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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 ワタリガラス
55/117

29 ティアマット・ニュース・ネットワーク

 まず、始めは異世界アスガルドのニュースから。

 アルトリウス帝國の飛び地『東方領』において勃発した内戦は、当初の予想を大きく裏切り、依然、叛乱軍優位のままに推移しています。


 帝國東部の要衝アルテミス候国を攻略した叛乱軍は、候都ヴァイナモイネンを暫定首都として、新政府を樹立。はやければ来年の4月には選挙を行うと発表……リガルテ共和国を初めとする民主制国家11ヶ国が新国家を承認。

 臨時大統領に就任した叛乱軍指導者ロン・ドーマ大佐は、官邸前広場で演説。長きに渡って専制政治に苦しめられてきたアスガルドの人民にとって、今日の独立は大いなる一歩である。封建制が崩壊するのは時代の流れであり、貴族たちが如何に強大な軍事力を誇ろうとも民衆達が目覚めつつある現在、その支配は砂上の楼閣に過ぎない。民主的な歩みが止まることはけしてない。と語りました。


 フリーダムタウンへと改名したヴァイナモイネンには、リガルテ共和国を初めとするアスガルドの民主主義の陣営からの義勇兵や支援物資が、続々と到着。

 一方、帝都アヴァロンの帝國中央政府は、新政権を激しく非難。

 リガルテの支援工作によって成立した傀儡政権であると批判し、外国による内政干渉は認められないと激しく反発しています。

『東方鎮守府』ビルロストへと撤退したアルテミス軍の残党指導者レナ・フェリクス准将も、叛乱軍は不法移民と外国人傭兵の集まりに過ぎないと指摘。我々は最後の一兵まで戦うと表明。

 各地に残存する旧政権支持者の反発と抵抗もいまだ根強く……仮に新国家が国際社会の承認を得……困難な舵取りを…………


 流れているニュースに耳障りな雑音が入り始める。

「ううん?ラジオの調子が悪いな」

「遠い外国での戦争なんざ、興味ねえよ。音楽かドラマに変えてくれ」

「おう」


 やや肌寒い夕暮れ、大通りに面した大衆食堂は仕事帰りの人々で賑わっていた。

 食堂の主人は、適当な局に合わせようとラジオのチューナーを弄っている。


 酔狂な何処かの誰かが、文明崩壊後も残存している衛星通信網と地上の電波塔を利用して放送しているティアマット・ニュースネットワークだったが、大気の状態が悪いと聞こえなくなるという欠点があった。

 町のラジオ局が流している悲恋を歌った歌謡曲に切り替わると同時に、扉が開いて新しい客が入ってきた。


「ふー、冷えますね」

「冷えてきましたのだ」

 二人組の女ハンター。ここ最近、常連になっているので店主も顔を覚えていた。

「らっしゃい」

 扉を閉めて外気を遮ると、食堂は熱気も在ってかなり暖かさを感じられた。

 店内の隅、ストーブに載せられたヤカンが盛んに白い湯気を立てている。

 静かに酒を飲んでいる放浪者らしき人物や同業者らしいハンターの一団、親子連れの姿もあった。


 一見、虫の串焼きだの、砂みたいな麦の粥やパンばかりを食べているように思えるティアマット人であるが、行くところに行けば、和洋中と一通り揃った意外に豊かな食文化を引き継いでおり、ドレスコードのない店であれば、ほんの二、三クレジットで、誰でも気軽に食事を楽しむことが出来た。


 簡素な食事で済ませれば、一食に半クレジットでお釣りが来ることを考えると高いように思えるかも知れないが、ちょっと懐の暖かい自由民にも手の届く金額であり、小金を貯めては偶のご馳走として大いに楽しむ人も少なくない。

 一方で市民層は、もっと手の込んだ料理を好む傾向があった。

 一部には、偶のご馳走に外国産の缶詰を喜んだりする市民もいるが、自分の所有する農場で一から育てた野菜や果物、家畜類やチーズ、お酒などで大崩壊前の料理をコックに再現させる富豪もいたりする。



