嵐の前の静けさ
海人とのやり取りを見て、林太への恐怖心が、すっかりなくなってしまったのだろうか。最初に会ったときには、あの人は怖くてさすがに可愛いとは思えない、という反応だったくせして、今は平気で近くまで歩いて行っている。命令もされていないのに、勝手にだ。
「楓雅ちゃんも寝るんだ。寝顔ってレアそう」
どうやら楓雅の寝顔が目当てらしく、林太へと近付いていく和輝に林太は舌打ちをした。そして楓雅を守ろうとするように、ぎゅっと抱え直した。意地でも寝顔は見せないつもりらしい。
「すごい体位なのかと思ったけど、あれ、寝ているだけだったんだね。あっははー、僕ったらてっきり、ちょっと勘違いしちゃったよ。だけど子どもでもないのにその状態で眠れるなんて、相当の手慣れだね」
ふむふむと頷いている海人は、ある意味では、和輝よりも阿保だと言えるかもしれない。近付いてきた二人を見て、林太は片手で楓雅のことを支えると、空いた手でしっしと払う。
「酷いことをする人なのかと思ったけど、話とは全然違って、優しい人なんだね。楓雅ちゃんがそれだけ懐いているんだから、林太ちゃんも優しい人なんだ」
「林太ちゃんって、和輝君、正気? でもまあ、そういうところも、和輝君らしくって僕は好きだよ」
楓雅の頭を撫でながら、騒がしいやり取りを見ているだけだった林太が、遂に言葉を発した。お互いに立場など忘れてしまっているのだろうという、恐るべし緊張感のなさだ。
「優しいとか言うな。慣れてなくて、……照れる」
「んー、林太様ぁ」
照れる林太の珍しさの為か、シンプルに部屋の騒がしさの為か、人形のような状態だった楓雅が目を覚ましたようだ。そして林太の腕を抜け出して、和輝と海人の姿を見ると、相変わらずの無表情でぺこりと頭を下げた。
「失礼致しました。えっと、何かお話し中だったでしょうか」
自分が眠っている間に、重要な取引が行われていたのではないかと思ったのか、楓雅は和輝たちと林太の顔を交互に見る。実際は信じられないほどに阿保っぽい二人と、怒る気も腹を立てる気すら起きず、一緒になって友達のように接してしまっている林太がいただけなのだが。
その上、楓雅は嫌な気をさせたのではないかと心配そうに林太を見たが、当の林太は彼が眠っている間中頭を撫で続けたほどのデレっぷりだった。普通の人が見たなら、膝の上に愛犬を乗せているようにしか思えなかっただろう。
「楓雅ちゃんが可愛いなって話だよ」
最初に言ったのは和輝。それに続いて海人と林太。
「美人さんがいるなぁと思って、驚いちゃった。僕は和輝君だけなのに、完全に一目惚れして、心移りするところだったよ」
「可愛い楓雅はわしのものだと、見せつけてやったのさ」
微笑みながら楓雅を口説く面々と、嬉しそうにはにかんで林太の腕の中に戻る楓雅は、この城の中で奔走している深雪のことなど知らない。心配して待っている日良や咲希のことも、動き回っている多くの人たちのことも知らないのだろう。
少しずつ動いていた歯車が、崩れ落ちてしまうほどに、高速で動き出すことになる。誰もを、逃げられない運命の中に閉じ込めて――。




