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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第4部 帝国進撃編
80/88

第80話 サムライの記憶


──マックス──




 邪剣を回収した拙者達は、ひとまずくだんの無差別殺人事件があった街(幸いあの場から近い)へおもむき、事件の再調査をその地の警備隊に嘆願した。


 拙者の特使としての肩書きと、ラシード殿が犯人であることに懐疑的であった者もいくらかいた(ラシード殿もこの地では闇人と戦った英雄である)ことから、この一件は、警備隊。および魔法機関が協力し、再調査となった。


 再調査となってすぐ判明したのは、その剣が事件の凶器で間違いないということだ。

 湾刀にも似ているが、それとは違う、刀にも似た曲線を描く刃。その特殊な形状と、被害者の傷口が一致したのである。


 これにより剣を持っていたラシード殿が再度疑われることとなったが、他の街でも同じ事件が発生していたという情報を警備隊の者が手に入れてきたことで、状況が一変する。

 邪剣と同じ形状の刃物での殺人事件が、この街以外の場所でも起きていたというのだ。


 十年前の『闇人』襲来と重なり、その被害と思われていたモノがこの刃物で行われたとわかり、その出所も判明した。

 それは、『闇人』に対抗するため作り出された異界の怪物の角を使って作られた剣であった。


 その情報を元に、魔法機関がその剣を調べた結果、その邪剣の本性が明らかとなった。

 人の心を蝕み、人を操る邪悪なる剣。


 これにより、邪剣により人々が操られ、加害者が被害者であり、被害者が加害者であった可能性が出てきた。


 その危険性から、邪剣は封印されることも検討されはじめた。


 話がとんとん拍子に進んでいる。

 これは、我等以外にも邪剣の危険性を把握している者がいるからだろう。


 遺跡を爆破してまで邪剣を葬り去ろうとしたのだ。それを考えれば、捜査機関へ情報が流れたことも納得がいく。

 破壊に失敗した今、早々に封印処理をしたいというわけだ。


 ゆえに、今まで街と街とで孤立していた情報が、一気に流れこんできた。


 我等としてもラシード殿の冤罪を晴らしたいわけだし、この流れに逆らう理由はない。

 邪剣を排除したい何者かと我々。双方の思惑が一致した結果というわけだ。


 ならば、ラシード殿の冤罪が晴れるのも時間の問題であろう。

 あとは公正な司法の場での裁きが下るのを待つばかり。


 つまり、ラシード殿の一件はもう、拙者達の手を離れたと言ってもいい。


 その結果、サムライの名誉が傷つくのは悲しいことだが、問題は解決にむかっている。



 ならば部外者の拙者達は帝都を目指し出発を。といきたいところだが、そうもいかない大問題が拙者達の前に立ちはだかっていた。

 下手をすると邪剣事件よりはるかに大きな、それこそ世界の命運を左右しかねないほどの大問題が。



 それは……



 宿。



「……僕は、いったい何者なんでしょう?」


 ちょこんと所在なさげに椅子に座ったツカサ殿が、不安の色を浮かべている。



 もう一つの大問題。

 ツカサ殿の記憶喪失問題だ!


 あの時、遺跡の大爆発から拙者達を救ったツカサ殿が目覚めたあと、ツカサ殿はご自分の名前さえ覚えていなかった。

 なにもかもを、お忘れになっていたのだ!



 拙者達はラシード殿の手続きを進める中、ツカサ殿を女神ルヴィアの神殿に連れて行き、治療をお願いした。

 信心深い者ならば、女神の加護を受け怪我や病を癒す奇跡を受けられる。


 ツカサ殿は女神ルヴィアと懇意の間柄であり、その恩恵を受けられるかと思ったが、それはかなわなかった。

 神殿のルヴィア像が復活していないせいか、我等の祈りは女神のところには届かなかったのである(ソウラ殿に女神と会話する力はない)


 元々この手の病は女神の奇跡でも治療は難しく、神官による奇跡も効果を発揮することは出来なかった。


 医者が言うにはこの手のものは時間がたてば治る者も多いという。

 ……治らない場合もあるという。


 もしくは、同じ衝撃を与えれば可能性もあがると言うが、遺跡爆破と同じ衝撃などどうしろと。



 というわけで、拙者達はツカサ殿になにもすることも出来ず、途方にくれている状態なのである。



 っと、いかん!

 拙者まで途方にくれてどうする。


 今この場で一番不安なのは、なにもわからないツカサ殿だというのに。



 見よ。常に冷静沈着であり、慌てず騒がず滅多に表情を変えぬツカサ殿が眉を下げ、不安と怯えを表に出している。


 このような不安をあらわにしたツカサ殿の表情、はじめてである。



 今までの自分を忘れてしまっているのだから、そのような表情をしてしまうのも当然。

 自分の自信を作る自身がないのだから、不安を浮かべるのもしかたのないことだろう。


 これはこれで貴重なお姿であるが、今それを堪能している場合ではない。


 今拙者達に出来るのは、ご自分もわからず、不安に怯えるツカサ殿のお心をお守りすること。


 自分が何者かわからないという不安を取り除いてあげること!



 それは、すなわちっ!


「ツカサ殿。お聞きください。あなたがどのようなお方であったのかを。あなたが今まで、どれだけの人を救ってきたのかを!」


 そう。今まであなたがなにをしてきたのか。

 それをすべてお教えすること!


 さすれば自分を取り戻し、不安もなくなろうというものだ!



 拙者は、ツカサ殿が忘れてしまっただろう我等との旅の記憶を語りはじめた。


 まさか、ツカサ殿にツカサ殿の栄光の歴史を熱意いっぱいで語れる時がこようとは。これはこれで、拙者得してる気がするにござる!

 今まで語りたくてたまらなかったこの想い、聞いてください!



「……いやいや、そんなの無理でしょ」



 まったく信じてもらえなかったぁぁぁぁ!


 拙者、きちんと全部脚色せず説明したというのに。むしろちょっと。いや、かなり控え目に説明したというのに、ツカサ殿はぽかーんとして、あげくいやいや。ないないと手を振って否定されてしまったあぁぁ!


 なぜに。

 なぜに否定なさるのです?


 竜巻を起こしたことも、雷を落としたことも、ドラゴンを蹴倒したことも、暗殺者を撃退したのも、闇人の軍勢をたった一人で返り討ちにして、世界を救ってさらに生きて帰ってきてもう一回世界を救ったあと火山を噴火させたり世界を修復したり遺跡を走破したりしたのはすべて事実にございますのにっ!



