第4話 大陸の風
1939年12月14日
日本・東京市霞ヶ関
時は師走。年の瀬も迫った東京の街中は乾いた晴れ間の中、通りは雑多な人が行き交っていた。
中央省庁街である霞ヶ関も例外ではなく、どこか雑然とした空気に満ちていた。
一年の締めくくり、年の瀬はどこかで侘しさを感じさせるものだ。
「久しぶりだな、石川大佐。軍令部に顔を出すとは珍しい。一体どういった風の吹き回しだ? まさか冷やかしにやって来たわけじゃあるまいな?」
「とんでもない歓迎ぶりですな。大した用事はない、と言う訳ではないですね。お世話になっております岡少将”閣下”」
海軍省、通称赤レンガの三階に位置する軍令部。そこに三つ揃いの背広に身を包んだ長身の男と、通常勤務用にあたる冬服、第一種軍装に身を包む小柄な男が応接間で会話していた。
軍令部は海軍省と共に、帝国海軍の中央統括機関であり、海軍内の作戦上における指揮命令、用兵に関する一切を統括し、その権限は天皇に直属する組織である。
海軍省とは違い、政治からは完全に独立しながらも、制御の効かぬ悪しき存在として、現在では忌避される統帥権と呼ばれる強大な権限を有する。
純粋な戦いにおける専門機関と言えるのだ。
その軍令部を訪れていたのは不規弾の通り名を持つ男、石川信吾海軍大佐だった。不規弾とは一斉射撃の最中に一発だけあらぬ方向に飛んでいく一弾を意味し、よく言えば型にはまらない、悪く言えば常識外れ。
実際その通り名にたがわぬ行動力と統率力、智謀、見識を持つ逸材でもあった。
1938年に欧州出張を経て、第二次大戦の勃発の時期を正確に予見し海軍内に波紋を広げた。
相対しているのは岡敬純軍令部第三部長だった。同郷であり、何かと懇意にしていた。
陸軍と海軍がことあるごとに衝突を繰り返す中で、海軍内での陸軍との折衝に従事するのは大半が石川の仕事だった。要は汚れ役という仕事を率先してこなしている。故に、彼を陸軍の回し者と蛇蝎のごとく嫌う人間も多い。
「閣下などと陸軍の影響も甚だしいぞ。嫌味のつもりか?」
「これは、失礼しました。まずは少将への昇進、誠におめでとうございます。まずはそれが理由です。後は古巣が懐かしく思いまして、立ち寄った次第」
悪びれた様子もなく手で頭をぼりぼりとかく。知性的な顔立ちとは裏腹に誰に対しても遠慮がない。
「やっぱりそんなところだろう。たしか貴様は、今は興亜院に出向中だったな?」
「はい、先月から興亜院で総務課長を拝命しております。なかなかおもしろい場所です。仕事も人も」
含みのある言葉を岡は気に留めた。
「ほう、どのようなところなのだ?」
岡にとって興亜院は名を知っている程度であり、職務上関与するような場所ではなかった。
「名目上は占領地拡大に伴う各機関の政務を代行、ですが、実際はいわゆる資金稼ぎというやつです。陸軍の鈴木貞一氏にもよくしていただいています」
本当に油断ならない男だ。もっともそうだからこそ手放したくはないのだがな……
そう岡は内心で考えを巡らす。
石川の人脈の広さはただならぬものがあった。
海軍内の要人である元海相・内、末元連合艦隊司令長官・次両大将や、連合艦隊司令長官となった山本五十六中将を含む、多数の人物とも交流を持ち、陸軍には元陸相・板垣、満州事変の立役者・石原。
そして今回の鈴木との繋がりを持ったことで、陸軍の東條英機を首魁とする統制派との連絡がつくことを意味している。大陸にも陸軍の知人は多い。
「ところで、独海軍の豆戦艦が英海軍に捕捉されたと聞きました」
いきなり石川が切り出した内容に岡は仰天する。
「貴様、どこでそんな情報を手に入れた?」
岡の所属は情報を管理する軍令部第三部長であり、欧州英国情報を担当する第八課よりアドミラル・グラーフ・シュペーが英艦隊と交戦し、逃走中であることが伝えられていた。
「まあ、それは秘密であるというのがお約束です。しかし、同じ状況下にあるのが一号艦であったならば英艦隊など返り討ちにすることも可能、などと馬鹿らしい考えを持ってしまいそうになりますが」
「石川、不可侵の聖域と言っても軍機である。軽々しく一号艦の名を口にするな」
さすがの岡も咎める。遠慮というものを知らない。
「あれの提唱者は私です。いわば我が子に等しい存在、我が大日本帝国の栄光ある未来を守る艦を誇るになんの躊躇いがありますか?」
