ボヤけた意識
沖野 恵がマンションに戻ると同時に警視庁死体調査室では、女医の志乃が嫌な胸騒ぎを感じながらデスクに座っていた。
「おかしい……大野君が無断欠勤なんて、何かあったのかしら、ふぅ、忙しい時に限ってよね」
一人呟く、志乃の耳にドアの開く音が聞こえてくる。
「ちょっと、大野君ッ! 今、何時だと……」
室内に入ってきたのは、浅野刑事だ。
「いきなりだな、大野に何かあったのか?」
「違うわよ、遅刻……と言うか……まだ、連絡も来てないから、“寝坊です”とか“飲み過ぎました”とか、言ったら体の隅々まで調べて、性根を叩き直してやるんだから」
冗談混じりに怒りを口にする志乃。
「おぉ、こわ。 まあ? 大野も若いんだから、遅刻や寝坊に飲み過ぎくらいは、笑って許してやりなよ? 志乃さんに怒られて仕事が手につかなくなったら大変だからな」
似つかわしくない和やかな雰囲気が流れていく。
そんな時、浅野の仕事用携帯が鳴る。
『はい、浅野です。はい、直ぐに向かいます』
「志乃さん、また……コンビニで女性の連れ去り事件があったんだが、目撃者が見つかったらしくてな、行ってくる」
「浅野刑事、気をつけて」
女性連れ去り事件の現場──コンビニ駐車場──
現場に到着する浅野。
既に数台の覆面パトカーと鑑識課の車が到着し、コンビニとは思えない緊張感が漂っている。
「状況はどうだ?」
一人の鑑識に声を掛ける浅野。
「それが……駐車場事態には犯人の者かわからないゴミや物も多く……更にタイヤ痕ですが、駐車場事態が日中は出入りが激しく、犯人の物と特定する事は不可能かと」
「つまり、手掛かりなしって事か? 目撃者に話を聞くしかないか……」
目撃者は新聞配達をしていた若者であり、目撃した際も新聞を配っている最中だった。
はじめは単なる痴話喧嘩だろうと考えていたが、配達終了後に女性が拐われた事実を知り名乗り出たのだ。
目撃者の証言は一瞬であり、明け方の曇り空と言うこともあり、車種も曖昧となっていた。
目撃者が存在し、コンビニという身近な場所でありながら、防犯カメラの死角となる位置であった事実、すべてが警察の思惑を裏切るように組み合わされたパズルのようであった。
拐われた女性は、佐野 美奈子32才。
コンビニの夜勤パートであり、離婚後は実家に戻り、働き始めていた。
真面目な性格であり、人当たりも問題ないと知人達は語り、怨恨の線も薄いという結果であった。
警察が八方塞がりになっていた頃、斎藤と沖野 恵はマンションの室内にて、佐野 美奈子を拘束する。
「先生……罪人が、幸せになる世の中は、きっと……罪人で溢れ出しますよね? 小さな子達も、いずれは過ちを犯す……そうなる前に、悪い部分は切り取らないと」
「何を言っているんだ……沖野さん……それは、違う……」
酷い頭痛が斎藤を襲う。
「違うくありませんよ、先生がやらないと……」
斎藤の意識が微かにボヤけていくと、数秒後には意識が完全にシャットアウトされたのだ。
意識が目覚めた時、横で倒れるように背を向けた沖野 恵の姿があり、斎藤の手をべっとりとした生暖かい血で真っ赤に染まっていた。