「まあ、普通に聞いて信じろってのが無理だよな」


 やれやれと、リオがあきれている。


『どうやら記憶は失っているようですが、いわゆる常識というのは消えていないみたいですね。これも記憶喪失によくある症状だそうですよ』


 ソウラ殿も、やれやれとリオと同じくあきれたようだ。

 ちなみに、今のツカサ殿と拙者達の自己紹介はすでにすませてあるので、インテリジェンスソードのソウラ殿、オーマ殿、ついでに拙者の相棒サムライソウルがどういうものかは知っておられるにござるぞ。


 ソウラ殿。そのお言葉は拙者も医者から聞いたから知っています。

 ツカサ殿の偉業は噂話として聞く中でも、こいつは眉唾。絶対嘘と断言されてしまうレベルの話とは聞きおよんでおります。


 でも、だからといって、まさかやった本人に否定されるとは思いませんでしたぞ!



 おろろーん。と、拙者は床に膝をつき、自分の無力さを嘆いた。



「え、えーっと、ごめんなさい」


「いや、ツカサが謝ることはないと思うぜ。いくら事実だからって、本人が出来ることすら忘れているのを説明しても実感なんて出来ねーさ」



「いやー、さすがに誇張しすぎだと思いますよ。人間一人でそんなこと出来るわけないじゃないですか」



「いや、むしろけっこう控え目だったんだけどな。一応」


「あっはっは。二人共いくら僕に記憶がないからって、そんな冗談通じませんよー」



 笑われてしまった。

 い、一応笑顔が見えたのでよしとしよう。うむ。



『そもそもサムライがどういうものか想像出来ない状態なのでしょう。この状態でそれを理解してもらわなければ、その説明もうまくのみこめないのでは?』


「そ、それにござるー!」



 拙者、復活!



「ではさっそく実践いたしましょう。サムライの技。拙者のサムライアーツをツカサ殿にお見せいたします。さあ、庭に参りましょう。さあ!」


「まあ、その方が早いか。見たらなんか思い出すかもしれねえし」


 リオ、なかなかいいことを言う。

 その通りだ。例え頭で忘れていたとしても、体で覚えているという可能性は十分にありえる。


 サムライの技を見れば、なにか思い出すきっかけがつかめるかもしれん!



 というわけで、拙者達は一度外へ出ることにした!



 宿の庭。



「では、見ててくだされ。この技は、あなたが最初に見せてくれた技から学んだものにございます!」


 ツカサ殿、リオを前に、拙者は腰のサムライソウルを引き抜き、気合と共に構えた。



 その技は、拙者自身を回転させ竜巻を発生させるサムライアーツ。


 その名もサムライ大旋風!



 ゴッ!!



 勢いよく体を回転させる拙者を中心に、小さな竜巻が宿の庭に生まれる。


 本来は両手に剣を持ちやるものだが、今回はこの渦を見せるためだけなので、サムライソウル一本での再現だ。


 天へと突き刺さるような風の渦が周囲に風を巻き起こし、これは現実の技であることを周囲に知らせる。



「こうしてツカサに技を披露するなんて滅多にないことだから、はりきってやがんな」

『だなあ』


 うるさいぞその二人!

 張り切ったってよいではないか。こんな機会、ホントにないのだからっ!



 きゅっと回転をやめ、竜巻の渦を割り、ツカサ殿に向き直る。



「と、このように身一つで自然の法則さえ覆す。それがあなた、サムライの使う技なのです!」



 さあツカサ殿。

 拙者のこの技を見て、思い出してください。


 拙者とあなたの、あの輝かしい日々を!



「……」



 しかしツカサ殿は、目を丸くし、唖然としたように拙者の顔を見ていた。

 ど、どうしたのでござろう?



「す」


 す?


「すっげー。凄い。本当に竜巻が起きた。サムライは本当に、さっき言ったことが出来るんですね。凄い。凄すぎます!」


 ツカサ殿が目を輝かせ、拙者を見る。

 羨望のまなざし。いつもと逆の立場に、拙者はなんだかむず痒い気分にござます。


 てへへー。



「あ、サムライなら出来るってことは、僕にも出来るってことですか!?」


 そこに気づいていただけましたか。


「その通り。いえ。ツカサ殿は先ほどのものどころかもっと凄いこと。それこそ先ほど言ったことが可能なのです!」


「サムライ。いや、僕、すごいっ!」


「ご理解いただけましたか!」



 これでツカサ殿の記憶が刺激できれば、記憶を取り戻すきっかけになるやもしれん。


 これにて一つ、先に進んだと言えるでしょう!



「えい、やー!」


 さっそく拙者の真似をして、ツカサ殿がオーマ殿を振り回す。

 鞘に入れたままで。

 体がどんな状態かわからないということで、オーマ殿が抜くのはやめておいた方がいいと止めたからだ。



「やー! たー!」


 腰も入っていない、完全な手振り。その動きは、まるで素人であった。

 元々ツカサ殿はそのお力をむやみに表に出さぬお方であり、実力はお隠しになられていた。ゆえに、隠れたままそのお力の引き出し方を忘れてしまった可能性もありえる。



「……出来ない」


 ツカサ殿がしょんぼりする。



『まあ、予想通りの結果だな。サムライの技ってのは心技体すべてがそろってはじめて使えるもんだ。今の相棒はその心も体も技もすべてそろってねえ。バラバラの状態だ。この状態じゃさすがの相棒も、なんの技も使えなくて不思議はねえさ』


「そっかー」

 残念。とため息をついた。


 つまり今のツカサ殿は、ただの少年と同じ状態。

 かつてダークカイザーと戦い、すべての力を使い尽くして帰ってきたあの状態よりひどい。今のツカサ殿は、命を燃やして奇跡を起こすサムライ最終奥義、『カミカゼ』さえ使えぬのだから!


「でも、今の状態でも心技体すべてがそろえば使える可能性は十分にあるってことだよね!」

『まあ、そいつは否定はしねえ』


「なら、それを簡単にやってのけたマックスに教えてもらおう。そうすればいつか僕も、サムライの技が使えるようになるよね!」



 目をキラキラと輝かせ、ツカサ殿の純真無垢なまなざしが拙者を貫く。



 ずきゅーん!


 こ、この純粋なまなこ。

 このような瞳で見られたら、拙者。拙者は!


 普段のすべてを見通すような瞳も素敵ですが、このような瞳も!



「わかりもうした。拙者、ツカサ殿を立派なサムライにお育ていたしますー!」

「は?」(リオ)


「では拙者、ツカサ殿とサムライについて修行の旅に行ってくるにござる」


 そう。拙者が責任を持って!



「ってアホかー!」

 リオに太ももぱーんされたにござるー!


「ローキーっ苦ぅ!」


 太ももの痛みに転げまわる。

 これ、意外に痛いにござるよぉ!