一号艦は、1922年に締結されたワシントン海軍軍縮条約によってもたらされた15年に及ぶ海軍休日明けの建艦計画である、第三次海軍軍備補充計画(通称〇3計画)の一番艦であることからそう呼ばれる。軍縮条約の束縛から解放された帝国海軍は、米英仏独伊の戦艦を圧倒的に凌駕する事を目的に、砲口径46センチ排水量6万トンを超える超巨大戦艦の建造に踏み切る。
当時、海軍の兵力量決定権を有する軍令部第二部第三課(軍備、兵器を担当とする)に所属していた石川がその基本要素を提唱し、おおむねそれが認められる形で建造が秘密裏に開始されるにいたる。
それは秘中の秘として取り扱われ、予算による規模予測を防ぐため架空計上するほどの徹底した情報管理の下に建造が進められていた。
アメリカ側でもそれを元にした4万トン級戦艦が起工しており、この処置は有効に働いていた。
「軍機ですからな、他言無用であることは承知しております。しかし、漏れたら漏れたで面白いことになりそうですがね」
「おい!」
それは間違いじゃないだろうが、と不謹慎にも岡は思ってしまったが期待が大きいのもまた事実である。
単艦であれば、世界史上空前の規模の大戦艦であり、他の追随を許さぬ存在になるはずであった。
「いやいや口が過ぎましたな。なにはともあれ岡さんには海軍の支柱となってもらいたいので、機会があれば酒宴など…、と、飲まれないのでしたね」
「ふん、分かりきったことを聞くな」
それほど体が丈夫ではないことを知ってるだろうに。
「では、後ほどお祝いとして代わりの物をお送りしますのでご期待下さい」
そう言って石川は笑った。その後、二三言葉を交わして石川は軍令部を後にしていった。
(下(海軍省)にも顔を出していくのだろう。後、築地に寄ると言っていたが、恐らく海大、校長に就任する沢本中将を訪ねるつもりか?祝いの品か、楽しみに待っておこう。……忘れるところだった。あいつに情報を漏らした奴をとっちめなきゃならんな。全く油断も隙もない)
ちょうどその頃、支那大陸でも大規模な戦火が巻き起こっていた。
蒋介石率いる中華民国革命軍と、国共合作により行動を同じくする共産党紅軍による全戦域において冬季反攻作戦が開始されたいたため、9月に新編された支那派遣軍と全面対決に陥る事態となっていた。
支那派遣軍は華北を管轄する北支那方面軍隷下に第1軍、第12軍、南京を中心とする華中には直隷第11軍、第13軍、華南方面に第21軍の5個軍、中国全土に85万名もの戦力を展開していたが、ノモンハン事件による関東軍、満州方面の防衛も考慮せねばならず、その攻勢は止んでいた。
そして戦線を後退させていた蒋介石は、隷下の部隊の練成が完了したことを受けて、日本軍に占領された主要都市を奪回するべくこの機を捉え、「守勢から転じるのは今を置いて無し。攻勢を開始せよ」と各戦区に対し命令を発した。中国国内の革命軍総兵力は約450万を数える。
中国革命軍の一部部隊はアメリカ、イギリス、ドイツ、ソ連、イタリアなど各国から装備を調達し、中にはイギリスヴィッカース6t戦車、ソ連T26、イタリアC・V33などを装備する部隊もあり、各地域で激戦となった。
東京市麹町区
「世界中のあちこちで火が巻き起こってるね。このまま支那で労力を費やしていたら、そのうちソ連に攻め込まれて、日本がポーランドやフィンランドの二の舞になってしまうよ。中央の盆暗どもは一体何をしてるのかね?」
「わざわざ人を呼びつけておいて、愚痴をこぼすだけの用事ならば俺は帰るぞ」
寒風が駆け抜ける日暮れを迎えたとある料亭内の一室。陸軍中将の肩章をつけた坊主頭に丸メガネの男は、ギロリと正面に座る背広の男を睨みつける。
対してその男は気にすることもなしに、鍋の中身をつつき始める。年は背広の男の方が一つ上だがあんまり関係はないらしい。
定時に仕事を片付け、いざ帰ろうと言う時に伝言を受け取った。思いもよらない相手ではあったが、陸大同期生と知らない仲ではない。腐れ縁とでもいうやつだろうか。
無視してもよかったのだが、この掴み処のない男の事がやや気になり誘いに乗ってしまった。
「まあまあ、そうキツい事を言いなさんな。だって愚痴をこぼさずにはいられないだろう。上司があの上等兵じゃ苦労しているだろう」
俺なら初日に大ゲンカして出ていくね、と笑う。
無言で返す。
