第21章 トラップ作成②と料理
俺は、鈴木にトラップの作り方を教えていく。
教えると言っても、俺もその昔YouTubeで見たディスカバリーチャンネルか何かの映像を、うろ覚えで思い出しながらだ。
「こうやってロープを張って、枝を吊って、揺れたら音が鳴る」
――理屈だけは覚えている。
でも、その“理屈”がこの森で、今の条件で、本当に通用するのかは別問題だ。
正直、このトラップが確実に作動するかどうかはわからない。
それに加えて、今は派手に音を鳴らしてテストすることもできない。
---鳴るか試してみよう!
なんてやったら、いまの世界じゃそれだけで死にかねない。
なぜかって?
もしこの音が特殊個体のやつに聞こえ、その音を追って自然領域に入る知恵をつけられでもしたら、厄介どころか俺らも終わりだ。
現状、奴らは“本能として”自然領域に入ってこない。
少なくとも、俺がここに来てから見た限りではそうだった。
県道の方に群れは溜まる。
人間の匂いに引っ張られて、舗装の上を這うように寄ってくる。
だが、森の中に踏み込もうとしない。
まるで“そこは危ない”と刷り込まれているみたいに。
ただ、生物は進化する。
奴らを生物として括っていいのかは置いておいて、例え根元がウイルスだとしても、ウイルスも進化するものだ。
変異して、適応して、広がっていく。
人間だってそうだ。
生き残るために学ぶ。
なら、奴らが“学ばない”と決めつけるのは危険だ。
自然領域は入っても問題ない所と本能で覚えてしまった日には――もう、この国、この世界に安全な場所などなくなる。
森も山も、最後の逃げ場じゃなくなる。
拠点を作って柵を張って、静かな場所で息を潜めるという生き方が、根っこから崩れる。
そうなったら俺たちの行き場は、文字通り消える。
だからこそ、今は余計な“学習”を与えたくない。
なのでこのトラップは――
万が一、奴らが入ってきた時に初めて作動して、俺たちの命を助ける“命綱”。
言い方を悪くすれば、一種のギャンブルだ。
成功すれば助かる。
失敗すれば・・・・
だが、ギャンブルでも賭けるしかない場面がある。
「基本、音を鳴らさないように作るんだ。正直、鳴るかどうかはぶっつけ本番だね」
「はい……」
俺の言葉に、鈴木は不安を隠せない顔をする。
まあ、そうだよな。
俺が軍事スペシャリストとか、アウトドアのプロなら、“本番で必ず作動する!”って言えば信用もあるだろう。
どこに結べば一番効果が出て、どう張れば誤作動しなくて、どうやれば侵入者を確実に止められるか――そういう“確信”を持って言えるはずだ。
でも俺は、どう見てもザ・平凡。
専門知識も、経験もない。
あるのは、運と、慎重さと、見よう見まねだけだ。
説得力ゼロ。
わかってますよ。
実際、俺だって本番でちゃんと作動するかはわからないんだから。
それでも作る。
作らないで死ぬより、作って生き延びる可能性に賭ける。
俺と鈴木は、村の入り口付近の獣道や山道、迂回して侵入可能であろう経路の木々に、慎重にロープを結び合わせていく。
ロープは張りすぎない。
張りすぎると、少しの衝撃や風で揺れ、その反動で木々がぶつかり音が出てしまう。
それは俺たちが気づく合図ではなく、敵に知らせる合図になる。
だから、張り具合は絶妙なところで止めなければならない。
このトラップは基本的に、
足をかける
体で当たる
勢いよく突っ込む
その侵入の衝撃で初めて揺れて鳴る仕組みだ。
ただ正直、鳴る保証はない。
枝の硬さ、ロープの素材、木の太さ、湿気、風、地面の傾斜。
