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廃棄世界物語  作者: 猫弾正
ハンター日誌 すりんぐ編 B面
52/117

26 廃棄区画 

 人混みで栄えているかのように見える『町』の市場だが、表通りから一歩、横道にそれると、昼日中であっても途端に人気のない薄暗い路地が広がっていた。

 暇を見ては『町』を散策しているギーネやアーネイだが、まだまだ踏み込んだことのない区画も多かった。


「何処まで歩くんですか?」

「十分ほどで付きまさあ」

 アーネイの質問に、『服屋』はへらへらと愛想よく笑いかけてくる。

 裏はない判断しているアーネイだが、それでも治安の悪いティアマットである。

 見知らぬ場所に踏み込む時は、常に緊張を覚える。


 住んでいる者が皆無という訳ではないようで、遠目には物陰や路地を横切っていく人影が疎らに見受けられるが、先刻までの喧騒は嘘のように途絶えている。辺りを深海のような静寂が包み込んでいる中、四人の足音だけがコツコツと響き渡っていた。


『服屋』と『煙草屋』の穏やかな様子から、二人にとっては馴染みの場所ではあるに違いない。迷いなく足を進める行商人たちの背中を追いかけ、ギーネとアーネイも慎重な足取りで後ろに続いたが、一応はそれとなく警戒の視線を周囲に張り巡らせている。


 足元や路傍には、コンクリートや錆びた鉄の瓦礫が転がっている。

『此処から先、廃棄区画。立ち入り禁止』

 途中、通り過ぎた看板の横には、そんな文字が記されていた。

 コンクリートの防壁に開いた大穴を、瓦礫や木材などで申し訳程度のバリケードが封鎖していた。


『町』の人口はおおよそ千人。これに他所からの労働者と一時的な滞在者を含めても、多分二千には届かないだろう。

 防壁に囲まれて『町』として機能している区画では、大崩壊以前、万単位の住人が生活を営んでいたそうだ。

 食料の供給に限界もあって、人口に比べて空間は余り気味だが、しかし、暮らし易い建物の多い区域となると、また限られてくる。


 現在、市民たちが暮らしている区画は、比較的、傷みが少ない建物が多いメインストリート近辺に集中している。

 其処を囲むようにして市民権を持たぬ庶民層や自由民の居住区が広がり、『壁外』には流れ者やよそ者たちが多く住み着いている。

『町』には防壁が破られ、或いは、怪物が定期的に地上に這い出てくる下水溝が存在して封鎖されている廃棄区画も数箇所あって、物好き以外は当然、近づこうとは考えない。


 先頭を歩くノッポの『煙草屋』と小太りの『服屋』は、歩きながら、どうでも良い事を駄弁っていた。

「それにしても、なんと言うか……妙なお人に助けられたもんだなあ」と『服屋』

「さしものアルテミス嬢とて、お前にだけは、へんな奴とか言われたくあるまいよ。

 で、なにがだ?」

「賞賛しろ、褒め称えろ、他人に言って廻れ、だとさ。

 こんな奇妙な要求をされたのは初めてだ」

「……お姫さまの仰せには従っておくさ。

 求めている物が分かり易い分、褒め称えろって奴のほうが扱い易い」

『煙草屋』は振り返って、ギーネとアーネイを見据えた。


 奴隷商人だの業突く張りな大手商会の連中に助けられていたら、どんな阿漕な要求されるものか、分かったものではない。

 そう相棒に窘められ、『服屋』は異界からの移民であろうハンターたちを見やった。


 怪物に追われる旅人がハンターに助けられるのはそう珍しい話ではないが、一時の恩を延々と笠に着て、吸血ヒルのように何時までも吸い付き、骨の髄までしゃぶり尽くすような卑しい輩も世の中には少なくない。


 絶体絶命であれば、どんな要求でも呑まざるを得まいと踏んで、ギリギリの状況で無茶な条件を吹っかけてくるハンターもいれば、助けに来たハンターに対して約束した礼金を踏み倒す旅人や商人もいて、折角、助けたり、助けられた命を、後日の話し合いが拗れて失うなんて結末も稀には耳にする話であった。


 傭兵や武装商人を集めて、大規模な武装キャラバンを構成するような商会のうちには、曠野や廃墟で助けた相手に礼金を要求し、払えなければ借金を負わせ、扱き使うような性質の悪い連中もいると、実しやかな噂も囁かれている。


