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竜亡き星のルシェ・ネル  作者: 不手折家
第三章 枢機の都、ヴァラデウム
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第061話 ベレッタの寝室


 靴を履いて外に出ると、右を見ても左を見てもベレッタの姿はなかった。

 五秒しか時間が経っていないのだから、普通であれば外廊下にいるはずだ。飛び降りたのか、飛び上がったのか――。

 飛び上がったことに賭け、廊下を蹴って隣の建物の屋上に上がると、すごく遠くにベレッタらしき人影があった。


 屋根をポンポンと飛び跳ねて移動している。たった五秒程度といっても相当な距離を移動してしまっていて、月が出ていなければ危うく見失うところだった。

 おれは迷彩で姿を隠しつつ、同じように屋上を伝ってこっそりと追いかけた。


 ずいぶん遠くまでいくな。

 と思いながら、十分ほども移動すると、究理塔から遠く離れた、都市を囲む壁の見えるあたりで、ようやくベレッタの姿が屋根から消えた。

 このあたりには来たことがない。集合住宅ではない、一戸建てが並ぶ住宅地になっているからだ。

 ベレッタが入っていったと思しき家も、やはり一戸建てだった。


 一戸建てを借りているのか?

 前は、一緒に住もうとか冗談交じりに言っていた気がしたが……。

 あんなに荷物が少ないのに一戸建て? それとも、新しくできた恋人の家かなにかだろうか? それだったら、おれと毎日のように会おうとは思わないはずだけど。


 おれは音を立てないようにベレッタの借家の屋根に立つと、そこに座った。

 なにやら様子がおかしいので追跡をはじめてみたものの、一体どうしたものか。


 この家を尋ねて、出てきたベレッタに「なんで一戸建てなんて借りてるの? 相談なら乗るよ?」なんて聞いてみるのも一つの手だが、なんだか気が進まなかった。

 別れたあと後を追って自宅を突き止め、訪問して相談に乗るとか言い出す。まるで気性のねじくれたストーカーみたいだ。


 今日のところは帰るか……とも思ったが、今日は気持ちのいい夜だった。風も吹いていないし、軽装なのに寒くはない。

 別に家に戻っても作業の続きをするだけだし、それはここでもできる。三角屋根の突端でお尻が痛くなるまではここでやっていくか。一軒家ということは、誰か同居人がやってきたり、話をはじめたりするかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 しかし、二時間ほど経っても、家の中からは話し声もしなければなんの音もしなかった。

