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サムライトリップ・イノグランド  作者: TKG
第2部 復活の邪壊王編
33/88

第33話 ミックスのお料理教室!


──マックス──




 ミックスとの話も終わり、明日以降の予定について兄上と話をするため拙者は廊下を歩く。



 ミックスの部屋は一階の隅で、兄上の部屋は二階にあるから移動をするのも一苦労だ。

 相変わらず、無駄に広い屋敷である。


 かつて住んでいた拙者でさえそう思ってしまう。


 もっともこれは、戦があった場合、この場を簡易の宿泊施設として使い、軍儀などを行えるようになっているからだが。



 兄上の待つ部屋にむかい足を動かしていると、前からあたりをキョロキョロと見回しながら歩いてくるリオを見つけた。


 絵の裏を見てみたり、柱の影を調べたりと、その挙動はあまりにも怪しい。



 見つけたのが拙者でなければ泥棒あつかいされていたとしてもおかしくはないぞ。



「あっ、マックス!」



 拙者を見つけ、駆け寄ってきた。



「どうした?」

 なにか落し物でもしたのか?


 あの探し方ならそう思うのは当然だと思うが、リオの発した言葉は拙者の予測とは大きく違った。



「ツカサ、見なかった? 一緒にこの屋敷探検しようと思って部屋に行ったんだけど、いなかったんだよ」



「いや、いくらツカサ殿といえども絵の裏などにいるわけ……なくもないかもしれんな」


「だろ?」


 ツカサ殿ならばあの天井のハリにぶら下がっていたり、壁と天井の三角の隙間にくっついていても不思議はない……!


 なにせツカサ殿はサムライだからな!



「だが、拙者は皆が部屋に案内される際わかれてからは見ておらんな。拙者も実家とはいえ色々とやることがあり、今の所在は把握しておらん」



 むしろ実家に帰ってきたからこそ、人に顔を見せたりなど、拙者もやらねばならぬことは多い。

 拙者とてせっかくの我が家をツカサ殿にお見せしたいというのに!


 各部屋への案内は屋敷のメイドに任せたため、それ以後のことは拙者もわからない。


 今回は全員個室であるから、その後リオはツカサ殿との合流できなかったのだろう。



「そっか。一体どこ行っちまったんだろ?」

 リオは腕を組み、首をひねった。


 屋敷は確かに、探検をしたくなるほど広い。



「ひょっとしたら屋敷の周囲の地形を把握しに行ったのかもしれんな」



 ツカサ殿も一人の武人。備えは怠らぬだろうし。



「えー。だったらおいらも連れて行ってくれてもいいじゃないかよ」


「おぬしを連れて行かなかった理由はツカサ殿でない拙者にはわからん。部屋に行き先を示すメモなども残っていなかったのか?」


 ツカサ殿ならば、万一誰かが尋ねてきた時のため、なにか残していても不思議はないと思うが。



「なかったよ。一階の窓まであけて外まで確認して探したんだから!」


「一階? いや、ツカサ殿の部屋は見晴らしのよい二階に案内させたはずだが……」


 リオの言葉に違和感を感じ、拙者は首をひねった。



 二階には王など、家にとってとても特別な方をもてなす時に使う一室がある。


 拙者の師であり世の恩人でもあるのだから、ツカサ殿をそこに案内しない理由は欠片もない。むしろ資格は十分すぎるほどにある!



 ツカサ殿は間違いなくそこへ案内されたはずだが、なぜ一階?