全部が音の出方を変えるため、俺の想像通りにいかない可能性の方が高い。
だが少なくとも、県道側からこちらに突っ込めばロープが絡まり、多少の足止めにはなるはずだ。
絡まった状態で暴れれば、どこかの枝が当たり、連鎖して音が鳴る可能性もある。
鳴らなくても絡まるだけで意味はある。
足が止まれば、俺たちが気づく時間が生まれる。
その数秒が、生死を分ける。
「これなら……風や少しの衝撃じゃ反応しませんね」
鈴木がロープの張りを確認しながら言う。
まだ少し不安そうだが、手つきは丁寧だ。
結び目も、俺よりよほど綺麗に揃っている。
力任せじゃなく、手順を守って結べている。
まあ、やらないよりはやることに意味がある。
“やらない後悔より、やって後悔”。
そんな言葉があったな、と思い出す。
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そこから二時間ほど、二人で黙々とロープを括り、枝をつけていく。
森の中に張り巡らされたロープ。
何も知らずに入ってきた人が見たら、何かの儀式の跡かと勘違いするかもしれない。
木々の間に、目立たない色のロープが縫い目みたいに走っている。
枝が不自然に吊られている。
踏み込めば引っかかり、身体を動かせば絡む。
俺は特殊個体の感染者は普通の感染者より目が良いと予測している。
なので、ロープの色が目立てば警戒される。
それが危険と感じればそのエリアに入らない可能性もあるが、さらに迂回して躱わす方法を選択する可能性すらある。
そうなればこのトラップなど無意味になる。
やつがどこまでの個体性能なのかは完全に未知数だが、大きく見積もっていて損はない。
今のところ、作成したトラップより不用意な音は出ていない。
ロープが外れたり壊れたりもしていない。
ここまで木々に覆われていれば、突風も吹きにくい。
たとえ強い突風が吹いてロープが揺れ、仮にトラップが鳴ったとしても、自然な木々の擦れる音程度だろう。
少なくとも、昨日の爆竹みたいな作られた音にはならない。
一旦、これで完成だ。
「よし、これで完成だ」
俺が言うと、鈴木も少し嬉しそうに頷いた。
昨日の今日で、この作業量。
こんな小柄な女の子だ。相当疲れているはずだ。
それでも、ちゃんと最後まで手を止めなかった。
不安でも動けるやつは強い。
生き残るのは、だいたいそういうタイプだ。
「腹が減ったな。飯にしよう」
そう言うと、鈴木は満面の笑みで頷いた。
やっぱり腹は減る。
こんな世界でも。
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拠点に戻ると、佐藤が腕を組んで柵と睨めっこしていた。
「柵の補強はどうだ?」
俺が聞くと、佐藤は頷く。
「まあ、上出来だ」
目線の先には補強された柵。
針金で車体にさらに強固に固定され、
土砂崩れ防壁の上にも新たな柵が組み上げられている。
正面・壁面・迂回ルート。
一応、考えうる侵入経路には手を打った。
あとは、塞ぎようのない場所ばかりだ。
山を全部塞ぐなんて無理だし、木々を全部切るなんて論外だ。
「これでなんとかだな……」
正直言うとこれは気休めだ。
特殊個体がどこまで思考し、どう動くか分からない以上、対策なんて無限にある。
それを全部先読みして施すなんて、不可能だ。
だから今は――
できる範囲をやった、という事実だけが支えになる。
「現状でやれることはやったはず……」
三人で頷いた。
「そういえば田中さん達も飯まだだろ?