 富裕層と庶民。大きな共同体の一員と小さな居留地の住民。定住している人々と、当て所もなく放浪している旅人。

 住んでいる土地の安全性や肥沃さ。所有している財産や技術、知識の違いで生活環境や食糧事情は大きく異なる。


 防壁と軍隊に守られている町とて、けして安全が保障されている訳ではない。

 ミュータントやバンデットの襲撃で何時、居留地ごとひっくり返るとも分からないティアマット世界であるが、それでも大きな居留地の生活は、他に比べて豊か且つ安全であって、定住を望む放浪者たちが大きな居留地に留まる理由であり、ハンターたちが命懸けでも市民権を欲する所以であった。


 メニューをまじまじと見つめてから、ギーネは何時も通りのメニューを選んだ。

「ラーメンを注文しますぞ。二杯」

「ラーメンじゃねえ。スープパスタだ。何度言えば分かるんだよ」

 文句を言いつつ、造り始める店主を他所にギーネは隣の席の食事に目をやってから囁いた。

「たまには餃子も食べたいのですぞ」

「頼めば良いじゃないですか?」

「予算がないから仕方ないのだ。我慢します」

 何となく餃子を食べたい気分だったので、アーネイは適当に説得してみた。

「ギルドクレジットとて何時、価値が暴落するか分からない代物ですよ。

 価値もやたらと上がったり、下がったり。

 最悪、紙切れになるかも知れないものを、後生大事に抱えていても……」

「それもそうです」


 あっさりと意見を変えて、一瞬の快楽を優先することにしたギーネ。

「二人前注文しますね。アーネイも食べるでしょう」

 アーネイが肯いた。

「では、ご主人。餃子を二人前追加」

 会話を聞いていた店主が眉の角度を上げた。

「餃子じゃねえ。うちのこれはミートパイだ。廃墟で見つけたレシピにそう載っていたんだから間違いねえ。」

「いいえ、餃子ですぞ。地球の食文化を知りぬいたアルトリウス貴族の私が言うのですから間違いありません」

 胸を張って断言しているギーネの傍ら、アーネイはギルド・クレジット紙幣を広げてなにやら悩んでいた。

「ギルド・クレジットって、何処が発行しているんですかねえ?

 価値を保障しているのはギルドだとして、どこぞに本部なり造幣局とかあるのか。

 そもそも、ハンター・ギルドの規模が良くわからない。

 他の町にもあるらしいけど……」


 散策中、良い品が売っていると思っても、店によってはギルド・クレジットでの支払いを拒まれる場合が意外とあった。

 幸いにもこのラーメン屋……もとい、リストランテではギルド・クレジットでの支払いが可能ではあるが『町』で取引する場合、支払いで第一に喜ばれるのが物々交換であり、次が帝國ポンドを含んだ、信用の高い異世界列強の外貨であった。