「……」

 拙者の言葉を聞いたリオは、青ざめていた。


「い、一階の奥にある、あの角部屋じゃないの?」

 声が震えている。

 どうやらそれに気づいたようだ。



「一階間違えているな。ツカサ殿の部屋は二階のそこだ」



「なら最初っからいない部屋に突撃していたのかおいらはー!」


 衝撃の事実に、リオは頭を抱え天をあおいだ。



「そういうことになるな」


「なんてこったよ! こうしちゃいられねえ!」


 リオは叫び、きびすを返してもと来た方へ戻ろうとしたその時……



「あら、リオ様。こちらにおられましたのですね」


 怪我人の治療に使ったのだろう。使用済みのシーツを抱えたメイド長のマーサがリオに気づき、声をかけてきた。


「ん?」



「先ほど、ツカサ様から伝言をお預かりしました」


 マーサはこほんと咳払いし、ツカサ殿の伝言を一言一句間違えることなくそれを口にした。



『屋敷を一緒に探索しようと思って部屋にきたけど、どうやらいないみたいだから一人で行くわ。適当に中や外をフラフラしているから、合流する気があったら探してくれ』



「だそうです」


 マーサは伝言を伝えると微笑んで一礼しそのまま廊下を歩いていった。



 どうやらツカサ殿もリオと同じ考えで、部屋まで呼びに行かれたようだ。


 目的は一緒だったようだが、当然そこにリオはいない。なにか他に用があっていないとツカサ殿は判断したのだろう。

 普通なら道中鉢合わせしていてもおかしくないが、むかった場所が違うのだから、途中で出会うわけもなく、すれ違ったままこうなったと。



「ぷふっ……!」


 笑ってはいけないと思いつつも、口元からあふれる笑いをとめられなかった。


 まさかこんなに見事なすれ違いを見せるとは拙者も予想外だったからだ。



 ちなみにだが、オーマ殿には一度出会った人の位置を知れる力がある。

 サムライの刀が持つ喋る以外に持つ特別な力がそれだ。


 それを使えばリオも探せただろうが、ツカサ殿はそれをしなかった。

 なにかお考えがあるのか、もしくはオーマ殿が眠っていたという可能性もある。


 オーマ殿はインテリジェンスソードと呼ばれる生きた刀の中でも特別な存在らしく、なぜか人と同じように睡眠をとる必要のある存在なのだ。


 そうならば、マーサに伝言を託したのも納得がいく。



 拙者の笑みを見てリオはぷくーっと頬を膨らました。



「拙者に八つ当たりをしても無駄だぞ。完全に話を聞き違ったおぬしが悪い」

『御意!』

 拙者の刀。サムライソウルも同意する。


「うっせえ。ちょっぴり中の装飾が金になりそうだから気をとられちまったんだよ!」


 元スリの職業病といったところか。

 まあ、それもある意味しかたのないことだろう。


 自分で言うのもなんだが、マクスウェル家は金持ちだからな。



「だが、ツカサ殿がわざわざ迎えに来てくれていたのだからよかったではないか。置いていかれたわけではないのだからな」

『御意』


「それは嬉しいけどさ……」


 返ってきた答えの歯切れが悪い。

 むしろせっかくツカサ殿が気を使って誘いに来てくれたというのに、そこにおらずお気持ちを踏みにじったような気がしているからだろう。


 わかる。その気持ち、よくわかるぞ!


 だが……!



「ツカサ殿がそのようなことを気にする器の小さな御方か。むしろ事情をきちんと説明すれば許してくれるに決まっておろう!」


「……そうか。そうだよな。ならおいらはツカサを探して合流することにするよ」


「それがいい。拙者もやることが終われば合流することとしよう」

 腕を組み、拙者はうなずいた。


「ああ。わかったよ。それじゃ、おいらは行くよ」



「ああ、そうだ」


 改めてきびすを返したリオの背中に、拙者は声をかけた。



「ん? なんだよ?」


「先に謝っておかねばならぬことがある。すまぬな」



「? なんでおいらがマックスに謝らなけりゃならねーんだよ?」



「拙者は、自分の欲に負けてしまったのだ。だが、それに後悔はない!」



「いや、余計に意味わからん。なにやったんだよお前」



「すまない。本当にすまない!」

 拙者は何度も何度も頭を下げた。



「意味がわからねーよ!」


「それでも。それでもなのだ!」


「わかったわかった。わけわからねーけど謝ってるから許してやるよ!」



「うむ、ありがとう!」



「わけわからねー。それじゃ、今度こそ行くからな!」


「うむ!」


 拙者は走り去るリオを見送った。


 ひとまず妹を応援するということを謝っておいたが、真相がバレた時責められるだろうか?

 だが、妹を応援するということに間違いはないはずだ!



 そう、これはあくまで妹を思う兄心。だから拙者は悪くない!



 拙者は大きくうなずき、兄上に会うため廊下を進むのだった。




──ツカサ──




「……あれ? 迷ったかな?」


 屋敷を出て広い広い庭を探検していた俺は、思わずそんな言葉をつぶやいてしまった。


 屋敷の窓から大きな一本の木とそれを取り囲む林が見えたので、興味が引かれてそこにやってきたまではよかったが、その小さな木々の中から出られなくなってしまったのだ。


 小さな林かと思ったけど、俺が考えている以上に広かったらしい。

 自然、ちょっと舐めてたかもしれない……


 そもそもさ、林。改め森の中心にあった大きな木。あれ幹の大きさ一周するのも大変なレベルの大きさだったんだから。

 その直径は軽く五十メートルを超えていた。ホント、ハンパない。


 それを見上げて、やっぱここは異世界なんだなぁ。と改めて思ったほどだ。



 困った困ったと思うが、焦ってはいなかった。



 だって、オーマが目を覚ませばナビをしてもらえるから帰り道もわかるようになる。

 だから、まだ慌てるような時間ではない。


 一人だったら間違いなく迷子でさびしくなっていただろうけど、そういう余裕があるので俺はへらへらしながら森の中をさまよっていた。



「ふんふふふーん」


 鼻歌を歌いながら、茂みをかきわけ進んでゆく。



「お?」



 茂みのむこうに光が見えた。


 どうやらあそこが森の端っこらしい。



 ひとまずそこへ行けば、帰り道もわかりそうだ。

 俺はそう考え、そちらへ向かって歩き出した。



『んっ。んんー。おっ? おお、相棒。おはようさんだぜ』



 腰の刀がカタカタ震え、声が聞こえた。

 どうやらお目覚めのようだ。


「おはよう、オーマ」


『おう。お、珍しいな。相棒一人ってのも』


「散歩に誘おうと思ったんだけど、リオもマックスも捕まらなかったんだ」


『珍しいこともあるもんだな』



 リオの部屋に行った時オーマが起きていればリオを探せたかもしれないけど、それは過ぎたことだ。


 俺はオーマとおしゃべりをしながら森を抜け、その先に見えたマックスんちにむかって改めて歩き出した。



 一度振り返ってみたが、はっきり言って俺は森とは呼べないかもしれないこの小さな木の集まりの中をぐるぐる回っていたかもしれない。

 外から見ると、やっぱり森じゃなく林くらいの大きさにしか木が集まっていないように見えるからだ。


 でも、それを検証すると色々ダメージ受けるのでやめることにした。無事外に出られたんだからやめやめ!



