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流転の大戦記  作者: どらごんますたぁ
第1章 日米開戦への道1941
33/34

第8話 地獄の蓋4

6月24日

ウクライナ・南方戦区



 22日より東部戦線南方方面でも、ゲルト・フォン・ルントシュテット陸軍元帥率いる南方軍集団による、ウクライナ地方キエフへ向けての攻勢が開始される。


南方軍集団

第6軍

第17軍団・2個歩兵師団

第44軍団・2個歩兵師団

第55軍団・1個歩兵師団


第11軍

ルーマニア山岳軍団・1個騎兵師団 2個歩兵師団 3個山岳師団

第11軍団・1個騎兵師団 4個歩兵師団

第30軍団・1個騎兵師団 2個歩兵師団

第54軍団・2個歩兵師団


第17軍

第4軍団・5個歩兵師団

第49山岳軍団・2個歩兵師団 1個山岳師団

第52軍団・3個軽師団


第1装甲集団

第3装甲軍団・1個装甲師団 2個歩兵師団

第14装甲軍団・2個装甲師団 1個SS自動車化歩兵師団

第48装甲軍団・2個装甲師団 2個歩兵師団

予備・1個装甲師団 2個自動車化師団 1個SS歩兵師団


 このうち、ドイツ第11軍のみはルーマニア・ソ連国境配備とされ、ルーマニア第3、第4軍がこれに事実上従う形となる。

 ドイツとルーマニア間にはハンガリー軍が配置。

 他のドイツ各軍は独ソ国境の比較的狭い領域に集中的に配備され、東南東へと指向する。

 国境会戦における最初の2日間の戦闘こそ、他の戦線と同様に一方的にソ連軍を撃破していった。



 3日目の早朝より、第1装甲集団の先鋒を務めるヴェルナー・ケンプフ装甲兵大将率いる第48装甲軍団は進撃を再開する。

 進攻するドイツ南方軍集団に対して、ソ連南西方面軍は第5軍(北側、6個機甲旅団基幹)を中央軍集団と南方軍集団の戦区を隔てるプリピャチ湿原南に、第6軍(南側、8個機甲旅団基幹)が更に南のハンガリー国境側にそれぞれ配備。

このソ連軍の配置を掴んだドイツ第1装甲集団は、両軍の間隙を抜く機動を描いている。



ノヴォフラート地区


 独ソ国境より約100km、キエフまで100kmのちょうど中間地点。

「前方、間もなく敵防衛線と接触する。敵戦車およそ2個小隊規模を確認……」

 長距離用無線機やアンテナを搭載し通信機能に優れるⅢ号指揮戦車が、偵察機、或いは前方に突出する偵察車両から情報を受け取り、指揮下の近距離に展開する戦車に送信している。

 夜明け前から飛び立っていたシュトルヒからは、早々に敵情報告が舞い込んでいた。45mで離陸できる場所を選ばぬその特性は、舗装が進んでいないロシアの大地では非常に重宝していた。

空軍が後方の連絡線を切断しているが、林などに隠蔽された陣地などは手付かずの場所が多い。



 第11装甲師団・第2大隊に所属するⅣ号戦車D型。初期量産型。

 戦車の車体側面には、クライスト装甲(パンツァー)集団(グルッペ)所属を表す(K)の文字が白地のペイントで施されている。

 現在Ⅳ号戦車はⅢ号戦車と共に改修を施され、砲と装甲、足回りなどの改良が随時図られ型番を更新し続けている。

 マイバッハ製ガソリンエンジンの駆動音を周囲に轟かし、夏の朝の日差しを受けハッチから身を乗り出しているのは戦車長ヘルマン・シュルツ少尉候補生。

 ヘッドフォンから聞こえる状況を伝える通信手の声。その声に耳を傾ける。

 ドレスデンの陸軍士官学校を卒業し、少尉候補生に任官されたばかりのまだ20そこそこの、少年兵と見間違うほどの若さ。黒色の戦車兵制服に身を包み黒の略帽の服装。襟と襟章周り、略帽の刺繍された赤のラインが印象的。

 このバルバロッサ作戦がシュルツにとっての初陣だった。


「これまで通り左右に散開、距離500まで詰めて側面より撃破する。隠蔽された対戦車砲に注意」

 Ⅳ号戦車主砲KwK37(75mm24口径)は、フランスで同様にソミュアS35やオチキスH38を同様の戦術で破っている。歩兵支援に用いられた戦車は、柔軟な軌道を阻害され容易に後方への迂回を許した。場合によってはフランス重戦車シャールB1disすらも、迂回機動を駆使して背面より撃破している実績があるとシュルツは聞いている。

