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心優しき狼よ、曠野を行け  作者: 柿ノ木コジロー
第二章 ― 2 ―
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28 群れを見る

 初めて群を見かけたのは、ホンゴウチを始末してしばらく経ってからの、ある月夜の晩のことだった。


 真夜中の国道は、県境の山間部を抜ける場所ということもあって車通りはほとんど途絶えていた。

 時おり、高速道を外して料金を節約しようとするのか長距離トラックが轟音をたてて通り過ぎるくらい、それも、たいして多くはない。


 カケルは少し離れた場所に車を置いていた、そこからは『狼』として出向き、いつのように仕事を終えて家に帰ろうとしていた。


 車の近くまでは狼のまま、ひとりひたひたと小走りに帰路についていた。月の影が体の下に黒々と落ちていた。


 唐突に、風上からほんの一すじ、特徴のある匂いがうねりながら鼻に届いた。一瞬のことだったが、間違いようがない。狼としてはじゅうぶんな量だった。


 オスは足をとめ、鼻面を上げてもう一度その匂いを探した。


 イブの時からここまではっきりしたものは嗅いだ事がなかった、しかも、これは


 群れだ。


 オスは全速力で駆けだした。



 直前で、オスは立ち止り崖上からその様子を窺った。

 予想とは全く違う光景が、月明かりの中浮かび上がっている。

 オスは低く伏せて、匂いからその状況を読みとろうとした。しかし、さっぱり訳が分からない。

 採石場の跡地なのか、荒涼たる白い空き地にばらばらと群れていたのは、人間どもだった。

 しかし、ぷんぷんと匂うのは狼だ。

 一人が何ごとか叫び、他の者が併せて雄たけびを上げる。シュプレヒコールが延々と、月明かりの中で繰り広げられている。

 オスは把握を諦め、後をカケルに任せることにした。


 急に人間に戻った時に、まずカケルはくしゃみの発作を必死に押さえる。

 既に十月も下旬、素肌に夜風はあまりにも冷たく滲みた。

 鼻をつまんだまま、彼は崖っぷちぎりぎりまで寄って、下の様子を窺い見た。


「なんなんだ……アレ」

 

 我々は断固拒否する

 ワレワレワァ、ダンコォ、キョヒスルゥゥ


 理性の名を被せた殺人を許すな

 リセイノォ、ナヲォ、カブセタァ、サツジンヲォ、ユルスナァァ


 倫理委員会の弾圧に屈するな

 リンリィ、イインカイノォ、ダンアツニィ、クッスルナァァァ


 本能に回帰せよ、誇り高く生きよ、狼として

 ホンノオニィ、カイキセヨ……


 それはさながら、遠吠えだった。

 カケルの耳にはあまり意味をなさない遠吠え。しかし、その叫びじたいはきりきりと胸を刺す。


 群れは全部で十人ほど。どれもこれも、裸だった、カケルと同じく。

 たぶんこの場所まで狼として駆けてきたのだろう。

「すげえ……」素直に感心する。


 それにしても、分からない単語が多すぎる。リンリイインカイ、とは何の話だろう。

 理性の名を被せた殺人、それはうっすらと意味が取れたような気がした。

 今、帰ってきたばかりの自分がやってきたことを指すのだろうか。


 一瞬、裸の群れに飛び込んで行きたい衝動に駆られたものの、カケルはじっとその場を動かず、やがて彼らがそのままなだれ込むように絡み合う様をただ呆然と眺めていた。


 乱交というには、もう少し決まりごとに忠実な睦みあい。同性どうしはお互いに背後にまわり局所の匂いを嗅ぎ合い、または激しく両腕で殴り合い、噛みあいになっている。

 異性どうしも基本的に変わらないが、匂いで同意した者たちはさっそく、その場で交合を行っていた。

 低い唸りすら耳に響いてくる。

 感覚としてはよく分ったものの、カケルはそっと、密やかな喧騒から離れて行った。

 月は真上に来ていた。足もとの影は更に黒々と、夜の闇を凝縮させていた。

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