 てこてこと草原を歩いて屋敷に向かう。



 もう少しで屋敷だ。というところで、俺を出迎える人影があった。



「ごきげんよう。ツカサ様」



 俺を出迎えたのは、バスケットを持ったマックスの妹、ミックスだった。



「どうしたの?」


「はい。悪漢からの襲撃から守っていただいた御礼をしたいと思いまして、お礼の気持ちをこめてこれを……!」


 すこし緊張した面持ちで、手にしたバスケットを前に差し出した。



 俺はそれを、反射的に受け取ってしまった。



『ひゅー。お礼の品だぜ相棒』


 オーマが口笛(?)を吹き、楽しそうな声をあげた。



 実質助けたのはお兄ちゃんのマックスだけど、一応俺もあそこにいたわけだから、感謝されるってのも間違いじゃないか。


 しかし、こんな綺麗な女の子からお礼の品をもらえるなんて、ちょっと緊張しちゃうじゃないか。



「こんなものでお礼になるかはわかりませんが、どうぞ、お食べください!」



 ミックスは勢いよくそのバスケットのふたを開けた。



 中には、いわゆるサンドイッチと思われるものが入っていた。


「……」

『……』


 それを見た俺とオーマは、固まる。



 確かにそれはサンドイッチだった。

 だが、パンにはさまれた具材が、凄いのだ。


 なにがどう凄いって、色や形が自然界ではありえないモノをしている。



 いやいや、この世界は俺の知らない異世界。

 だからこれがありえない色や形と断言してはいけないはずだ。


 酒場には真っ青なよくわからないスライムの角煮だとか、紫色のベリースライム漬けなんてのもある。


 だからこのサンドイッチもそういうちょっとした珍味、キワモノなのかもしれない。


『あ、相棒。おれっちは食いモンを口にはできねぇがこいつはやめておいた方が……』


 腰からの位置関係と視線を考えるとオーマにはバスケットの底しか見えないような気もするが、オーマにはそれがどんな代物なのかわかるようだ。

 俺だけに聞こえるよう、こっそりひっそりと教えてくれた。


 どうやら、これは異世界の住人から見てもヤバイ代物らしい。



「さあ、お食べください。わたくし、料理というものははじめてですが、精一杯の感謝の想いをこめてつくりました!」


 ぺカー。と光るかのような無邪気な笑顔。

 その光が俺を直撃して心を貫く。


 くっ。そんな期待した目で俺を見るんじゃない……!



 そんな目で見られたら、食えないよなんて言えないじゃないか!



 というか女の子の手料理なんて家族を除けば調理実習以外で食べたことなんてないんだぞ!

 こっちに来てリオが作ったのとか入れれば別だが、こうして感謝の料理なんてのは当然はじめてだ!


 そんな男の子が綺麗な女の子から食べてと言われたら逃げられるわけないじゃないか!!



『相棒。これはさすがに……』



 オーマがやめるよう必死な声で俺に告げる。


 だが、オーマが言い切る前に、俺はそれを手に取り、そのまま口へ運んだ。



 いざ、尋常に、勝負!




──オーマ──




『相棒、これはさすがに……』


 おれっちが必死にやめようと訴えたが、それは通じなかった。


 声が小さかったから聞こえなかった? いや、相棒の耳におれっちの声は間違いなく届いていたはずだ。

 なのに、相棒はそれをしっかりとつかみ、その口へと運んだんだ。


 くそっ。やっぱ相棒は優しすぎる。


 あんな目に見えて危険な代物だとしても、お礼と言われたら相棒は口に運ぶのは当然じゃねえか!



 がりっ。ごりっ。



 相棒がパンとパンに食材を挟んだ食べ物。サンドイッチを口にする。


 やわらかいパンの下から、なぜかかたいモノの音が響く。


 がりごりと何度も租借し、相棒はそれを飲みこむ。



 ごくり。と喉がなったのは、相棒がそれを食すのを見ていたミックス嬢ちゃんからの音だったのか、それともおれっちの錯覚だったのだろうか。



 相棒の動きを、おれっちもメリッサ嬢ちゃんも見守る。



 相棒はしっかりそれを味わい、メリッサ嬢ちゃんにむけ微笑み……



「うん。不味いな。これ」



「っ!」



 相棒はしっかりとそれを味わい、はっきりと断言した。


 その瞬間、ミックス嬢ちゃんがしゅんとする。



 あいぼぉ!?



 意外だった。優しい相棒がお世辞も言わず、直接はっきりとそんなことを言うなんて信じられなかった。

 おれっちはその言葉に唖然とし、ミックス嬢ちゃんはうつむいてしまう。



 ばりっ。ごりっ。



 しんとした場の中、相棒がそれを口に運ぶ音だけが響く。



 ぼりっ。ごりりっ。



『……って?』

 おれっちは、おかしいと気づいた。

 なぜ不味いと断言したのに、まだそれを食べる音が続いているんだ?


 おれっちと同時に、ミックス嬢ちゃんも気づいたようだ。

 はねるように顔を上げる。


 すると、相棒は一つを食べ終え、すでに二つ目を口に運んでいた。



 ばりっ。ごぎゃっ。


 また、相棒の口の中からものすごい音が響く。



『あ、相棒?』

「な、なんで食べてるんですか!? 美味しくないんですよね!?」


 不味いとはっきりと断言したのに、なぜ食べているのかわからないと、ミックス嬢ちゃんが声をあげる。

 信じられない。なんで? おかしい。という混乱した声だ。



「うん。不味いよ。凄く不味い。炭の味と、下味もついていない生臭い肉の味もするし、卵の殻もたくさん入ってる」

 口の中でなにかかたいモノを噛み砕きながら、相棒はそう告げる。



「なら、なぜです……? 嫌がらせですか……?」

 ミックスはきゅっと自分の裾を握り、唇を噛んだ。



「嫌がらせ? なにを言っているんだ。例え不味くても、俺のために作ってくれたんだ。せっかく作ってくれたものを残すなんて選択肢は俺にないよ。君の感謝の気持ちをないがしろになんてできるわけないだろ?」



