エピローグ
私は気分転換に警察署の屋上へと上がっていく。
殺人事件を手掛けたからか、それとも兄貴の子供の面倒を見ているからか、疲れが取れない。
しかも最終回がクソと知らされている海外ドラマを見進めているから重ねて救われない心地である。
澄んだ空気が吸いたい。
綺麗な夜景が見たい。
──彼氏欲しい。
自分の消耗具合に笑いがこみ上げながら屋上の扉を開けた。
風が心地いい。
「ほう」と息が漏れた。
「お、青葉ちゃん。なまけにきただら。タバコ一緒にふかそうや」
「んげ、茶助先輩」
真帆蟹 茶助交通課長。
正直、今一番会いたくない相手である。
今回の犯人は交通課の巡査部長だった。
その上司がやさぐれていないわけもないし、こっちだって気をつかう。
「非喫煙者なんで遠慮します。……あれ、今日はわかばじゃなくてセッタなんですね」
茶助先輩の煙草のフィルターを確認する。
相手は私の顔にぎょっとして煙草を見た。
「この距離でこの小さい文字普通読めねえだろ。それに非喫煙者がセブンスターのことセッタって略すかね。……まあ、いいや。こりゃあ芦永がデスクに置いてったタバコだ。吸いきってやらんと味がぼけちまう」
「そうですか」
「吸わないなら、禁煙ガムいる? 頑張ろうと思っただが、やっぱダメだに」
「いえ、私ガム嫌いなんで。禁煙なんてキツイのは始めて3日までですよ」
「お。やっぱ経験者」
「『スーパーサイズ・ミー』で言ってました」
中年の危機的にタバコをふかしているものだから、仕方なく隣に座る。
そうして茶助先輩は複雑そうに笑った。
「いやぁ、それにしても俺は自分が不甲斐ない。部下のやってたことも、心の闇も気付いてやれなかった。人の感情に寄り添える警察官になろうと頑張ってたつもりなんだがな」
「仕方ないですよ。血を分けた家族だってなにを考えてるのかさっぱりなんですから」
「確かに。女房や娘の機嫌取りにいつも冷や冷やしてる、ちっぽけな男だ俺ぁ」
分からなくもない。
言ってしまえば同じ課の警察官は意思を同じくする家族である。
そんな結束があるのだ。
この人にとって芦永 メグルは息子のような存在だったのだろう。
「でもよ、分からんことがある。アイツは間違いを犯したがいっぱしの警察官だ。復讐相手を間違えたりするかね?」
「これは私のお……自称探偵が言うには、「本人に確認はしたと思います」。人身事故を起こした人物の殺害3件、どれも念入りに調べている。そんな人物がタレコミがあったとしても考えなしに復讐するとは思えない」
「ならなんで復讐相手を間違えた?」
「被害者のジンパチさんのご遺体は路地裏で見つかっている。話を聞いて逃げ出した可能性があります。だから芦永クンは勘違いをした」
「ちょっと待て。不審者に「お前は俺の恋人を殺した犯人か?」なんて言われたら、普通は逃げるだら」
「茶助先輩だって言ったじゃないですか。彼は曲がりなりにも警察官だ。顔を見ればある程度、分かってしまう」
やはり腑に落ちないのか首をかしげる。
「ジンパチさんも妻がひき逃げをしたことに気付いていたんじゃないですか? 車のへこみだとか、──記憶がはっきりしている時の妻から罪の告白を聞いていたとか。それでも口を閉ざしていた。その罪悪感が顔に出たのかも」
朝日 まりやの証言に「寝ているトメさんを眺めているジンパチさんがロープを持ったまま立っていた」というのがあったが、あれは認知症の妻の介護が嫌になったとかではなく罪の清算のようなものをしようとしていたのかもしれない。
「どこの家だってなにかしら抱えながら同じ屋根の下で暮らしてるってことでしょ」
「違ぇねぇ」
やるせない感情とともに茶助先輩はタバコの煙を深く肺に落とした。
その煙が吐き出されると同時に私のスマホが鳴る。
「もしもし」
『お、お忙しいところ失礼します。私、南松本駅前交番の巡査長なのですが。青葉警部の電話番号でお間違いないでしょうか?』
「大丈夫だ」
『警部の甥を名乗る東京の高校生が暴力騒ぎを起こして。只今、うちで身柄を確保していましてー……』
──碧依の奴なにやってるんだ。
あんな見た目で喧嘩なんて……いや、碧依は今回の事件で消耗して家でぐっすり眠っている。
だからそいつは〝私の甥を語る不届き者〟である。
『宇留鷲 浅葱。──碧依の兄、と言えば解ると』
「──ふへえぇ?」
唐突過ぎて生まれたての仔羊のような声が出た。
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