第044話 検閲
鐘が鳴ったあと、おれは窓のない小部屋に通された。
部屋には魔術灯火がかかっていて、あとは斜めになった書見台が置かれた机と、一脚の椅子がある。
ダラダラしながら読みたい人向けか、部屋の端には三人掛けくらいのソファも置いてあった。これなら寝そべりながら読めるだろう。
「初回のご利用ですので、注意事項の説明をしますね」
「はい」
「書籍をこの部屋から持ち出すことは禁止されています。用を足したいときは、書籍を持たず外に出て私を呼んでください。それと、ここで読んだ本の内容を他人に話すことも禁止されています。露見した場合は罰金を支払うことになるので、ご注意ください」
刑罰じゃなく、罰金なのか。まあ、話の流れでついつい言ってしまう場合なんかもあるだろうし、刑罰にしていたらきりがないのだろう。
なんか、千回やって露見するのは運の悪い一回だけで、それも罰金で済むみたいなザル法の感じがする。
「最も重大な違反は、複製をすることです。露見した場合は重罪になりますので、絶対にしないでください」
「要点をメモ書きするのもダメですか?」
「それは大丈夫です。退出する際に私にお渡しください。こちらでチェックした後、返却させていただきます」
まあ、メモもできなかったら不便すぎるもんな。
そのへんは、利用者側の利便性と制度との間の折衷案なのだろう。
「なるほど。了解しました」
「……では、ごゆっくり」
ぱたんとドアを閉じられる。
おれは椅子に座って、机の上に置いてある小冊子を書見台に載せた。
◇ ◇ ◇
前文から読んでいくと、どうも著者のゲレド氏には妻が自らの命と引き換えに生んだ息子がおり、その息子は筋肉系の疾患を患っていたらしい。歩きはじめてからすぐに異常な兆候があらわれ、将来的に全身の筋肉が衰え、寝たきりを経て死に至る病であることを知った。
どうも症状的に筋ジストロフィーに似ている。やはり治療法は存在せず、ゲレド氏は息子を助けるために研究を始めたようだ。
しかし結局研究は実らず、息子さんは亡くなってしまった。同時にゲレド氏の動機と熱意も消え失せたわけだが、しかし数年間全精力と熱意を投入した研究について総括を遺したいと思い、キャリアの最後にこの論文を著したようだ。
そのあと、検閲されたように黒く塗りつぶされた一行があった。この部分はなんなのだろう。
とりあえず先に読み進めると、
”私の目的が人命を救うことにあるのは明白なのに、現在の魔導院枢機会議は■■■■を出さなかった。
私の行いは、すべて善意に基いている。私はそのことを誠心誠意伝え、説得しもした。しかし、枢機会議は固陋であった。
息子の命を救おうとする親の気持ちの、どこに悪意が介在する余地があろう。善意に基づいた行為は、必ず良き結果に繋がる。しかし三度それを伝えても、枢機会議はなお頑なに請願を拒否した。
消えゆく命を目の前にして、■■を■■のまま■しておくことは、殺人に等しい。”
などと、現体制に対する悪口みたいなことが書いてある。
文脈からして、どうも他の有料論文に係わる内容だから黒く塗りつぶしたわけではなさそうだ。しかし、現体制への批判を封じ込めたいのであれば、全部塗りつぶすとか、ページを切り取ってしまっても構わなかったはずだ。部分部分のワードだけ消してあるのはなぜだろうか。
枢機会議というのは、たぶん偉い人達による都市国家の運営会議かなんかだろうけれども、彼らが拒否した請願とはなんだろう?