 指揮官はそれを踏襲するつもりなのだ。


「こちら3号車。了解アインフェアシュタンデン

 通信手が落ち着いた様子でマイクに向けて応える。

 この2日間はBT-7を3台撃破して順調に撃破スコアを伸ばし、最初こそ危なげであったが、確かな手応えを感じていた。

 東部戦線へ移動してからの相手は、反撃すらろくにしてこない、まるで歯応えがない快速戦車ばかりだったのは幸いしたと言える。

 楽観ムードが漂いはじめていた感があったのは否めない。

 隣を並走するSS(武装親衛隊)自動車化歩兵師団ライプシュタンダーテSSアドルフ・ヒトラー(略称LSSAH)と先陣争いをする形で、ケンプフの48装甲軍団はソ連領内をひた走っている。

 どこかで組織の違うSSをライバル視しているところもあった。

 武装親衛隊も徐々に部隊規模を大きくして、連隊規模から旅団規模、今は事実上旅団規模だがそのうち師団規模へと拡大されている。

 自分と同じように、初陣を飾る奴もいるのではないかと、別な意味での妙な緊張感をシュルツは抱いていた。

 バルバロッサ作戦に先立ち、装甲部隊は再編によりやや混乱の中にあった。装甲師団数は増加したが、その戦車定数は減少し、人員配置にもばらつきがでている。


「間もなく会敵する!戦闘用意!」

 砲塔後部のハッチから身を乗り出していたシュルツは、砲塔内に滑り込みハッチを閉め、乗員に敵の接近が近いことを知らせ、キューポラに張り付いて周囲の状況を確認する。

「少尉殿も、だいぶ落ち着いてきたようで。様になってきましたよ」

 3号車の中で古参の砲手が、砲塔バスケット内で砲身を撫でながら、からかうように言った。

 シュルツよりも10以上は年上に見える精悍な風貌。

 ポーランド戦とフランス戦ではグデーリアンの第19装甲軍団に所属し、砲手を務めたベテラン。操縦手と通信手も戦歴は同じで、相棒のような付き合いが続いている。

「慣れですよ、慣れ」

 砲手のからかいを軽く流す事にするシュルツ。

 偉ぶったところで、戦車3台撃破の功績も事実上、この二人のおかげみたいなものだから、とても何かを言える立場ではない。

 装填手のみシュルツと同じ初陣で、この砲手にがなりたてられているのが、可哀想なところだ。

「頼りにしてます、エル」

「任せてくれや、少尉殿」

 エルは砲手の愛称で、皆そのように呼んでいる。

 シュルツにとって幸運なのは、ベテランが揃っている戦車に配属された事だ。このチームなら、並大抵の事は乗り越えられるような気がしていた。

 これも温情であるのだろうか。

「そういえばエル。前任は何故この戦車を離れたんですか?」

「あぁ、その事は…」

 シュルツの問いかけに言い澱む砲手。

 聞いてはいけない事を聞いたのか、とシュルツは一瞬後悔する。

「いいじゃねぇかエル。教えてやれよ」

 含み笑いで操縦手が砲手に促す。

「うるせぇな、口止めされてたんだよ。まぁいいか。前の戦車長は病院送りになっちまってて…」

「それは……」

 やっぱりいい内容ではなかった。

「いや、直接の原因はうちの大将が殴り倒したからなんですがね」

「うちの大将?誰です?」

「ケンプフ大将」

(は?何をやったんだ一体?)正直なシュルツの感想。

「前の戦車長は酒好きで、よく酒保からワインをくすねてたんですがね、それが見つかって。タバコだの他にも余罪がバレて、たまたまそこに軍規に厳しいうちの大将がいたもんで、大目玉を食らった挙句鉄拳制裁で病院送りに。そしたら搬送先の病院で肝臓をやられてたのが見つかってそのまま療養という訳です」

(厳格な人柄のあの方なら、分からなくはないな)

