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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ワタリガラス
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     キャプテン殺人マーケット  店長・怒りの逆襲

 大型ショッピングモールの地下倉庫は、冷たく澱んだ死の気配に張り詰めていた。

 獣の速度で床を疾走する死者たちの群れが、薄暗い闇の彼方から迫ってくる。

「くそっ、走るゾンビとか嫌いなのだ。風情も情緒も台無しです」

 クリケットバットを握りしめて、帝國からの亡命貴族ギーネ・アルテミスは吐き捨てた。

 迫ってくるゾンビを視覚の隅に認識するのと同時に、コンクリート製の床を思い切り蹴った。


「チェストぉ!」

 咆哮を発しながら突撃してくるゾンビの頭めがけてクリケットバットを叩きつけるギーネ。

 頭蓋を叩き割られたゾンビが腐汁をまき散らしながら地面へと崩れ落ちるが、その背後から即座に二匹めと三匹めが飛び出してくる。


 右と左から、ギーネの首筋と左腕を目掛けて喰らいついてくるゾンビの口腔。

 どちらを叩いても、もう一匹は躱せない。

 瞬時に見て取ったギーネは、クリケットバットを放すと同時に左に踏み込んだ。

 一つ間違えれば食い千切られるにも拘らず、左手を伸ばしてゾンビの頭頂部を下に抑えると、飛翔した全身を捻りつつ、その背中を乗り越えていく。



 とびかかってくる右のゾンビの乱杭歯をギリギリで躱しつつ、左のゾンビの背中を転がり落ちる。地面に着地すると同時に、視線も向けずに後方に脚払い。

 ギーネが脳裏に描いたイメージ通りの位置関係で強烈な足払いを喰らい、横転したゾンビたちが立ち上がるよりも一瞬だけ早くジャンプ。

 鉄板入りブーツ装備した両足からの凄まじい蹴り落としで左右のゾンビの脳天を踏み抜いた。


 頭蓋から脳髄が飛び散った。凄まじい悪臭が立ちこめるが、嗅覚は既に麻痺している。

「……ふっ!」

 僅かな呼吸の乱れを一瞬に整え、見事に着地。

 たんっと軽い足音を立てながら振り返った亡命貴族は、忍び込んだ巨大倉庫の奥へと視線を走らせる。


 闇の彼方に無数の気配が蠢いているのが感じられた。冬にも拘らず、額に冷たい汗が噴き出してくる。

 背筋が総毛立つ感覚を押し殺し、舌打ちしつつ、ギーネは煩わしげに銀の前髪をかき上げた。


 頭蓋を破砕され、間違いなく活動停止したゾンビたちを横に、素早くクリケットバットを拾い上げると、再び、倉庫の彼方へと身構えつつ、背後に向かって抗議を投げかけた。

「ちょいとアーネイ!まだ、扉開かないんですか!?