「もうサムライのツカサをサムライに育ててどーすんだよ。記憶を取り戻させるのが先決だろ。なにこのままでもいいかな。なんて思っちゃってんだ!」


「くっ。認めよう。だが、仕方がなかろう!」



 だって、あんな瞳でツカサ殿に見つめられたら、間違いなく弟子にしたくなって、このままでもいいかな。なんて思ってしまうぞ!



「つまり、拙者は悪くない」


「いや、意味わからん」

「ふん。ならば貴様もやってみるがいい。ツカサ殿の記憶を取り戻そうと努力をすれば、きっとわかるわ!」


「よーしいいだろう。やってやろうじゃないか!」



 というわけで、バトンタッチとあいなった!




──リオ──




 ったく。なにやってんだよマックスは。


「それで、貴様はどのようにしてツカサ殿の記憶を刺激するというのだ?」


「おいら達の思い出はサムライと戦いだけじゃねーだろ。おいらはそっちから、ツカサの記憶を刺激してみるのさ」


 医者の方からも、色々思い出の品を見せれば記憶が刺激され思い出すかもしれないと言われてたからな! やってみる価値はあるはずだ!


「ほほう。ならばお手並み拝見といこうか!」


「ああ。ツカサ、ひとまずこいつを見てもらおうか!」



 ふところをごそごそっとあさって取り出したのは、銀色のコイン。


『そ、そいつは!』

 オーマがそれを見て驚く。


 ああそうさ。こいつはツカサと初めて出会った時にもらった銀のコイン。おいらとツカサの出会いの品(第4話参照)さ!


「これは……?」

「ツカサはヒャクエンダマって言ってたぜ。なにか、思い出さないかい?」


「……」


 ツカサはおいらの持ち上げたそれをじっと見つめる。


「……いや、ごめんなさい」


 謝る必要なんてないのに、ツカサは謝って頭を下げた。



「そっか。じゃあ、これは?」



 ならば次の矢。


 帽子をはずし、髪をとめているその髪留めをツカサに見せた。

 これは、王都キングソウラにむかう途中、レイムレーヴという村でツカサにプレゼントしてもらった思い出の品物(第20話参照)だ。



「こいつは、おいらにとって大切な宝物なんだよ!」


「そ、それなら拙者も!」

 押しのけてマックスも出てこようとしたけど、今はおいらのターンなんだから出てくんなと蹴飛ばしといた。


 こいつはツカサがおいらのためを思って選んでくれた物。なにか思い出してくれるかも!


「こ、これは……っ! ううっ……」


 それを見て、ツカサがなにかうずくように頭をおさえた。


 おおっ。効いてる。効いてるぞ!

 なら次は、これだ!


 おいらは最後の矢。

 最終兵器を取り出した!


 それは、マクスウェル領へ行った時ツカサに描いてもらった絵(第35話参照)だ!


 おいらとツカサが、描いてある!



「こいつのおかげで、ツカサがいない時もがんばれたんだぜ!」


「これは、僕?」


「ああそうさ。ツカサだよ。なにか思い出さないか!?」



 じっと、ツカサがのぞきこむようこの絵を見る。



「……あっ!」


「なにか思い出した!?」



「これ、シャシンじゃない?」


 自分を指差して、そう言った。



「それツカサだよ?」



「いや、フォトかも」



 今度はおいらの方に指を揺らし、首をひねる。

 どっちも初耳だしそっちはおいらだよ!


「シャシンもフォトもいないよ。それ、ツカサとおいらだよ」



「そっか、違うか……」


 ツカサ。しょんぼり。



「あ、ごめん。せっかく思い出そうとしてくれたのに」


 しょんぼりさせちゃって、おいらも慌てた。

 期待と違ったからって、声を荒げたおいらが悪い。


 なにか思い出そうだったのに、邪魔しちゃったよ……



 反省。



『ですがこれならなにかきっかけがあれば記憶が戻りそうですはありますね』


 ソウラがふむ。と声を上げた。


 確かに、なにか思い出しかけたのは間違いないし。

 このまま続ければ、きっと名にか思い出すよ!



「そうだね。僕、がんばるよ! リオ、僕にもっといろんなことを教えて。そうすればきっと!」



 きりりと真摯な瞳がおいらを貫く。



 ずきゅーん!


 こ、こんな情熱的な瞳。

 こんなにも真剣な目で見られたら、おいらは!



「わかったツカサ。一緒に思い出そう。じゃ、おいらちょっとツカサとの思い出をめぐる旅に出るから」



「そぉい!」

 後頭部にチョップくらった。



「なにすんだよ!」


「今から逆方向に戻れるか! 拙者達の使命を考えろ!」


「くっ。確かに、そっちも大事だ……っ!」



 今、下手すると戦争が起きて思い出の場所さえなくなっちまう状態だからな。

 ツカサの記憶も大切だけど、ツカサならまずそっちを解決してからって言うに決まってる!


 でも、しかたないじゃないか。あんな瞳でツカサに見つめられたら、間違いなくもう一度思い出の地を巡らなきゃって気持ちに!



「つまりおいら悪くない」


「ふん。貴様も同じ穴のむじなよ」


 えっへんと胸を張ったけど、ばっさり切り捨てられちまった。



「ぐぬぬ……!」



『ったく。おめーらいっつも同じようにはりあってんなぁ』

 やれやれと、オーマがあきれたように言った。


『いずれにせよ、焦ってもしかたありません。ツカサ君の記憶も戻る兆しも見えましたし、ここはゆっくり回復を見守るべきでしょう』



「……そうだな」

「そうにござるな」



 おいら達はうなずき、おろおろするツカサへ視線をうつす。


 そもそも、たまにはゆっくりした方がツカサにとってもいいことかもしれないし。

 おいら達は、焦るのをやめた。


 例え記憶を失ったとしても、ツカサはツカサなんだから!


 でも、いつも冷静沈着で、おいら達を見守ってくれてるツカサがおろおろしてるのは、ちょっと新鮮かも。




──ツカサ──




 リオとマックスの二人から色々記憶を失う前の僕について説明されたけど、正直ぴんとは来なかった。


 それは、自分のことだというのに、他人事のような実感のわかない話ばかりだったから。


 だって、空に広がる曇天を一瞬で吹き飛ばしたり、刀の一振りで竜巻を引き起こしたり、仲間がさらわれた怒りで雷を落としたり、不死身の怪人を一瞬で倒したり、ドラゴンを蹴倒したりして、さらに千体以上の怪物の軍勢を容易く蹴散らした挙句、二度世界を救ったなんて信じられるわけがないよ。


 この僕自身の性能を考えればそんなの無理だってすぐわかるじゃないか。

 ジャンプしたって自分の身長を超えてなんて無理だって飛ばなくてもわかるレベルだよ。


 それと同じで、聞いたこと一つたりとも実現出来るわけがない。

 僕はそう思ってしまう。


 でも、目の前でサムライの技を見せられて、サムライはそういうことが出来るんだと証明されて、彼等の言っていることは本当なんだと思った。


 あの二人と喋る剣達が僕を騙す理由はない。だから、僕の言うことに嘘はないんだろう。



 となると記憶を失う前の僕は、世界を一人で救えるほど武芸に秀でているだけでなく、絵画や芸術。さらには養蚕などの知識にも長けているとんでもない人だったことになる。

 しかもその力と知識を鼻にかけることもなく、謙虚でおごらない、まさに英雄の中の英雄だ。


 こんな人ならものすごく強いマックスに尊敬されるのも当然だし、リオも一緒に旅をしたいと思うのもうなずける。


 逸話を聞けば聞くほど、記憶を失う前の僕は偉大で優秀な人だというのがわかった。


 自分だった人に憧れるというのも変だけど、僕もこんな人になりたいと思ってしまうほどに。


 だから、僕も彼の名声を穢さないよう努力をしないといけないな。

 今の彼は、僕なんだから!


