41 銃声
「きゃあああ!?」
「なんでゾンビが!」
「みんな、逃げて!」
ショッピングモールは阿鼻叫喚の騒ぎになっていた。
従業員出入り口から一体のゾンビが、侵入してきたのだ。
安全と思われた場所にゾンビが侵入したことにより、少女たちはパニックに陥っていた。
皆、アキラから武器を渡されているとはいえ、それらは護身用の刃物で、ゾンビに真っ向から立ち向かえるものではない。
為す術もなく、少女たちはゾンビから逃げるしかなかった。
幸い、ゾンビの動きは遅く、すぐに捕まるというわけではない。
しかし、スペースの限られた空間内でずっと逃げ続けるのは至難の技だ。
いずれ、捕まってしまうだろう。
1人が捕まれば、瞬く間に感染して一巻の終わりだ。
「きゃっ……」
そうこうしてる間に1人の少女が足を縺れさせて転んでしまった。
その瞬間を、ゾンビは見逃さなかった。
「あ”う”~」
虚ろな目をしたゾンビが、口元から赤黒い血を滴らせながら少女に近づく。
少女は目の前の出来事に腰を抜かしてしまい、動けないでいた。
「ひっ……いやあああああ!?」
少女が、ゾンビの手にかかろうとした時、
「え、えいっ!」
伊藤が、ゾンビに向けて本を投げた。
本は軌道を描いてゾンビの頭に直撃する。
ゾンビがゆっくりと、伊藤の方に振り向いた。
「は、早く逃げて!」
伊藤に叱責された少女はわたわたとその場から離れ、難を逃れた。
しかし、今度は伊藤が標的となった。
「ひっ……」
この世のものとは思えない悍ましい形相をしたゾンビに射抜かれ、伊藤はその場から動けなくなった。
ゆっくりと、ゾンビが伊藤の元に近づく。
「さ、咲良ちゃん!! 早く逃げて!」
遠くから中川が伊藤に叫ぶが、伊藤は身体を震わせてそこから動けないでいた。
ゾンビ口が開く。
血だらけの歯が、伊藤をえぐりとろうとしたその瞬間。
「さくらあああああ!!」
原田がゾンビと伊藤の間に割って入った。
「は、原田!?」
伊藤が叫んだと同時に、ぐちゃりと、肉と肉が引き裂かれる嫌な音がした。
「ぐ、ぐああああっ!?」
何が起きたかは明白だった。
原田が、伊藤を庇って代わりに噛まれたのだ。
「ぐっ……なにしてる!? 早く逃げろ!」
肩を噛まれたまま、必死の形相で原田が叫ぶ。
「で、でもっ、原田……」
「俺のことはいいから、早く行け……ぐあっ!?」
ゾンビが原田の肩を噛みちぎった。
原田が肩を抑えて膝をつく。
「ひ……」
ゾンビが再度、伊藤を見据えた。
久々の餌を前にして歓喜の唸り声をあげているように見えた。
「だ、誰か‥‥助けて!!」
叫び声が上がると同時に、ゾンビが伊藤に襲いかかる。
その瞬間。
パンッと弾けるような銃声とともに、ゾンビの額に大きな風穴が空いた。
「う”あ”……?」
ゾンビは一瞬、自分の身になにが起きたかわからないといった風に動きを止めた。
すると立て続けに、乾いた銃声が三回響き渡った。
ゾンビの頭部に、新たに三つの風穴が生まれていた。
「アキラくん!!」
伊藤が叫ぶ。
彼女の視線の先には、両手で銃を構えて立っているアキラの姿があった。
「なんとか‥‥間に合ったのか?」
アキラがそう呟くと同時に、ゾンビが頭部から血を流して倒れた。
ピクピクと痙攣しているが起き上がる気配はない。
間一髪のところで、アキラは伊藤をゾンビから救ったのである。
◆◆◆
「なんとか……間に合ったのか?」
俺が呟くと同時に、今さっき3発の銃弾を撃ち込んだゾンビが倒れた。
放った銃弾は全弾、狙い通りにゾンビの脳天をぶち抜いたようだ。
「大丈夫か、伊藤!」
アキラが伊藤に駆け寄る。
「わ、私は大丈夫だけど、原田くんが‥‥」
見ると、原田は肩をゾンビに噛まれてえぐり取られていた。
赤い血の花が床に咲いている。
ゾンビの呪いが身体に巡っているらしく、目も虚ろになってきていた。
「よ、よぉ、アキラ‥‥」
「喋るな原田! 今、ゾンビ化を止めてやるからな!」
初音と同じように、原田もゾンビ化を止めてやろうかと思った。
しかし。
「くそッ、思った以上に傷が深い!」
ある一定量以上のゾンビ呪いが回ってしまうと、死霊術でもゾンビ化を防ぐのは難しくなる。
今の原田は、まさにそれだった。
「アキラ、もういい……どうせ俺は、助からないんだろ?」
「そ、そんなことは……」
ない、と言いきれずに口を噤んだ俺に、原田は笑って言った。
「なあアキラ、最期の頼みだ。その銃で……俺を殺してくれないか?」
「そんなこと……できるわけないだろ!」
「いや、俺はもう助からないし、ほっておいたらゾンビになってみんなを襲うぞ」
「そ、それは……」
原田が笑う。だが、その目は真剣だった。
「俺は……なりたくねえ。みんなに……いや、伊藤に見られたくないんだ……ゾンビになった姿を」
頷くしかなかった。
「わかった」
原田の額に銃口を向ける。
「お前は凄いヤツだ。この先どんな困難があろうとも、お前なら絶対に乗り越えられる」
「そんな凄いヤツじゃないよ、俺はただの異世界帰りのネクロマンサーさ……」
「ははは。後は頼んだ」
「ああ、任しとけ……」
人を打つのははじめてだ。
俺は愛する者を守るために覚悟を決めたつもりだったのに。
「アキラ、早くっ!」
原田が震え始めた。
だが原田の気持ちに答え無くてはならない。
俺は最期の言葉をかけた。
「じゃあな、原田」
俺は引き金を引いた。
毎日更新で駆け抜けています。最後まで駆け抜ける予定。
面白かったらブクマ・評価で応援していただけるとすごく嬉しいです。




