医者……南 勝矢
斉藤と共に姿を消した知人の医師、名は南 勝矢。
斉藤と志乃と共にチームを組み、斉藤と一年ほどの間に、オペを何度も行った存在であった。
市街地を走る車の中、二人の男は微かな照れ臭さを感じながらも、昔話に花を添える。
「志乃さんな、学の事を今も大切に思ってると思うんだよな」
「いきなり、どうしたんだ? 普段なら、そんな事、言わないのに?」
南は斉藤に、志乃 彩音から連絡があった事実を伝える。
「志乃さんから、連絡があった時は、本当に嬉しかったなぁ……久々に三人で……なんてさ、浮かれてたんだが」
南は嬉しそうに斉藤に話をする。その表情は、喜び、悲しみ、嬉しさ、儚さを全て混ぜ込んだような複雑な表情を浮かべていた。
「学、志乃さんの意識が戻るまでは、俺が確りと志乃さんを支えてやるから、目覚めたら、お前が支えてやれよ。いいな?」
「いきなり、何を! 取り敢えずは医師として、確りと志乃さんを頼む」
そんな、志乃本人の気持ちを考えない身勝手な男達の会話が終わる。
軽い食事を済ませ、笑い合う二人の男達、そんな楽しい時間が終わり、互いに普段の生活に戻る時間がやってくる。
車でマンションへと斉藤を送ると南はそれとなく呟く。
「なぁ、学……もう一度さ、一緒に働かないか? 今の俺なら、発言力もある……学に二度とあんな思いをさせるような患者をまわしたりもしない……だから!」
「無理だ。もう……無理なんだ……すまない、本当に心から感謝するよ、南……志乃さんを頼む……志乃さんが目覚めても、俺の事を言わないでくれ」
「それが答えか、相変わらず、クソ頑固な奴だな……はぁ、わかったよ。気が変わったら連絡してくれよな」
「嗚呼、今日は感謝してるよ。またな」
南は斉藤に軽く頭を下げると帰って行く。
斉藤はその日、睡眠薬も酒も飲むこと無く、眠りに着くのであった。
同時刻……荒れ狂う、沖野 恵の姿があった。志乃と斉藤の姿が頭から離れず、自分の大切な物をいきなり、取り上げられたような不快感を感じずにはいられなかったのだ。
「はぁはぁ……あの医者も、志乃も嫌いだ……先生は絶対に渡さない……渡さないんだから!」
歪んだ表情を浮かべた沖野 恵はそう叫ぶと、新たなターゲットを南 勝矢に決めたのであった。