 むしろ、相棒の方がなに言ってんの? と聞き返してきた。



 相棒は、さらにもう一つに手をつけた。

 口元に運ぼうとした時、そこが引くついているのが見えた。


 それは、明らかに美味しくないということを示す証。


 だが、相棒の行動はとまらない。



 それを口にふくみ、ばりごりと租借する。



「……」


 ミックス嬢ちゃんは、それを唖然と見ているしか出来なかった。



 不味い不味いと言いつつ、脂汗を一筋流しながらも食べるのをやめない相棒をただ見ているしか出来ない。



 結局相棒は、それを全部食べきってしまった。



「んー」

 全部食べて、相棒は苦虫でも口にしたように額にしわを寄せ唇を震わせた。



「ご、ごちそうさま」


 それでも、相棒は微笑み、空っぽにしたバスケットをミックス嬢ちゃんへ返した。



「……ご、ごめ……」



 なぜかミックス嬢ちゃんは目に涙をため、謝ろうとした。



「それはおかしい」

 だが、相棒は即座にそれをさえぎり、バスケットを彼女に押し付ける。



「これは君の感謝の印だ。今回はたまたま失敗しただけの代物だ。でも、感謝の気持ちはしっかりとこもっていた。だから、謝る必要はない」


 相棒はそれを、はっきりと言い切った。



「ひどいモノを食べさせてしまったと思ったのなら、次は食べて美味しい物を作ればいい。誰でも最初はうまくいかないものだ。失敗なんて気にするな。俺なら、どんなモノでも食べてやるから」


 バスケットを手にしたミックス嬢ちゃんの頭に手を伸ばし。ぐしぐしと撫でた。



「味は悪かったけど、心は満たされたよ」



 ぽんぽんと頭を撫でられたミックス嬢ちゃんは、そのままかーっと頬を赤く染め、うつむいた。

 相棒の視線からじゃその手がブラインドになってその表情は見えなかっただろうが、こいつは、罪ぶけぇことをしたぜ、相棒。



「わ、わかりました。次もまた作ってきますから、是非食べてくださいね!」


「ああ。楽しみにしてる」



 そう言うと、ミックス嬢ちゃんはきびすを返して屋敷の方へと駆けて行った。

 その表情は、きらきらと目を輝かせた、一人の乙女の表情に感じられた……



 相棒。



 なんて人だよアンタは。


 厳しいくせに、なんて優しい人なんだ……!



 ミックス嬢ちゃんが屋敷の中へ消えるのを相棒は見送る。


 見送り、姿が見えなくなったのを確認すると、相棒は膝をついた。



 同時にお腹を押さえている……



 流石の相棒も、アレは厳しかったか。それでもきっちり食いきるんだから、あんたって人は!



 額からは脂汗がだらだらと流れている。

 息もけっこう荒い。


 相棒はゆっくりと息を整えながら、腹を押さえ、歩き出した。



「とりあえず、水が飲みたい。あとは、トイレかな……」



 おれっちは刀でモノを食うということはしねぇが、相棒のつらさがよくわかる気がした。



『相棒、一番近いトイレへのナビは任せとけ!』


「ああ。ちょっと行こうぜ。俺達のヘブンへ……!」



 言ってる意味はよくわからねぇが、相棒の状態があんまりよくねぇのはよくわかったぜ!



 ゆっくり慎重に、そこへむかおうじゃねぇか!




──ミックス──




 バスケットを両手で抱え、わたくしは屋敷の角を曲がるとすぐ、その壁に体を預けました。


 あの方から離れたあとだというのに、その顔が頭の中から離れません。

 あの輝くような笑顔が、わたくしの中でずっと渦まき続けています。


 あの方は、とても厳しいことをわたくしに言ったのに、なぜかわたくしはそれがとても優しいと感じてしまった。


 不思議。

 本当に不思議な方。


 突然空から降ってきてわたくしを救ってくれた、荒々しくも美しい姿を見せたのかと思えば、厳しいのに優しい表情も見せる。



 思い出しただけで頬が熱い。

 胸がドキドキして鼓動が早い。


 これは走って息が切れているからじゃない。


 もっと、別のナニカ。



 こんなの、初めて……



 あの方の笑顔が見たい。

 あの方に、心から美味しいと言ってもらえたならどれほど嬉しいことだろう。



 これは、やっぱり料理をがんばらねばならないようですね!



 わたくしはバスケットを片手で抱え、ぐっと拳を握った。



 でも、その拳はすぐへにゃっとさがることになった。




 結局、料理なんてどう学べばよいのだろう?


