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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ワタリガラス
60/117

ギーネの動く塔 の巻

 高級住宅地の外縁部近く、寂れているを通り越して、無人な商店街の隅にある家電量販店の裏手。

 時折、道路の方から不気味に鳴り響いてくるZombieのうめき声に神経尖らせつつ、ギーネとアーネイは、小型の発電機やら使えそうなバッテリーやらを見繕っては運び出すのに精を出していた。

「そもそも、これ。200年前の製品ですけど、まだ動くんですかね?」

 とんとんと掌で小型発電機を叩きながら、アーネイが首をかしげている。

「船齢8万年の宇宙船とか見た事ありますし、大丈夫でしょう。多分」

 元は、アルトリウス帝國でも有数の大貴族であったギーネ・アルテミスが、根拠もなく自信満々で断言した。


「恒星間種族の謎テク(ノロジー)の結晶と、惑星種族の家電は一緒に出来ないでしょう。

 そも、ティアマット世界って、資本主義ですよね。

 我らが故郷アスガルドと違って、資源の節約よりも消費の拡大を重視しているんじゃないですか?」

「何が言いたいのだ?」

 首を傾げる主君に向かって、帝國騎士が疑問をぶつけてみた。

「定期的に買い替えさせる必要があるから、あまり頑丈な商品は作らないとかって聞いたことあります。

 なんとかタイマーとか言って、保証期間が切れる頃に壊れやすいとか」

「そんな細けぇことは、どうでもいいのです。

 買うのも、使うのも私たちでは有りませんのだ。

 最悪、レアメタルを回収して地金にすれば元は取れるのだから」

 無責任に請け負う主君を見つめてから、アーネイはため息を漏らした。

「自分が不良品売りつけられると怒り狂うのに。

 荒野のど真ん中でバッテリー切れたら、最悪、命に係わるんですよ。

 誰が買うか知らないけれど、きちんとレストアされるといいんですがね」


「しかし、機械類は、重たいし、嵩張るし。

 稼げることは稼げますが、一度に持って帰れる量では一獲千金とはいかないのだ」

 小型変圧器を縄でくくりながら、ギーネがぶつくさ文句を言いだした。

「本来、比較的状態が良好なショッピングモール跡地に潜って、貴重な電子機器やらコンピューターを回収する手筈になっていたはずですぞ!

 チップサイズのコンデンサをポケットに収めて、今頃、美女侍らせて【町】で豪遊の筈だったのに、なんで、我々は廃屋から屑鉄漁ってるのだ!一体どうなってるのだ!」

「仕方ないでしょう。走るゾンビやら、天井や壁に張り付くゾンビやら、少なく見積もっても、二千匹くらいあの狭い敷地に彷徨っていたのですから」



「我が武勇と叡智をもってすれば、魂なき死者の群れなど、千人くらい来ようが敵ではありませんぞ?」

 胸を張って大言壮語する主君を眺めて、アーネイは鼻を鳴らした。

「そう思うなら一人で突っ込んで好きなだけ無双してきてくださいよ。

 つい、一時間前の事も忘れたんですか?幸せな脳味噌してやがりますね」

 言われたギーネが、ショッピングモールの住民たちを思い出したのか。

 うんざりした表情となった。

「むむむ。確かに巨大過ぎる店長やら、天井を這いずるフロア主任やら、触手で先端に顔がついてる売り子さんやら、san値直葬すぎて、さすがに二度と行きたくありませんのだ」

「流石のお嬢さまも、少しは懲りたようでホッとしました」

 アーネイの一言を

「はあ?何言ってるんですか?ギーネさんに懲りる理由などないのだ?」

 ふんすっ!と鼻息も荒く、ギーネは切って捨てた。


「そもそも、ギーネさんは無謬ですぞ」

「はあ、無謬ですか?」

 また、何を言い出すのか、アーネイは疑わしげな眼差しで主君を眺めている。

「そうです。

 凡百の才の持ち主では、あの地獄から脱出できずに討ち死にしていたでしょう。

 然るに、ギーネさんは生き残った!なぜか?!」

 自問自答するギーネ・アルテミス。

「神々の如き力と叡智にも一切自惚れぬことのない孤高の魂が、ギーネさんを生き残るべくして生かしたのだ。

 勇気と無謀は違うのですぞ。あの物量相手で突っ込むのは、ただの匹夫の勇です。

 窮地に立って、なお冷静さを失わないものこそ、真の名将なのですだよ?」

 真顔で言ってのける主君を見て、流石に帝國騎士がイラッとした感情を醸し出した。


「……ところでお嬢さま。

 全然、関係ない話なんですが、乗り込む前に、もう少し慎重に調査するべきだって提案した家臣を臆病者呼ばわりしてませんでしたかね?