非常食はあるが……今日は少し、ちゃんとしたもんを食いたいな」
佐藤が言う。
そこで俺は思い出した。
「……そういえば味噌、まだ残ってたはずだ」
「味噌あるのか?」
村で見つけた味噌は夏を越えてカビだらけだった。
保管環境が悪かったせいだ。
冷蔵庫も、涼しい倉庫も、今はまともに機能しない。
密封できないと、発酵じゃなく腐敗になる。
俺が持っているのは、一年前にスーパーで仕入れた新品だ。
未開封のままバックパックの奥に眠っている。
封を切っていなければ、まだ使えるはずだ。
ああいうのは開けた瞬間から空気と雑菌の勝負になる。
密封は、最後の防壁だ。
「寒いし、前に取ってきた、ふきのとうとニジマスを味噌汁にするか?」
俺が言うと、鈴木の目が大きくなる。
「魚……あるんですか?」
「ある。前に釣ったやつだ。自然の冷蔵庫で保管してた」
「すごい……」
尊敬の眼差し……に見えた……気がした。
佐藤も「味噌汁いいな」と頷き、
ニジマスと山菜の味噌汁を作ることになった。
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三人で場所を変える。
村の畑の横にある蔵の地下貯蔵庫。
天然の冷蔵保存庫だ。
佐藤曰く、本来はこの畑で採れた野菜を保存する場所だそうだ。
冬場は地温が一定で、凍りすぎず、腐りにくい。
昔の人間は、こういう“自然の冷蔵庫”を当たり前に使っていた。
そこに佐藤が以前、内臓を抜いて処理したニジマスを保存していた。
この山間の村ならではの方法だ。
今のマイナス気温なら、2〜3日は持つ。
魚を食べる。
元の世界では当たり前だった。
だが今は違う。
まず取るのが難しい。
漁師が仲間にいれば話は別だが、一般人が魚を確保するのは運と手間の塊だ。
釣れたとしても、次の問題が来る。
それは――匂い。
焼けば確実に匂いが立つ。
煮ても出る。揚げ物など論外。
匂いは“生存者がここにいる”という看板になる。
刺身?
川魚は寄生虫が怖い。
生で食べて死んだ人もいる。
命がけで食って、腹を壊して死ぬ――笑えない話だ。
だからこそ、この地下貯蔵庫なのだ。
地下にあり、まず風が抜けにくい。
匂いも地上より大きく抑えられる可能性がある。
「ものは試しだ」
「だな」
もしこれで奴らを引き寄せるなら――柵やトラップの補強の効果も分かる。
俺たちが作ったこの拠点でいかに守れるか・・
それを確かめる、嫌な実験でもある。
三人は畑の横の蔵に移動し、地下貯蔵庫に入る。
中は土の匂い。
湿った空気。
ひんやりとして、頬が少し引き締まる。
佐藤が外扉を最小限だけ開け、換気用の隙間を確保する。
匂いを溜めない。
でも外に漏らしすぎない。
このバランスが難しい。
火はプロパンを使う。
家の横に備え付けられているボンベを持ってきた。
薪や炭より匂いが断然抑えられる。
そして煙も出ない。
なのでこの地下の密室でも、薪のように煙を吸い込まずに済む。
一酸化炭素中毒の危険も、少なくとも“焚き火”よりはずっと低い。
都市ガスはインフラが止まれば終わりだが、プロパンはボンベがある限り使える。
こういう時、本当に助かる。
鈴木がふきのとうを下処理する。
「私も田舎育ちで、春はよく山菜の処理してました」
「田舎育ちには見えないな」
「今は大学で都会に出てたので」
なるほど、大学生か。
そりゃ若いわけだ。
俺は湧水を汲みに外へ出る。
周囲を見渡し、耳を澄ます。
……静かだ。
奴らの気配はない。
鍋に水を入れ、地下へ戻る。
久々に味噌の味を思い出し、よだれが出る。
この三ヶ月、加熱したものなんて食べていない。
生でかじれるもの、乾いたもの、冷たいもの、そういうのばかりだった。
最後に食べたのは、奴らに追われながら一口だけすすったカップ麺。
熱い汁の匂いだけが、逆に虚しく記憶に残っている。
だから、こうやって“作る飯”なんて、記憶の奥底にあるものだった。
鍋に火をかける。
その瞬間――
奴らが来るかもしれない、という不安よりも、これから食べる料理への欲望が溢れ出していた。




