第066話 究理塔(中)
※※※※あとがきでお知らせがあります※※※※
翌日、天文学部に顔を出してセリカさんと合流すると、おれはもう一度コンソールの前に立った。
「起動レバーを入れたあと、これは動かしてみましたか?」
おれは十字に動きそうなレバーを触った。レバーといっても、棒がついていたであろう部分は取り除かれ、そこにはねじが切られた穴が開いている。
「はい。棒を突っ込んで動かしてみました。なにも動作しませんでしたが」
「そうなんですか……」
おれは制御室を離れて、射出部に向かった。
射出部には、垂直に伸びた二つのレールに挟まれて、巨大な足台のようなものついている。そしてそれは、構造的に今立っている床と繋がってはおらず、分離して天井側の部分と繋がっているように見えた。
「ふーむ……」
「あの」
考えていると、セリカさんから声をかけられた。
「なんですか?」
「わたくし、ルシェさんに謝罪しなければならないことがあります」
「はい?」
なんだろう。謝られるようなことをされた覚えがない。
「例の地震のときのことです。究理塔を破損したと訴え出るようにオスカーに助言したのは、私です。そうすればあなたの……その、弱みにつけこめるのではないかと」
「ああ、そうだったんですか」
たしかに、あの学者馬鹿のオスカー氏はそういうことをしそうなタイプに見えなかった。
どうも事前の情報と不整合があるような感じがしたのだが、あれはセリカさんの陰謀だったのか。
「そんなこと、別にいいですよ」
一部分壊したのは紛れもない事実だし。
「そうですか。安心しました。気を悪くされているのではないかと」
「たった数日の努力で、禁書の件に賛成していただけるんです。気を悪くするどころか、どちらかといえばあなた方には感謝しているくらいですよ」
「とんでもない。ありがとうございます」
「ところで聞いていませんでしたが、あなたはオスカー氏の秘書を勤めていらっしゃるんですか?」
一体、どういう人なんだろう。秘書以上の仕事をしているように見えるが。
「私は副学部長です。彼がああなので、世話役のようなことをしていますが、秘書はちゃんと別にいます」
「なるほど。そうなんですか……ところで、究理塔の修理のための調査というのは、やっぱり施設を壊さないようにやっていたんですか?壁や床に穴を開けたりはしていないようですが」
「はい。なるべく壊さないようにしています。それには様々な議論があったのですが、元通りに直すことができないのに壊してしまうのは、いかがなものかという結論で……」
「なるほど……」
まあ、たしかにそれはその通りだ。おれにも直す技術なんてないし……。
「たとえば、ここなんて怪しい気がするんですがね」
どうも、発射する砲身の構造からして、この究理塔はおれが作ったレールガンの魔法剣と同じ構造を持っている感じがする。
二本のレールに繋がった天井部分には、でこぼこした白い箱があって、そのでこぼこ感がなんとも変換器が詰まってそうな見た目をしている。そこから拳くらいの太さのパイプが伸びており、壁の中に入っていっていた。
どういう仕組みなのかはっきりしないが、あれがメインの動力ラインになっているように見える。こういった機械の修理は、動力ラインを追っていくのが近道だ。
壁に手を当てると、超音波の反響を使って内部の構造を確かめた。壁は単なる一枚板で、奥には空洞が広がっていた。間になにか複雑な仕組みを含んだ層などはない。
聞いてもダメと言われるに決まっているので、おれは聖剣を抜刀するなり壁を斬りつけた。
「キャ――ッ」
突然の蛮行に、セリカさんが小さな悲鳴をあげた。おれは構わず、ドアのような形をした長方形に壁を斬り抜いた。
鞘に収めたあと蹴っ飛ばすと、壁は向こう側に傾いてドスンと倒れた。
「な、な、なにを――」
「まあまあ。ほら、やっぱり向こう側に部屋がありましたよ」
好奇心が高まるのを感じながら、部屋に足を踏み入れる。光球を浮かべて左右を見ると、すぐ右隣に立派な扉があった。思わず足を一歩後ろに後退させて、反対側の壁を見た。そこにはのっぺりとした、単なる壁があった。
偽装されているようだ。てっきり、どこか別の通路から入る部屋なのかと思っていた。
再び中に入って正規の扉のところに向かうが、ロックがかかっているらしく手では開かない。なにかしら、かっこいい動作でもして偽装ごとドアが開く仕組みになっているのかと思ったのだが……単に外から塗り込めてあるだけらしい。
