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流転の大戦記  作者: どらごんますたぁ
序章 欧州の猛火1939~1940
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第6話 ハワイへの道

12月17日

大日本帝国日向灘



 帝国海軍根拠地柱島からほど近いこの海域を、十隻の艦艇が航行していた。

 戦艦長門、空母赤城、重巡洋艦高雄、軽巡洋艦阿武隈以下、第一水雷戦隊駆逐艦初春、子日、若葉、白露、時雨、村雨である。現在は演習中であるため一般船舶の立ち入りは制限されていた。

そのなかで空母赤城は三段式の飛行甲板が、近代化改装によりすっきりした平甲板に変わっていたことが、乗員の眼をひいていた。

 

 「なかなか調子がいいようじゃないか、九七式は」

 「は、一年違いとはいえ九六式に比べれば、雲泥の差でしょう」

 連合艦隊旗艦である戦艦長門の艦橋から、艦隊上空を飛行する機体を双眼鏡で覗いているのは、連合艦隊司令長官となった山本五十六とその参謀長である福留繁ふくとめしげる海軍少将だった。

 全金属製、単葉の機体のシルエットは海軍が採用した攻撃機では最初のものであり、非常に先進的なものだったのである。福留が言った九六式とは九六式艦上攻撃機が正式名称であり、今まで採用されてきた艦攻の基本的形式の踏襲とも言える複葉機のため、堅実な性能を発揮したとはいえ高速化著しい現状においては陳腐化した代物だった。しかし、魚雷と爆弾は800kg搭載可能と攻撃力が著しく劣っていたという訳ではない。運用側からはその操作性と安定性は極めて良好であると評価されてはいたのだが、いかんせん時期が悪かった。

 なにせ九七式艦上攻撃機の速度性能は九六式の最大速度277km/hから、378km/hと100km以上早くなっていたため、その生産は終わりを迎えようとしていた。


 「福留君、あれでハワイを叩く事はできんかね?」

 不意に声をかけられた福留は双眼鏡から目を離し、その問いかけに、

 「それよりも連合艦隊の総力をぶつけた決戦の方が確実と思われますが」と困惑した様子で応える。砲術畑の大艦巨砲主義者であった福留からしてみれば、いくら性能が向上したとはいえ航空機は補助戦力であり、あくまで海戦の主力は戦艦群であるとの認識だった。彼の参謀長の前職は何あろうこの長門艦長だったことが余計にその考えを助長していた。未だに長門は世界最強の戦艦なのである。

 山本もただ呟いただけに過ぎなかったので、さして気に留める様子もなかった。この時は、自身が艦長を務め、先頃近代化改装を終えたばかりの赤城と、また航空本部長として強力に開発を推し進めた航空機が大きな発展を遂げ、これから配備されていくであろう新型機の発艦作業が著しく向上したことが、何よりも嬉しかった。