 見よう見まねでやってみたけれど、結果はアレだ。



 ツカサ様は全部食べてくれたけど、味の方はとてもじゃないが食べられたモノではないらしい。



 そんなものを喜び勇んで食べさせてしまうなんて……



 思わずため息が漏れた。



「どうしよう……」

 バスケットを頭に持ち上げ、かぶるように頭を抱える。


 あの方はわたくしの成長を楽しみにしているというのに、これじゃ結果は変わらない……



「ったく。しかたねえな」


 わたくしの頭の上。

 屋敷の開いた窓から声がした。



「ぴゃぁ!」

 驚いて振り返ると、そこに帽子をかぶった少年が呆れたような顔をして身を乗り出していました。


 確か、マックスお兄様とツカサ様と一緒に旅をする、リオという少年だ。



 その子がわたくしを見て、ため息をついている。



「一部始終は見ていたぜ。お嬢様だってのにむこう見ずなヤツだぜ。ツカサじゃなきゃ大惨事だ」


「そうですね。その通りです」


 普通、美味しくないものを食べさせられたりしたら怒りますもの。



 なのに、あの方は全部食べてくれた。



 ドキドキ。



 あれ、あれれ? 少し考えただけで、ドキドキがとまりません。

 今のわたくしはきっと真っ赤な顔をしているでしょう。


 窓の下にいますから、リオ様に顔は見られていないと思いますけど、なぜか恥ずかしい。



「つーか、なんでお嬢様の癖に料理なんだよ。どうせ包丁もマトモに握ったことないんだろ?」


「はい。危険だからって触らせてももらえません」



「わかってんのになんでだ?」



「だって、憧れだったんですもの」


 メイド達が話していた、好きな人に手料理を食べてもらい、美味しいと言ってもらえたらという話。

 わたくしもそれをやってみたいと思ってしまった。


 うまくいきませんでしたが。



「でも、失敗しちゃいました。見よう見まねじゃやっぱりダメですね」

 思い返せば笑えることでもなく、しょんぼりとしてしまいます。



「ったく。ツカサもお人よしだぜ。しかたねぇ。またあんなモンツカサに食べさせちまったらたまらねぇ。おいらが料理を教えてやるよ」


「いいんですか!?」


「これでも旅の間はおいらが料理当番だからな。ツカサの気に入る料理くらいは作れるぜ」


「そ、それなら是非! お願いします!」


「勘違いすんなよ。おいらはツカサの腹が心配だから教えてやるんだ。二度も三度もあんな目にあわせないようにするだけなんだからな!」


「うふふ。そうですね」


 リオ様の言葉も厳しいものなのに、わたくしはなぜか嬉しく感じ、笑ってしまいました。



 こうしてわたくしは、リオ様に料理を習うことになったのでした。




──リオ──




 ったく。おいらもとことん甘ちゃんになったもんだぜ。



 つっても、ツカサが心配ってのは嘘じゃないからな。

 ミックスに顔を出した部屋からツカサとのやりとりも見てたけど、遠目からでもわかるあのバスケットの中身のヤバさ。


 あんなもんもう一度食わされちゃ流石のサムライもヤバイだろ。



 だから、料理を教えてやることにした。



 別にあの必死な姿を見ていたからほっとけないとかそんなことはないからな!


 あのお嬢ちゃんの表情を見ていればツカサにどんな感情を抱いているのか丸わかりだとか、家柄を考えればこの国最大クラスの貴族と伝説にして最強のサムライなんだから、つりあいもとれてるとか、そんなことは全然考えてない!


 あるのはそう。ツカサのピンチを救うって気持ちだけだ。



 ……でも、なんでだろう。



 料理を教えている間感じた、このちくりと刺すような、胸の痛みは……




──ツカサ──




 トイレ。

 そこは、人類の聖域。


 たった一人がこもることを許された、全てから隔離された安らぎの空間。



 いかなる存在も無防備となり、その場では世界の平和を願ってやまないといわれる場所だ。



 だが、中世ヨーロッパにその聖域がなかった時期があるというのだから驚きである。

 その時代の人達は一体どこで安らぎを覚えていたのだろう?

 彼等はどこで安寧を手に入れていたのだろうと考えると、俺はその時代に生きていなくて良かったと心底ほっとする。


 しかし、今俺がいるこの世界は、いわゆる中世型ファンタジー世界だ。

 文明的には見事その時代に当てはまっているのだが、この地のおトイレは古代ローマ時代のごとく整備されていた。

 むしろ都市部では上下水道は完全に整備されているし、今いるマクスウェル家のお屋敷にもちょっとはなれたところながらも水流式のトイレが設置されている。

 ちなみに水流式のトイレとは川から水をひいて流すという、いわゆる『(かわや)』のことである。この川の水を引き入れたってのが厠の語源なんだと国語の時間聞いた。


 だから、このイノグランドでおトイレに困ることはない。

 この世界では、ハイヒールの出来た理由は道にあふれたアレを避けるためだなんてことはないのだ。


 正直これ、授業で先生に教えてもらった時、中世に感じていた変な幻想は吹き飛んだ覚えあるよ。

 ベルサイユ宮殿にトイレがなかって知った時の衝撃たるや……



 なぜ俺が今、このような説明をしているのかと言えば、俺は今、世界で一番その場所を必要としているからだ。



 お腹がとっても大変なことになっているからである!



 お腹の奥からきゅるきゅると人間が出せるとは到底思えない音が響いている。



 原因はもちろん、さっき食べたアレだろう。

 むしろアレ以外に考えられない。


 やっぱりかわいい女の子からの差し入れだからって無茶するんじゃなかったあぁぁぁ!


 でも、カッコつけたいじゃん。

 カッコいいと思ったんだもん!


 だから、後悔はあんまりない!



 そしてなぜトイレの説明をしていたのか。という理由はもう一つある。


 必死に別のことを考え、下腹部へ意識がむかないようにしているためだ!



 ちょっとでも意識をそちらにむければ、逆にお腹がきゅるんとなり、お尻が大変な状態になるからだ。



 だから俺は素数や元素、さらにこんな無駄知識を必死に考え、さらに意識をそらすため遥か遠く。視線を虚空に移し、屋敷から少し離れたところにある目的地。

 我が聖域へむかうことだけに集中する。



 ゆっくりゆっくり。一歩。また一歩と歩を進める。


 歩く速度は驚くほどに遅い。

 秒速七センチあるだろうか。ないだろうか。いや、むしろ心は秒速光速なほど高速だ。


 しかしたまにぴたりと動きを止める。



 なぜなら波がやってくるからだ。

 一体なんの波なのかは言わずともわかってくれるだろう。


 電車の中なんかで襲われたら場が一瞬にして地獄に変化するアレである。

 突然腹の中に悪魔とデヴィルとディアボロが現れ、俺の天界の門に一斉に襲いかかってくるソレだ。


 それを必死に押しとどめるのは俺の鋼と銅と鉛の意思とお尻パワー!



 少しでも気を抜けば間違いなく世界が破滅するレベルのラストバウトが起きる時間である。



 この戦場が生まれた場合は、大人しくこの場で立ち止まるのが最善である。

 下手に動き、俺のお尻パワーが不足すれば滅亡は不回避。


 我が精鋭が門の防衛に成功するまでしばし全てのパワーをそちらに向けるのが当然の判断なのである!



 どるんどるんとお腹の中で聖戦が進む。



 精鋭達のがんばりにより、悪魔達は一度撤退した。




 その隙を俺は見逃さない。



 その短い時間を利用し、じりじりと、進む。


 背筋をピンと伸ばし、体の軸は一切ぶらさず、足はすり足を駆使してゆっくりでも進む!