 達人であるところのギーネさんとかも、少し運動し過ぎでなんか腹筋とか痛くなってきたんですけど?!」


 鋼鉄製の分厚い扉のカードロックを解除しようと苦戦していた家臣のアーネイが首を横に振った。

「最終プロテクトが突破できません!どうやら、用意していたパスワードが間違っていたようです!」

 棒術の構えを取ったまま、ギーネは、背後に向かって罵った。

「なんですと!どうして、そんな怪しげなパスワード頼りにこんな奥まで潜り込むんですか!」

「お嬢さまの持ってきたパスワードなんですがね。

 ついでに言えば、私は撤退を七回くらい具申しました」

 町中で怪しげなおっさんから買ったパスワードの間違っていたギーネは、彼方を向きながら凛々しく言い切った。

「いま大事なのは、なんでこうなったか責任を追及するよりも、どうすればここを乗り越えられるか、だと思いますのだ」



 言い争っている2人を包む闇の彼方から、複数の死者の咆哮が響いてくる。

「ちっ、新手ですか」

 舌打ちしつつ、闇の彼方を睨み付けたギーネの視線の先。

 僅かに逆光が差し込む地下倉庫の反対側。車用出入り口から、天井に体をこすりながら姿を見せた青白く膨れ上がった巨大な何かを確認して、ギーネは首を傾げている。

 扉を開けようと、壁に向かって端末を弄っている家臣は気づいていない。

 ギーネ一人では対処できそうもないので、恐怖を堪えつつ小声で呼びかける。

「……アーネイ。ここの車用出入り口。

 コンテナ付き大型トレーラーが出入りできる大きさでしたよね?」

「肩を揺すらないでください。何度も確かめたで……なにあれ?」

 振り返ったアーネイが、驚愕のあまり一瞬だけ強張った。


 鋼鉄製の出入り口を軋ませた何かの、乗用車よりも巨大な顔面に埋まっている眼球が確かに2人を凝視していた。

 たらたらと冷汗を垂らしつつ、ギーネが口を開いた。

「……やっぱり、あれですかね。

 こういう高級住宅地の住人とかは、余所者が入り込むのとか嫌なのかな?」

「少なくとも良い感情は抱かないと思いますが……」

「歩くたびに地面が揺れてますぞ。

 こうなったら、どこかコンテナの陰に隠れ……あ、鋼鉄製なのに踏み潰しやがった」

 肥満した人間に似た青白い巨大な何かは、クリケットバットを抱えて竦みあがっている2人に向かって地面を揺るがしながら迫ってくる。

「あ、良く見ると店長の名札付けてますね」とアーネイ。

「しょ、商品は……これから会計するところですぞ。万引きではないのだ」



 町の古老曰く、大崩壊以前、【町】を見下ろす位置にある高台には、富裕層向けの高級住宅地が広がっていたそうだ。


 永遠に続くとも思われていたティアマット文明があっけなく終わりを告げてより、幾星霜の歳月が流れただろうか。


 かつての繁栄がは見る影もなく、家々が崩れ落ちた高級住宅街を彷徨っているのは、片言で誰何を投げ掛けてくる錆びついた殺人警備ロボットに、死後200年を経ても崩れることなく延々と我が家近隣をさまよい続ける元住人なゾンビの群れ。


 そしてクリケットバット一本背負って、廃墟の高級住宅地中心地にあるショッピングモールへ意気揚々と乗り込んでいく無謀なバカ2匹である。



 ゾンビと殺人警備ロボットだけが彷徨う無人ショッピングモールの地下搬入口から、唐突に眩いばかりの光が溢れ出た。

 大気を震わせて凄まじい咆哮が鳴り響く中、搬入口から2人の女が脱兎もかくやという勢いで飛び出してくる。

 地上に飛び出した二人は、敷地を囲む壁の手前で直角に右折するとショッピングモールから脱出すべく、其の儘の速度で通路を全速力で駆け抜けた。

 その背後、数秒前まで二人組のいた場所を、暗闇から飛んできた鋼鉄製コンテナが押し潰していた。



 100mを8秒フラットで疾走する2人の背後、大気を凄まじい咆哮が震わせていた。

 振り返る間も惜しんで手に掲げた携帯カメラの映像を網膜に展開すると、地下搬入口から【店長】がその巨体を見せかけていた。

「あわわ、店長の癖に奴が歩くたびに備品や建物に損害が出ていますぞ。

 ダイエットしないと本店から首にされますのだ」

 2人は逃げ足をさらに早め、死にもの狂いで大地を駆け抜けた。

 途中で襲ってくるゾンビの頭は、空気を切り裂くクリケットバットに粉砕される。


「アリガトウゴザイマシタ。マタノオ越シヲオ待チシテイマス」

 間抜けな合成音の挨拶を背に受けながら、巨大ショッピングセンターの敷地を駆け抜けた2人の背後。不法侵入者が逃げ出したのを見届けた為か。唸りを上げながら【店長】の巨体が、再び地下の闇へと消えていった。


 夕闇が迫る中、2人はしばらくの間、天を仰いでぜいぜいと喘いでいた。

 耳障りな呼吸音がようやく収まった頃、店内から放送音が流れてくる。


 ……当店はまもなく閉店のお時間でございます。 本日もありがとうございました。

 まもなく閉店時間でございます。

  お客様の、またのご来店を心よりお待ち申しあげております

 また、店員の接客態度などに対してご意見ご要望がございましたら、アンケート用紙に記入の上、店内にあるご意見ポストに投函……


「この店の接客態度は、最悪でしたぞ。特に店長がしつこかった。改めるべきなのだ」

 そう呟きながら、入り口脇におかれたアンケート用紙を手に取ったギーネ。

 接客態度の項にある最悪に◯を付けてから、ポストに投函した。

「ふっふ、精々、出世に影響するがいいのだ」

 滅亡した企業にクレーム付けて含み笑いしているギーネの後ろで、骨折り損のくたびれ儲けに終わったアーネイが服に染みついたゾンビの匂いに鼻を顰めていた。

「……ファミリーストアの本店がまだ存続していたらの話ですけどね。

 滅びた世界で今さら給与査定がある訳でもあるまいに。随分と仕事熱心な店員たちでした」



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