部屋に備え付けてある照明をつけて、部屋を調べる。
壁際には天井まである大きな棚が据え付けてあり、そこは整理された様子もなく、雑然と様々な道具が置かれていた。
この施設を作った人々が、放棄するときに重要な道具を放り込んで、扉を塗り込めて偽装したのかもしれない。
その奥には、横並びに八個の白い筐体が並んでいてた。
天井から入ってきているパイプは、途中で切れて中にある八本のケーブルが別れ、各々の筐体に接続している。
間違いない。魔力の励起機だ。
部屋は全体的に、うっすらと埃が被っていた。おれは例の掃除機魔術を使って部屋の中に軽い竜巻のような旋風を巻き起こすと、集まった大量のホコリを部屋の隅にまとめた。
筐体の前を調べると、制御盤――というより、状態をモニターするための台のようなものがある。
すでに起動している……下手をすると千年以上、この部屋は放置されてきたはずなのだが、その間ずっと稼働していたのだろうか。神族の施設というのは本当に丈夫だ。よほどの冗長性があるのだろう。
表示を見ると、数字の表示版のようなものがあり、赤いランプのようなものがいくつも灯っている。
そこには塔の形を模した図があって、地下に至るルートが図示されていた。パワーラインを整備点検するための表示版なのだろう。故障した時は、どこでラインが寸断されているか一目で解るようになっている。
なんとなく、こういう設備だと正常をグリーンで表すような気がするのだが、文化が違うのか、あるいは故障しているのか、表示版には青色のラインが走っていた。それは終端部で寸断されていて、それより上は何も通っていない。
寸断されているのは故障箇所だろうか? あるいは、これから手続きをして封印を解いてもらうメインスイッチの部分かもしれない。現時点ではなんとも言えない。
各部の名称らしきものが添字のように書かれているが、まったく読めなかった。使っている文字は現代と一緒のようだが、言語は別物のようだ。
「……仮想――樹、地下――」
「分かるのですか?」
背後から声がかかった。
「いいえ。現代と形の似た単語から、意味を類推してみただけです」
やはり地下になにかあるな。
床をつぶさに観察しながら少し歩くと、点検用と思わしき床下扉があった。
ぱかんと開くと、かなりの急角度で斜めになった空洞が広がっていて、励起機から伸びた太いケーブルが天井を這っていた。床側には一本の長い固定ハシゴがついていて、その左側に丈夫そうな鉄のワイヤーが張ってある。おそらく、それに繋ぐと落下時にロックがかかる命綱的な保安用具があるのだろう。
しかし、この穴は相当深そうだ。
おれはハシゴに足をかけて床下扉をくぐった。
「セリカさんは、ここでオスカーさんを待っていてください。ハシゴは老朽化しているかもしれないので、使わないほうがよいかと」
「えっ、ちょっと」
ハシゴは、両脇に長いパイプがあって間に橋のように足をかける棒が渡してあるタイプだった。
「それじゃ、いってきまーす」
ワイヤーが張ってあるのとは反対側の、なにも遮るものがないツルツルの部分にお尻をつけ、滑り台のように落下する。埃が積もっているのか、足とお尻からは砂を掻いているような感触が伝わってきた。
予想通り、斜めの空洞はすぐに垂直に変化した。足で壁を踏み、膝で斜め方向のベクトルを殺して、垂直落下に移った。
おそらくここは、施設の中心部、塔の砲身の直下だろう。
自由落下に移ってから百メートル以上落ちると、ようやく床が見えてきた。
落下速度を調節して、すとんとつま先でショックを吸収しながら着地する。
穴の底には、二畳ほどの空間があった。ケーブルはそのまま、床を貫通して下に通っている。壁には、無機質な扉が一つある。
その扉を開くと、無骨な作業用の階段に続いていた。十段ごとに折り返す階段をトントンと降りてゆくと、まばゆい金色の塊が目に飛び込んできた。
なんだこれ。
発光している……金色? の二つの円柱が、平らな面を合わせてお互い逆方向に、ゆっくりと微妙に軸をずらした円運動をしている。
まるで間に挟まったなにかを擦り潰すような運動だが、二つの円柱は実際には擦れあってはいないようで、摩擦運動によって削れた屑が下に落ちているということもなかった。
これがこの施設の動力源なのか?