 なんか、朝方。そんな会話を交わした記憶が残ってるんですけど」

 質問してきた家臣のアーネイを見つめてから、ギーネ・アルテミスはこてんと首を捻った。

「気のせいですぞ」

「ほーん」

 断言したギーネに向かって鼻を鳴らしたアーネイが、持っていた携帯端末の録音機能を再生した。


『神にも比肩する叡智と武勇の持ち主ギーネさんが、ゾンビ如きに後れを取るとでも思っているのですか?』

『……ですが、お嬢さま。

 ショッピングモールから生きて帰ってきたハンターは殆どいません。

 此処はもう少し慎重に……』

『ふん、臆病者は、すぐに無謀だとか、慎重にとか、そうやって自分に言い訳ばかりして、折角、女神が差し出してきた幸運を逃がすのだ。

 だが、このギーネさんは違いますぞ。

 魂なきゾンビなど、例え惑星全土に山盛り一杯であろうとも、我が敵ではありません。

 アルトリウス帝國でも、名門中の名門であるこのギーネさんが、今こそ、真の勇気と言うものを示してやるから、アーネイはその目ん玉よくひん剥いて、主君の勇姿を青春の思い出アルバムの1ページによく焼き付けておくがいいと思いますのだ』


 スイッチを切って録音機能を止めたアーネイは、主君に語り掛けた。

「おい、匹夫。そう、そこのお前だよ。視線を逸らすな。こっちを見ろ。

 何か言いたいことは御座いますか?」


 プルプルと震えつつ、しばし沈黙していたギーネ・アルテミスだが、やがてギクシャクとアーネイに向き直った。

「過去と言うものは礎にすべきものであって、捉われるものではないと信じています。

 今は、言葉尻を捕らえて非難するのではなく、想定外の事態にも臨機応変に対処して生き残ったことをこそ祝すべきだと思いますのだ」(ロードムービーのナレーション風に)

 心なしか、家臣からの軽蔑の眼差しが強まった気がした。





 ギーネとアーネイが足を踏み入れた高級住宅地は、平野部を見下ろす台地の尾根を切り開いて建設されているのだが、規模は小さいものの幾つかの渓谷が周辺を取り囲んでいる。


【町】がある西の平野部方面との連絡には、複数の橋梁を通過しなければならないのだが、なにしろ建設されたのが新しいもので200年。古いものでは300年近く前となる。


 人の手で整備されずに長い歳月を風雨に晒されてきた橋は、当然のことながら経年劣化が激しく、鉄筋コンクリート構造でも大きな荷重に耐えられない恐れがあった。



「……それでも、普通、徒歩なら問題ないはずですけどね」

 車両も通れる大型の橋梁を前にしゃがみ込んだアーネイが、舗装路をコツコツと叩いてみた。

 鉄骨とワイヤーで造られた橋梁の幅広い舗装路には、スクラップになった車が所々に放置されていた。

 コンクリートには、目に見える巨大な亀裂が幾つも走っており、錆びた放置車両には半ば沈み込んでいる中型車もあった。

 恐らくは、目に見えない亀裂も内部に走っているだろう。

 幾ら頑丈で知られたティアマット文明の建築物とは言え、大重量を背負って通行するには不安が残る状態だとアーネイは判断する。


 先刻から帰路を確保する為に、歩いて回っている2人だが結果ははかばかしくない。


「……来た道は帰れない、か」

 ため息をついたアーネイは、振り返って主君に告げた。

「このルートは通れそうも有りません。他に行きましょう」

「ふひいぃ」潰された豚のような苦しげな呻きが返ってきた。



 2人の健脚で【町】から歩いて2時間の台地に創られた山の手の高級住宅地跡の廃墟。

 その日、無人の廃墟での探索を終えたギーネ・アルテミスとアーネイ・フェリクスは、遺跡漁りで見つけた戦利品を背負いつつ、【町】へと繋がる帰還路を探して台地の道なき道をとてとてと歩いていた。


 2人が背中に背負った背嚢には、高級住宅地の巨大デパートやら商店街の電気屋さんを漁って拾ったガラクタがぎっしりと詰め込まれている。

 怪しげな片言で誰何してくる錆びついた殺人警備ロボットのテイザーガンをかいくぐり、暗闇からとびかかってくるゾンビの頭をクリケットバットでたたき割って、危険と引き換えに入手したバッテリーやら発電機である。