 そして、これらが組み合わさることにより次代の海戦の様相は一変するであろうと、密かに思い描いていることが口に出てしまった。


 「高角砲指揮所より、左前方大型機の接近を認む。中攻(九六式陸上攻撃機)、数一二」

 伝声管からの報告を受け、山本を含む司令部要員は艦橋から左側へと視線を移す。

 「松山を出撃した一航戦の中攻隊か。時間通りだ」

 近づいてくる双発の機体を見ながら、福留が腕時計にちらりと目をやり口にする。

 「指揮官は小沢君か。さてお手並み拝見といこうか」と顎の先を指でなでながら山本は言う。指揮官陣頭を地でやっている、と感心する様子である。それに対して、

 「しかし、指揮官が攻撃機に搭乗して指揮を執るなどと、感心できるものではありませんな」とどこまでも否定的な意見を福留は言っていた。

 「まあ、そう言ってくれるな参謀長。君は鉄砲屋だから分からんかもしれんが、空に上がってそれを感じてみるのも一興だぞ。やってみなければ分からんこともある」

 山本は窘めたが、福留はそういうものでしょうか?と山本に言いつつ、

 「徳永艦長、腕の見せ所だぞ。しっかり頼むぞ」と後任の長門艦長、徳永栄とくながさかえ大佐を激励した。

 「お任せを。全弾避けきって見せます」

 威勢のいい艦長の答えに福留は満足そうにうなった。


 「長門、増速し艦隊より離脱。独航状態に入ります」

 「やる気まんまんだな。こちらも足並みを揃えるぞ、貴様ら。長門を沈める覚悟でありったけの弾をぶち込んでやるぞ!」

 機内で操縦席の方まで身を乗り出し、がなり声をあげているのは小沢冶三郎おざわじさぶろう海軍少将。第一航空戦隊司令官であり、本来であれば空母赤城から指揮を執るのが道理だったが、無理を押して空から陸攻隊と空母機の指揮を執るべく、そのうちの一機に搭乗していた。

 小沢機に付き従うのは、九一式航空魚雷の模擬弾を搭載したものが6機、訓練用500kg演習爆弾搭載機が6機の12機であり、小沢機は爆装である。これに空母赤城搭載の九七式艦上攻撃機6機が加わる。史上初となる、母艦機と陸上機の戦艦を目標とした共同対艦攻撃演習である。

 「爆撃隊は本機に続け!」

 「通信士、赤城攻撃隊にも打電。長門を目標に攻撃を開始せよ!」

 小沢の命令を受けて、無線機に張り付いている上飛(上等飛行兵)が九六式空二号電信機のキーを叩く。


 「右舷より赤城機、数六。右90度、まっすぐ突っ込んできます!」

 魚雷を抱えているであろう艦攻隊は高度を下げつつ、長門の側面へと迫る。

 「来るぞ、総員対空戦闘配置!」

 「中攻六、高度三千。同六、高度二百…」

 長門艦橋には実戦さながらの空気が支配しつつあった。それは高角砲、機銃座要員も同じである。

 追加された4基ある12.7cm連装高角砲、増設された25mm機銃も接近する機体へその砲口を向ける。

 「命中したとしても爆弾で甲板は抜けぬ。雷撃にさえ注意し高角砲で牽制しておれば問題ない、当たっても予備浮力は十分」

 福留はそう余裕をもっていた。

 長門は軍縮条約脱退後に登場するであろう列強戦艦に対応するべく、バルジの増設、舷側、甲板装甲の大幅な強化を行っており、その防御能力は飛躍的に向上していた。機関出力の強化の方は行われていなかったため、重量増加によりその速力は2kt低下してしまっていた。

 その装甲は同時代の戦艦と比較して超重防御を誇り、仮想敵国アメリカの同世代ビッグセブンの一角であるコロラド型戦艦を大幅に上回る。距離25000m以上の遠距離砲戦では、敵の発射した砲弾は大落角度で甲板装甲へと向かい、距離が開けば開くほどこの傾向は強くなる。

 そして、長門の装甲は遠距離戦を想定した甲板装甲であり、中甲板、上甲板、最上甲板にまで装甲が張り巡らされ、三重防御と特に強化されていた。これはコロラド型戦艦を優速によって接近を許さず距離を維持し、被害を限定することにある。加えて自艦の主砲弾も改良された九一式徹甲弾の存在がそれを後押しした。砲弾重量は1t強にまで増大し、形状を変更することにより空力特性改善のために着弾時の速力低下を抑えられたことにより破壊力も強力なものとなった。その関係で敵戦艦も同様の改良が行われるであろう事も想定し、上からの攻撃には破格の防御力となる。

 ただし、舷側装甲は改装前と同じ垂直305mm+傾斜76mmのままで、弾火薬庫、主砲前盾、側盾、主砲天蓋等は最強の防御力を誇っていたが、この点がウィークポイントとなる。もっとも対魚雷防御と浮力増大のためバルジを追加し、被雷による浸水も考慮され水密区画は1089個に増大、ダメージコントロール、応急処置による沈没阻止を狙った改装も行われている。


