の考えが少し揺らぐのを感じた。

「孫が家で帰りを待っているんだ。

 もし、商売道具をなくしたら、どうやって食わせていけばいいのかね?」

 笑みを浮かべた卵屋の老人を見つめて、ギーネ・アルテミスは肩を竦めた。

「なら、好きにしなさい。でも、危険を感じたらすぐに切り上げることです」




 愚連隊が屯っている路地の奥へ進み出ながら、老人は朗らかに挨拶を送った。

「やあ、みなさん。ごきげんよう」

 場違いな陽気さに、雷鳴党の面々が怪訝そうな瞳を向けてきた。

「なんだ、あんた」

 訝しげに訪ねてきたのは、近場にいる雷鳴党の若い男だった。


「卵屋だよ。すぐ傍で商売しておったんだが、先刻の乱闘に巻き込まれてな。

 鶏が逃げ出して困っておったんだ。やあ、見つかってよかった」

 雷鳴党の団員たちは、一斉に不愉快そうな顔つきを見せた。


「……そうかよ」

 言葉少なに呟いた雷鳴党の若い男は、明らかに苛立たしげな表情を見せていた。

「ところで言い難いんだが、そいつらはわしの鶏なんだ。

 返してもらえると有り難いんだがな」

 明らかに非友好的な視線に耐えながら、卵屋の老人は微笑みを維持した。

 場が敵対的な冷たい空気に包まれているのは悟っているのだろう。

 老人の額には玉のような汗が浮かんでいた。


「……失せろ、爺」

 激発するのを耐えかねるように、青年は低く押し殺した声で囁いた。

「ただとは言わん。こうしよう。

 鶏を返してくれたら、お前さんたちには卵をひとつ、いや二つずつ進呈しようじゃないか」

 青年が笑みを浮かべた。暗い笑みだった。

「……なるほど。話は分かった。

 この鶏は、あんたのものなんだな」

 止める間もなかった。雷鳴党の団員の手に、まるで手品のように素早くナイフが現れると、次の瞬間、鶏屋の老人の胸を突き刺していた。

「だが、これで俺のものになった」老人の耳元で低く囁きかける。

 糸の切れた操り人形のように、老人が地面へと崩れ落ちた。


 一部始終を見守っていた帝國人貴族は、どこか憮然とした表情で肩を竦めた。

「理解できませんな……どう見ても人間の屑でしかないのにね」

 老人が殺された光景に、これも苦い表情を浮かべたアーネイが、口の中で呟きを低く押し殺した。

 それから何かを言いたげに主君を見つめたが、逡巡の後、ため息を漏らして踵を返した。


 見つからないうちに引き返そうとした帝國人主従の傍ら。駆け抜けようとした小さな人影をギーネが咄嗟に捕まえた。

「はい、捕まえた」捕まえた人影の耳元で、低く囁いた。

「あー、あっ!……刺されて」

 地に伏した卵屋を見つめながら、途切れ途切れに掠れた声を出しているのは、フードの少女だった。左の袖口からは、わさわさと蟲めいた節足が蠢いている。


「後をつけてきたんですか?」

 気づかなかったらしいアーネイに、少女を抱えたままのギーネが肯いた。

「多分、凄く久しぶりに人に助けられたんでしょう。

 そういう孤独で優しさに餓えた目をしてましたから。

 で、老人が心配になってついてきた。違いますか?」

 ギーネの言葉は、図星のようだ。

 人間の痕跡を残した少女の右の相貌の瞳は、涙に潤んでいた。

「手遅れです。行きますぞ」

 小声でささやいたギーネだが、

「う、うぅー、やぁー」じたばたと手足を動かす少女に、思わずよろめいた。


「こ、こら!暴れない。木乃伊取りが木乃伊になりますのだ。

 見つかったら、面倒なことに」

 抱きかかえたまま、少女を連れ去ろうとするギーネ。事案発生めいた光景であるが、気づかれない筈もない。

「待て!」

 呼びかける叫びと共に、路地の奥から複数名が駆け寄ってくる足音が響いた。


 ギーネたちの逃げ道を塞ぐように、雷鳴党のハンターたちが取り囲んできた。

「……手遅れなのだ」

 天を仰いだギーネは、少女を地面に降ろして周囲を囲んだ雷鳴党に視線を走らせた。


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