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黒目の言葉

 時の流れが歪んだようにすら感じられるいびつな空間、罪悪感の欠片すら持ち合わせていないであろう、黒目()と絶望しか見えていない看護士()、日常、常識、安息、希望、幸運、男の脳内は最悪を回避する為に思考を巡らせていた。


 そんな姿を目の当たりにした黒目 恵は、ゆっくりと数字を数え始める。


「10……9……8……7……6……」


 数字が小さくなるに連れて、男の方へ歩み始める、男は恐怖で嘔吐するが、カウントダウンは、更に続き、一歩、また、一歩と距離が縮まっていく。


 そして、カウントが「0」になり、黒目 が看護士の前で歩みを止め、ニンマリと笑みを浮かべた。


「時間切れ……答え……どっちかしら……?」


 看護士は、その瞬間、思考を停止した。


 考えるまでもなく、黒目にぐしゃぐしゃにされた、それは同僚であり、数分前までともに行動していた友人でもあったのだから。


「答え……決まってるじゃないかッ! 人間だよ!」


 看護士は、精一杯に声を張り上げる。


 そんな姿を見て、黒目は無邪気に笑い出す。


「あはは、当たり前の答えに随分悩んだんだね……でも、ハズレ……だって、これ、もう死んでるんだから……正解は“肉の塊”でした」


 そう口にした瞬間、黒目は看護士の頭部を勢いよく強打する。二分と言う短い時間で看護士の頭部が潰れ、警棒がめり込んだ状態になると、まるで、玩具に飽きた子供のような態度で黒目は病室を後にした。


 廊下を真っ直ぐに歩いていく黒目、その行動に気づいた、残り二名の看護士が慌てて駆け出す。


 足音が互いの耳に響く距離になった際、看護士達は、異常に気づく。


 直ぐに来た道を戻り、慌てて、鉄格子の扉を閉める。


「はぁはぁ、あの臭いは、不味いぞ……直ぐに所長に連絡をするんだ。あと、警察と救急車も、もしかしたら、まだ間に合うかも知れない」


 二人の看護士が互いにうなずく。


 片方は鉄格子の前で、待機する事になり、詳しい状況を無線でもう片方に伝える。


 もう片方は、外部に連絡を取る為、安全なモニター室に向かっていく。


 モニター室には、全ての扉を開ける為の解除システムのメインサーバーがあり、モニター室を占拠されれば、全ての患者達が自由になる事を意味していた。


 しかし、二人の看護士達は、冷静な思考は巡っていなかった。


 今回は、単なる無謀な脱獄計画とは違っていたのだ。


 何度も、無謀な脱獄計画は患者達により企てられ、防がれてきた。


 看護士達は、何処かで安心していたのだろう、直ぐになんとかなると、しかし、そうはならなかった。


 黒目の手に握られた鍵の束、それは、各部屋の病室の鍵であり、黒目は悩む事なく、各部屋の扉を開き、患者達を自由にしていく。


 犯罪者も多く収容された精神病院内に、野獣の群れのような奇声が響き渡り、看護士達は理解した。


 最悪の事態が起きていると、内部からの緊急連絡を受け、直ぐに特殊部隊と警官隊が動き出す。


 精神病院に辿り着いた、警官隊は唖然とした。病院の屋上からは炎をあがり、敷地外には、患者と思われる者達が警察の姿に興奮し、四方八方に駆け出していく。


 人里離れた場所に位置している精神病院であったが、逃げた患者達の中には危険な人物も多く、警官隊は更なる応援を要請する事となる。


 真夜中、決死の逃亡劇を見せた患者達も、増援の警察官達により拘束される事となる。


 前代未聞の集団脱走は失敗に終わり、警官隊は、首謀者である黒目 恵の元に向かう、モニター室の椅子に腰掛けた状態で警官隊と向き合う黒目。


「遅かったですね? 退屈だったから、また一人、犠牲者が出てしまいましたよ」


 黒目の足元には胸元の皮膚を剥がされ、心臓部分のみ、肉を引き裂かれ、骨ごと、心臓を潰された看護士の遺体が寝かされていた。


 警官隊が銃を構える。


「黒目……ッ! お前は生かしておくべきじゃなかった!」


 感情が高ぶるも、冷静を装う警官隊に黒目は笑いかける。


「引き金を引く、訓練をしながら、引けない……安全な立場を守る為に、命が消える瞬間まで、命令を待つ姿は本当に滑稽だわ……命令がなければ、動けないのだから」


 挑発するように警官隊に向けられる言葉。


 そして、黒目はゆっくりと立ち上がり、頭を下げると片手を胸の前に伸ばした。


 一瞬の隙を見計らい、黒目は胸元のポケットから、ガラスの破片を手に取り、自身の頸動脈に押し当てると、力いっぱいに引き裂いた。


「あはは、私は私、先生……私は先生のいない世界じゃ、やっぱり駄目……愛してる……先……せい……」


 一瞬だった、誰もが止められなかった、いや、止めると言う思考その物を塞がれてしまっていたのだ。


 黒目は、死に、その場に居た誰もが、なんとも言えぬ不快感を胸に刻む事となったのだ。


 “命令がなければ、動けない”


 警官隊の誰もが、黒目の言葉に絶望した。


 全てが明らかにならぬまま、黒目の死により、全てが幕を閉じたのであった。

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