 進めば進むほどあの聖域が遠く感じる。

 世の十字軍はきっとこのような地獄の行進をしていたのだと俺は過去に思いをはせるのだ。


 だが、諦めるわけにはいかない。



 あれだけカッコつけたというのに、結果が大惨事ではカッコもつかない上あのお嬢様を悲しませるどころじゃなくなるからだ。

 ついでに俺は社会的に死ぬし。


 死ぬし!(重要)



 それはまさに、聖戦と言っても過言ではない戦いであった……!



『あ、あい……』


「オーマ、今は黙って!」


 腰でカタカタ揺れ、言葉を発しようとしたオーマの声を止める。

 腰のところで小さく震えるオーマの発言法は、俺のお腹にとんでもなく恐ろしい方法だ。


 下手するとこの不意打ちに俺が大変なことになってしまう。


 ゆえに、オーマの発言をやめさせたのである!



 いくらオーマといえども、俺の状態を見ればどんなピンチかわかってくれるはずだ!



 俺の言葉に、オーマは沈黙することを選んでくれた。


 これで俺は助かるかもしれない!



 何度も何度も襲い来る悪魔達を俺は意志の力とお尻パワーでナントカ防ぎ、ゆっくりじっくり忍耐深く進んだ結果。



 ついに。



 ついに俺はそこにたどりついた……!



 オーマを入り口の横に置き、俺はその聖域へと駆けこんだ。




 俺は救われたのである……!





 しばらくお花畑の映像をお楽しみください。





──???──




 マクスウェル家の屋敷のある平原は、ただひたすらに平らな草原が広がる場所である。


 植木に囲まれたところを敷地とすれば、その広さは一片二千メィルを平然と超える広さを持つほどだ。


 敷地の中心にはマクスウェル家の屋敷が存在し、馬で行くにしても門からかなりの距離を歩かなければならないほどである。

 徐々に近づいてくる巨大な屋敷は、まさに圧巻。この地をおさめる武門、マクスウェル家に相応しいありようであった。


 敷地の残りは、一部に存在する森と、屋敷の周囲に作られた庭を除くと、ほぼ草原で占められている。

 ゆえに、森というブラインドがなければ、敷地の外からでもその屋敷を。ひいてはその庭を歩く人間を見つけることも十分可能である。



 なぜこのような説明を私がしているのかと言えば、その敷地の外から棒状の筒を構え、ある人間に狙いを定めている私がいるからだ。


 私はマクスウェル家の敷地内には転がっていない大岩の上に寝転がり、その棒状のマジックアイテムにつけられた望遠筒をのぞいている。



 私の目的はこのマックスウェル家を乗っ取ること。

 先ごろその計画第一陣を実行しようとしたが、この領へとやってきたサムライに阻止されたばかりだ。


 その失敗についてアドバイザー兼協力者の魔法使い殿に相談し、なんとか排除したいと懇願したところ、渡されたのがこいつだ。


 魔法使い殿はしぶしぶであった。



「いいですか? 先ごろ襲撃されたミックスお嬢様。それを襲った悪漢達は取り調べられ、それを頼んだのが謎の魔法使い。すなわち私だと判明しているころです」


 魔法使いはとつとつとなにかを説明はじめた。


 ミックス一行を襲撃した悪漢。あれを雇いに行ったのはこの魔法使い殿。


 だから、奴等が雇い主をはけば、それはこのフードをかぶった性別不明の魔法使いということになる。



「今ならまだ、あなたの存在は外に漏れていない。ここで下手にサムライを狙えばせっかくの計画も台無しになるかもしれませんよ?」


「確かにその可能性もありえる。でも考えてみてくれ。あの一団を撃退した立役者が魔法で襲われた。そうなれば、手下をやられた魔法使いが報復に来たと誰もが考えるだろう?」


「確かにそれは言えてますね」


「そうなれば、狙いは家の者ではない。魔法使いの狙いは別にあると誰もがそう考える!」


 私は魔法使い殿に向かって力説する。


「狙いがサムライなら、今度は家の者への警備が薄くなる! そうなれば家の内部から狙われるなんて誰も思わないはずだ! これなら、次の計画もスムーズに運べるとは思わないか!?」


「ふむ……」


 魔法使いは私の考えにアゴに手を当て考えた。



「それも一理あるかもしれませんね。いいでしょう。お力をお貸しします」



 そうして受け取ったのが、このマジックアイテムだ。


 これは棒状の筒を持ち、狙いを定める望遠筒をのぞき、ボタンを押せば発動するというシンプルなものだ。

 わかりやすい言い方をすれば、クロスボウの魔法版と言ったところだろう。


 望遠の魔法のかかった筒をのぞき、十字の描かれた照準を使って狙いをつけるというもので、発動すると筒から渦を巻きドリルのようになった風が吹き出し目標をえぐるというものらしい。



「ただし、用心のため私の着るローブを羽織ってください。そうすれば万一見つかった場合私が狙ったと錯覚させられます」


「まあ、いいだろう」


 なんか失敗するぞと言われている気がするが、せっかく私の願いをかなえようとしてくれているのだから、これ以上の文句は言えなかった。


 それになにより、私はあのサムライを本物だとは思っていない。

 あの悪漢をほとんど倒したのはマックス。あの覇気を感じさせない少年はただのお飾りだ!


 それを証明するためにも、これを使い、あっさりとその頭を撃ち抜いてくれよう!



 私はこうしてそのマジックアイテムを手に取り、庭を歩くサムライにむかって狙いをつけているというわけなのだ!



 距離は約千メィル。この望遠の魔法がかかった望遠筒がなければその姿を確認することさえ困難だろう。

 逆に言えば、この距離で気づける者などいないということだ!


 あとはこの望遠筒をのぞき、狙いをつけ、発動させるだけでいい。



 そうすれば、遮蔽物のないこの場所からそれはどこまでもまっすぐに飛び、相手を貫く。



 あのサムライもどきの小僧が風の速度で飛ぶこれをかわせるはずもない。

 私は相手の死を確信し、望遠筒をのぞきこむ。


 遥か遠くを歩く小僧の姿が見え、私はそのサムライの頭に照準をつけるため、そこに棒をむけた。



 その綺麗な顔を吹き飛ばしてやる!




