第5章 全て水に流そう作戦
まずは様子見だ。
俺は小石を、三十メートルほど先の家へ向かって投げた。
狙いは窓。
--ガシャン。
乾いた音とともに、ガラスが砕け散る。
その瞬間、空気が変わった。
……来る。
一体が、音のした家に向かって走り出す。
続いて先ほど確認していた二体、三体、四体。
そして、まだいる・・・
家の中から、遅れて数体が出てきた。
計8体!
――少し多いが、概ね計算通りだ。
奴らは音に反応する。
これは、少なくとも俺が今まで生き延びてきた経験上、間違いない。
もっとも、理由までは分からない。
研究したわけでも、検証したわけでもない。
ただ、生き残るために観察してきた結果、そう“見えた”というだけだ。
俺の見立てでは、優先順位はこうだ。
まず音、次に匂い、最後が目視。
音が引き金になり、匂いは追跡を続けさせる。
目視は、動いていなければ意外と当てにならない。
ただし、奴らは日常的な環境音には反応しない。
風の音や、木々の擦れる音。
そういったものには見向きもしない。
反応するのは、衝撃音や話し声、荒い呼吸――
この静寂の世界では、本来立たないはずの音だ。
そこに、ひどく敏感だと俺は見ている。
……もちろん、例外がいない保証はない。
明日になれば、この法則が崩れるかもしれない。
それでも今は、この見立てに賭けるしかない。
だから俺は、音を使い今まで生き延びてきた。
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俺は音を出しながら、ゆっくりと後退する。
空き缶を蹴る。
農具を倒す。
意図的に、川へ向かうルートに音を置いていく。
音が動けば、奴らも気づき、音の方に走る。
全力で。
迷うことなく、獲物がいるであろう方へ。
……本当に、よく走る。
太っていた人も、運動神経が悪そうな人も、体系、性別関係なく今ではアスリートばりの速度だ。
ちゃんと研究したら、人間全体の身体能力が上がりそうだな・・・。
まあ、今となっては研究機関もないしどうにもならないが。
川が見えた。
予想通り、水量は多い。
濁流が、唸るように流れている。
落ちたら普通は助からないだろう。
だが、奴らは獲物を追いかけている時は“危険”を判断しない。
どんなに燃え盛る炎であろうと突っ込んでいく。
現状川に導くための音を立てる案がある。
そして自身から発する獲物の匂いがある。
それだけで十分だ。
俺は最後の合図として、バットでガードレールを殴った。
キンッ!!
高く、乾いた音。
その瞬間、八体すべてが俺を目視で確認できる開けた道路。
奴らは、完全な“獲物”として認識したようだ。
……さあ、勝負だ。
俺は走る。
全力で!
ただし、転ばないようにだけ神経を集中させる。
転んだ段階で、命は終わる。
息は切れる。
肺が焼ける。
呼吸は乱れ、漏れる。
だが、今はそれでいい。
奴らの意識は、
俺の息じゃない、俺の匂いでもない。
今走っている、地面を叩く足音だ。
連続する走行音。
獲物が逃げているという、分かりやすい証拠。
今この瞬間、奴らはこの音だけに向かい走っている。
まるで反射だけで、追っているように。
距離が縮まる。
近い・・・・・
川岸まで、あと数メートル。
俺は、川に続く坂の手前で立ち止まり・・
奴らが飛びかかる瞬間に・・・横へ跳んだ!
まるでキーパーがナイスセーブを見せるかのようなダイビングに合わせて、奴らは止まれず自身がいた場所にダイブ!
そのまま坂を転げ落ちて止まれず、川へ。
大きな水しぶきが上がる。
奴らの勢いはとめられなかったため、二体目、三体目――
勢いのまま、坂を転げ落ち次々と濁流に飲み込まれていく。
……七体。
だが、一体だけが踏みとどまった。
坂の手前で止まり、こちらを見た。
激しい音が川から聞こえるためそちらに意識はあるものの、ほとんど見えてない視力で横に飛んだ俺を捉えたのだろう。
その距離は3mほど・・
そいつは俺に向かって吠え、跳んできた。
――戦うか?
一瞬、迷った。
一体のみだし、今手に持っているバットを振れば終わる。
頭を潰せば、それで終わりだ。
だが、体が拒否した。
やはり元人間、極力自身の手で殺したくはない・・
というより、その感触を知りたくがないが本音だ。
俺は咄嗟に坂の下に転がり、落ちながら足元の石を投げた。
音は、川の向こう。
そいつは反射的に俺を追って坂に飛び込み大きく転がる。
俺はなんとか木に捕まり川に落ちる手前で止まったが、やつは
ドボンーーー
川に落ち見事に流れていった。
……終わった。
黒い影がもがきながら、何体も流されていく。
奴らは泳げない。
浮くことはできるだろうが、大分先まで流されもう戻ってこないだろう。
静寂が戻った。
風が吹き、稲穂が揺れる。
さっきまでの騒音が、嘘みたいだ。
俺は、その場に座り込んだ。
心臓が、まだ早鐘を打っている。
……やっぱり、殴らずに済んだな。
バットを見下ろす。
今日も、血は付いていない。
村は、今のところ安全だ。
俺は立ち上がり、集落へと戻る。
次は、物資の回収だ。
生きるための作業は、まだ終わらない。