一体……なに?
まるで見当がつかなかった。金でできているようにも見えるが、自ら発光しているし、やや色みが薄いような気もする……。
しばらく呆然としたあと、視界を一度切ってから魔力の目で見てみると、この装置が膨大な魔力を蓄積していることがわかった。
謎の物質の周りを何周も歩いて、辺りを調べた。いくつかの推論が頭に並び、観察によって取捨選択されてゆく。新たな推論が次々と生まれては消え、最終的に一つの結論にたどり着いた。
これは……星鱗の塊らしい。
原理的には、現在魔術灯火に使われているような、ちっちゃい魔力の貯留回路と似たようなものだ。
それを何千万倍にスケールアップしてやっている。比較すれば、ちょろちょろと岩から滲み出る湧き水と、ナイアガラの大瀑布ほども出力の違いがあるだろう。だが、こんな塊でも目に見えないような線一本でも、役割は変わらない。これは稼働中の魔導回路なのだ。だから光を発している。
だけど……星鱗は星竜の垢というか、代謝によって自然に剥がれ落ちた鱗だ。少なければ一年に二十枚程度、多くても五十枚程度しか取れないと聞いている。
星竜も若い頃は代謝が良かったりするのかもしれないが、それだって採れる量は二倍とか三倍とかがせいぜいで、まさか一万倍になったりはしないだろう。
多少混ぜものをして機能性を高めているにしても……こんな巨大な塊にするなんて、あまりにも非現実的な話だ。
人工の星鱗……?
そんなものがあるならば、目がくらみそうなほど素晴らしい技術だ。利用法はいくらでも思いつく。この時代に蘇ったなら、世界全体が劇的に進歩するだろう。
ありとあらゆる付呪具が今の百分の一とか千分の一の値段で売買されるようになるだろうし、コストの関係で非現実的だった付呪具も作れるようになる。人々の暮らしは一変するはずだ。
だけど、その現物が目の前にあっても、まったく、その製造法のとっかかりすら思いつかなかった。
あれを人工的に作る……? どうやって……。
だが、目の前にある以上は可能であると考えるしかない。
神族にはそんな技術があったのか……。
◇ ◇ ◇
地下の施設を一通り調べ終わり、神族の技術に思いを馳せながら百メートルほどハシゴを登ってゆくと、上のほうにお尻が見えた。
たぶん男のお尻だ。
「誰ですか!?」
大声で叫ぶと、
「ルシェくんか! オスカーだ!」
は?
と、とりあえず会話をするのに叫ばずに済む距離まで登っていこう。
「オスカーさん、命綱つけてるんですか?」
「いいや、つけていない」
「なにやってんですか。ハシゴから落ちたら普通に死にますよ、この穴」
この縦穴には不親切なことに休憩所みたいなところはなにもない。足を滑らせたら底まで落ちていって終わりだ。
通常使う風魔術は、こういう狭い筒のような閉所で使うにはよほどの応用力が必要だから、エレミアくらいの腕がなければ自然落下の速度は殺せないだろう。
「……そうなのか。そうかもしれんな」
オスカー自身ちょっと怖くなってきたところだったのかもしれない。声が不安げだった。
「上の荷物を整理すれば、たぶん体重を預けられる保安具が出てきますから。あとで再挑戦してください」
「そうだな。まずはきみの報告を聞くとするか」
オスカーはハシゴを登り始めた。
たぶん、円心部まで到達するための傾斜部が存在するせいで、見えている部分の終点が底なのだと早合点したのだろう。そこから休憩所もなしに、垂直に底の見えない穴が続いているとは思わなかったに違いない。
それにしても……おっそいな。
「大丈夫ですか?」
「ハァハァ……大丈夫だ」
登りに移ったからか息があがっている。
大丈夫かほんとに。
そろそろ傾斜部に入るころだろう。あと二十メートルくらいはあるか。
「はぁ、はぁ、はぁ……死ねん、もう一度星を見るまではっ!」
なんか不穏なことをのたまい始めた。
カンカンッとリズミカルに、勢いを取り戻して登ってゆく。
もー、このおっさんはー。
「そんな急がなくてもいいですよ」
「はぁっはあっ、そうだな、そうするか」
