ジウの大賢老
レイトリフに手を貸すか否か。
その決定も重要ではあったがロブは大賢老がラグ・レたちに赤ん坊を攫わせた動機も気になっていた。
世の理を知り弱き人々を導く存在と言われている大賢老、その大賢老が何も知らぬ子供たちに命じて他国の長の実子を誘拐するなど考えれば非道の極みではないか。
頭の片隅では狂信的な指導者であるのかもしれないと危惧したが実際に会ってみたらどちらかと言えば世捨て人のような佇まいでロブはますますわけが分からなくなった。
大賢老の意図はいったい何なのであろうか。
流石に初見では言い出せるはずもなかったが会議の時にはその話へ議題を移すことが出来るだろう。
会議は自分は当然出席するものとして、あとは誰がいるのだろうか。
出来れば話し合いの場で孤立することは避けたかった。
もしも議題を上げても流されてしまったらニ度と立て直すことは出来ない。
特にジウは大賢老を慕って集まった者たちしかいないわけで、大賢老を糾弾していると誤解されかねない質問は忌避されるだろう。
協力者は作っておく必要があった。
大賢老は聞くべき当事者だし、イェメトはそもそも協力を仰いで大丈夫かという懸念があった。
ブランクとノーラは計画の実行者なわけだが果たして二人はどうか。
ブランクは十六で島嶼諸国ならもう大人とみなされても良い年齢であるし、ノーラも恐らくその位の年齢であろうから出席するだろう。
しかしノーラはどういうわけか最初から自分に良い感情を抱いていないようだし、ブランクの弁論は実に頼りなかった。
かくいうロブも寡黙な性格であるので話題の流れを引き寄せるということは出来そうもなかった。
そこでロブは思い出す。
オタルバは赤ん坊を攫う事を反対していたと聞いた。
大賢老の側近たる彼女なら何か知っているかもしれないし、何も聞かされていなくても会議で同調してくれる可能性は高い。
わざわざ夜を待つのはオタルバを出席させるためだろうから今一度オタルバに会いに行くのも手だった。
そういえば会議に参加する有力な戦士とは他にも誰かいるのだろうか。
もったいぶった言い回しをしたと言う事は他にも力のある者がいるということだろうが、先ほど挨拶をしに来てくれた住人たちはお世辞にも有力な戦士と呼べる者はいなかった。
「有力な戦士? ルーテルとエルバルドと、あとシュビナだな」
「誰だ」
ブランクの出した名前は先ほど名乗ってくれた住人たちの中にいなかったようなのでロブは素直に尋ねてみた。
「重要な話し合いの時にジウに呼ばれる三人だよ。たぶんルーテルは今日はオタルバの代わりに木の周辺の見回りをしているんじゃねえかな。ほら、ロブの審判がいつ終わるかなんて分からないわけだから事前にそういうことにしておいたんだと思う。ルーテルは牛のサハムだよ。エルバルドはとかげのカルナグーで変わり者だからどこにいるか分からない。シュビナは梟のカルナグーで昼間は寝てる」
「サハムってなんだ」
「草食動物の特徴を多く受け継いでいる亜人の事だよ。基本的に牛だったらサハムなのは当たり前だし俺は虎だからカルナグーなのは当たり前なんだけどさ、そう呼ぶって決まってるからそういうもんなんだ」
「そういうものなのか。ルーテルはイェメトの結界に触れても大丈夫なのか?」
「反魔法っていうのがあるんだよ。基本的には術者だけが知る魔法を打ち消す魔法なんだって。ルーテルはオタルバの元弟子だから特別にイェメトに反魔法をかけてもらえるんだ。でもそれはオタルバがどうしても門を離れられない時に限るらしいよ」
「なるほど……」
話だけ聞くとルーテルという者はオタルバの弟子なら味方になりそうな気がした。
時間があればそれにも当たってみても良いだろう。
「私たちも出席するのかな」
ノーラが嫌そうにぼやいた。
「当然だろ。出席しないとオタルバたちに多数決で丸めこまれちゃうぞ」
「どういうことだ?」
ブランクの台詞にロブはすかさず反応した。
「重要な決め事はジウの独断じゃなくていつもは有力な戦士が話し合って多数決を取るんだ。ジウは意思を言うだけらしい。ジウがこうしたいって言っても半分以上の戦士が拒否すればそれは出来ないことになってるんだ。で、今回は俺とノーラとロブが参加するだろ? そしたら戦士は八人になる。ジウが皇帝の赤ん坊の場所を予言した時に連れてくる派と連れてきちゃ駄目派に分かれてさ、イェメト以外は全員連れてきちゃ駄目派だったんだ」
「……待て、オタルバは少数派じゃなかったのか?」
「違うよ。イェメトが少数派。でもイェメトは今回はどうしてもジウの意志を通したいって俺たちにお願いしてきたんだ」
なんてことだ、とロブは顔を覆った。
もともと大賢老の判断には皆が反対していたというのだ。
つまり本来なら自分が根回しせずとも議題の中心はそれになる。
しかし自分の立場は明らかに「反対を押し切って連れてきちゃった派」で、糾弾されるほうではないか。
「今回は四対四だぜ。ジウも本当は連れてきてほしかったわけだし、勝てる!」
「どうかな。こっちは一度決定したことを反故にしちゃってるわけだから分が悪いよ。そもそも会議に呼ばれても同じ席につかせてもらえるかだって怪しいし」
ノーラが眉間に皺を寄せて腕組みをし、ただでさえ立派な上腕二頭筋と胸が更に強調された。
「なんだよ、俺らだけ地面に直に座るのかよ」
「そういうこと言ってるわけじゃないけど下手すりゃそうなるかもしれないね」
「おいお前ら、私を忘れてないか?」
怒気を含んだ声が聞こえて見降ろすとラグ・レが目を座らせていた。
「どうした、腹減ったのか」
「違う! そうだ! 違う! ……うう、そうだ!」
「はいはい、お腹すいたのはそうだけど言いたいことはそれじゃないのね」
「そうだ。多数決なら私もいるぞ。これで五対四だろう」
「得意気なところ悪いけど、あんたはまだ子供だし、あんたも怒られる側なんだから数には計上できないよ」
「子ども扱いするなノーラよ。優秀な戦士といえば私だろう」
「はいはい、芋でも食べる?」
「食べる」
「はぁ……。じゃ、そろそろ解散にしない? 私、ラグ・レに飯食べさせてくるから。ここで話し合ったり口裏合わせたりしても意味ないでしょ」
「そうだな。俺もオタルバに会いに行きたい」
「えっ? ジウの案内しなくていいのか?」
「明日頼む」
「ブランク、あんたはこっちに来な」
「ノーラよ。私も会議に参加するからな」
「はいはい」
ノーラが都合よく解散を提案してきたのでロブも賛成した。
少しでも自分が発言出来る環境を作っておかなければならない。
反対派の四人のうちオタルバと、少なくとももう一人とは話を通しておきたかった。
そう考えると時間はそれほどない。
ロブは三人と別れ再び大樹の外に出た。
湿地帯の小路の前にはすでにオタルバの姿はなかった。
きっと家に帰っているに違いない。
ロブは大樹の根本に建てられたオタルバの粗末な小屋を訪ねた。




