斉藤の足取り
大学病院、院長失踪から三日が過ぎようとしていた。
世間では次々と新たな事件が起こり、古いものから忘れ去られていく。
余りに現実は無慈悲であり、誰もが忘れた事件の存在その物を脳内から消し去っていく。微かに残った断片的記憶のみ、残り香のように染み付き、新たな日常が開始される。
世間の反応はそう言う物でしかない。
「大学病院の話がこんなに早く無くなるなんて、予想外だったわ。でも、良かった。此れで貴方は自由の身よ……」
沖野 恵はそう呟くと八階の室内にあるテレビを消す。
それと同時に薬の入った注射器を取り出すと室内に横たわる男性の首筋に確りと針を射し込み、液体を注入した。
無言のままの男性が眠った事を確りと確認すると、沖野 恵は台車に積んだ男性を車のトランクに運び込む、時刻は“深夜1時”……車は一定の速度を保ちながら休むこと無く走り続ける。深夜の3時過ぎ、目的地である沼地に到着する。
沖野 恵は男性を沼地に到着したと同時に悩む事無く、放り投げる。
“ピチャ、ピチャ、ピチャ”と着水音が鳴り、沼の水が揺れ、魚達が群がっていく。
全てを沼に放り投げると沖野 恵はマンションへと向かって車を走らせる。
時刻は午前4時になろうとしていた。朝日が顔を出し始める早朝、マンションに辿り着く沖野 恵は満足そうに自室で眠りに着くのであった。
午前9時過ぎに目覚める沖野 恵、それと同時刻、警視庁では新たな捜査対象が浮かび上がる。
偶然にも浮かび上がった捜査対象の名は【斉藤 学】あった。
浮上した経緯は意外にも当たり前の事実が理由であった。
大学病院内で警察官による院長についての聞き込みが行われた際に“斉藤 学”の名が浮上していたのだ。
そこから警察は斉藤の足取りを遡り、調査する事になる。
斉藤は大学病院を退職した後、多くの病院でオペに呼ばれていた事実が明らかになり、更に不法入国者や国民健康保険に加入していない人間達に対しても医療行為を行っていた事実が明らかになっていった。
不法入国者に対する医療行為や国民健康保険の無い者も治療を受ける事は出来る。しかし……医療行為を個人で行い報酬を獲ていた事実が問題であった。
斉藤は保健所や税務署と言った、各機関に対する届け出が行われていなかったのだ。
「まさか、こんな形で闇医師を見つける事になるとわ」
浅野刑事が遣る瀬無く呟く。
「良いじゃないですか? 捕まえて、情報を知ってるなら吐かせりゃすむんっすから」
「安易な発言はやめろよ? 無理に吐かせようとして、弁護士をでしゃばらせたら、終わりだぞ? それに黙秘権を主張されてみろ、全ては判決後に持ち越しになるんだからな?」
同僚に対して、溜め息を吐きながらそう口にする浅野刑事。
しかし、浅野は斉藤 学に対して更なる調査と足取りを追うことを決める。
予期せぬ形で警視庁の目が斉藤へと向いた瞬間であった。