 とは言え、アーネイの背嚢が常識的な大きさに収まっているのに対し、ギーネの背負っているそれは、背嚢の上に背嚢を積み重ねており、さらにその上に紐で縛った金属製の皿やら、古い本などを積んでおり、遠目にすると、粗大ごみでできた歪な塔が自律して動いているようにさえ見えた。


 直立した人間の二倍の高さは在ろう戦利品を背負っている<自称>宇宙の至高の統治者ギーネ・アルテミスは、寒冷な惑星ティアマットで真冬の最中にも拘らず、額から頬まで汗をたらたらと滴らせている。

「ひい、ふう、おもいいい!骨が軋んでいるぅ!」

 たまらずに山道の脇に座り込んだギーネを放置して、連れ立っていたアーネイはすたすたと前方へと歩いていく。

「アーネイ、ちょっと待ちなさい。貴方、主君が文字通り重荷に苦しんでいるのに、自分だけ軽い荷物持ってどういうことです?

 可憐な幼馴染のギーネさんが重荷に苦しんでいるんを見て、ちょっと持ってあげようとか、優しくHしてあげようとか、そういう優しい気持ちとか、欲情とかって覚えないんですか?」


 意味不明なギーネの呼びかけに、家臣のアーネイ・フェリクスが足を止めた。

 ふんと鼻を鳴らして振り返ってから、これ以上なく冷たい眼差しを主君へと向ける。


「だから、散々、持てる分だけにしろって言ったのに。持てないなら道端に捨てなさいよ」

 家臣の忠告を、ギーネは首をぶんぶん振って退けた。

「やだ!折角拾ったんです」

「だって、足元ふらついてるじゃないですか」

 疑い深そうにぎょろりと部下を睨んでから、ギーネは欲深い老婆のように自分の荷物を手を広げて覆い隠そうとした。

「そ、そう言って、ギーネさんが此処まで運んできたものをピンハネする気ですな!

 お、お前の魂胆はオミトオシじゃあ!

 これは、わしのじゃ!全部わしのじゃああ!おまえには一銭もやらんぞお」


 自称【帝國で最も華麗かつ気品溢れる美姫】が覆いかぶさって荷物を抱きしめている意地汚い姿に、幼馴染の腹心もドン引き100%である。

「なら、自分で持ってくださいよ。小銭がそんなに欲しいんならね」

 軽蔑も露わに吐き捨てたアーネイが立ち去ろうとすると、ギーネは哀れっぽく、すんすんと鼻を鳴らして泣いてみた。

「私は、自分に持てる丁度、いい塩梅だけの量を持ちました。

 お嬢さまが欲張り過ぎただけですね。いつもの自業自得ですね」とアーネイ。

 泣いても透かしても家臣が甘やかしてくれないとようやくに学習したギーネ・アルテミスは、

 仕方がないので、しぶしぶ自分で荷物を持つことにした。


「帰っても、アーネイにはなにも奢ってあげませんのだ」

「そんなもの、最初から期待していませんよ」

「分かってないようですね。ひい、ふう。アーネイ。

 ふうっ、これはギーネさんの行く道を照らすであろう栄光の重さなんですぞ。はあはあ」

 汗だらけにも拘らず得意げなドヤ顔で薄い胸を張ってる主君を、アーネイは、こいつ頭大丈夫なのか?と言いたげな視線で凝視した。


「何言ってるんですか?」

 帝國騎士の隠しようもなく呆れた口調に、ギーネは歯を食いしばりつつ答えた。

「今日、ギーネさんは、ティアマット文明全盛期の大いなる遺産を発掘しましたぞ!

 これが何を意味するか、分かりますか?」

「文明の大いなる遺産?」

「紛れもなく、ギーネさんが世界を征する運命の証です!

 ふふ、どうやら大神オーディンも、このギーネに世界を統べろと告げておるわ」

「勝手な神託をでっち上げないで下さい。

 オーディンも迷惑です。罰が当たりますよ?」




「哀れなりアーネイ!これほど明白に記された神々の瑞兆を読み取ることはできないとは。

 ああ!全く、貴女の鈍感さには憐れみさえ覚えますよ。所詮は、凡俗ということか。」

「喧嘩売ってんのか、こいつ?」

 胡乱げな視線を向けつつ、ガクガクしている主君の太ももにローキックを叩きこみたい誘惑にかられた帝國騎士だが、主君と同じレベルには堕ちたくないので我慢した。


「ふふ、他の誰にも理解できずとも、運命に選ばれし英雄であるギーネさんだけには、世界を征した未来の己の姿がまざまざと脳裏に思い描けるのですよ?