 高度3000に達した陸攻隊からは眼下に白い航跡を引きながら進む長門の様子がしっかりと見て取れた。水平爆撃が高度をとるのは貫徹力に必要な速度を上げるためであり、しかし、その結果目標到達までの時間がかかるので、動き回る艦艇に対しての命中率は必然的に低くなる。高度が低ければ時間がかからない分命中率は上がるが、今度は貫徹力が低くて打撃を与えられないというジレンマに陥る。

 海軍が現在採用している五十番通常爆弾二型改一では実際問題、75mm程度の貫徹力しか持たず、75mm三段防御の最上甲板が抜けるのみで、機関区、砲塔といった主要区画への影響は皆無。

 駆逐艦、巡洋艦ならまだしも戦艦、しかも最強を誇る長門であればなおさら高度は必要だった。

 先頭を進む小沢機の左右に3機ずつ逆V字型の編隊飛行で、長門の航跡を追いながら爆撃針路に入る。

どちらに舵を切っても命中させえる可能性がある。

 一般的な爆撃手法は、先頭機の投弾後、一斉に僚機が投弾し命中率を上げる公算爆撃であり、今回も原則に従った方法だった。

 そして長門は徳永艦長の防御に対しての絶対の信頼から、爆撃を無視させ雷撃に集中させる指示を出し、まだ悠然と航行していた。

 「爆撃針路、目標まで距離二〇、ヨーソロ」

 「雷撃隊も雷撃針路に突入!」

 遥か下を長門の航跡に向けて近づく豆粒のような編隊が目に入った。

 「長門が舵を切る、機を逃すなよ」

 「ハッ」

 照準器を覗く観測員は手に汗を握る緊張と興奮の中にあった。実戦ではないがこの投下に従って編隊が攻撃を開始する。

 「航空機の攻撃では戦艦は沈まない」世界の常識となっているこの決まり文句に対して、航空機乗組員としての反発があった。そして、今相手にしているのは世界最強の戦艦長門である。興奮を覚えないはずがない。そして、その最高の相手の姿を照準器の中央に捉える。

 「投下!」

 一声とともに、爆弾の投下索が引かれ、胴体下に装着された500kg爆弾は機体から離れ、重力に引かれ自由落下を始める。

時を同じくして、艦攻隊も長門右舷へ魚雷を叩きこむべく一直線に飛行している。舵の利きはじめにちょうど弾着するタイミング。落下速度はおよそ30秒ほど、今度はこちらが悠然と隊形を維持したまま長門の上空を飛行していく。

 

 「目標魚雷投下! 距離一二、数六! 左からも中攻!」

 「面舵いっぱい!」

 同時攻撃、だと?! これはさすがに厳しい。扇状に展開されている以上は一発はもらうことになりそうだ。全力航行中、舵が利きはじめるまで40秒はかかる。対して九一式航空魚雷は雷速42kt、秒速21mの速さ、一分弱で到達する。こちらは過負荷をかけた全力運転で26kt秒速13m……

 (ケツに一発、あるいは二発か)

 艦長の予測は当たっていた。陸攻の攻撃も同様、全弾回避とはいかなかった。

 演習用魚雷と爆弾であったため損害はないが、長門に乗り込んでいた観戦判定員からは、右舷魚雷2発、艦尾魚雷1発、艦後部と左舷舷側に爆弾1発命中の中破判定だった。

 福留参謀長は高角砲が使用不可であったと艦長を擁護した。機関及び武装は健在であり、なんら戦闘に支障はないと、山本に食ってかかった。

 しかし、山本はこの成果に大きな自信をつけていた。爆撃はなかば偶然とはいえ6機中2機の三割、雷撃は12機中3機の二割強の命中率を叩き出した。航空機の進歩は止まらず、戦艦の絶対優勢主義が終わるのは時間の問題であると、山本の自信はやがて確信へと変わっていく。