 お尻も痛くなってきたので、そろそろ帰るか――と、屋根から腰を上げて庭に降りた。

 すると、


 うあああ――。


 と、わずかに唸り声なものが聞こえた。

 ベレッタの家の中だ。


 ずっと屋上にいたので、自分以外の侵入者――泥棒かなにかが入ったのなら、すぐに気づいたはずだ。

 一体、なにが起こっているんだろう。


 おれは適当な部屋の窓の鍵を外して家の中に入ると、こそこそと廊下を歩いた。

 一階の室内に入ってみると、声は今までよりずっと明瞭に聞こえた。


 あああああ、という、絶叫のような声が、合間を挟んで断続的に響いてくる。


 なので、家を物色する必要はなかった。声を辿ってみると、一つのドアがあって、それを開けると部屋ではなく、下り階段が姿を表した。

 一階から下る階段。つまり、地下室に通じる階段だった。


 次第に強くなる絶叫に恐れを抱きながら階段を下り切り、またドアを開けると、ベレッタはベッドに頭を埋めてうめき声をあげていた。

 こんなところで眠っているのか。窓の一つもない、半地下ではない完全な地下室だ。

 音を消しながら近づくと、


「ちがうちがうちがうちがう、殺さない殺さない殺さない………」


 と、自分に暗示をかけるように繰り返し言っているのが聞こえた。


「ベレッタ?」


 消音魔術を解いて声をかけると、ベレッタはちょっとぎょっとするような形相でこちらを見た。

 そして、大声で叫び声をあげながら、衝動に駆られたように飛びかかってきた。


 ちょうど、人肉を食べる飢えた鬼が襲ってきたらこんな感じかな、という勢いだった。

 押し倒されて、首に手をかけられる。おれはその両手を掴み、喉に体重が乗る前に止めた。


「どうしたの?」


 じゃれているようには見えない。そもそも、正気のようには見えないんだけど。

 ただ、ベレッタの場合はむしろ正気のほうが厄介なので、好都合だった。こんな風に衝動的に来られても、女の子のフィジカルを制するのは簡単だ。


 おれは掴んでいるベレッタの腕を思い切り横に引っ張り、同時に勢いよくブリッジをしてベレッタの体を跳ね上げた。

 くるりと攻守が逆転して、ベレッタの体が下に来る。いつかと同じ、制圧した格好になった。


「……葛藤ってこれのこと? なにやってんの? そのうち正気に戻るわけ?」

 どうもベレッタの話しぶりから推測すると、吸血鬼かなにかに襲われてこうなり、一生もとには戻れない変化をしてしまった、という性質のものではないとは思う。

 察するに、夜にこうなるから近所から苦情が来て引っ越したんだろう。だから地下室のある一軒家を借りたのだ。

「――へ? 本物のルシェ?」

「うん。ごめんね、忍び込んで」


 正気に戻ったみたいなので、おれはベレッタから体を離し、拘束を解いた。


「え、まじ? 幻覚じゃなくて本物なの?」

「本物だよ。勝手に入ってきてごめん」

「やだっ!」


 ベレッタは自分の顔を手で覆った。


「見ないでよっ!」


 ベレッタは座り込んだ状態からバタバタとベッドのほうに飛び込むと、布団をかぶってミノムシみたいになった。

 暴れ狂ってボサボサになった髪を見られたくないのだろうか。


「なんで急に入ってくるの!? 信じらんないっ!!」

「ご、ごめん」

「いくらなんでも、デリカシーなさすぎだよっ!!」

「だいじょぶだって、いつも通り美人さんだから」


 飛びかかってきたときの形相はどうかと思ったけど。


「そ、そう……で、でも駄目だよ。勝手に入ってきたら」

「それはごめんって。でも、一体なにがあったの? さっきみたいのを毎日やってるわけ?」

「…………」


 ベレッタは黙ってしまった。


「べつに、怒ったり嫌いになったりしないから、大丈夫だよ」

「……今まではどうにかなってたんだよ?」


 まあ、最近引っ越したんだから、問題が起こったのは最近だろう。


「あのね、二週間くらい前から、ときどき夢にルシェが出てくるようになって……夢の中でルシェを殺して、物凄い幸福感に包まれるの」


 そういうこともあるのか。

 さすがにあんまり詳しくないが、フロイトの心理学では日常生活で抑圧された欲求が夢に出てくるのだというし、ベレッタが理性で抑えつけている願望が夢という形で噴出しているのかもしれない。


「それで飛び起きて、夢だったことに気づいて……普通の悪夢だったら、そこでホッとするでしょ? 違うの。殺しにいかなきゃって思っちゃうの。実際に行動に移そうとして、戦闘服に手をかけたことまであるんだよ」

「そうなんだ」


 死体をあげる約束をしたことで、そういう欲求はなくなったのかと思っていた。だが、やはりというか、そう単純なものではなかったらしい。


「でも、殺したいわけじゃないの。信じて」

「いや、信じてるよ」


 そっちの本能が完全に優越してしまっているのなら、今頃はもう本格的な戦闘になってしまっているだろう。


「ありがと……あのね、いつもじゃなくて、寝起きの夢うつつの状態っていうか……ボーっとした時間にそうなるみたいなの。だからね、いつもは大丈夫だから」

 気丈に振る舞っていても、やはり不安なのだろう。声色からそれが滲んでいた。

「うん……でも、毎日そんなふうじゃ辛いね。なにか考えないと」


 どう考えても、あっさりと理性のほうに復帰できているとは思えない。毎回、さっき見たような葛藤があって、なんやかんやで理性が優越する状態に戻るのだろう。

 最初おれを見たときは、幻覚だと思っていたみたいだし……。


「解決策についてヘルミーネさんと話し合ってる最中なの。要は、夢を見なければいいんだよ」

 要は、じゃなくて、それは姑息的な解決にしかなっていないような気がするが。

「本当に、霊能がないことが悔やまれるな。なんとかしてあげられたかもしれないのに」


 原因を調べてどうにかしようにも、霊能がないことにはなにも始まらない。

 過去には別の方法で霊能を手に入れる方法も考えたのだが、そこには高くそびえ立った壁があるようで、とっかかりさえ掴めなかった。どう考えても、概念炉と同じレベルの霊体改造を施さないと扱えない、超特殊であるはずの技能なのだ。霊能保持者の霊体を探ることができれば模倣できる可能性もあるのだが、そもそも霊能がないことにはそれもできない。


「なんでもかんでも、ルシェにやってもらうわけにはいかないよ。そっちは自分でやるから」

「なにか、おれにできることある?」

「あるよ」


 あるのか。


「なに? なんでも言ってよ」

「私に優しくしないで。嫌われるようなことをいっぱいして」


 あっ、そっちか。

 たしかに、それは根本的な改善策だ。


「でも、それだと悲しくなっちゃうから、嫌わないけど好きにはならない程度にちょうどよく冷たくして」


 ……えぇ。

 むつかしい注文をいいだした。


「たとえばどんな感じにすればいいの?」

「私、来週誕生日なの」

「あ、そうなんだ。おめでと」

 覚えとこう。

「でも、なにもお祝いしないで、知ってるのに知らないフリして。私がちょっと悲しそうな顔をしても無視して」


 ええ……。


「わ、わかった」

 地味に胸が痛むな……。

「じゃ、帰って。二度とこんなことしないでね。いくらなんでも、デリカシーなさすぎだから」

「嫌いになって丁度よかったじゃん」


 おれがそう言うと、布団を被った向こうの顔がかなりムッとしたのが見えた。

 失言だったようだ。


「ごめん」

「帰って」

 マジのトーンだ。

「うん。帰るね」


 おれは寝室のドアを開けて、一目散に家を出ていった。

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[良い点] 私史上かつて見たことの無い関係に大興奮であります。 とんでもなくニヤニヤがとまりまへん。 いずれ破綻して破滅しそうな感じがたまりまへん。
[一言] 殺されないなら私は一向に構わん
[一言] もういっそ「遺伝子レベルでメンヘラな彼女と恋する100の方法」とかで別口で連載してもいいんじゃないかなって
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