 これこそ、明白なる天命マニフェスト・ディスティニーというものですか」

 太ももを細かく震わせながら、なおも大言壮語を吐き続けるギーネ・アルテミス。確かに凡人ではない。


「はぁ、イケないお薬でも決めすぎたんですか?それにしても、ついてないな。

 廃棄惑星くんだりまで逃げてきた挙句に騎士からゴミ拾いに転落するし、主君は心のお病気だし」

 ため息を漏らした帝國騎士を見つめて、ギーネ・アルテミスが、ほう、と吐息を漏らして立ち止まり、前方を指さした。

「ほら、見なさい。宛もなく彷徨い歩いた道にも拘らず、ちょうど私の目の前に歩き易そうな坂道が広がっています。

 分かりますか?アーネイ。これこそが大いなる運命というやつなのですよ?私の前に道が開けるのです」

 散々、台地をさ迷い歩いた2人の目の前に、ようやく徒歩で降りられそうな坂道が出現していた。


「前から思っていましたけど、偶然起きた出来事とかを万事、自分に都合よく解釈するの止めなさいよ。

 大体、真鍮のお皿や合金の灰皿拾っただけで世界を征する運命なら、そこら辺のホームレスだって世界の王ですよ?

 それと、ちょっと急ですけど大丈夫ですか?足元に用心してくださいよ」

 アーネイの忠告も、ギーネには馬耳東風。まるで聞いてない。

「人は皆、自分の器に応じた世界の王なのです。ギーネさんは、それがちょっと他人より大きいだけなのですよ?」

 ギーネは可愛らしく首を傾げつつ、「もはや我が世界征服は何者にも止められぬのだ」などと意味不明の言葉をほざいている。

「お嬢さまの論理には、ついていけませんなぁ」

「そうでしょうとも。だがいずれ。

 じきに他の人間にも、私の偉大さが理解できる日がやってくるでしょう」

 偉そうにほざきつつ、調子こいて一歩を踏み出したギーネ・アルテミス。

 だが、荷物の余りの重さに足元がおぼつかない。


「ふふっ、惑星ティアマットも、新たなる支配者の誕生を望んにゃあああ!?」

 不安そうに見守るアーネイの目前。最初の一歩を踏み外すと、其の儘、ガラクタをまき散らしつつ、坂道を転がり落ちていった。


「ひきゃああああ!とまりゃなぁあああ!」

 ドップラー効果を伴った絶叫と共に、ガラクタをまき散らしながら、果てしない坂道を何者にも止められない勢いで転がり落ちていった。


「うわあああ!お、おじょうさまああ!」





「うーん、きぼちわるいよー。三半規管がくらくらするよー」

 右手に背嚢、左手に目を回している主君を引きずりつつ、アーネイはなんとか【町】へと帰り着いた。

 公園の手近なベンチにギーネを横たえてると、水道の冷たい水でハンカチを濡らす。

 飲用に適さない濁った水ではあるが、一応、水道管は生きている。

 体を拭く分には問題はないはずだ。多分、大丈夫。


 ハンカチ片手にアーネイがベンチへと取って返すと、死体と間違えられたのか。

 哀れな主君が頭が二つあるでかいカラスに頭をついばまれて痙攣していたので、慌てて追い払った。


 侯爵と言い、帝國騎士と言い、本国は革命で転覆し、亡命先も荒廃したポストアポカリプスな惑星とあっては、もはやさしたる意味も持たないだろうが、しかし、それでもアーネイは主君に付き従い、次元世界の吹き溜まりである惑星ティアマットの辺土にまでやってきた。


 極めて得難い忠誠心の持ち主である筈だが、自業自得とは言え、悶え苦しむ主君を放置すると、近場にある何も生えてない花壇の石垣にゆっくりと腰を下ろして、遠い目でティアマトの空を眺めた。


 一面の曇天。地表から巻き上げられた塵が大気圏に散らばっている惑星ティアマットでは、年中を通して空は薄い灰色の雲に覆われている。

郷里くにに帰りたいなぁ。お婆ちゃん、元気かなぁ」

 疲れ切った表情で憂鬱そうにため息を漏らしたアーネイは、眉間に拠った縦皺を揉みほぐしつつ、うつむき加減に地面をじっと眺めたのだった。



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