 地元の共同体が発行している食糧、或いは石油・石炭との兌換紙幣でも支払い出来るが、此れは、店によってやや多めに要求されたりもする。

 ティアマットの市場では、『相場』はあっても『定価』は存在していないようであった。


「……おまえら、絶対に自称貴族だろ。或いは、よくある平民以下の貧乏貴族」

 餃子を調理しながら店主が言い放った不当な誹謗中傷に対して、拠り所を失いつつも、誇り高さは失わないギーネ・アルテミスは毅然として反論した。

「八百年以上の長き歴史を持つアルトリウス帝國でも、三本の指に入る大貴族のギーネさんに向かって、インチキとは。

 くふふ。見る眼のない輩は哀れですなぁ。そうは思いませんか?アーネイ」

「左様でございますとも」

 食堂の隅に置かれていた漫画雑誌に目を落としながら、忠実な家臣は相槌を打った。

「わたくしの気品。見る人が見れば、すぐに由緒正しい大貴族だと理解できますのだぞ?」

 本人曰く悩殺的なぼでぃで、髪をかきあげたせくしーぽーずを決めつつ、亡命貴族は豪語している。

 セクシーというには、やや胸が可哀想だったが、アーネイは主君に憐憫の眼差しを向けつつ、口にはしなかった。


「おめえが三本の指に入る国なんて、こっちから願いさげだぜ」

 店主の無駄口を横で聞いてるアーネイからしてみれば、ギーネが三本の指に入るなんてとんでもない。一、二を争うだけで本当に幸いだった。

 此れと同じようなのが、他に二人もいたら、それこそ常人の神経には耐えられない。

「……なにを考えているのだ?」

 アーネイの醸し出す想念に、不穏な気配を嗅ぎ取ったのか。ギーネが何処か不快そうに家臣を睨みつけた。

「……アテナ様のことを思い出していました」とは、アーネイの返答。

「う、浮気ですか!私というものがいながら!」

「何故、そうなる?」


「へい、お待ち」

 先に餃子がやってきたが、ラーメンも茹で上がるのにそれほど時間は掛からなかった。


 胡椒に似た風味の化学調味料をパッパとラーメンに振り掛けると

「ふっふっふ、それにしても、またしても民衆を信服させてしまいました。

 これで将来、ティアマットの大君主に推戴されるような事態になったらどうしましょう」

 取らぬ狸の皮算用をしている主君の横で、アーネイはラーメン屋に備え付けの、古い漫画雑誌をぱらぱらと捲っていた。

「私には、すでに守るべきアルテミス候国があるのに。ここはやはり同君連合か」

「もうありませんけどね。アルテミス候国」

 漫画を読みながら入れてきた家臣の突っ込みに、亡命貴族は言葉を詰まらせた。

故郷くにから逃げた時のニュースだと、新しい国家が建てられたとか」

「アーネイ!アルテミス候国は不滅ですぞ!」

「私たちの心の中にですね」

「ち、違います!現実に!物質レベルでです!」


「まったく、淡白な人です。祖国に対する思い入れがないのかしらん」

 アーネイの祖国への思い入れが薄れたとしたら、アルテミス候国の至高の統治者の有りの侭の姿を間近で見過ぎてしまったからに他ならない。


 とは言え、アーネイからしても、叛乱軍は腹立たしい相手であった。

 革命軍などと名乗りつつも、その構成員の大半は地球系移民の末裔でもなければ、共和主義者でもない。

 豊かな帝國での略奪が出来れば、どちらが勝とうが構わないならず者たちである。

 元々、近隣の部族や蛮族は、豊穣の帝国領土を喉から手が出るほどに欲していた。

 叛乱軍の勝利と参加の呼びかけは、垂涎の眼差しで帝國を見つめていた略奪者や無法者、奴隷商人たちに、獣性を解き放つ格好の大義名分を与えたも同然であった。


「侯都ヴァイナモイネンは、近隣の唯一教徒や蛮族が流れ込んできて、いまや叛乱軍の本拠地だそうで……」

 惑星アスガルドを離れる直前まで、アーネイは情報収集に当たっていた。

「……ッ」

 アルトリウス系市民の苦難に想いを馳せたのか。ギーネは一瞬だけ、顔を強張らせた。

「……卑劣なる共和主義者共め。どんな新国家にどのような名称をつけたのですか。

 どうせ民主主義とか、共和とかをつけた優美さの欠片も無い国名なのでしょう」

 不快そうに鼻を鳴らしている主君を疑わしげに眺めたアーネイ。


「知ってて言ってるんじゃないでしょうね?

 ロベスピエール人民民主主義平等共和国だそうです」

「役満ではないですか」

 古代地球世界の故事にも詳しいギーネは、今度こそ不愉快を隠そうともせずに眉間に皺を寄せた。

「ロベスピエール、ね。革命気取りですか。だいたいが平等とか、人民とか。主義主張を国名につけている国なんて、大抵、ろくな統治はしていないのだ」


 ロベスピエールとは、フランス革命における革命側の実質的指導者である。

 口癖は『死刑』。漫画で読んで知っている。俺は詳しいんだ。

 民衆が餓えた時に『パンがなければ、お菓子を食べればいい』と口走ったことで有名な王妃マリーアントワネットもギロチンで処刑している。

 フランスの伝統的価値観や社会秩序を徹底的に破壊しようとし、代わりに人権と権利、暴君に対する人民の革命権を高らかに歌い上げた革命家であったが、しかし、その人権宣言の内容は、権利と表裏一体の筈の義務や順法意識の大切さ、社会規範を守ることの意義に関しての視点が致命的なまでに欠落していた。

 本人は其れが民衆の為になると信じていたのかも知れないが、誰彼構わず処刑して回る為、仲間からも恐れられ、皮肉にも革命政府の同志たちに暴君に対する革命権を使用されて逮捕。其の侭、ギロチン送りにされて、あえない最後を遂げたテロリスト独裁者である。


 ロベスピエールの処刑後、政権を掌握したかつての仲間たちは、人権を庇護する国家への奉仕、権利と表裏一体の義務、革命権と共に平時における共同体への服従についても記された新たな宣言を布告した事は、あまり知られていない。