 業突く張りな商会に借りを作ったばかりに、借金と言う形の首輪を嵌められ、二束三文の駄賃で扱き使われている同業者の姿は、大きな居留地では必ず目にすることが出来る。

 そうした海千山千の魑魅魍魎を相手取らずに済んだのは、『煙草屋』と『服屋』にとっては幸運だったに違いない。


「まあ、やたら無茶な要求してくる奴よりは、ずっとマシだわなあ。

 25ギルド・クレジットはそれなりの金額だが、命とは比べられんし」

 先刻まで嘆いていた『服屋』だが、気分を切り替えたらしく、楽観的な言葉を口にしている。

「しかし、人喰いアメーバと巨大蟻か。

 ここら辺の街道も、最近は、ずいぶん物騒になってきたもんだ」



 際限なく喋り続けている行商人たちと比して、見知らぬ区画に初めて踏み込んだギーネとアーネイは無言であった。

 道を記憶させる為に携帯端末を弄っているアーネイと、周囲に観察の視線を向けているギーネ。

 一帯は、廃墟に似てしんと静まり返っている。人気がなく、奇妙に物寂しげな雰囲気が漂っていた。

 その癖、道を曲がった折など、どこからか、ざわざわとした喧騒が響いてくる。

 聳え立つビルの壁に反響したのか。まるで道一本隔てた向こう側に大勢の人がいるようにも感じられて、異世界をさ迷い歩いているような錯覚にアーネイたちは襲われた。


「……位置関係は大体、把握できましたよ。この瓦礫を突っ切れば、表通りの市場にすぐに行けます」

 二人の運動能力なら、十分も歩き回らずにショートカット可能な場所だと把握して、少しだけ緊張を解いたのか。脳裏に一帯の地形を立体的に描いたギーネの言葉にアーネイがゆっくりとと息を吐いた。

「妙な気配もありませんし、警戒しすぎましたか」

「他人からちょっと馬鹿みたいに見えたとしても、べつに構いませんのだ。

 空振りが続いても、初めての場所で気を緩める心算はありませんよ」

 肩を竦めつつ断言したギーネが、少し首を傾げて考えこんだ。


「それにしても、ギルドが多いですな。ハンターギルドに行商人ギルド。

 まるで中世欧州のようです。他にもあるのかな」とギーネが呟いた。

 伊達に主君と長い付き合いではない。言葉に含まれる微かな不安を聞き分けて、アーネイはギーネを見据えた。

「何やらご懸念がお在りの様子。いかがされました?」

「……ギルドとは如何な組織かを考えていました」

「ハンターギルドの時は、あれほど喜んでおられたのに」

「だって、ハンターギルドですよ。『そういうもの』だって分かりますもの。

 ですが、行商人ギルド。すなわち、他所との物流を差配する者たちの集まりです」

「ふむ」

「他所との交易を独占して莫大な富を保有していた中世商業ギルドと類似した組織なのでしょうか?

 果たしてどの程度の影響力を保持しているか、気に掛かります」



 現代においては、単純に職人の組合を意味していることも多い『ギルド』であるが、その起源は古く、絶対王政成立以前の中世欧州の都市において、参事会として市政に参加する有力商人たちの結社にまで遡っている。


 中世欧州における『ギルド』は、『組合』でもなければ、江戸時代日本の有力商人の集まりであるような『寄り合い』とも違う、そのどちらの機能も兼ね備え、同時に単なる『組織』を遥かに越えた権威と影響力を都市内に張り巡らせた巨大な『機構』であった。


 都市間や外国との交易で莫大な富を得た貿易商人たちが結集して結成された往時における『商業ギルド』は、恐らくは、現代人が組合という単語から想像するものとは比較にならないほどの権力と財力、武力を有して長らく都市行政を牛耳ってきた、市内における絶対的な存在であったのだ。


 後に『商業ギルド』に対抗する為、都市内に店舗や弟子を持つ有力な職人たちが団結して『職人ギルド』を立ち上げ、その権力は都市内においてやや相対化されるものの、それでも彼らは時に王権に公然と抗い、領主を脅かすほどの権力と財力、そして武力をも有していた。


「行商人ギルドとなると、構成員はやはり交易商人が主体なのでしょうか?