12月17日

ハワイオアフ島沖


 日本と19時間の時差があるハワイ諸島。日が変わり17日の朝を迎えたオアフ島南沖に、帝国海軍連合艦隊と比肩する大艦隊の姿があった。

  合衆国海軍大演習、第20回フリートプログラムに参加するためにサンディエゴを出撃した合衆国艦隊主力部隊である。

 米海軍にとっての仮想敵国である帝国海軍との戦闘を想定した実戦的な艦隊演習であり、合衆国艦隊の主要艦のほとんどが参加していた。


参加艦艇


第1戦隊

戦艦コロラド メリーランド ウェストバージニア

第2戦隊

戦艦テネシー カリフォルニア

第3戦隊

戦艦ニューメキシコ ミシシッピ アイダホ

第4戦隊

戦艦ペンシルベニア アリゾナ

第5戦隊

戦艦ネバダ オクラホマ


第2巡洋戦隊

重巡ニューオーリンズ アストリア ミネアポリス サンフランシスコ

第3巡洋戦隊

重巡クインシー ヴィンセンス

第4巡洋戦隊

重巡ポートランド インディアナポリス

第6巡洋戦隊

重巡ノーザンプトン チェスター ルイビル

第7巡洋戦隊

重巡ペンサコラ ソルトレイクシティ

第8巡洋戦隊

軽巡ブルックリン フィラデルフィア

第10巡洋戦隊

軽巡フェニックス ボイシ

第12巡洋戦隊

軽巡リッチモンド トレントン


第1水雷戦隊

軽巡オマハ

駆逐艦バッグレイ ブルー ヘルム マグフォード ラルフ・タルポッド ヘンリー パターソン ジャーヴィス グリッドレイ クレイブン マッコール モーリー


第2水雷戦隊

軽巡ローリー

駆逐艦サマーズ ウォリントン サンプソン デイヴィス ジョーエット ベンハム エレット ラング メイラント トリップ リンド ローワン  


第3水雷戦隊

軽巡デトロイト

駆逐艦マハン カミングス ドレイトン ラムソン フラッサー リード ケース カニンガム カッシン ショー タッカー ダウンズ


第4水雷戦隊

軽巡マーブルヘッド

駆逐艦シムス ヒューズ アンダーソン ハムマン マスティン ラッセル オブライエン ウォーク


第1航空戦隊

空母サラトガ

駆逐艦ファラガット デューイ


第2航空戦隊

空母レキシントン

駆逐艦ハル マクドノー


第3航空戦隊

空母ヨークタウン

駆逐艦ウォーデン デイル


第4航空戦隊

空母エンタープライズ

駆逐艦モナハン エルウィン


 現在、合衆国艦隊が持つ主戦力のほぼ全てであり、大西洋方面をおろそかにする事を危惧する声もあったが、旧式戦艦ニューヨーク、テキサス、空母ホーネット、ワスプ、レンジャーの戦力に、「大西洋で通商破壊しかしていないドイツ海軍と、地中海から出てこないイタリア海軍では戦闘にすらならない。やつらの相手はイギリス、フランス両海軍が先になるだろう」との海軍作戦本部の判断と、本来二月に行われるはずだった予定が延び延びになっていた事情から、20回演習は今までの規模を遥かに超える規模で実施されることになった。

 この艦隊戦力に対抗しうるのは、英国本国艦隊と帝国海軍連合艦隊しか存在しえない。しかし、前者が敵対することは国際関係上ありえない。最大の敵と言える連合艦隊を意識しており、高速駆逐艦で編成された4個水雷戦隊と巡洋艦編成はそれによく似ていた。

 三日間に行われた模擬戦闘はこの艦隊を大きく二分、実際に交戦を想定した艦隊運動を行いその能力を計ることを目的としていた。航空戦、砲戦、夜戦といった様々な組み合わせで激しい演習を行われていた。