論文はその後、本文に繋がっている。政治系の論文でもないのに、こんな恨み言というか、体制批判で終わる前文は珍しいな。
まあ、気になるのは本文の方だし、とりあえず先を読み進めよう。
狙い通りというか、論文はセプリグス・サイゼンタの業績を踏襲したものだった。
最初から矢継ぎ早に文献の名前が列挙されている。この論文は、どうやらそれらを繋ぎ合わせたもののようだ。時折、間にセプリグス以外の人名が混じり、この人の発想を参考にしてこういうアプローチを考えてみた、といったことが書いてある。
この人自身の独創は少ない。読んだ感じ、そもそも自分の力で解決できるとは最初から考えていないように思える。
なんというか……理解力のある努力家という印象だ。
自らが天才ではないことを知っており、天才的な発想で解決することは最初から諦めている。それよりも、がむしゃらに先人の仕事を学び、繋ぎ合わせることで一筋の希望を見出したい……というような、縋り付くような思考が読み取れるような内容だった。
その節々で出てくるのが、黒塗りされた■■■■■■■■という単語だ。毎回塗り潰されているので正確なところは分からないのだが、文脈と消されている文字の長さからいって、どうも特定の一つの単語らしい。
それ以外のところでも、節々に塗りつぶしの痕跡があって、どうも主旨を飲み込みづらい。
そんなに隠したいのなら、この論文ごと闇に葬ってしまえばよかったのに、なぜそれをしなかったのだろうか……。
結論は読む前から分かっているのだが、最終的に、彼は解決策を見いだせなかった。一つだけ、独創で考え出した工夫を加え、あとは他人の論文を繋ぎ合わせて効果がありそうな手法を手当たり次第実践してみたが、結局のところまったく意味はなかった。
健康な死刑囚の体を手に入れ、体を交換したのだが、息子はやはり不死業を発症してしまった。その頃には息子の症状は呼吸に難がある状態まで進行しており、戻っても苦しみと死が待っているだけだったが、自身が希望して再び体の交換を行い、数日後に死亡した。
というか、どうも……ゲレド氏の熱意にはやや独りよがりな部分があったようで、そもそも息子本人は他人の体で生きること自体に強い抵抗感があったらしい。
これは期せずして一種の対照実験になっていたわけだが、死刑囚のほうも当然ながら不死業を発症した。交換していた期間はたった六時間程度だったが、やはり一度発症した不死業は元の体に戻ってもゆるやかに進行していき、十三日後に人格が消滅した。
記述をさらに読んでいくと、どうやら息子や死刑囚には霊体離脱できるほどの腕はなかったようだ。だが、驚くべきことに究理塔には無理やり人間を霊体離脱させることのできる装置があるらしく、ゲレド氏はそれを利用した。ここの部分は特に秘密ではないようで、黒塗りはされていなかった。
論文の最後を締めくくる結びの部分には、自らの失敗を認め不才を嘆くと共に、やはり怨嗟の声が並んでいた。
枢機会議が■■■■さえ出してくれれば、それが快刀乱麻の解決策になったとは限らないが、なった可能性もある。この一事のせいで、どうしようもなく悔いが残った。というような言葉で締めくくられていて、論文はヴァラデウムの秘密主義に対して大いなる不満を放って終わっていた。
◇ ◇ ◇
とりあえずは、文献のつながりを調べることはできた。重要度別に文献名をまとめ直してから、ドアを開けて部屋の外に出た。
「あら、もう読了ですか?」
受付のお姉さんが少し驚いたように言った。
「ええ、短い論文だったので。ところで、文中に黒く塗り潰されている部分があったのですが。これは一体どういうことなんでしょう?」
「え、黒く? いたずらでしょうか」
「よろしければ、見て確認してください」
「いいえ、私たちが書籍を閲覧することはできないんですよ」
あっ、そうか。
物理的にも、職域的にも、どちらにしろ読むことはできないんだ。
「すみません、失礼なことを」
あまりにデリカシーのないことを言ってしまった。
「いいんです。塗り潰されているのはページ丸々ですか? それとも、いたずら書きのような感じですか?」
「いえ、特定の語句に言及している部分だけ、丁寧に一つ一つ潰してある感じです。つまり、検閲のような形になっています」
「なるほど。少しの間、部屋に戻って待っていてください。上司に聞いてきますので」
「はい」
部屋に戻って、ソファでのんびり待つのもなんなので、再び椅子に座った。
なんだろう? 滅多にないレアケースに直面したという対応をされた。
受付のお姉さんは、どちらかといえば新人ではあるのだろうが、入って数日という感じではなかった。なら、閲覧の案内は何十回何百回とやっている日常業務のはずだ。
その中に同じようなケースがあったのなら「ああそれは、こうこうこういう事情があって、こうしているんですよ」とその場で説明したはずだ。しかし、今は上司に問い合わせている。
うーん……。
思案していると、ガチャっとドアが開いた。
「どうも、資料管理部の部長を努めておりますナラレッタと申します」
五十歳ほどの細身の女性が入ってきて、ぺこりとお辞儀をした。
目を開けているが、両目が白濁していた。白内障だろうか?
「ご足労いただいてすみません。それで、なぜ塗り潰されているのか、説明いただけるんでしょうか?」
「いいえ、それはいたしかねます」
教えてくんないのか。
「そもそも、ヴァラデウムは研究の自由と成果の公表を理念としています。そういった論述の抹消行為は厳しく規制されており、本来は許されないことです。つまり、塗りつぶされているのには、それ相応の理由があるということです。あなたはそれについて知るべきではないし、調べる必要もありません。なんの利益にも、研究成果にも繋がらないものですから」
「……そうなんですか。なるほどお」
んなこと言われてもな、って感じだけど。
まあ、この場で抗論をしても始まらない。この人の意見ではなく、制度に基づいた拒絶なのだから。いくら強く言ってもこの場で説明してくれることはありえないだろう。
とりあえず用は済んだし、この場は立ち去るとしよう。
「納得していただけましたか?」
「はい、もちろん」おれは、上司の後ろで萎縮している受付のお姉さんのほうを見た。「では、資料は読み終わりましたので、これで失礼します。室内で書き留めたメモ書きを確認していただけますか?」
「は、はい。承ります」
お姉さんはメモを受け取り、カウンターに戻っていった。
だから一人は字が読める職員が必要なんだろうな。
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