エレベーターの中で
尾田の返り血が付着した上着を脱ぎ、手に持った状態の沖野 恵はエレベーターのボタンを押す。
「はぁ、汗と返り血でべとべとだわ、シャワーを浴びないと……本当に男って、手がかかる生き物だわ」
その時、沖野 恵は気づいていなかった。エレベーターは上の階から下に向かって降りてきていたのだ。
本来なら止まらないように細工されている八階にエレベーターが到着する。
静かに扉が開かれると沖野 恵の時間は停止する。エレベーターの中にはスーツ姿の斉藤が乗っていた。
「あれ、恵さん?」とエレベーターの停止した階を確認する斉藤。
受け応えすら、出来ない程に思考が停止した状態の沖野 恵。
エレベーターの扉は延長ボタンにより、閉じる事はない。
「恵さん……乗って下さい。下に向かいますので」
「あ、はい……すみません」
二人を乗せたエレベーターはゆっくりと動き出す。
数十秒に満たないであろう、1フロアー下に向かうだけの時間すら、永遠に感じた事だろう。
数秒の沈黙、そんなエレベーターの中で斉藤が先に口を開く。
「恵さん、八階に何か用事だったんですか?」
「えぇ? まあ、先生はスーツでお出掛けですか……」
普段から、身形に気を使う斉藤が普段以上に堅苦しいスーツを身にまとっている事に質問を口にする沖野 恵。
「そうなんです。知り合いの勤める病院から、知らせがありまして、昔の同僚の見舞いに、厄介な事件のせいで寝たきりになるかも知れないと言われまして」
微かな胸騒ぎが沖野 恵を襲う。
「厄介な事件?」
「犯罪者の自分が変なはなしですよね……住宅爆発事件の被害者です……凄く優秀な医師だったんですが……本当に残念です」
斉藤は志乃 彩音が警視庁で勤務していた事実を知らずにいた。
斉藤と志乃の接触、それは斉藤の身に少なからず警察の目が向けられる事を意味していた。
「先生……その人って志乃 彩音さんって方ですか?」
驚く斉藤、それと同時にエレベーターが七階に到着する。
「なんで、恵さんが、志乃先生のことを……」
「仕事で御世話になっていたんです。私も様子を見に行こうと考えていたんですが、今日はやめておきますね。邪魔になりますでしょうし、本当に世間は狭いですね」
「そうでしたか、もし、宜しければ、一緒に行きませんか? 実は昔の勤め先に行くのは気乗りしなくて」
斉藤の言葉に軽く微笑むと沖野 恵はうなずく。
「服を着替えますので、下で待っていて下さい。直ぐに済ませますので」
エレベーターで一度、別れる二人。
部屋で返り血が付着した上着を洗濯カゴに入れると服を着替える沖野 恵。
「最悪な展開だわ……尾田のせえで本当に、口ばかりで頭が空っぽだったから眼鏡を仕方ないわね……」
着替えを終えると、沖野 恵は斉藤と合流する。そのまま、車に乗り込むと、志乃が入院している病院へと向かって行くのだった。




