第11話 おい、弟子になれよ
〜ショウゴ・ハガ〜
決闘の翌日。
目が覚めた瞬間、頭の中が疑問で埋め尽くされた。自分が今どこにいるか分からなかったから。数秒考えていると、徐々に昨日までの事を思い出してくる。
「あ、そうか……俺は異世界に……」
昨日も朝起きた時こんな感じだったんだよな。しばらくこっちの生活に慣れるのは大変そうだ。
「そうだ。ティアマトは……?」
決闘の後、俺達は「工房」という所へ行ってティアマトの腕を修理して貰った。修理の後はティアマトの体を整備するとかで俺だけ城内の客室に帰されたけど……やっぱり心配だ。今からあの工房へ行ってみるか。
そう思って寝返りを打った時、女の子と目が合った。
「あ、やっと起きましたね♡」
うっすら緑色の髪。金色の瞳に猫みたいに鋭い瞳孔。それに角。あれ? なんか知ってる顔だな。
「おはようございますショウゴ♡」
「ティ、ティアマト!!? いつからいるんだよ!?」
ティアマトは何故か俺のベッドの前にしゃがみ込んでいた。彼女は顎に指先を当て、考えるような仕草をする。
「ん〜明け方くらいからですかね? ノックはしましたよ?」
寝てる時にノックしてもノックの意味を成してないぞティアマト……。
「あ、そうだ。体の方はもう大丈夫なのか?」
「はい♡ 起きたら工房に来るようにとライネから言われましたが」
ライネって昨日ティアマトを修理してくれた女技術士か。随分ティアマトと親しそうだったし、元から竜機兵としてのメンテナンスをしていたのは彼女だったのかな。
こういったら小さいと言われるかもしれないけど、技術士が女の人でちょっとだけ安心したよな……。
「心配してくれるのですか?」
ティアマトが首を傾げる。その瞬間、一気に顔が熱くなった。
……俺、今何を考えてたんだよ。別にティアマトの整備を誰がしたっていいだろ。
「あ! ショウゴの顔が赤くなりました! もしかして……私の担当技術士がライネで良かったとか思ったりしてます?」
「う、うるさいな! ま、まぁ……ティアマトは……その、俺の、愛機、だし……」
「し、幸せすぎます〜♡」
ティアマトがポーッとした表情でどこかを見つめる。彼女の目の前で手を振ってみても反応はない。俺は無性に恥ずかしくなってベッドを降りた。ティアマトの死角へ移動して急いで身支度を整える。
「じ、じゃあライネさんの所に行こうぜ」
「ショウゴは恥ずかしがり屋さんですねぇ。昨日あんなに激しく繋がったのですから、もう一心同体と言ってもいいのに♡」
「その言い方誤解生むから! ほら行くぞ!」
テンパってティアマトの手を掴んでしまう。彼女は顔をポッと赤くして笑みを浮かべた。
「きゃっ!? もう♡ 強引ですねショウゴは♡」
「だからそれやめて!?」
ガチャリと扉を開き廊下へ。朝のひんやりとした空気の中──。
なぜか目の前にルカド王がいた。
「お、お父様……?」
「王様……!?」
「な、なぜショウゴ殿の部屋からティアマトが……?」
歩いている姿勢のまま、ピタリと動きを止めるルカド王。
固まる俺達。ふと下を見ると、焦ったせいで着崩れた服に、息の荒い俺。隣のティアマトを見ると、顔を赤くして俺の手をキュッと握り返していた。
「む、むむぅ……?」
ルカド王は数秒固まった後、何かに納得したように、ニカリと笑みを浮かべた。
「ほっほっほ。2人とも。ゆうべはお楽しみだったようだな!」
「違うわエロ親父!!!」
俺は思わず叫んでいた。
◇◇◇
城から20分ほど歩き、俺達は「工房」にやって来た。
工房はレンガ作りの大きな建物だ。昨日チラッと見たが、中には無数のワイヴァルスが並べられていて、技術士が整備できるように木製のやぐらが組んであった。その様子はまさしくロボットの格納庫。見ただけでテンションが上がってしまう。
昨日はティアマトの事が心配でそれどころじゃなかったからな。今日はしっかり見学させてもらおっと。
考えていると、工房の前で技術士達が慌ただしく走り回っているのが見えた。
「ん? なんかバタバタしてねぇか?」