「義務を果たさず、権利ばかり申し立てる人間が社会に大きな顔をしてのさばるようになったのは、奴以降です。さながら、ロベスピエールの申し子ですぞ」

 君主制国家の大貴族であるギーネ・アルテミスは、幼少より体制転覆を狙う共和主義者に幾度となく命を狙われてきたので、当然ながらに『革命』とか『共和制』という言葉が嫌いである。

 共和思想を褒め称える報道番組を聞いただけで蕁麻疹が出て、チャンネルを変えるほどだ。

 憤慨している主君をやや呆れた眼差しで見つめているアーネイ。


 実際のところ議会や選挙、公聴制度など、帝国の政治システムの少なからぬ部分が、古代地球のイギリスやそれを範に取ったアメリカなど、共和制国家の議会制度を見習って構築されている。


 君主の権限の方が優越しているとは言え、民意の反映と国論の統一、意見調整に選挙制以上に効率的なシステムを考えることは、帝國の先人たちにも出来なかったのだ。

 過去の共和主義者たちが夥しい血と汗を代償に試行錯誤の果てに構築した効率的な議会システムにただ乗りしておきながら、同時に共和制を毛嫌いしているのは、貴族たちも些か身勝手に過ぎるかも知れない。


 ただ一方で、帝國人たちの共和思想への反発と反感にも、相応の正当な理由は存在している。


 帝國成立以前のアルトリウスの初期開拓者たちが何を考え、如何な理由から君主制度を採用したのか、今となっては資料も散逸し、成立の過程を知る由もない。


 初期開拓者たちが、多分に懐古趣味と浪漫を求めた多神教徒の技能集団であったのに対し、帝國が安定して以降の後期移民は、その多くが、母国での経済的困窮や政治的事情によって逃れてきた亡命者たちが多かった。


 リベラルな衆愚政治への失望、収奪的な傾向を強める自由経済システムへの嫌悪。硬直化する社会システムと、資産の流動性の低下によって閉塞感を増す社会への苛立ち。

 僅かに残されたこの時期の移民の手記からは、いずれも捨て去った故郷への失意や失望の文言が窺えた。


 加えて、さらに後から来た移民によって成立した後続の国家群が、自身は帝國の軍事力によって安全の保障された土地に住み着きながら、『民主主義への支援』と称しては、度々、帝國領に入り込んだ異民族や新参移民のコロニーに物資や資金を提供し、武装蜂起を焚き付けていた火遊びへの反感が、帝國人たちの不信感の根底に流れている。


 社会の腐敗をまざまざと目に焼き付けながら、帝國へと移住してきた初期から中期にかけての移民たちの中には、一部に民主制を確立しようと言う動きもあったようだが、大半は君主制を支持し、統治者まで登りつめた幾人かの後期移民の末裔も、共和主義や自由経済の成れの果てを教訓として諌めることで己を戒め、律してきた。


 故郷を捨て、海のものとも山のものとも判断が付かなかった未知の惑星へと移住してきた人々に如何な絶望や葛藤があったのか、余人であるアーネイには図りかねた。


 惑星アスガルドにおける共和主義者たちの正当化のロジックは『民主制の価値観を共有』することで国家間の戦争を避け、共存できる国際的な枠組みを作ることを目的としていると口では言うが、しかし、価値観の共有を求めるならばフェアに利益を分割し、共存共栄しなければならないだろうものを、得てして自国に有利な形での関税撤廃を求め、一方的な貿易協定を押し付けようと画策し、またゲリラや過激派に資金援助を行っては、民主国家を成立させる為なら、僅かな犠牲など問題にならないと言わんばかりの傲慢な態度も、帝國の君臣を刺激し、激しく怒らせている一因であった。


 いずれにしても、長い歳月の間、共和制が他山の石とされてきた事情もあって、帝國では『共和主義』は胡散臭い思想だと見做されているし、共和思想の信奉者は変人扱いされている。


「まあ、新国家がどれほどもつものやら……見ものではあるでしょうね」

 皮肉っぽく言い放ったアーネイ。共和制への反感が根強い帝國の土壌で、外国人と一部の跳ね上がりを主体にした新政権とやらがどれだけ持つか、十中八九は流血の惨事に至るに違いないと予想して憂鬱にため息を洩らしている。


「もちません。なにより、私がそのような暴挙を断じて許しません」

 辺境世界の果てにある小汚い食堂の片隅で、ギーネ・アルテミスが堂々と断言した。

 主君の大言壮語に、アーネイはため息を吐きつつ、首を振った。

「現実を見てくださいな。お嬢さま。

 現状、我々には一兵も残されていないのですよ?」

「いいえ。たとえ一時の汚辱に塗れようとも、最終的に勝利すればいいのです。

 そう、最後に勝つ者こそ、もっとも良く笑うものなのだ」

「何で、そう自信満々なんです?何らかのプランがおありですか?

