有り得ない現実
有り得ない現実が二人を襲う。
斉藤の表情が確認出来る距離まで歩みを進める男性。
「有り得ないって顔だな? だがな、お前を庇う、その女は……そんな有り得ない現実を作り出してきた悪魔みたいな奴なんだよ!」
殺気に満ちた男性の瞳、今にも、二回目の引き金を引くであろう覚悟を宿した、その瞳から涙が溢れる。
「浅野はいい奴だった……尾田はバカだったが、いつも、必死な奴だった、大野は未来有望で、真っ直ぐな奴だった……志乃さんは無理ばかりするし、皆に心配ばかり掛けるが、誰よりも暖かい人だ」
斉藤は男性が何の事を口にしているのか、理解できないでいた。そのまま、男性は喋り続ける。
「黒目、お前のことを調べるのに、時間を掛けすぎた……それが今回の犠牲者に繋がった原因だ。だが……此れで終わりだ! 少しは大切な者を失う気持ちを知るんだな?」
男性がそう呟いた瞬間、銃口が斉藤に向けられ、的を絞らぬままに、銃弾が発泡される。
「うわぁ……ぅぅッああ……」
男性の発泡した一発の弾丸、斉藤の脇腹を抉り取るように貫通する。服に流れ出す血液を見れば、誰の目にも、傷の重度が理解できる。
そのまま、倒れ込む斉藤。
「先……生……いやぁぁぁッ! 先生、先生、早く血を止めないと、先生」
慌てて両手で傷口を塞ごうとする沖野 恵。
「諦めろ、脇腹を撃たれたんだ、致命傷だ……そして、お前らの為の救急車は、此処には来ない……悪いが、黒目 恵と行動を共にしている奴を助ける義理は、ねぇんでな!」
必死に流れ出す血液を押さえるが、出血は止まる事は無い、斉藤の手は痙攣し、次第に顔が青ざめていく。
男性は銃口を更に、斉藤の額に向ける。
「本当に大切なんだな? すぐに見捨てて逃げると思ってたが……尚更、見逃せなくなっちまったよ……安心しな、男の方から先に送ってやる……あの世で待ってて貰えるようになッ!」
その時、突如、車が男性に向かって突っ込んでいく。
“バコンッ!”と言う衝撃音が駐車場内に響く。
「ウオッ!」
ライトは点灯しておらず、エンジン音が全くしない、普通乗用車が男性を真横から、跳ね飛ばす。
男性を跳ね飛ばした車がその場で停車する。中から顔を出したのは管理人であった。
「お嬢様、早く……既にマンションの住民には避難を呼び掛け、全ての部屋の避難が完了しています」
沖野 恵を“お嬢様”と呼ぶ、管理人の言葉に斉藤は理解が追い付かなくなっていた。
そんな、斉藤の思考を一瞬で研ぎ澄ますように鳴り響く数発の銃声……目の前で車のフロントガラスが砕け、その内の一発が管理人に命中する。
額から血を長し、絶命する管理人の姿が二人の目に入る。
「はぁ……はぁ……ッテェな、アバラがイカれちまったじゃねぇか、クソが……」
額から血を長し、拳銃を構えながら、そう呟く男性、絶体絶命の状況でありながら、沖野 恵は、斉藤を引っ張り、エレベーターを目指して動き出す。
しかし、無情にも向けられる銃口、男性は、悩む事なく引き金を引く。