と、よくわからないことをのたまいながら、精彩を欠いた動きでハシゴを登ろうとしたとき、体重を預けていた手のグリップがはずれた。
「うおっ」
妙な声をあげながら、どういった具合か胴体がハシゴから離れていき、海老反りになりながら落ちてきた。
巻き込まれちゃかなわんので、右手でしっかりと体をハシゴに寄せながら、左手を思い切り後ろにやった。オスカーの体がおれの背中に激突すると、左手で服を掴んで、あらかじめ編んでおいた魔術を動かした。
左手にガッと体重が乗り、横棒を握っている右手に負荷がかかる。腱を痛めるので無理をせず手を放し、カンカンカンッ、と五段ほど滑った。
そこで落下は止まった。
「気をつけてくださいよ。慣性質量までは消せないんですから」
オスカーは身を包む異様な感覚に対応できず、恐る恐る手足を動かしている。
「ほら、ハシゴを掴んで、ちゃんと足をかけてください」
「う、うむ……」
下の方でハシゴを掴んだのが見えた。
少し待って魔術を止めた。ちょうどよく、上下の位置関係が逆転した。
「どういう魔術かわからんが、命を助けられたな」
「別に気にしないでいいですよ。オスカーさんは無理せずここで待っていてください。命綱を取ってきますから」
◇ ◇ ◇
命綱を引っ張り上げ、縁から這い上がった息も絶え絶えのオスカーを横目に地下扉をバタンと閉じると、やっと一息ついた気がした。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
「だから行くなって言ったでしょう! いい歳したおじいちゃんが、こんな長いハシゴなんて!! 馬鹿なんですか、あなたは!!」
セリカさんが怒鳴っている。
「はぁ、はぁ、私はまだ老人ではない。中年のつもりだ」
「なにいってんですか! 立派な老人ですよあなたは! 自覚してください!!」
オスカーは六十代前半に見えるので、おじいちゃんかどうかは微妙なところだ。肉体的には壮健で病気を患っているふうでもないので、本人からしてみれば老人呼ばわりは不服だろう。
「まあまあ、セリカさん。無茶をして死にかけるなんて、男の人生じゃよくあることじゃないですか」
「そうそう、そうだぞ、セリカくん」
オスカーは味方を得てノッてきた。
なんか、このおじさんとは少し気が合う感じがするな。
「ふざけないでください! 少し待てば安全に降りられるのに、命を危険に晒すなんて馬鹿のすることです! 自覚してください!」
まあ、それはそう。
「まあまあまあ、そんなに怒らないでやってくださいよ。それより監察官の方はまだ来てないんですか?」
「監察官!? なんのことですか」
語気が強い。まだ心が怒っておられるようだ。
「制御室の起動レバーをどうにかしてくれる人ですよ。なんて呼ぶんですか」
「備品管理官ですか」セリカさんは時計を取り出すと、ちらっと見た。「もうすぐ来るでしょう」
「そうですか。どんな方なんですか?」
「知りませんよ。会ったことありませんから」
「そうなんですか。どんな立場の人が来るんです?」
「特級備品管理官といって、法務資格と上級備品管理官の資格を両方持っていないと――って、はぐらかそうとしていますか?」
ばれたか。
「いいえ、とんでもない。セリカさんのお怒りはもっともです。ですがおれも仕事熱心なもので」
「ルシェさんもルシェさんです。少し待てば安全具を探せることは分かっていたんですよね? 若くて体力に自信があるのか知りませんが、誰も入ったことのない穴に無策で入るというのは決して無視できない危険があるんで――」
やばい、話がこっちに向いてきた。
「はいはいはい。分かりましたから」
「分かってないじゃないですか」
また怒りのボルテージが上昇してきたのを感じる。
「ちょっと!」
おれが壁に空けた四角い穴の向こうから大声が聞こえた。
「誰がこんなことを――えっ」
これまたいきり立った様子で現れたのは、見知った顔だった。
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