「発掘士がワイヴァルスの部品を納品に来ているのですよ」
発掘士……って。あ、そういえば昨日言ってたな。偽竜兵は過去の戦争で死んだ竜騎兵の遺骸を部品にして作った人型兵器だって。だから発掘士か。
工房の裏から黄色く塗られたワイヴァルスが現れる。その背中には馬鹿でかい袋。黄色いワイヴァルスは、その中身を地面へぶち撒けた。
「ほれ! 早くワシが発掘した部位を運べ!!』
「朝一から納品に来るとか聞いてねぇぞ!?」
「ウィプスの爺さん朝起きるの早すぎだって!」
「中からワイヴァルス出して! 運び込むんだよ!」
技術士の人達、喧嘩してるくらい喚いてるな。これが整備現場ってヤツなのかも。
しばらく様子をうかがっていると、黄色いワイヴァルスの下腹部に魔法陣が浮かび、オーバーオールみたいな服を来た爺さんが顔を覗かせた。
「ライネ! ライネ・ツクリジヤ!! 納品書にサインしろ!」
オーバーオールの爺さんが叫ぶと、工房の奥から銀髪の女性が出て来た。その人はとんでもなく眠そうな顔で、後ろで編んである髪も所々ハネている。それだけで昨晩が修羅場だった事が分かる。
「ふぁ〜……こっちは徹夜で修理してたんだからさぁ……もっと加減しなさいよ」
つなぎのような整備服を着て、頭には後ろに向かって伸びる2本のツノ。その女性は、昨日ティアマトを修理してくれた技術士のライネさんだった。
黄色いワイヴァルスが正座のような格好で地面へ体を付ける。そこから降りて来た爺さんがライネさんへ紙を差し出すと、彼女は悪態を吐きながら書類にサインして爺さんへ突き返した。
爺さんは満足そうに「うむ」と頷くとワイヴァルスの中へ戻りスラスターを吹かす。
「きゃあああああああ!?」
「ちょ!? 部品飛ぶから!?」
「クソジジイ!!」
『ではの! 皆の衆!!』
技術士達の暴言を受けながら、黄色いワイヴァルスは空になった袋を担いで去っていった。
「お、来たわね。姫、それにショウゴ殿」
ライネさんは寝不足で死にそうな顔をパッと笑顔に変えて、工房の奥へ招き入れてくれた。
……。
「うん、全く問題無し。人組織の再構成も上手くいったわね」
ティアマトは、壁際に並べられた機械の前でライネさんに右腕を見て貰っていた。
「一応最後に……」
ライネさんがティアマトをクルリと回す。胸の前でドレスが落ちないように押さえるティアマト。ライネさんは、それを確認してからティアマトのドレスをなぞる。するとドレスの後ろを止めていたボタンが淡く光り、ドレスの背中がはらりと解けた。
ライネさんがティアマトの背中に描かれた古代文字をしげしげと見つめる。俺にも配慮したような慣れた手つき、2人は相当な付き合いなんだなと思った。
「竜核にも影響無し。術式も安定してるわ」
人の姿のままで見て貰ってると医者に来たみたいだな……昨日は竜機兵の姿で修理して貰ったのに。
昨日の修理方法は見た事のない有機的な素材で接合したり若干のグロさもあった。だけど、それよりもティアマトのことが心配で、グロテスクだと感じる事も無かったな。
「それにしても、人の姿からロボみたいな形になるって不思議だよな。どういうメカニズムなんだろ?」
「ん? 興味あるのショウゴ殿? ならちょうどいいわ。姫様とショウゴ殿に渡しておく物があったの」
「ちょうどいい? なんで?」
不思議に思ってティアマトを見ると、彼女は意味深な笑みを浮かべた。
ライネが機械の奥へと入り込み、中から何かを持ってくる。
「姫様、昨日伝えた機兵服よ。サイズは合わせてあるから」
「わ! ありがとうございます!」
嬉しそうに服を受け取るティアマト。ライネさんは俺を見てニヤリと笑うと早口で説明を始める。
「それはね、竜機兵になる時、粒子状態まで分解され再結合される服。機体時には竜核周辺の装甲の一部を形成、戻った際には肉体と一緒に再構成されるようになっているわ」
「え? 全然分からないんだけど」
肉体と一緒に? 分解? 再結合? ティアマトの体ってそんな風に竜機兵になってるのか?