 僕のことでわいわい話す二人を見ながら、僕はそう心に誓った。




 どぉんっ!!


「っ!?」



 唐突に、宿の裏手にある建物から爆発したような音が響いた。


「なにごとか!?」


 僕達は、慌ててその方向を振り向く。

 すると、屋根の方からもうもうと煙が上がっているのが見えた。


 あそこは確か、ラシードさんという人の冤罪を解くため、人を操る邪剣を預けたっていう魔法機関の建物だ。


『こいつは……っ!』

 オーマがなにか気づいた。



『誰かなにかやらかしやがったな! 邪剣のヤツが封印を破って動き出しやがった!』



「なんと!」

「なんだって!?」


『あれほど爆破で封印が弱まっている可能性があるから取り扱いに注意はしろって言ったのに、なにやらかしやがったんだあいつら!』


『彼等もその危険性は重々承知していたはずです。いったいなにが……!』


『そこまではわからねぇ。マックス、リオ!』



「はい!」


「ああ。急いでいこうぜ!」


「ツカサ殿は、今本調子ではありません。ここで待っていてください」


「いや、そうもいかないよ。僕が役に立たないといっても、オーマはみんなの役に立つはずだから」


「わかりました。ツカサ殿は拙者達が守ります。後ろについてきてください!」


「わかった!」



 僕達は、慌ててその機関にむかって走り出した。



 この胸に迫る不安を押し殺しながら……




────




 時は、爆発が起きる少し前に戻る。



「くそっ。あそこまで追い詰めておきながら、あと一歩だったというのに!」


 先日ラシードを襲おうとした三人組の一人が憤る。


「……」

「……」


 そこに、買出しを終えた二人が合流してきた。

 だが、その顔はどこか浮かない。


「どうした?」


「ああ。大変なことになった。街で今持ちきりなのだが、例の件。その犯人が判明したそうだ」

「そんなのわかりきったことだろう! あいつ以外にないんだから!」


「それが……」

「ああ。それが……」


 二人が言いよどむ。

 二人の手に新聞らしき物があるのを見つけた男は、それをひったくった。


 そこにあったのは、無差別殺人の犯人は、呪われた邪剣の仕業であったことが大きく書かれていたのだ。



「なんっ、だって……!?」



 それを読んだ男も、視界がぐらりとゆがんだ気がした。

 それも当然だろう。もしこれが本当なら、ラシードを追ってきたこの十年がまったく無駄だったということになる!



「……俺達の十年は、いったいなんだったんだ」


「お、俺は信じないぞ! ヤツこそが、ヤツ以外いないじゃないか!」


 それを認めるということは、自分達の間違いを認めなければいけないというのと同じ。

 ずっとラシードが仇だと思っていてすごしたこの十年が、まったくの無駄だったという事実など、簡単に認められるわけがなかった。



「二人共待て。落ち着け。気持ちはわかる。だが、俺達が憎むべきはなんだ? 俺達の大切な人を奪った犯人だろう」



「っ!」

「はっ!」


 二人ははっとする。


「そのためにも、まずは確かめよう。その剣が本当に人を操る魔剣ならば、俺達の憎しみはそいつにぶつければいい。そうでなければその時は……」


「その時は、ヤツが犯人に確定する!」

「確かに!」



「それで剣がそうなら、今度こそ恨みを!」

「違うのならヤツに憎しみを!」



 三人の復讐者はうなずきあい、その邪剣が慎重に調査され、厳重に封印されようとする魔法機関へしのびこむことにした。


 その魔法機関は、三人の復讐者のうち一人が関係者。元機関員であったため、そこへの侵入は容易かった。

 残る二人は機関の人間に扮し、三人はその邪剣の封じられた間へとたどり着く。


 幸運にもその時、その部屋には誰もいなかった。



 邪剣がその無差別殺人の犯人であるとほぼ確定し、大規模な封印のためその前準備として多くの機関員が封印を施したからだ。


 三人は、幾重にも張り巡らされた封じの魔方陣に繋がれ、宙に浮く邪剣を目の当たりにする。



「こ、これは……っ!」


 それを見た瞬間、元機関員だった男が驚きの声を上げる。


「どうした?」

「なにかわかるのか?」


「ああ。俺達は、危うく間違いを犯すところだった……」


「それは、まさか」

「こいつは違うというのか!?」


「いいや。違う。こいつだ。この封印方式。これは、人を操る呪いの武器を封じる時の呪式。それをこれだけ厳重におこなうということは……!」


「こいつが、俺の娘を」

「隣のじいさんを」


「こいつだ。俺達が憎むべき相手は、こいつだっ! このままではこいつは、地下深くに封印され、俺達の手の届かない場所へ行ってしまう!」


「ならば!」

「ああ。正義は俺達にある!」


 二人は同時に荷物に隠した湾刀を抜いた。



「二人共、受けよ。俺の魔法強化を!」


 湾刀を抜いた二人に、元機関員の男が魔法をかけた。

 さまざまな力を強化し、さらに精霊や呪文など、形を持たぬモノにもダメージを与えられるようにしたのだ。



「我等の積年の恨み、今こそ晴らす時!」



「おおー!」

 二人は浮かぶそれに、同時に切りかかった!


 憎しみのまま、魔方陣を切り裂き、邪剣を床に落として剣を振るう。



「壊れろ。壊れろ。壊れろー!」

「お前が、お前が、お前がーっ!!」



 憎しみのまま、その剣を邪剣にむかい振り下ろす。


 何度も何度も。

 何度も何度も何度も。


 それはまさに、憎しみの力がなせるものだった。



「あ、あんた、なにを……!」

 機関員が邪剣を襲う彼等を見つけた。


 入り口に立ち、唖然とする。

 二人が慌てて振り向く。



「じゃ、邪魔をするな! お前達に任せておいては、いつまでたっても俺達の憎しみは晴れない! 俺達が、この手で晴らすのだ!」

「そうだ。邪魔を……」


「い、いや、あんた達じゃない! 後ろ。後ろの!」

 慌てた機関員が、振り返った二人の後ろを指差した。



「なに?」

「う、うわぁ!」


 指差され、振り返った二人が見たのは、邪剣を拾い、にやりと笑う三人目の姿だった。


 男は目に影を落とし、笑いながらボロボロになった鞘から剣を引き抜く。



 じゃらんっ!



