愛と言う名の快感……
罪の意識から、逃れようとする斉藤は、酒と睡眠薬がなければ、寝れない程に神経を磨り減らしてしまっていた。
退職金と貯めた金で、不自由のない生活を過ごすも、只生きているだけの日々を過ごしていたのだ。
沖野(黒目) 恵は、斉藤の存在が、産婦人科を最後に消えた事を心配した。
誰にも悟られぬように、一人、向かったのは、斉藤が最後に勤務していた病院であり、産婦人科の受付で斉藤について、質問をする。
しかし、辞めた医師の事であれ、個人情報は簡単には聞き出す事は叶わなかった。
更に質問を続けた結果、警備員に肩を叩かれ、別室に誘導される。
「お嬢ちゃん? よく理由はわからないが、先ずは自己紹介だけ、してもらえるかな?」
名前を尋ねられ、仕方なく答える少女。
“黒目”と言う珍しい、苗字に警備員は思考を巡らせる。
「“くめ” 恵ちゃんか……連絡先だけ、この紙に書いて、貰えるかな? 確認しないとならないから」
少女は連絡先を渋渋、紙に記入する。
しかし、その行動が沖野(黒目) 恵の運命を大きく変える事となる。
両親にバレぬように自宅に戻った少女、しかし、居る筈のない、両親が自宅に待ち構えていたのだ。
顔を向き合わせた瞬間、“バチンッ!” “バチンッ!”と無情な音が鳴り響く。
幼い少女に対して、両頬を平手打ちする父親。
「この……恥さらしが、私の大切な時間を、こんな事の為に使わせよって! 聞いてるのか!」
其処からは、延々と怒りに任せた、しつけと言う名の、理不尽な暴力が続いていく。
少女は、既に父親である男性の暴力に慣れていた。それを目の当たりにしても、止めない母親の存在にも何も感じなくなっていた。
「はぁ、はぁ、いいか! 二度と私に恥をかかせるなッ! 口ごたえも、抵抗も、必要ない、いいなッ!」
余りに、理不尽な現実、しかし、幼い少女はそんな中で、希望を瞳に宿していた。
父親は少女のその目が気に入らなかった。
「今回の件に関わっている、医師がいたな……そいつの夢も希望も私の前では、無意味にして、無価値だと、お前に教えてやろう」
「な、何をする気なの……」
「簡単だ! 社会的に、全てを奪ってやる、流れの医師だと聞いて、安心して見れば、とんだ疫病神に好かれたもんだ!」
金による暴力、少女でも、理解できる程にシンプルにして、絶望的な社会のルールが其処には存在していた。
その瞬間、少女は理解した。社会的暴力には、身体的な武力以外に立ち向かう方法がないのだと。
それから直ぐ、少女は行動する。
父親である男性が唯一、運転手を伴わず、母親である女性と出掛ける自家用車のブレーキに小さなボールで細工を試みたのである。
普通の速度であれば、何ら問題なく、減速していただろう。
しかし、マニュアル車であった事実と、法廷速度を大幅にオーバーした車体は、無惨にも高速にて大破した。
警察は事故と断定し、スピードオーバーと、運転ミスによる物として、処理した。
ブレーキに挟まれたボールは、車の炎上と共に溶け、原型すらわからない状態であり警察は事件性は無いと判断したのだった。
沖野(黒目) 恵が初めて行った殺人であり、その際に涙は流さず、ただ、笑っていた。愛に似た感情、まるで自身が相手を包み込み、抱き締めたまま、跡形も無く磨り潰す快感に身を震わせたのだ。