 私たちがアスガルドを離れた時点で、叛乱軍は3万人以上に膨れ上がっていましたよ」

 渋い声と表情でアーネイは主君を嗜めた。


 実際のところ、アスガルドには生涯戻れまいと覚悟を決めてギーネに従ってきたから、主君の望み薄な帰還計画を聞かされるたびに内心、辛いのだ。


「一人当たり一万五千人ですね」

 しれっとのたまうギーネ・アルテミス。

「おい、そんな数の差で部下に忠誠心を期待するなよ?」

「ティアマットに難を逃れたのは、私たちだけではないでしょう」

「仮に亡命してきた騎士や兵士を糾合できたとしても、その数は叛乱軍の半数にも満たないと思いますが……組織化するにも、人材や資金は必要ですし」


「大丈夫です。アルテミス候国は、私が生まれ育った地。

 攻めるにしろ、守るにしろ、彼の地に着いては熟知していますのだ」

 豪語しているギーネだが、アーネイは思い切り疑わしげな視線を向けている。

(……それならば何故、ああもあっさりと領地が落とされたのだろう?)

 自信満々の主君を眺めつつ、賢明にも喉元まで出かかった疑問の言葉を飲み込んで、帝國騎士は曖昧に肯いた。


「私の完璧な頭脳には、既に叛徒共と戦う為の完璧なプランが幾つも組み立てられているのですぞ!

 ……知りたいですか?」

 首を傾げて覗き込んでくるギーネ・アルテミス。

「はいはい、知りたい知りたい」

 聞かなきゃ拗ねるのだから、質問の皮を被った同意の要求も同然である。

「ふっふ、仕方ありませんね。其処まで言うのなら、お教えしますぞ。

 秘匿作戦名『テルミドール』!」

 何処からか、いそいそと真紅のマントを取り出したギーネが、態々つけてから格好良さげにシュバッと翻した。


 世に言う熱月テルミドールとは、伝統ある王制を破壊し、邪魔と見做した人物を片っ端からギロチンに掛けて、フランス全土を恐怖に陥れていた狂気の独裁者ロベスピエールとその走狗たちが革命政府の内ゲバによって倒され、フランスが恐怖政治から解放された日とされている。

 民衆にとっても、フランス国にとっても、有害無益なテロリストの打倒は喜ばしい出来事に違いない。


 アルトリウス帝國に流通している大半の歴史書では、かような見方が主流となっている。

 そんな理由から『テルミドールの解放』とされているが、一方で、王や貴族などはどんな善政を敷いていようが一掃されてしまうのが人の社会の正しい、在り得るべき唯一つの姿だと考えている聖マルクス教徒にとっては、ロベスピエールの失脚は『テルミドールの反動』とされていた。

 これは帝國では絶滅寸前の異端的史観であったが、地球とは祖を異にする異邦の民でありながら、フランス革命の思想的影響を受けて王制が崩壊したリガルテ共和国辺りでは、ロベスピエールのような狂人が列聖に加わっていても不思議ではないと君臣主義者のギーネなどは偏見混じりに考えている。


 いずれにしても、数瞬の間、絶句していた帝國騎士だが、我に返ると鋭い視線で主君を射抜いた。

「ちょっと待て……秘匿って言葉の意味知ってるか?」

「ま、まだ作戦名しか言ってないでしょう!話も聞かずに内容を決め付けないでくださいよ!」

「アルテミスの奪還プランがその名称だったら、流石に怒りますからね?」

「……………………」

 口元を押さえて、明後日の方向を見つめているギーネ。

「おい、黙ってないで何とか言ってみろ」

「……なんとかー」


※ テルミドールのクーデター

フランス革命においてジャコバン派が倒された事件。

ロベスピエールやサン=ジュストらが失脚して処刑された。

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