 いびつな音が響き、その刀身があらわとなった。

 それは、腐ったドブのような色をした湾刀であり、その刀身にはぎょろりとした目が浮かび上がっていた。


 その目が、ぎょろぎょろと動き、邪剣をなぶった残りの二人を見る。



「ひっ、ひい!」


 あまりの禍々しさに、憎しみも吹き飛び、二人はあとずさった。



「ふひゃはゃ」

 邪剣を握った男は、目の焦点があっていない。

 ろれつが回らぬように口を開き、ただ、笑う。


 しかし、刀身に浮かんだ目は、湾刀を持つ、元機関員とは別の男を見ていた。


 体を奪われた男はにへにたと笑い、その男にむけ、邪剣を振り上げる。



 男はまずい。逃げなければ。と本能的に思ったが、その体は恐怖で思うように動けなかった。



「ふっへら」


 びゅん。と男は、仲間だった男へその刃を無造作に振り下ろした。



「危ない!」


 しかし、彼が斬られることはなかった。

 間一髪のところでラシードが彼を突き飛ばし、強引にかわさせたからだ。


 ラシードと男の間を邪剣が通り、その衝撃が床を削り、空気を裂き、機関の建物へと炸裂した。

 巨大な爆発なような音と共に、壁に亀裂が広がり、ガラスが割れる。


 この音こそ、先ほどツカサ達が聞いたものである。



 男を突き飛ばし、ラシードが邪剣を持つ男の前に立った。



「なんてことだ。封印が……っ!」


 邪剣を持ち笑うそれを見て、ラシードが嘆く。



「くくははっ!」


 ラシードを見て、邪剣に操られた体は笑った。

 今度のターゲットは、彼に変わったのだろう。


 憎しみとか、興味とか、そういうものは邪剣に関係はない。


 ただ、目の前に動くモノを破壊しようとしているだけだ。


 ラシードも腰の湾刀を抜いた。

 刃と刃がぶつかり合う。


 その瞬間、周囲へ風が吹いたようにも思えた。



「二人共、早くここから逃げろ!」



 唖然とする男二人にむけ、ラシードの檄が飛ぶ。


 とっさに、男ははっとなった。


「ど、どうして俺達を助けてくれる! 俺達は、お前を疑い、殺そうとしたというのに!」


 思わずそう、口に出てしまった。

 死ねとさげすみ、恨み、憎んで殺そうとしたのに、彼はその張本人を助けたのである!



「関係ない! これは罪滅ぼしみたいなものだ。俺が逃げなければ、十年の恨みをこれにぶつけることはなかった。こんな憎しみを、お前達が持つことはなかった。だから、俺が!」


「な、なにを!?」


 邪剣とサムライとラシードの深い関係を知らない彼等に、ラシードの言葉の意味はわからなかった。

 わかるのは、殺そうとしていた自分をラシードが助けてくれようとしている。それだけだ。


「いいから、逃げろ!」


 ぐぐっと剣をおしこまれながら、ラシードは叫ぶ。



「こっちだ。早く!」

 遅れて来た機関員が、二人を引っ張って走る。



「すまない。すまないー!」

「俺達は、なんてことを……っ!」


 二人はただ、憎しみのあまり引き起こした自分達の暴走を謝るしか出来なかった。



 残されるのは、笑う邪剣と必死のラシード。



「……さて。もう一人。俺一人で、どこまでいけることか」

 冷や汗を流しながら、ラシードはつぶやいた。


 この邪剣の強さ。彼は知っている。

 自分ではとてもかなわない強さということを。


 以前は親友であるサムライがこの状態であった。


 だがあの時は、ほぼ切り結ぶことなく自分に気づいた友が自力で意識を取り戻し、邪剣の封印ですべては終わった。


 今回は、違う。

 あの時とは、違う。


 それでも今回は逃げるわけにはいかない。


 たとえ命を失うこととなろうと、彼だけは救わなければならない!

 なぜなら自分が逃げた十年の犠牲者だから……!



(この命を失おうと、この男だけは救わねばっ!)




──マックス──




 拙者達が機関の敷地に到着したさい、窓を突き破り、ボロボロとなったラシード殿が外へと飛び出してきた。


 彼は即座に体勢を立て直し、片膝をついて窓の方へと湾刀をむけるが、すでにその剣は折れ、ついた膝はすでに立ち上がるだけの力はなく、体は満身創痍であった。

 窓にむけて必死に湾刀を持ち上げ、闘気のみをその先へむけている。


 すなわち、その先になにかがいるということを表していた!



 しゅばっ!


 ラシード殿が飛び出してきた窓の壁に線が走り、壁が崩れた。


 がらがらと崩れる壁の断面は、鏡のように滑らかに見えた。

 それは、それほどの切れ味のなにかがこの壁を斬ったことを意味している。


 崩れた壁のむこうから、一人の男が姿を現した。



「あの男」

「あのおっさん!」


「?」


 拙者とリオが思わず声を上げ、記憶のないツカサ殿は疑問符を上げるのみだった。


 現れた男は、先日ラシード殿の命を狙った三人組の一人。

 ラシード殿を事件の犯人と思い、命を狙っていた男だ。



「きえぇぇぇぇ!」


 怪鳥のような声を上げ、男はラシードにむかって駆け出した。


「危ない!」


 とっさにラシード殿との間に入り、その一撃をサムライソウルで受け止めた。


 重い。

 以前受け止めた時とは桁違いだ。



 ぎょろりっ。



 つばぜりあいの状態に入ったその刃と、目があった。


 それは、泥のような黒さの刀身に浮き出た目玉。

 その剣に、拙者達は見覚えがあった。


 それは、邪剣!


「これは、どういうことだラシード殿!」


 後ろにいたラシード殿に声をかけた。



「彼等は、憎しみのあまり、事件の真犯人である邪剣を壊し、復讐を果たそうとしたのだ。だが、逆にああして操られる結果となってしまった……」

 言いながら、持ち上げた手が下がってゆくのが感じられた。


『ちっ。どうやらこいつらが封印にとどめをさしちまったようだな。なんてことしやがる』


 ラシード殿の言葉に、オーマ殿が舌打ちをする。

 まったくだ。と同意したいところだが、それほどの憎しみを彼等は抱えていたということである。


 そしてそれを、逆に利用されたという可能性も捨て切れはしない。


 なにより今、そんなことを言っている場合ではない!



