21、元聖女、指摘される
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────エドワードたちが王城を去って数日後。
水晶玉を見ていると、イヴェットが私の部屋に入ってきた。
「伯母様、この間借りた本返しに来たわ。
どうなの? ヨランディアは」
「ようやく、女王が……私の姪メアリーが政務に戻ったわ」
私は、ヨランディアの動きを警戒するため、ということで水晶玉をウィルフレッドから借り、毎日時間をずらして確認するようにしていた。
人が『呪い還り』にあってしまった時、治療のためにはまず還ってきた呪いを解かなければならない。
方法は2つ。
1つは、呪った相手よりも強い魔力を持つ誰かに呪いを解いてもらう。
もう1つは、呪った相手に『謝罪』をし『絶対の忠誠』を誓い、相手の『許し』を得ること。
これまで私を呪って『呪い還り』を受けてしまった人は、全員後者を選んだ。
私の知る限り、ヨランディアに私より強い魔力を持つ人はいない。
じゃあ、メアリーはどうしたのか、というと……。
彼女の顔はまだ治っていない。
水晶玉の中には、女王のそばに立っている、とある老人が映りこんでいる。
この男が魔法でメアリーの顔を元通りに見せているのだ。
(『彼』が、メアリーに近づいているなんて)
私はこの男を知っている。
……最後に会ってからもう15年近い。
メアリーたちは、彼を老魔術師だと信じ込んでいるようだけど。
「もし、彼らがグライシードに何かしてくるようなら、止めなきゃいけないものね。
ごめんなさいね、厄介ごとを持ち込んで」
「全然?
戦争続きだった分、グライシードには元々敵が多いもの。
ヨランディアをさらに敵に回したとはいえ、伯母様がいてくれる方がむしろ心強いわ。
……伯母様、顔色悪いわね。あんまり眠れていない?」
「あー……うん……」
それは、実はヨランディアとは関係のない理由だった。
いつも何かあったらミリオラ宰相に相談するのだけど、今回ばかりはすごくくだらなすぎて、言うに言えない、そんな理由。
……イヴェットにだったら言ってもいいかしら?
「ねぇ。
すっごくくだらないかもしれない話をしていい?」
「ん? まぁ、良いけど?」
「国王陛下に『おまえのことを友人だなんて思ったことは一度もない』って言われたんだけど、どう思う?」
「???
そのままの意味じゃないの???
実際今、友人じゃなくて夫婦でしょ?」
「そのままの意味……」
実際今、友人じゃなくて夫婦だ。
そして今の私は、15年前と違って、ウィルフレッドを男性として見ている。
でも、それはそれとして、大学時代の4年間自分がウィルフレッドに友人として見られていなかった、というのは……何か……。
「何か、嫌なの?」
「……嫌なのかしら。自分でも考えてるの」
「何か問題があるの?」
「何が胸に引っ掛かっているのか、自分でも整理できていないんだわ。
言い争っていた時の言葉だから、売り言葉に買い言葉でウィルフレッドも私に意地悪を言ってしまったのかもしれないけど」
「意地悪?」
しばらく、イヴェットは考え込む様子を見せて、「ああ」と何かに気づいた。
「2人の中で『友人』ていう言葉の大事さが違うのね。
伯母様の中では、伯父様と『友人』だったこと、4年間過ごした大学での伯父様との友人関係が、すごく大事な思い出なんでしょう?」
「ええ、そうよ。
私の人生の中で、とても大切な日々なの」
「伯父様はそれを分かっていなかったから、安易にそういう言い方をしてしまったのね。
たぶん伯父様の中では、『友人』って言葉はその他大勢認定なんじゃない?
そうじゃなくて、最初からただ1人の位置に伯母様を置いていて、伯父様も伯母様の友人より上に、ただ1人の存在になりたかったってことじゃ?」
「ええと……それはつまり」
「つまり、最初から今まで19年間、ずっとただ1人の伴侶にしたかった、なりたかった、っていうだけじゃないのかなって」
「……?
19年……?」
待って。4年じゃなくて19年?
「私やお母様、ミリオラ宰相や、王城のみんなが今まで見てきた伯父様って、そういう人だったわ。
ずっと、ずーっと、遠い遠い国にいる昔の片想いの相手を忘れなかった人」
「え、え?」
「『そんなに一途に思っているんだから叶って欲しい』
って応援していた人もいたけど、
『長く会っていないのなら、頭の中で美化しすぎて、実際に再会したら幻滅するんじゃ?』
……なんて、心配していた人も多かったわね。
だけど、伯母様がここに来て結婚してみたら本当に仲がよさそうだから、みんなそれでホッとしたっていうか」
「……え、ちょ、ちょっと待って??
誰の話?」
「伯父様と伯母様の話しかしてないわよ?」
「え?」
イヴェットの言葉は耳に届いているのに、頭の中まで入ってこない。
「何か私、まずいこと言った?」
「い、いえ……そんなことないわよ?」
私はひきつりそうな表情筋に鞭打って、笑顔をつくった。
「イヴェット、いろいろ意見を聞かせてくれてありがとう。参考にするわ」
「なんでもいいけど、あんまり根詰めないでね」
イヴェットが部屋を出て行ったとたん、
(え、どういうこと!?)
私は頭を抱えた。
彼女の言い分が正しいなら、そもそもウィルフレッドはずっとずっと私を忘れていなくて、いまでも私のことを愛している、ということになる。
確かにそうだとしたら、『友人だと思ったことはない』の意味も、疑問に思ってたウィルフレッドの行動の一部も腑に落ちる。
(……いや、でも、ウィルフレッドってそういうこと周りの人には言わないだろうし……単なる周りの人の主観とか思い込みってこともある、し?)
『王妃という役職のオファーをいまおまえにしている』
『今の俺に必要なのは、国を動かし守る力がある、信頼できる相棒だ。それこそ、誰でもいいわけじゃない』
求婚のときの言葉はそれだ。
ウィルフレッドは私に嘘をつく人じゃない。
(…………ん?
いえ、愛していたとしてもウィルフレッドは別に嘘はついていないことになる??)
気持ちの部分だけ、口にしていなかっただけで。
(じゃあ……最初から愛しているとウィルフレッドに言われていたら、愛情だけを理由にされていたら、私は求婚を受けていた?)
想像してみた……。
断ってしまった、かもしれない。
15年前の自分が恥ずかしくなるほどに、今の私はウィルフレッドを男性として見てしまっている。
実際、彼は素敵すぎる。
一方、私は15年間聖職者として生き、貴婦人らしさを捨てて生きてきたし、歳も歳だ(ウィルフレッドと同い年ではあるけれど)。
だからこそ、『愛』が理由だったなら、今度は自分に引け目を感じて承諾できなかったかもしれない。
『愛』以外の合理的な理由だったから、求婚を承諾した。
────自分と結婚することがウィルフレッドのためになると思えた。彼のためならと思えた。
(私は……ウィルフレッドのことを……愛しているといえるの?)
自分に問いかけたその時、
「王妃陛下!!!」
扉の外から大きな声がかかった。
「お入りなさい」
「は!!!」入ってきたのは見知った衛兵だ。
「恐れながら、国王陛下が暴漢による襲撃をうけ────すぐにご自身で取り押さえられたのですがっ」
「…………!?」
私は思わず立ち上がった。