 「壮観なものだ。見給えこの光景を」

 コロラドに将旗を掲げ、司令席にゆったりと腰を掛けてそう言ったのは就任したての巨躯の合衆国艦隊司令長官ジェームズ・O・リチャードソン。コロラドの艦橋から臨めるのは多数の艦艇が海原を埋め尽くす光景であり、壮観の言葉を何度言ったか分からない。彼がこの大艦隊の指揮官になれるのは、本来であればもっと先の話だったが、どういう訳かルーズベルトの肝いりの命令でハロルドと同じく少将から飛び級で大将ポストの合衆国艦隊司令長官に就任してしまった。そのルーズベルトとは深からぬ因縁があり、前任の海軍作戦部長リーヒの後任を、トーマス・ハートを人事担当の航海局長として候補に推薦した際、ルーズベルトから叱責されるということがあった。

 そのトーマスは、息子がルーズベルトの従兄であるセオドア・ルーズベルトを大統領選で破ったウッドロウ・ウィルソンの孫と結婚しており、なにより共和党の支持者でもあった。ゆえに最前線の小艦隊であるアジア艦隊に飛ばされた経緯があった。

 何はともあれリチャードソンは悦に浸っていた。最初の大仕事がここまではなんら問題もなく進行しており、大したことも起こらずこのまま終わるはずだった。


 「さて、ヒッカムからの連絡はまだないのかね?」

 「は、索敵機を12機飛ばしておりますが、いまだ報告はありません」

 演習最終日は基地航空戦力を含めた水上艦部隊と、空母部隊が戦闘を行うというというものであり、空母4隻からなる航空艦隊は自由な裁量で行動することを許されていた。その空母部隊は出撃後、行方をくらませており、そのためヒッカム基地からオアフ島域の索敵を全周に亘って実施していた。

 「ふむ、まあいいだろう。この大艦隊には通じんさ、どっしり構えて反撃に転じればいい」

 リチャードソンは甘く考えていた。実際問題、空母に搭載されている機体では戦艦部隊にダメージはほとんど与えられないのは性能からして明らかだった。空母に搭載されていた艦爆は、急降下爆撃可能なヴォートSB2UヴィンディケイターとノースロップBT、いずれも1000lbf爆弾搭載ではあったが、甲板装甲89+38mmの二段装甲を抜くには難がある。


 「来ました。エアクラフト、およそ50! 」

 「全艦対空戦闘用意!」

 警報のアラームが鳴り響き、艦隊全体がにわかに動き出す。

 「ヴィンディケーター、デバステーター、およびBT! 」

 「フレッチャー提督の第7巡洋戦隊が直衛に入ります、距離およそ25マイル。外縁の第3水雷戦隊対空射撃開始!」

 次々と艦橋に報告が入る。

 「50? 数が少ないな、護衛の戦闘機はいるのか?」

 来襲した敵機の数に疑問を抱き、リチャードソンは傍らに控える参謀長に問いかける。

 「は? いえ、バッファローの姿は確認されておりませんが」

 「ならばいい、全艦キングフィッシャーを出せ。足止めにはなるだろう、空母が相手では戦艦の出番はないから観測機は全て投入してかまわん。護衛がないのであればハルゼー提督の第2航空部隊だろう。第3,4巡戦と1水戦を攻撃隊の逆針路に突撃させよ。これから本命が来るぞ」

 素早い対応を見せるリチャードソンだったが、てっきり主力部隊の戦艦を狙い撃ちにするものと予測した判断が間違っていた事を思い知らされることになる。

 直進してきた艦爆隊は突如急降下を始め、前衛を固めていた重巡洋艦群に襲いかかった。低空を突入してきた艦攻も魚雷を投下し始める。

 攻撃隊を阻止するように展開していた巡洋艦は軒並み回避が遅れ、多数の模擬弾が船体に降り注ぎ、たちまちのうちに損傷艦が続出、行動不能判定に陥った。



 「じゅ、巡洋艦サンフランシスコ、ペンサコラ、ソルトレイクシティ航行不能、ポートランド、ルイビル大破…。ノーザンプトン総員退艦命令発令されました……。ペンサコラ司令塔破損、フレッチャー提督戦死」