「……っ!?」


 そう思った瞬間だった。




 ヤツと、目が、あった。




 あ、ありえん!

 そう思いながらも、びっくり驚いて望遠筒から目を離す。


 いやいや、きっと見間違いだ。


 私はさっきのはそうだと自分に言い聞かせ、すー。はー。と息を深く吸い、整え再びその筒をのぞきこんだ。




 じっ。




 だが、ヤツはまだ、私を見ていた……


 じっと、まるでこの望遠筒を通じて私を見ているかのようだった。



「ひっ」


 思わずまた、その筒から目を離す。



 い、いやいや。いやいやいや。ありえない。


 どれだけ距離が離れていると思っているのだ。


 私のいる場所はマクスウェル家敷地の外のさらに遥か彼方。しかも大岩の上に寝転がっているのだから、あの距離からこの姿を確認できるわけがない。


 しかもここは岩の上だ。普通に考えれば視線がこちらにむいているわけが……



 ……なんで、こっちに視線がむいてるの?



 普通、どこかを目指して歩いているなら前を見ているはずだろう? なのに、なのになぜ、あの小僧は少し視線を上にむけたこちらを見ているんだ!



 それはつまり、それこそがこちらを見ているという証に他ならなかった。


 だが、私はそれを認めない。


 認めないったら認めない。



 きっと偶然に違いないと、もう一度筒をのぞきこんだ。




 目が、また、あった。




 ぞっ……!



 背筋が凍る。

 まるで凍ってしまったかのように体が冷えこんだのがわかった。



 やっぱり。やっぱり勘違いなんかじゃない。




 ヤツは間違いなく、こっちを見ている……!




 なんて静かな目をしているんだ。


 その隙のない静かな立ち姿。一切軸のぶれのない歩み。

 それはまさに、武を極めたとも思えるなにかの境地に至った姿のようにも見えた。



 これが、サムライ。


 本物の、サムライ……!



 これが、世界を救ったサムライだというのか……!!



 って、ちょっと待て。

 見ているということは……?



 ヤツは、私に狙われているということに気づいているということなのか……?



 マジックアイテムを発動させるボタンに乗せた手が震えた。

 ちょっと待て。ちょっとちょっと待て。


 これでボタンを押してサムライを撃てば、どうなる?



 ただの小僧ならば、間違いなくその脳天は風のドリルに穿たれる。



 だが、本物の伝説ならば……?



 噂と伝説の本物のサムライならば……?




 こんなもの、かわすことなどお茶の子さいさいに決まっている……!




 ヤツが偽者なら頭を穿てる。

 だが、本物なら私は逆に……逆に……!


 計画続行どころか、命が終わってしまう!



 指がカタカタと震える。



 やはり、魔法使い殿の言っていたことが正しかった?

 いやいや、私が、正しい……!


 心の中で謎の問答が発生する。


 すでに認めていいはずなのに、なぜか無意味な意地が私の中を渦巻いていた。



 どうする、どうする?



 撃つ?

 撃つ。

 撃つ?

 撃つ!


 撃つ!!



 望遠鏡の先にいるサムライを見据え、私はそのボタンを……



 ぴたり。

 覚悟を決めたその瞬間、サムライは動きをとめた。



 こちらをじっと見たまま。



 とまってくれたおかげで、照準が完璧にその額にあう。



 こちらをじっと見たまま。



 ここでボタンを押せば、間違いなくその魔法はあの小僧の額に当たる。当たるはずだ!



 撃……!!!




「って撃てるかぁ!」




 私は身をひるがえし、その大岩から飛び降りた。

 そのまま岩を影にして、敷地とは逆の方へと走ってゆく。


 行く先は森の中。



 やっぱり魔法使い殿は正しかった!



 これからどうするか、もう一度魔法使い殿へ相談だ!