 この町は地産地消型の経済に見えますが、見えないところで他との大規模な貿易が存在しているのか?ううむ……どうにも、類似が気に掛かります」

 ギーネの抱えた懸念は、しかし、ただの一移民にとっては縁遠いことのようにもアーネイには思えた。

「確かに元は領邦君主のお嬢さまと商業ギルドは、相性が良くありませんが。

 とは言え、中世や故国の商業ギルドとは別物だと思われます。

 それに……」

「も、元ってなんですか。

 ギーネさんは、今だってアルテミス候国の神聖にして不可侵な君主ですぞ。

 例え、反乱軍が新政府をおったてたとしても、そんなものを誰が認めてもこのギーネさんは認めませんぞ。

 そうではなくて……ギルドの影響力が気になったのです」

 狼狽しつつも、ギーネは拳を振って力説した。


 資源や食料、人材に余剰が乏しく、一つ分配を間違えれば共同体全体が危機に陥る世界であれば、リソースの再分配も慎重且つ用心深く行われているだろう。

 それが強権的なものか、或いは、調整の結果かはいざ知らず、富の再配分を行う者たちが絶大な権限を握っていても不思議ではない。

 そして例え、民度の高低によって差はあれども、権限の集中に伴って、一部の者による各種利権の独占が行われるのは世の常であった。


 中世社会では長い歳月、ギルドは都市において磐石な支配を築き、影響力を行使してきた。

 ギルドの崩壊には、絶対王政を確立した王権の介入に伴う弱体化と、さらには産業革命を待たなければならなかった。

 ある種の技術的、物流的な改善が起きて、物資に余剰が生じたとしても、それを民衆に廻さずギルドが独占を続けた場合、やがて機構は必要を越えて肥え太り始め、同時に寡占と支配にもほころびが生じ始める。


 しかし、それらはあくまで中世におけるギルドシステムが辿った歴史上の過程であって、高度文明社会が一度成立し、さらに崩壊を経たティアマットにおける『ギルド』が、如何な存在意義と機能を果たしているのかは、いまだ定かではない。


 現代に蘇ったギルドが如何な形態を取っているのか。

 ギーネにも、推測は出来るが、予想は付かなかった。

 歴史から教訓を経ていても不思議ではない。

 後代の権力機構ほど、支配や権力の行使はより巧みになっている。

 或いは妥協の結果としても、公正な分配を行っているかも知れないし、より苛烈で悪辣な搾取を行っている可能性もあった。


 ギーネたちの出身地であるアスガルド文明圏と、ティアマット文明圏は、同じ地球人種を祖とし、ゲート一つを隔てた『隣』の世界ではあるが、大崩壊を境に連絡は一時断絶し、その交流は長い間、好奇心の強いごく一部の層に限定されていた。


「ギルドについては、データーにも載っていません。

 手持ちの資料も、大陸中西部や北部中心で、通り一遍の観光案内しか記されていない」

 其処まで説明したギーネ・アルテミスは、瞳を揺らして家臣を見つめた。

「今すぐに、どうこうと言う訳ではないけれども……私たちは未だにティアマット世界の仕組みを殆ど知りません……そこに不安を覚えます。

 だけどティアマットに生きるならば、世界の仕組みを知ることは避けては通れないでしょう」



 世の仕組みを知らなければ、知らず虎の尾を踏むかも知れない。

 或いは、危険な状況に陥った時、判断を誤っても自覚すら出来ない恐れもあった。

 時流を読めずに危険な船に乗り込んでしまうかも知れず、漕ぐ方向が分からなければ、風の吹くまま望ましくない方向に流されることもある。


 ……先が見えすぎる。頭が良すぎるというのも大変だな。

 何処か不安そうなギーネを見つつ、アーネイは勇気付けようとゆっくりと力強く主君の手を握り締めた。

「……徐々に知っていきましょう。私たちはティアマットでは新参なのですから。

 無知は忌むべきですが、焦る必要も在りません。

 こうして一歩一歩、歩みを止めずに一緒に日々を生きましょう」

 ギーネは、ひふっ、と奇妙な声を洩らした。

「アーネイ。ああ、もう大好きです」

「……だから、抱きつくな」



「つきましたぜ」

『服屋』の指差した先、両隣を朽ち果てた廃ビルに挟まれた谷間の空き地に掘っ立て小屋が建っていた。

 ゴムタイヤや廃車の屋根、廃材など、かき集めたジャンクを建材として造り上げたと思しき掘っ立て小屋の壁に、トレーダーズギルド。と落書きのようにペンキで書いてある。


「ちっちゃ!」

 想像していたギルドとの落差に、ギーネは思わず叫んだ。

「いやいや、立派なもんだ」

『煙草屋』が首を振り、『服屋』が肯いている。

「俺も何時か、こんな店を持ちたいもんだぜ」



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