 コロラド以下の戦艦群の指揮官達はただ茫然とするしかなかった。ペンサコラの命中判定は1000lbf爆弾の急降下爆撃が艦橋と司令塔の32mm装甲板を貫通したと判定された。

「ハッハッ、やられてしまったか」

とんだことだ、と退場処分になったフランク・J・フレッチャー海軍大佐はぼやきながら、医務室に運ばれて行った。

 引き上げていく攻撃隊を尻目に数機がコロラド艦橋前を通過し、中の人間に見えるようわざとらしく大きく手を振って飛び去って行った。カタパルトから発進したキングフィッシャーが必死に後を追ったが、追いつけるはずもなかった。


 「くそ、馬鹿にしやがって…」

 「弱いものしか狙わないのか、ハルゼーの部隊は」

 沈黙が過ぎ去った後、その場を支配したのは怒りだった。それも当然であり、何も出来ぬまま終わってしまった事が余計に腹立たしかった。

 「長官、全軍でハルゼー艦隊を追うべきだと思いますが。士気にも関わります」

 参謀長がおずおずと進言する。

 「…ヒッカム、フォードの両基地に打電、出せる機を全て出せ、と。全艦隊縦隊をなせ、ハルゼーを追撃する」

 アナポリスの先輩であるハルゼーを、この時リチャードソンは初めて呼び捨てにした。

 巡洋艦を数隻失ったとはいえその戦力はいまだ健在、加えて空母部隊の位置は半ば特定できたようなものであり、主力部隊の絶対的優位は揺るがないはずだった。

 水雷戦隊、巡洋艦戦隊はそれぞれ二列縦隊を組み、攻撃隊が飛来した方角へ向け移動を開始。

 しかし、またしても予想だにしない報せがリチャードソンのもとに届く。

 

 「ヒッカム基地より入電です!」

 「空母を捕捉したのかね?」

 まあ、報告と言えばそれくらいだろう。

 「い、いえ。およそ80機からなる編隊に襲撃され基地は壊滅、真珠湾工廠も爆撃を受け使用不能です。現在第二波が来襲中……」

 報告した通信士に一斉に注目が集まり、通信士はたじろぎながらリチャードソンの方を見た。その当の本人は微動だにせず、ただ正面の海原を凝視したままだった。

 基地航空戦力の援けがなければ、戦艦の喪失はなくとも、大損害は免れようがない。これで真珠湾基地は補給、修理、整備ももちろん利用不可となり、結果としてオアフ島の基地機能の貧弱さを露呈させてしまっていた。


 

 オアフ島北西海域を航行中のサラトガ。合衆国航空艦隊旗艦であり、シスターサラの愛称で呼ばれる。すぐ隣には同型艦、レディレックスことレキシントンが寄り添うように佇んでいる。世界最大の空母2隻で編成された第1航空艦隊。

 そのサラトガのマストには中将旗が強風にあおられたなびいている。


「ヒッカム、フォード両基地、および工廠の事実上の壊滅判定を確認。大戦果です、長官」

 攻撃隊が打電してきた内容を報告する通信参謀。

「あの単細胞ハルゼーに囮をやらせるのはどうかとも思ったが、一応命令には従える頭は持っているようだな。あの青二才(リチャードソン)にはちょうどいい薬だろう。これが当然の結果だ。これで将官会議メンバーとして海軍の実権を握る日も遠くない」

 周囲に威圧感を与える長身痩躯の男が、不敵な笑みを浮かべ呟いていた。この数日後、彼はリチャードソンの失態を嘲笑いながらワシントンへ異動する事となる。

将官会議は本来閑職に過ぎないが、野心溢れるこの男にしてみれば海軍軍人最高位、合衆国艦隊司令長官、あるいは海軍作戦部長に至るプロセスの一つなのだ。


 そして、この男が呟いたこの当然の結果は、当然の如く起こり得ることを暗示していたのはまだ先の話である。

本来の演習は1939年2月、カリブ海演習とハワイ沖演習を、話しの都合上まとめたものです。


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