「貴様の相手は、拙者だ!」


「ふひひっ。ひゃははっ!」



 ヤツは拙者を見て笑った。

 どうやらこいつは、目的があって誰かを傷つけているというわけではないらしい。

 誰かを傷つけること。それが目的のように見えた。


 崩れた壁のむこう側に機関の人間がいるのが見える。怪我をしている者はほとんどいないように見えた。

 彼等が無事なのも、ラシード殿がこれほどボロボロなのも、彼等を守るため囮になったに違いない。



「ラシード殿、後は任せよ!」


「すまない。その者を、どうか、たのむ……」


 そのまま気を失ったのがわかった。


「リオ、ラシード殿を連れ離れてくれ。彼をかばいながらでは難しい!」


「わかった!」



「ツカサ殿は、リオと共にそこでお待ちを!」


「う、うん!」


 ツカサ殿は記憶喪失の上サムライとしての技も使えない。ならばリオと共にラシード殿を守ってもらうのが一番。


 ツカサ殿が記憶喪失でなく本調子であるなら、きっとこの事態ははじまる前に終わっていただろう。

 あの者が邪剣を手にする前に事態を察知し、剣に近づくことさえなく終わっていたに違いない。



 いや、今そんなことを言っていてもしかたがない。


 ツカサ殿のかわりにこの事態をなんとかできるのは我々なのだから!



「さあ、こい!」



「ふっはーは!」

 笑い声をあげながら、邪剣がその刃をふるう。


 今度のターゲットは拙者。

 知性は感じられない。目の前で激しく動く者をただ狙っているだけだ。


 ならば好都合。拙者が受けて立つ!



 邪剣は男の体を操り、笑いながら大降りの剣を振り下ろした。


 厄介なのは、この体を攻撃出来ないということ。体を自在に操るということは、実質的にこの男を人質にしているのと同意だ。

 ラシード殿が一方的にやられたのも、このようなハンディを背負っていたからだろう。


 こいつは厄介な相手だ。



 しゅごっ!



 かわした剣撃の威力がとまらない。

 大地を引き裂き、その威力を後方まで飛ばす。


 このままでは、その斬撃により外の誰かが被害を受けてしまう!



「たあっ!」


 ぎぃんっ!

 リオの掛け声と共に、その衝撃波は光の障壁にはじかれた。


「まわりは任せろ!」

 そこにはリオがソウラ殿を持ち、光のバリアを拙者と邪剣の周囲に張り巡らせていた。

 光の壁の中に残るのは、拙者とこいつのみ。


 ツカサ殿もラシード殿もその他機関員達もすべて、光の外側だ。


 ならばこれで、周りを気にせず戦える!



 相手は体を操る邪剣。

 ただの男の体であれほどの芸当をなせるとは、いかなる体を持っても一定以上の強さを持てるのだろう。


 それはとても恐ろしいことだが、これにはいくつか弱点がある。


 それは、こういった類の他者の体を奪う剣は、操られていた者を倒せば一時的に無力化出来るということだ。

 体を倒せば、自身では動くことも出来ず、攻撃することもかなわないからだ。


 だが、それをするということはイコール操られた者を見捨てるということに他ならない。


 これほどの邪剣が操る体を無力化するというのは、その体を完全に動かぬよう破壊しなければならないからだ。

 骨を折るだけではすまない、それこそ四肢を切り離すレベルのことをして。


 そうなれば、死は免れられない。


 その方法がとれるのなら、ラシード殿とてあれほどボロボロにはされなかっただろう(かわせば周囲に被害が出るのだからなおさらだ)



 ならば拙者の取れる方法はもう一つの弱点をつく方法。

 それは、この邪剣を破壊すること。


 難易度は格段に上がり、証拠品が失われるという事態になるが、これ以上の被害を出すわけにはいかぬし、こんな事件が起きたのだから他者を操るという邪剣の力は証明されたも同然。

 ヤツがこの一件やかつての無差別殺人事件の元凶だとすべてのものが納得するだろう。


 ゆえに、拙者はこの邪剣を破壊し、操られたこの男を救出する!

 もしくは、叩き落す!



 そう決め、拙者は前に出た!

 剣と剣とがぶつかりあう。


 力は強いが、相手は後先考えぬ大振りだ。


 体は隙だらけ。

 拙者が持ち主を攻撃出来ぬとわかっているのか、それとも持ち主の体などに興味がないのか。


「うひゃはらはっー!」

 笑い声を聞く限り、後者か。



 邪剣を片手に持ち、大降りの一撃をかわす。


 重い武器を片手で振り回したのだから、その勢いに振り回され彼は拙者に背をむけることになった。


 隙だらけであるが、攻撃は出来ない。

 拙者の狙いは邪剣であるからだ。


 男の体が影となり、隠れた邪剣がこちらに現れるのをかまえてま……



 ひゅんっ!



「っ!」

 背をむけた相手の空手が動いた。


 とっさに身を動かしたが……



 ぶしゅっ。

 左腕が、切れた。


 とっさに動いたおかげで戦闘に問題があるほどの傷ではない。


 一瞬なにが起きたのかわからなかった。

 しかし、なにが起きたか、すぐわかった。


 拙者に背をむけた男が、その邪剣を空手だった反対の手に持ち替え、拙者を攻撃したのだ。

 背をむけたまま、腕を本来ありえない方向に曲げさせて!


「ひっはっ。ふはあはっ!」

 持ち主ののどを使い、邪剣が笑う。


 ごきごきと、肩の位置や腰をおかしな方向に動かしながら、ヤツはこちらへ向き直った。

 このような動きをしていれば、持ち主の体はついて来れなくなる。


 やはり。

 こいつは、持ち主の体などどうなってもよいのだ。


 ただ自身を使い、周囲を破壊することしか考えていない!


 これは人の体を持たぬから出る発想だ。

 壊れれば新しい体にかわればいい。そういう考えが透けて見える!


 ここから推測するに、ただその手から邪剣を引き離すだけでは十分ではない。

 やはり、破壊するしかこの邪悪の暴走は止められないであろう!


 拙者はそう確信した!



「ひゃはぁ!」

「くっ!」



 人型であるのに人にあるまじき動き。

 まさか、それがこれほどやりにくい相手だとは!


 相手は防御を考えない。

 だが、こちらはうかつに攻撃は出来ない。


 早く助けなければ持ち主の体も危ないと気が焦る。

 しかし焦って動けば敵の思う壺。


 焦らず騒がず、だが迅速に!



