交錯の果てに 3
入道雲がどっかりと腰をおろす快晴だった。
寂れた漁村の入口では女が一人、遠くを見つめて座っていた。
炎天下に晒されてもなお物憂げに沈む瞳には山間に続く道が映っている。
流れる汗をぬぐう事もなく女はいつまでも見つめ続けていた。
その様子を三人の男たちは口角を歪めて眺めていた。
周囲には他に誰もいない。
女は先ほどまで知人の老人と共にいたが知人は女を家に帰す説得を諦めていなくなったばかりだ。
男たちはその瞬間を狙っていた。
遠くには馬車が見えるが接近するまではまだ時間がかなりある。
老人は町外れの壊れた家に向かい片づけを始めたばかりだ。
二日も経てばもうあの男も戻ってこないということが分かる。
つまりは女にちょっかいを仕掛ける絶好の機会なのだ。
男の一人が茶化しながら女の前に現れると女は露骨に嫌そうな顔をした。
しかしそんな顔をしているのも今のうちだった。
後ろから忍び寄った男が女を抱きすくめながら手で口を押え、残る男は暴れる足を抱えて持ち上げる。
後は草むらに連れ込んで女に奉仕させるだけである。
夫が死んだばかりの頃は金や食料をちらつかせれば受け入れたくせに最近は何が何でも抵抗することが多くなり、男たちは我慢の限界に達していた。
少しばかり遊んだところで村の者たちや男たちの妻は何も言わない。
数少ない稼ぎ手である彼らに文句を言える者などいやしないのだ。
女を草むらに引きずり込み、足を抱えていた男がむりやり女の脚を開かせると茶化し役の男は下卑た顔で自らの下半身の衣類の紐をほどいた。
しかし衣類を脱ぐ途中で男の横顔を衝撃が襲い、男は真横に吹き飛んでいった。
驚いた男たちが衝撃が来た方向を見たが何もいない。
否、男たちは見る場所を間違えていた。
頭上にいたそれは回転しつつもう一人の男の脳天に踵を落とした。
容赦のない一撃を喰らった男が弾みをつけて後ろにひっくり返る。
最後に残った男だけが自分たちに襲い掛かってきた者の正体を垣間見た。
その正体はどこにでもいそうな、眼鏡をかけた女だった。
男は混乱と怒りで威圧の言葉を叫ぼうとしたがそれは不発に終わった。
地面に着地するや女は屈伸のように伸びあがりつま先を男の顎に叩き込む。
脳震盪を起こした男は成すすべもなく膝から崩れ落ちる。
それは僅かな時間だった。
襲われていた女は目を丸くして女を見上げた。
眼鏡の女は服装の乱れを直すが息は乱れていなかった。
そして涼しげな顔で女に声をかけた。
「自分の身も守れないなら分相応の行動を取るべきです」
救った女の安否の確認などしない。
確認などしなくても自分が救ったのだから問題などないのだ。
「あなたは?」
「帝都諜報部ヘイデン独立大隊所属、エリス・ウリック特務曹長です」
「軍人さん……?」
「そう言っているつもりですが」
村から出た事のない女にとって、眼鏡の女が着ている正装が軍服であることなどは分からなかった。
ましてや肩に輝く大鷲の腕章が諜報部のものであるということも当然知らなかった。
責められているかのようなきつい口調に女が尻込みをしていると、エリスは時間がもったいないとでも言わんばかりに眉根に皺を寄せて女に詰め寄った。
「沈黙は無益です。貴女はこの町の住人ですね、名前は?」
「イ、イネス……」
「そうですか。ではイネス、私は一昨日にこの町で起きた事件の詳細の聞き取りおよび、事件の被疑者であるロブ・ハースト軍曹と接触した人物との面会をするためにこの町に来ました。心当たりはありませんか?」
イネスは早口でまくしたてるエリスに気圧されていたが聞き取った単語に反応すると逆に身を乗り出した。
思いもよらず詰め寄られる形になったエリスは内心でたじろいた。
「あなたは……ロブの知り合いなの!?」
接吻を交わしそうなほどの距離で見つめられエリスは引きつった笑みを見せる。
「なるほど? 幸先は悪くないですね」
興奮するイネスの肩を抱いて優しく引き離し、エリスは事件現場へ案内するよう申し付けた。




