33、追放聖女の置き土産
メアリーの言葉を聞いた瞬間眉根を寄せ『甘えるな』と言いたそうな表情を作ったウィルフレッドは、実際ちょっと口を開きかけたけど、ギリギリで抑えて、私の方を見た。
(……抑えてくれて、ありがとう)
メアリーと同じ様に生まれたときから国を背負う運命だった、そして背負ってきたウィルフレッドとしては、言いたいことはたくさんあったと思う。
だけどこれは、私とメアリーとで決着をつけなければならない問題だ。
「王とは何か。どうあるべきものなのか。私自身が手探りで、これが正解と言えるようなものを掴めないままだった。
あなたともそういう話ができないままきてしまったわね」
もちろん、完全な正解などないのだろう。
少なくとも『早く王位を継いで結婚して早く子を産む』という当初のメアリーたちの目論見も、王位の継承のみに注目するなら正解だったのだから。
「そうね────覚悟という点だけをいえば、公私いずれも自分のしたこと決めたことの責任を、最後まで自分で引き受けるのが王だと思うわ」
たとえば、私と結婚するまで『跡継ぎをもうける』ための結婚をしなかったウィルフレッドの選択を、王としてあるまじき我が儘だと捉える人もいるだろう。
でもウィルフレッドという人は……もしそれが悪い結果をもたらしたなら、必ず自分自身がその責任を引き受ける覚悟でいたと思う。
「少なくとも、これはあなたが意思を持って始めたこと。
いまそれをどうするべきかわからず終わらせ方もわからないとして。
他の仕事なら、わかる人やできる人に任せればいいと言えるけれど、王という仕事に対してだけは、簡単には言えないわ。
下手を打てば大勢の人が死に、責任を取るために断頭台に上がることもある。
国王ってそういう覚悟をもって就く必要がある仕事だと、私言ったわよね?」
メアリーはうつむいている。少なくとも覚えてはいるみたいだ。
「────でもね。だからこそ、いざという時にはみっともないことだって、恥も外聞もない選択だってできないといけないと思うの。
メアリー。最初私に会わないって言ってたのは、いまさら私に頼るのは恥ずかしいって思ったからでしょう?」
メアリーはビクッと肩を震わせる。図星だったようだ。
「それじゃダメよ。恥ずかしくてもみっともなくても情けなくても、現実を直視して、必要な選択ができなくてはいけないわ。王ならなおさらね。
一つには、自分ができることとできないことがそれぞれ何なのか理解すること。次に誰がそれをできるのかを把握すること。そしてその人を確保することね」
「……できる人間が誰なのか、誰を信用していいのかわからないのよ……」
「そうでしょうね。
……だから引き継ぎの時間がほしかったのよね」
私は幾人かの貴族の名前をあげた。
今後の宰相候補に考え、能力も実績も評価していた人々だ。
事前に状況を調べると、彼らは私の追放後、宰相とスリザリー公爵家から煙たがられ、閑職に回されつつあった。
「……そんな有能な人たちだったの?」
「宰相たちに隠されていたのね。
彼らを要職につけて、それから人材の選定もほとんど任せていいと思うわ。それで政務の方は何とかなるんじゃないかしら」
「政務はそれでどうにかなるとしても…………祭祀の方は結局人がいないわ。
ラッヘでさえ、おば……王妃陛下には力が及ばないんでしょう?」
「そうね。ヨランディア国内にいた人材ではね」
「……どういうこと?」
「会った方が早いわ。
私たちがヨランディアに来るタイミングに合わせて、帰国するように伝えていたの」
私は控えていた侍従に指示を出した。
間もなく彼らが応接室に連れてきたのは、数人の聖職者たちだった。
最年長は私よりも10歳以上年上だ。
ようやく戻ってこられた、という安堵の表情で、恭しく挨拶する。
怪訝そうな顔をするメアリー。
「女王陛下。
我々は、元々ヨランディアで聖職者として務めておりました。
聖女猊下のご助言をいただき、5年ほど前から聖地の大学に留学させていただき、それぞれ力をのばさせていただいたのです」
また、そんな人たちの存在は聞いていないとばかりに、メアリーは私と彼らを交互に見る。
「他にも、政治家や軍人で聖地や他の国に留学させている人もいるわ。
調べたけど、私の追放後は、宰相たちから『元聖女派』とみなされて追放扱いにされていたようだったの。だからメアリーにはその存在が知らされていなかったのね。
帰国が許されずにいたから、みんなには私から手紙を送って、場合によってはグライシードに迎えるつもりでいたの」
実際すでにそれで何人かはグライシード王国に引き抜いていた。
「祭祀の穴は、彼らなら埋められると思うわ。
もちろん、メアリー……女王陛下自身もまだまだ勉強が必要なのは自覚しているのでしょう?
いまあなたがヨランディアから動くことはできなくても、留学生に相談して、聖地や各国の大学から、師となる人をヨランディアに迎えることもできるはずよ」
「そうか……そうよね」
素直にうなずくメアリー。
きっと、今まで疲弊しすぎて視野が狭くなっていたのもあったのだろう。
「それでもあなたが国王をやっていけないというなら……自分で責任をもって、任せられる次の人を探しなさい。
可能な選択肢としては、外国の王族でヨランディア王家の血を引く人に相談……というところかしら」
「……………………」
メアリーは、仮面に手を掛けると、ゆっくりと外した。
彼女の美しい顔には、痛々しい『呪い還り』の症状。
しばらく目を伏せていたけれど、どうにか決心がついたのか、私と目を合わせる。
「ありがとう、おば……王妃陛下。
誤解をして呪いを掛けてしまい……申し訳、ありません、でした。それから、追放も、本当に……ごめんなさい。
────今後、私メアリーは、王妃陛下に『絶対の忠誠』を誓います」
***