「私には分かりますよ! つまり! 変身して戻ってもそれを着ていれば裸にならない! そういうことですよねライネ?」
何故か得意げに胸を張るティアマト。彼女の答えを聞いたライネは苦笑してコクリと頷いた。なんだよ。それならそうだって早く言ってくれよな。
「早速着てみますねライネ!」
ティアマトがドレスを脱ごうとしたので慌てて止めた。俺が止めたのを見てティアマトが「え?」と小さな声を漏らす。そして急に顔を赤くした。
「す、すすみません! 私、1つの事に集中しちゃうと周りが見えなくなって……!?」
「な、なんとなくは分かってたけどさ」
ライネがティアマトを機械の裏へ連れていく。数分後、黒い服を身に付けたティアマトが出て来た。
「どうですショウゴ……? は、はしたなくは無いですか?」
ティアマトの機兵服……それは体のラインに沿うように作られていて、所々機械的な装飾や魔法陣が描かれたものだった。顎の下までスッポリと彼女を覆うそれは、逆に、いや、むしろ……裸よりエロ……。
「なーに鼻の下伸ばしてるの?」
突然、俺の肩からライネさんの顔がニュッと出て来た。
「は、はぁ!? そんな事思ってねぇし! に、似合うぞティアマト!」
「ありがとうございます♡」
ライネさんが俺達の顔を交互に見て「よし」と頷く。
「それならドレスや他の服の下に着ることができる。もし戻る事になっても素肌を見せてしまう恐れは無くなるわ」
そうか。そうだよな。竜闘の儀って大陸の色んな国の人が出て来る訳だし、もし戻ってしまってティアマトが裸になったら大変な事になるもんな。
ティアマトが機兵服の上からドレスを着る。こう見ると首元が黒いだけで普通の格好みたいだな。
「ショウゴ殿にはこの国の兵士服よ。その服を着ていれば機体操作中の振動や衝撃から身を守ってくれるわ」
ライネさんは、俺にも装備を差し出した。インナースーツに装甲を付けた鎧のような装備。昨日ハインズが身に付けていた物に似ているな。
「パイロットスーツみたいなもんか。でもさ、ティアマトの中はそんなに揺れなかったぜ?」
Gは凄いけど、耐えられないほどじゃなかったし。ジャージの方が動きやすそうだよな。
「はぁ……あのねぇ? ショウゴ殿はこれから何度も姫様に乗るのよ? 小さなダメージが蓄積されて内臓がイカれたらどうするの?」
「な、内臓……!?」
「そ。だから大人しく着ていた方がいいわ」
その話を聞いて悪寒が走る。確かにそういう話をゲームや映画とかで見た事あるけどさ、面と向かって言われると怖いな。
ライネさんがティアマトの後ろに回り、その両肩をポンと手を置いた。
「ショウゴ殿。君は姫様の騎士なんだから、自分の身体も守らなきゃダメ。君が壊れたら姫様を守れないでしょ?」
俺が壊れる……そうか。そういう発想は無かったな。
「気を付けます」
「それでよし!」
ライネさんが朗らかな笑みを浮かべる。良い人だよな、この人。
その時、背後から聞き覚えのある声がした。
「何を話している?」
全員が振り返る。そこには昨日と同じパイロットスーツを着たビル・ハインズが立っていた。
「ハインズ……」
無表情のハインズ。彼は、俺とティアマトに視線を向け、納得したように呟いた。
「パイロットスーツか。ライネ、俺のワイヴァルスは?」
「アンタがボロボロにしたから徹夜したのよ!? 今度奢りなさいよね!」
「ああ。もちろんだ」
「……アンタと話すとなーんか調子狂うわねぇ。第二格納庫よ」
「感謝する」
クルリと振り返って出口へ向かうハインズ。ヤツは、視線だけで俺達を見ると、ポツリと呟いた。
「お前達も来い。話がある」
「話?」
「なんですか?」
俺とティアマトは互いの顔を見合せた。
◇◇◇
第二格納庫の技術士から機体を受け取ったハインズ。彼に乗れと言われたので、俺とティアマトはその手に乗った。
ハインズのワイヴァルス・カスタムが街の中を進む。彼のワイヴァルスを見る度に、兵士や街の人達が感嘆の声を上げる。しかし、みんなティアマトをみると顔を曇らせた。
酒場らしき建物の入り口では、酔って顔の真っ赤な男2人が何かを話していた。
「姫様が竜闘の儀ってなぁ。勝てる見込みがあるのかい?」
「昨日ハインズ様を決闘で打ち破ったって聞いたぜ?」
「でもなぁ……ギリギリだったっんだろ? 次の竜闘の義には前回ハインズ様を倒した戦士も出るって噂だ。確かヲルス国の……」
「イルベガンか?」
「そうそう! あの凶暴な女戦士! あの姫さんに勝てるのかねぇ……そもそも最初で足切りされたりしてなぁ」
「しっ! 声デカいって!」
……聞こえてるぞ。
横目でティアマトを見る。ショックを受けてないか不安だったが、彼女はいつも通りの表情をしていた。
「大丈夫です。ショウゴのおかげで気にならなくなりましたから」
ニコリと笑みを浮かべるティアマト。そっか、ティアマトも昨日の戦いで自信ついたのか……。
俺は、少し安心した。
にしても、なんだか気になる言葉があったな。ハインズが負けた相手だって? ヤツの実力は量産機のワイヴァルスで俺達を凌駕していた。そのハインズを倒すって……どんなヤツなんだよ。
「俺の屋敷に向かう。飛行するぞ」
ハインズ機が背中の翼を展開し、背面スラスターをふかす。先程話していた男達に暴風を浴びせながら、ハインズは空高く飛翔した。
……。
ハインズ機がアシュタリアの空を舞う。城下町を越え、田園地帯を通り過ぎていく。
視線の先にあるタリア大森林を見ながらしばらく飛行していると、ハインズ機は草原にポツンと佇む屋敷へと降下した。
ハインズ機が到着すると、警備と思われるワイヴァルスが2体、彼へと声をかけた。
「おかえりなさいませ旦那様」
「先ほどダーナのヤツが来ていましたよ。間も無く魔導紙が完成すると」
「そうか」
屋敷の前にワイヴァルスを付けるハインズ。彼の機体が着座し、俺とティアマトを降ろす。ハインズの後ろを付いていくと、ハインズはこちらを見ずに話し出した。
「今のお前達では竜闘の儀を戦い抜く事はできない。そこで、俺はアシュタル王女からある命を受けた」
ん? アシュタルから? というか、ハインズのヤツ、ティアマトにも妙に上から目線で話してるな。昨日はこんな雰囲気じゃなかったはず……なんでだ?
