45.特訓再開
「コーラルさん! お帰りなさい」
食堂へ急いだ時とは別の、通常通るべき道順で寮へと戻ると。待ち構えていたリコルさんとカティールさんから声を掛けられた。
ふんわりとしたカティールさんの微笑みを見て、先程食堂でカンドリック様から彼女の家が国を守護する役目であると聞かされたことを思い出し、少しだけ戸惑ってしまったけれど、私も久しぶりに会う彼女達に笑顔を返す。
「ごきげんよう、カティールさん、リコルさん。ただいま戻りました」
「ごきげんよう、コーラルさん。有意義なお休みを過ごせました?」
微笑みを浮かべたカティールさんにそう尋ねられ、彼女から課題を出されていたことをハッと思い出し。背中を冷や汗が流れ落ちた。
……彼女に渡されていた練習、一つも実行していないわ……。
令嬢然とした隙の無い微笑みに気圧されながら、挨拶を口にする。
「カ、カティールさん。あ、あの、実は……っ」
口ごもる私を、二人とも待ってくれる。
ちょっと哀れむような、縋るような目で私を見るリコルさんと、微笑みのままのカティールさんに、意を決して口を開く。
「ごめんなさい。実は、全然練習できませんでした」
「やっぱり! コーラルさんもなのね! わたしもなのっ! だって、夜明け前から日が暮れるまで実家の手伝いだから、訓練する暇なんてな――っ」
私の両手を掴んで、目を輝かせて言い募るリコルさんの頭上から鈍い音が聞こえ、崩れるように膝をついた。
「――痛い」
カティールさんの拳を受けた頭を抱え、項垂れるリコルさん。そして、拳を握りしめたままのカティールさんと目が合う。
「まだ覚悟が足りないようですわね、お二人とも。ここではなんですから、わたくしの部屋へ参りましょうね」
威圧感ある笑顔のカティールさんに問答無用で部屋に連れて行かれた。
「リコル、お茶をお願いね」
「承知しました」
部屋に入ると、カティールさんがリコルさんにそう頼み、リコルさんも当然のようにそれを受けて部屋に置かれている茶器でお茶をいれる。
まるで主従のようなその様子の二人に立ちすくんでいる私を振り返り、カティールさんが少しだけ憂いを帯びた笑みを浮かべる。
「どうぞお掛けになって」
ソファを進められ、姿勢を正してそこに座ると、彼女は正面の席に座り、その私達の前にリコルさんが音も立てずお茶を出してくれる。
二人分しかないお茶、そしてカティールさんの座るソファの後ろに控えるリコルさん。彼女達の関係を理解しないわけにはいかないその立ち位置に、寂しさを感じてしまう。
「彼女は侍女見習いなの。卒業すると私の片腕として家に来て貰う予定よ」
そう明かしてくれたカティールさんに首を傾げる。
「でも、彼女のご実家はパン屋さんでは?」
常ならば私のような下級貴族の娘がなるその位置に、平民であるリコルさんががつくことに驚くと、直ぐに種明かしをしてくれた。
「我が家で重要視するのは家格ではなく、個人の能力です。魔法を使えること、実直であること、柔軟性があること――ふふっ、数え上げればキリがありませんけれど、一番重要な事項は、お互いに信頼できる相手である事、かしらね?」
少し上を向いて斜め後ろに立つリコルさんと目を合わせ、微笑み合う。その様子には、確かにお互いを信頼している様子が見て取れる。
カンドリック様が言っていた、カティールさんの家の役割を思えば。うわべだけの関係では駄目なのだろう、片腕と言うのならば余計に。
「そうでしたのね。少し、驚きました」
二人の信頼関係をうらやましく思いながらも、彼女達の親しげな様子に納得した。
リコルさんの淹れてくれたお茶を飲んで一息ついたとき、カティールさんの微笑みに射貫かれた。
「さて、それでは本題に入りましょうか? リコルさんもそちらにお掛けになって」
「は……はぃぃ……」
さっきまで侍女然としていたリコルさんの表情が引きつり、すごすごといった風情で私の隣へと小さくなって座った。
カティールさんから“さん”付けで呼ばれた途端に怯えだしたリコルさんに、そういえば、この部屋に来た当初の目的を思い出す……与えられた訓練をしていなかった事を、怒られるのよね。
小さく咳払いをして表情を厳しくするカティールさんに、私とリコルさんは背筋を伸ばした。
「お二人が忙しいのはよくわかります。しかしながら、事態は日々変化していて、いくら研鑽を積もうとも足りることはないのです。ええ、いくら鍛えても、足りないんですよ?」
そう言ったカティールさんの目が光った気がした。