──ミックス──




「うん。うまい」


 そこは、お屋敷に入ってすぐの大広間。

 そこで待ち構えたわたくしはツカサ様へ心をこめて作った料理を再び差し出しました。


 リオ様にビシバシ指導されて作った新しいサンドイッチは、ツカサ様に大好評。


 あの時とは違い、一度も手を止めることなくそれが口の中へ吸いこまれてゆきます。



『ひゅー。すげぇじゃねえか。一晩たたずに相棒にうまいと言わせるだなんて、どんな魔法を使ったんだ?』


 無言でサンドイッチを口に運ぶツカサ様のかわりに、腰のオーマ様が驚きの声をあげました。



「うふふ。実はですね」


「あ、こら、おいらはいいって言ってんだろ!」


 広間の天井を支える柱の影に隠れていたリオ様の手をつかみ、引っ張り出してきます。



 なぜかバツが悪そうなリオ様ですが、そんなの気にせずその恩恵をお話しました。



「リオ様が指導してくださったんです。一から十まで、わたくしにお勉強を教える家庭教師より厳しかったんですから」


「そんだけ基礎もなにもかももなってなかったからだよ」



「へー」

『へー』


 顔を赤くしたリオ様を、口を空にしたツカサ様とオーマ様がからかうような声をあげます。


 ふん。とリオ様はそっぽをむいてしまいました。



『まぁ、リオが教えたんならこれも納得だな』

 オーマ様が納得したような声をあげました。


 そう。その通りなのです。



 わたくし一人では、決してツカサ様に美味しいなんて言ってもらえなかったでしょう。



「やっぱリオもすげーな。美味しかったよ」


「おいらが作ったわけじゃねーやい。口出しただけなんだから褒めるのはあっちにしてやれよ!」


 頭をなでられながら、リオ様がそう口を開きます。

 ツカサ様も、ああそうか。と声をあげました。



「今度のは美味しかった。ありがとな」



「いえ。こちらこそ、助けていただいてありがとうございました」



 そう。最初の目的はこれだったのです。


 悪漢達からのお礼の品。



 でもわたくしは、それだけじゃないかけがえのないものを得たような気がしました。



 言えた。と思ってはにかんでいたら、リオ様と視線が合いました。

 わたくしはなぜか嬉しくなり、笑ってうなずきあいました。


 リオ様が手を上にあげて掌を広げました。



 どういうことだろう。とわたくしは首をひねるしかできません。



「同じように手を上げればいいと思うよ」



 ツカサ様が、フォローしてくださいました。


 わたくしは言葉に従い、片手をあげました。



「こいつはハイタッチって、喜びをわかちあう時やるもんなんだ」



 リオ様がわたくしの手をぱん! と叩きました。

 派手な音が鳴り響き、手がじんとしびれて少しびっくりしてしまいました。


 でも、どこか心地よい音と感覚です。



 ですからわたくし達は、顔を見合わせまた笑いあうのでした。




 こうしてわたくしは、ツカサ様だけでなくリオ様とも仲良くなったのです。



 お友達が一気に増えました!




──???──




「やはりダメでしたか」


「……」


 大人しく逃げ帰ってきた私を見て、魔法使い殿はやっぱりと息をはいた。


 魔法使い殿の言うとおり、同じフードをかぶっていなければすでに私は誰かと特定され、屋敷にも戻れない状態となっているだろう。

 そうならなかっただけでも、魔法使い殿の慧眼に感謝するしかない。



「それで、避けられたのですか? 防がれたのですか?」


「……てなかった」


「はい?」


 あまりにも私の声が小さすぎ、か細すぎて魔法使い殿には届かなかったようだ。

 思わず聞き返してきている。



「撃てなかったんだよ。そもそもヤツは私が撃つのをじっと見て、待っていたのさ!」


 あはは。となかばやけになったように笑い声を上げてしまった。



「……それは、流石に予想外ですね。撃つ直前に気づくというのは考えていましたが、狙われた段階から気づいているとは」


 流石の魔法使い殿も驚きを隠せないようだ。



「ですが、撃たなかったというのは行幸でした。むしろ、それが最善です」


 魔法使い殿はやれやれと肩をすくめた。

 どうやら魔法使い殿にとって今の状況が最善だったらしい。


 確かに、撃たなければ現行犯としても捕まえることはできない。

 ヤツがあえて狙いやすいよう立ち止まったのも、それを誘発させるためだったのだろう。


 なんてヤツだ。それはつまり、あの魔法など屁でもないという意味でもあるからだ!



「もっとも、撃とうとしてボタンを押してもなにもおきませんでしたがね」


「なんだってぇ!?」

 魔法使い殿がしれっと言ってきた。


「ただの杖に望遠筒をつけただけの代物です」


「なんだってぇ!?」

 私はただ叫ぶことしか出来なかった。



「そもそも、あれとマトモにやりあおうとするのが間違いですからねぇ」


「それはもっと必死に教えて欲しかったものだよ……」

 色々と、な。色々なことを……



「言っても聞かなかったのはそちらでしょう。あなたがあの小僧を排除したいと熱望したからあれを渡した。それに、あの状態でいくら忠告しても信じなかったのは違いますか? そのような経験をしてきたから、やっと認められた。違いますか?」


「……」

 私は押し黙るしかできなかった。


 その通りだ。


 あれがなければ、おれはずっとあのガキはただの偽者だと自分に言い聞かせただろう。



「これで納得はしていただけたでしょう?」


「……ああ」


 魔法使い殿の言葉に、私はうなずくしか出来なかった。


 何度も何度も心の中では否定し続けていたが、やはりあの小僧は本物のサムライだ。



 今ちまたを騒がす、この世界を救った伝説のサムライに間違いない!



「でも、どうするんだ。本物のサムライまで来ていたら、計画の実行なんて夢のまた夢じゃないか!」


「いやいや、まだサムライがあなたを犯人と特定したわけではありません。それに、少なくともサムライにはこの襲撃は自分を狙ったもので、マクスウェル家の者とは関りない。という意識は与えることに成功したでしょう」


 魔法使い殿はくつくつと笑う。


「となれば、注意は外に向きます。なによりサムライは他者をまきこまぬよう単独行動をするかもしれません。そうなれば、計画もやりやすくなる」


「おおっ!」



 どうやら最低限の策は成功していたらしい。

 あのサムライがいなくなってくれるのなら、他の計画の成功率もあがるというものだ!



「なら、次私はなにをすればいい?」



「ははは。諦めはしないのですね?」


「当たり前だ。おれは前に進むしかないんだ!」



「よろしい。ならば、これを」


 ことん。と魔法使い殿は懐から取り出した一本のビンをテーブルに置いた。



「これは?」



「サムライなど、相手にしなければいい。他の者達に排除してもらえばよいのですよ」


 魔法使いは、にぃ。と笑った。



「これは、毒です」



「ひぇっ」

 毒と聞き、思わずビンを取り落としそうになった。

 別にビンに触れても問題はないはずだというのに、なぜか恐ろしくなったからだ。


 それを見て、魔法使い殿はにたりと笑う。



「今回の謀殺犯。マックス御一行はそれを実行した者として、退場してもらいます。いくらサムライといえども、自分以外の他人に盛られた毒など防ぎようがありませんからね」



 目的を達成し、かつ危険なサムライ一派も排除する。


 まさに一石二鳥。



「いける。いけるよ! これならいける!」

「ふふっ。ふはは!」


 暗闇に、私達の笑い声だけがこだました。



 実行は、二日後。

 マクスウェル家すべての家族が集まる湖の別荘地でだ!




 闇の企みは、ひっそり水面下でマクスウェル家を侵食しようとしていた……




 おしまい

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