「昨日は私達の力を認めるとおっしゃったではありませんか!」
食い下がるティアマトに、ハインズは肩をすくめて両手を開いてみせる。どんな表情をしているか見えないが、呆れたような顔をしているのは間違いない。
「アレは、闘い抜く素質を見たと言って貰いたい」
「素質……ですか」
ハインズの言葉に納得したのか、ティアマトはそれ以上反論する事は無かった。
「素質はあっても磨かなければ意味が無い。お前達、俺の所へ来い。明日から修行をつけてやる」
「弟子になれって言うのかよ!?」
「私達がアナタの!?」
「そうだ。竜闘の儀までの1年。俺が持てる技術の全てを叩き込んでやる」
「マジか……ハインズの弟子に……」
正直、昨日戦ったから気まずい。だけど……あの闘いで分かった事もある。ハインズは本物の戦術を持っている。
あの読み、動き、剣術。アレを他の竜闘の儀の参加者達がデフォルトで持っているとするなら、俺達が苦戦するのは必至だ。昨日俺達が取った方法は邪道……そう何度も通じる手じゃない。
そんなヤツらを倒すには、俺もこの世界の闘い方、その基本を徹底的に知る必要がある……昨日からそう思っていた。
自分の中で覚悟を決める。俺の気持ちは決まったな。
「どうするティアマト?」
「私は……」
彼女はギュッと手を握りしめて。俺の眼を覗き込んだ。金色の瞳。そこに弱さは見えず、決意が満ちているのが分かる。
「私……やりたいです。もっともっと強くなる為に」
「そっか。なら、俺の答えも決まったな」
深呼吸してハインズに声をかける。
「俺達を鍛えて下さい。ハインズ……し、師匠」
「ハインズでいい。そう呼ばれるのは性に合わないからな」
ちょうどハインズが答えた所で、彼は扉の前に立ち止まった。
彼がドアを開ける。その中は客室のようだった。俺が城に泊まっている部屋と同じ広さにベッドが2つ。内装は綺麗だが、広めのベッドが2つあるせいで少し手狭に見える。
「では、今日からここで2人で暮らして貰う」
「え」
「え♡」
ハインズの言葉に頭が真っ白になる。
え? 2人で暮らす? 同じ部屋に? なんで? ていうか今、明らかにティアマトの声が変わったよな? なんか甘ったるい声出して無かったか?
「昨日の闘いで感じただろうが、竜機兵と搭乗者は精神の接続が強ければ強いほど強くなれる。だからこそ、日常生活から共にするのは大きな力になる。昼間は俺と訓練。夜はここで寝ろ」
「ま、マジかよ……!? お、王女とこんな生活するって……怒られないか!?」
「問題無い。これはルカド王からの提案だ。俺もなるほどと思ってな。取り入れる事にした」
「もう♡ お父様ったら♡」
ティアマトが頬を染め両手を手で押さえる。
あのエロ親父ぃ……!!!! 絶対別の意図があるだろうが!!!
──ほっほっほ! よく励むのだぞ2人とも!
脳内で、ルカド王様が親指を立てる姿が浮かんだ。
〜ティアマト〜
ショウゴと2人で暮らすことになるなんて……!? お父様!! ありがとうございます♡
次回は閑話的なお話。初めての同室。初めての2人の夜。見つめ合う2人に何も起きないはずもなく……?
次回、「ベッドに入れて下さい♡」
絶対見て下さいね♡