 拙者は防戦に回り、機をうかがう。



 攻撃を防ぎ、かわす。

 かわすたびその余波が地面をえぐり、ソウラ殿の壁にぶつかり、光をたわませる。

 この威力。これではリオとソウラ殿は守りに徹しなければならず、助力は期待出来ないだろう。


 ツカサ殿は、いわずもなが。


 ここはやはり、拙者がどうにかせねばならないようだ!



 異形の動きは、最初こそは面食らうが、回を重ね、相手を人と思わなければ慣れも出る。


 しかし、拙者が慣れるのと同じく、ヤツも拙者の動きに慣れてきたのがわかった。


 あのなりで学習している。

 これは恐ろしいことだ。


 妙な動きで不意が打てなくなるとわかると、今度は人として効率の良い動きへと変わってきた。

 拙者の動きにあわせ、的確に隙を突くような動きに!


 状況にあわせ学習し、攻め方を変える。

 この学習能力。これがサムライを追い詰めたもう一つの特徴であったか!


 関節への負担は減ったが、今度は体の限界を超えた速度、パワーを出そうとしている。

 このままでは、元に戻っても二度と体が動かせないなんてことにもなりかねない。


 これ以上、長引かせるわけにもいかない状況へ追い詰められた!


「しゃっ!」

「くっ!」


 剣撃がさらに鋭くなる。

 防戦から、ついに押されはじめた。


「ひひゃははは!」


 その笑いは、壊れないおもちゃと遊ぶのが楽しい。そう思っているかのような笑いであった。



 ヤツが邪剣を大きく振りかぶる。

 幾度もやりあい、バラバラだったヤツの狙いも読めるようになってきた。


 これは、拙者の刀に邪剣をぶつけ拙者の体勢を崩し、更なる追撃をかけるつもりなのだ。


 それでヤツは、拙者をしとめるつもりなのだろう。



 ……ここだっ!



 拙者はそれに乗り、刀を持ち上げ、受け止める体勢をとった。


 それは相手の狙い通りの行動。

 誰もがこの一撃を受け止めるのは無謀だと思ったに違いない。


 だが、このタイミングを逃すわけにはいかないのだ!



 刀と邪剣がぶつかり合い、拙者の体勢が崩れる!


 そう。誰もが思ったその瞬間……!



 使わせていただきますぞ、あの技を!



 すかっ!



 邪剣の一撃は拙者の刀には当たらず、空を切った。


「っ!?」


 拙者の体勢を崩すため放たれた渾身の一撃。

 その一撃が外れたヤツは、その勢いのまま前につんのめった。


 ヤツは、見た。


 拙者の刀。サムライソウルの刀身が、ナイフ並の長さしかなくなっているのを!


 見たか。これが地獄のサムライに教わった刀身伸縮の法! 二度も通じはしない、一度きりの奥の手!


 こちらの動きに慣れてきたのだろうが、それこそがこちらの狙い!


 こうして貴様に大きな隙を作るための仕込だったのだ!



 あるべき刀身がなくなったのだから、その一撃が当たるわけがない。


 短くなった刀身ごと、その大技をかわせば……っ!



 つんのめるような形で振り下ろされたヤツの刃に、長さを戻したサムライソウルを振り下ろす!



 キンッ!



 拙者の渾身の一撃が、決まった!


 邪剣の刀身が、真っ二つに折れたのである!



 腐ったドブのような色をした切っ先がくるくると舞い、地面に突き刺さった。

 そこにあった眼球はぐねぐねと動き、まるで断末魔のように大きく見開いた直後、涙を流すかのようにして消えた。


『ぐっくっ……!』

 残された邪剣も、苦しむように男の体を震わせる。

 声は、明らかに邪剣から発せられている。



「勝っ!」

 誰もがこの危機を脱したと確信した!



『ああああああああっ!』


「っ!?」



 断末魔と思える叫びと共に、刀身の失われた邪剣から黒い炎のようなものが噴出した!


 まるでのたうち暴れる蛇のように、その炎は周囲へ広がり、拙者へ。ソウラ殿のバリアへ襲いかかる。



 とっさにそれを防ぐが、衝撃は完全に殺しきれず吹き飛ばされてしまった。


 ごろごろと地面を転がるが、転がった先にあるソウラ殿の壁にはぶつからない。

 それもそのはずである。あるべき壁は、先の炎によって砕けてなくなっていたのだから。


「ぐっ……かはっ!」


 体を動かそうとし、咳き込み、吐血してしまった。


 なんてことだ。

 たった一撃だというのに。防御も固めたというのに、拙者の体が動かない。


 衝撃を殺しきれなかった。


 なんて一撃であろう。

 今までとは重さがまるで違った。


 直撃を受けていたならば、拙者の体はどうなっていたことか。



 リオの方もソウラ殿を支えに片膝をついているのが見えた。

 限界まであの炎が広がるのを防いだ結果だろう。


 直撃を防いだ拙者がこれなのだ。それをすべて外に漏らさぬよう引き受ければ、その負担も相当。


 それで障壁は割られ、ああして膝をついている。


 だが、その後ろで倒れるラシード殿は無事だ。他に被害は出なかったのだろう。



 これで、最後の足掻きは防ぎきった。


 ヤツは……



『ふふっ。ははは! はははははは!』



「っ!?」



 ……笑った。


 それは、皆の予想と違う結果だった。



『よくやった。虫けらどもよ』



「っ!?」

 唐突に発せられた、理性的な言葉。


 それは、邪剣を持つ男から発せられたものだった。



 いったい、なにが起きたのだ……?



『おかげで我は、完全に復活出来た。すべては、貴様が封印の鞘を完全に破壊してくれたおかげだ』



「っ!」


 な、なんということだ……


 拙者は勘違いしていた。

 ヤツはまだ、封印されたままだったのだ。


 あの刀身こそが、サムライの封印。すべてを封じる真の鞘だった!


 ヤツは、ぎょろりとむいたあの目玉の分しか復活していなかったのだ!



 それに気づかず、拙者はそれを破壊してしまった。

 なんたること。あの方から、ヤツをどのように封印したのか。それもはっきりしっかりと聞いておくべきだった!


 なんたる不覚!



『ははははは!』


 笑いと共に、噴き出た黒い炎が集まり、邪剣に新たな刀身を作った。

 闇のように輝く。刀のような刀身。



 それは……



 ぞっ!


 それを見て、背筋が凍る。

 バカな。この気配。これではまるで……



『さあ、終わりにしようか。むしけらどもよ』


 邪剣が剣をふり、新たな構えをとった。



 い、いかん。

 このままでは、この街すべてがなぎ払われてしまう!


 ヤツは、それほどの力を持っている存在だからだ。



 このままでは……!

 考えている暇はない。動かなければすべてが終わってしまう。


 だが、拙者の体はいうことを聞いてくれなかった。


 必死に動かそうとするが、体はピクリとも動かない。


 リオとソウラ殿も同じく力を使い果たしているし、ツカサ殿はいま記憶を失っている。



 今、この事態をなんとか出来るのは拙者しかいないのだ!