かつて統制派と皇道派の熾烈な権力争いが起こっていたとき、自分は皇道派の中心人物、戦術の大家である小畑敏四郎陸軍少将の腹心であり、秘蔵っ子として対ソ戦計画を主導していたが、二二六事件の発生によりその権勢は地に堕ちた。
目の前の男は、満州事変を画策・成功させた後は統制派に属しながら、対支戦争拡大に反対して左遷された境遇を同じくするものだった。
陸大の同期でもある訳だが、戦術は自分の方が上だという自負があった。
「俺にはやるべき事が分かっているから耐えている。そう簡単に投げ出す訳にもいかんのさ」
ソ連、ノモンハンでは我が軍が大敗したと陰ながら聞いている。5ヵ年計画によるソ連軍の軍備増大はただならぬものがある。しかし、陸戦では大敗北を喫したが、俺の所管である空…、航空戦では1200機の撃墜する大戦果らしい。
誇大表現だろうがそれでも慰めにはなる。一次大戦後からフランス駐在を経て航空機の発展を見て、それを活かすように努力してきたが、やはり俺の眼に狂いはなかった。
そう回想する。
「生真面目な事だ。かつては蛇のような男と言われたお前さんが、辛抱強くなったもんだ」
「あの方との約束だ。この身が持つまでは全力を尽くす。お前もその餓鬼のような性分直さんと予備役まっしぐらだぞ。ちっとは自重しておくものだ」
間違いない、そういって対面の男は大笑いをしていた。
「鈴木航空総務部長の心労をねぎらって、店に無理を言ってあんたの故郷からを取り寄せたんだ。他のヤツもうまいぞ、まあ食ってくれ」
煮えた鍋の中身を箸でとりながら食い始める。しかし、よく手に入れられたものだ。さすがは師団長と言った所か。
中将の給金は月額480円。少尉の給金70円、一番下位の二等兵の6円からすれば、破格の高給とりだ。
贅沢をするような男ではないが、その気持ちだけは受け取っておこう。
「いただこうか、石原中将。お互いに前途は暗いな」
盃を酌み交わす二人。
陸軍航空総監部総務部長・鈴木率道と第16師団長・石原莞爾。陸大30期・首席と次席、今では陸軍の脇役に過ぎない二人の鬼才。再び歴史の表舞台に立つのは数年の後の事だった。
大陸事情の逼迫は海軍側も承知の事実であり、第二次上海事変勃発を機にすでに派遣されていた第三艦隊と、追加で華北に第四艦隊、増援として華南に第五艦隊を相次いでを編成して投入。3個艦隊を統率する必要性が生じた為、連合艦隊に匹敵する支那方面艦隊が長谷川清海軍中将を司令長官として発足していた。
当初は上海沿岸への攻撃を行う必要から、空母加賀、重巡妙高、足柄、鳥海、軽巡那珂、木曽、阿武隈といった有力な戦力を展開させ青島、上海、華南で活動を行っていた。
陸軍の攻勢に伴い戦線が徐々に内陸部に移動するにしたがって、海上戦力は減少の一途を辿っていたが、長江流域武漢での作戦活動の必要性から、逆に海軍の陸上部隊である陸戦隊と航空部隊は逆に戦力を増強していた。
上海港外に在泊する支那方面艦隊旗艦、装甲艦出雲。就役してから40年に達し、今は骨董品とも絶滅危惧種とも揶揄される衝角を備えている、ご老体と呼ぶのがふさわしい艦が錨を降ろし佇んでいた。
「陸軍の支那派遣軍司令、西尾大将より我が艦隊に対して正式な支援要請があった。私はこれを受けて、長江沿岸域の砲撃を行おうと考えている」
艦内の作戦室で司令長官、及川古志郎海軍大将が席に座る参謀たちを見渡しながら発言する。
「陸軍はそれほど苦境なのですか? 今まで海軍の助けはいらんとつっぱねて来たのではありませんか」
参謀の一人が何を勝手なことを、といった風情で話す。
「今までを遥かに上回る規模で武漢方面を中心に猛攻を加えているとのこと。陸軍が必死の防戦を行っているが撃退するには至っていない。戦力比は10対1以上の場所すらあるという」
ざわと室内にどよめきがおこる。それに構わず立ち上がり壁に掲げられた長江流域の地図を指揮棒で指しながら、参謀長井上成美海軍中将が説明を行う。
「現在我が艦隊指揮下の砲艦伏見以下勢多、保津、比良、熱海、二見を始め、河川用砲艦全艦の投入を予定しております。上特(上海特別陸戦隊、重機関銃等の装備を持つ精鋭部隊)からも戦力を抽出、第一及び第二連合航空隊にも出動を要請中であります」
冷徹を持って知られる井上の決断は早い。中央でのいさかいから解放された彼はどこか吹っ切れていた。
「よかろう、全部隊に通達。暴支膺懲の意志を示し、支那軍の意図を粉砕せよ」
及川もそれに合意し、海軍部隊に対して命令を発したのであった。