 拙者には、奥の手がある。

 サムライならば使える、最後の手が。


 まだ新人サムライであり、その力を完全にコントロールし切れていない拙者では命を燃やしつくし、奇跡を起こせるかはわからない。

 だが、今拙者がそれをやらずして、誰がこの地を救えよう!


 であるから……っ!


「サムライ、ソウルよ」

『御意っ!』


 拙者の言葉に、我が魂の半身が答える。

 最後の力を振り絞り、我が命を……



 燃やそうとした、その時。



 ざっ!



 拙者に、影がさした。


 それは、誰かが、拙者の前に立ったという意味である。

 拙者の前に立つということは、邪剣の前に立つということであり、そのターゲットとなって不思議はないということだった!


 そんな愚か者、いったい誰が……?


 なんとか視線を動かす。


 そこにいたのは……



「ツカサ殿……」



 そう。そこには、拙者の目の前には、ツカサ殿が立ったのだ!


 両手を広げ、拙者を守るように立つそのお姿。

 ひょっとしてツカサ殿、記憶が……


 ……その足は、ぷるぷると震えていた。



 記憶は、戻っていない。


 だが、あの方は記憶を失ってなお、拙者を守るため動いたのである!


 あの方は、たとえ記憶を失ったとしてもやはりサムライで、ツカサ殿であった!



 それは、泣くほどに嬉しいことだ。



 だが、今のあなたに。

 サムライの力を使えぬ今のあなたでは、こいつに勝てません。


 なぜならこいつは……っ!




──ツカサ──




『ふふっ。ははは! はははははは!』



 マックスがやってくれたと思ったけど、そうじゃなかった。



『なんてこった。封印はまだちゃんと生きていたんだ……!』


 あの邪剣とかいうのは、マックスと戦っていた段階でも封印された状態だった。

 マックスが出来たのは、封印を壊しただけ。


 ヤツ本体は、まだまだ健在だった!



『しかも、こいつは……っ!』

 オーマが驚きを隠せず、なにかに愕然としている。


『そんな。まさか。この気配。これでは……』


 ソウラも。


「こ、こうなったら、おいらが……!」

 リオがソウラを杖の代わりにして立ち上がろうとする。


『無理ですリオ。今のあなたは、体力を使い切ってしまっています! それに、ヤツには、今の私ではダメージを与えられません……っ!』

「え? それって、まさか……」


『そうです。サムライが、命をかけたわけです。この感覚。この気配。ヤツはかつて見たダークカイザーにも匹敵する存在。サムライと同じく、一つ上の次元に立つ怪物なんです! 今の私達では、傷一つつけられません!』


「魔法が通じない。サムライじゃなきゃ相手にならないってことかよ!」


『そうです』

「なら、今こそマナってのをあつかえるか試す時だろ!!」


『無謀です! 今までの特訓の中で一度も成功していないんですよ! まだ、机上の空論と同じなんですから!』


「それでも、今、おいらがやらなきゃ誰がやるんだよ!」



 リオ。

 どうにかしたいというのは僕にも十分伝わってきた。


 でも、素人の僕が見てもわかるほど、リオ本人に体力が残っていない。

 さっきの黒い炎から周囲を守ろうとして、その力をすべて使いきっている。


 ソウラが言わなくとも、無謀だってのがよくわかった。



 炎の直撃を受けたマックスは倒れたまま。


 このままじゃこの街は……



 誰か。誰かいないの。

 戦える人……



「っ!」



 ……いる。

 いるじゃないか。


 ここにもう一人。

 二度世界を救った英雄が!



 そう思った瞬間、僕は駆け出していた。



「ツカサ!?」

『ツカサ君!』


『相棒!?』



 両手を広げ、マックスの前に立つ!


「ツ、ツカサ殿……?」


 マックスの驚きの声。

 そりゃ、驚くだろう。


 僕だって前に出て後悔しているところだ。


 怖い。なんて怖いんだ。こんなとんでもないのを前にして、マックスは一人で戦っていたなんて。

 足ががたがたと震える。


 今にもチビってしまいそうだ。



 やっぱり思う。僕には無理だ。

 僕なんかじゃ、この街は救えない。



 でも。

 でもっ!


 僕じゃない僕になら、君になら出来るはずだっ!


 二人があれほど言ったんだ。

 二度世界を救った英雄。何度も奇跡を起こしてきた、サムライ。


 その張本人でなら、この街も救える!



 だから。


 だから!



 今だけでいい。

 僕よ。サムライよ。その力を一つ貸してくれ。


 僕を使って、もう一人の僕を呼び戻して。


 この僕が消えてもかまわない。

 この街が救えるならかまわない。


 二人が救えるならかまわない!



 お願いだ、僕。


 みんなを守るために。

 この街を守ろうとしたみんなのために。



 お願いだ。どうか、戻ってきてくれっ!!!



「──っっ!!」



 ──その時事件の渦中にいた者達の多くは、この時なにが起きたのかわからなかった。


 光が瞬いたとか、風が吹いたとか、なにかが脈動したとか、そういうなにかが起きたわけじゃない。



 ただ、その少年の力が抜けただけだ。


 必死だった顔から必死さが消え、体から無駄な力が消えたのがわかっただけだ……



 だというのに、この場にいた『彼』を知る者は、なにが起きたのかはっきり理解した。



 焦りも、力みも、恐怖もなく立つ、その威風堂々と立つその姿を見て、彼等は口をそろえる。



「ツカサが」

「ツカサ殿が」


『ツカサ君が』


『相棒が』



 帰ってきたっ! と──!




「……思い、出したっ!」



 自分が、何者かを。

 俺が、どういうやつなのかを!


 生い立ちから今まで。そのすべてを思い出した。


 全部思い出して、記憶を失った間のこともちゃんと頭に残っているから一つだけ言わせてもらう。

 僕だった俺。お前にむけてだ。



 よくがんばったな。

 あんな怖い思いをして、マックスを倒したトンでもないヤツを前にして、よくあんな行動が出来たよ。


 お前は、すげぇよ。



 でも、でもな。



 お前が期待したような、サムライで、英雄で、救世主の俺は、ここにはいない!


 俺は地球出身の一般人で、高校生で、普通の少年なんだ。

 記憶のないお前がなーんにも出来なかったのも当然の、そんなすっごい力なんてない男なんだよ!


 そんな俺が、こんな異常事態解決出来るわけねー!


 わかったかー!!



 だから目の前でなんかゴゴゴッと凄い気配かもし出してる怪しい剣を構えた人と対決直前! な感じの状態でバトンタッチされても困るんですけどー!!


 どー!


 どー。



 どっ。




 おしまい

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