 そうシュルツはため息を吐きながら、「馬鹿者が!」と言って激怒するケンプフの姿を思い浮かべ苦笑いを浮かべる。


 そうこうするうちに、シュルツの所属する小隊はソ連軍防衛線の射界に突入する。

 シュルツの指揮する戦車の周囲に、大口径の重砲ではないが、遠く近くにと砲弾が着弾し、土と砕かれた石片を飛び散らせる。

「撃ってきやがったなイワン共!」

 4輌編成の小隊は楔型の陣形を維持して弾幕を掻い潜り、操縦手は悪態をついて、弾着した場所にできた陥没を、左右のギアチェンを駆使して巧みに避けていく。

「!敵戦車発見、距離800!」

 振動の伝わるキューポラを覗きこみながら、林の合間に隠れるように動いている灰色の塊を見つけ、シュルツはマイクに向けて怒鳴る。

「了解!仕事にかかる!」

砲手も砲塔前面のペリスコープに張り付く。

「エル!BTじゃない、見たことない奴だ!11時の方向!」

 距離の見間違いかとも思ったが、周囲の木の太さと比較しても、BT-7より一回りは明らかに大きい。

様子を眺めていると、砲塔のハッチから頭を出しているソ連戦車長らしき男が、後方へ手で合図を送っているようだった。

「相手が何だろうが、ぶちかますだけですよ!」

 そう言って砲手は右側にある砲塔旋回レバーを左に倒し、砲塔を回転させる。

 そして、手動旋回ハンドルと高低操作ハンドルを回し照準を微調整する。


 相手もこちらを発見したようで、早速撃ってくる。

「敵戦車発砲!」

 発砲炎を確認したシュルツは怒鳴る。

 全くの的外れな着弾。後方にも何台か姿を現したが、新型戦車なのだろう。性能は分からないが練度はまだまだなようだ。

「そんなんで当たるか!イワンの下手くそども!」

操縦手は戦闘となるといつでも嬉々としているのが、良いのか悪いのか。今まで被弾した事がないのは、密かに自慢している。

「距離500!撃てッ!」

「フォイエッ!」

 砲手は撃発ペダルを踏み込む。KwK37の砲身から放たれた砲弾重量6.8kgのPzgr39(徹甲弾)は、敵戦車の砲塔側面を捉えていた。

 撃破を確信していた砲手。

クルツと渾名された砲だが、距離500であれば45mm厚の装甲を抜けるはずなのだ。Ⅳ号戦車の正面装甲でも撃ち抜ける。

 だが、砲弾は無情にも弾かれた。

「何だと!?」

 ヘッドフォン越しでも驚愕しているのが分かる砲手の声。

 今まで、10台以上の戦車を撃破してきた砲手にとって信じられない状況だった。

ヘマしやがったな(ミスト・バオエン)!」

 砲手をなじるように言ったのは操縦手だ。

うるせぇハルト・ダイ・マウル!アイツが硬いだけだ!次の装填急げ!指挟むんじゃねぇぞ!」

はいヤー!」

 若い装填手が慌てて、薬莢を輩出して解放されたままになっている閉鎖機(尾栓)内に砲弾を装填する。装填された閉鎖機は自動で閉鎖され、次の射撃が可能となる。

前進(パンツァー・マルシュ)!」

 シュルツはもう一撃を与えるべく命じる。

 操縦手は迂回しながらも、更に接近を図る。

「もう1発、鉄のおかわりはどうだ!」

 距離を詰めた状態で砲手は再度主砲を発射する。

 砲弾が撃ち出される振動が伝わり、砲身が後退して空薬莢がバスケット内に排出される。

 別の僚車を狙っていたソ連戦車砲塔側面に命中。

 また砲弾は弾かれてしまう。


ソ連戦車

T34/76(1940年型)


全長8.15m

全幅3m

全高2.7m

重量26t

懸架方式クリスティー方式

速度55km/h(最大)

行動距離360km

主砲30.5口径76.2mm戦車砲

副武装7.62mm機銃


装甲

砲塔前面45mm

側面45mm

後面45mm

車体前面45mm

側面45mm

後面45mm

上面20mm

エンジン4ストロークV型12気筒水冷ディーゼル

500馬力

乗員4名


 Ⅳ号戦車をスペック上では攻防走の全てにおいて上回る。中戦車の分類だが重戦車に匹敵する性能の怪物的戦車。

 26tを上回る重量ながら、速度も55km/1hの軽快さを持つ。砲塔の鋳造製の湾曲した装甲と徹底した傾斜装甲は、全周に渡ってⅣ号戦車の前面装甲を上回る強固さがある事を、この時点のドイツ戦車兵は知らない。

 1941年段階ではキエフ東のハリコフと、スターリングラードが主要生産拠点として機能していた。


クソがシャイセ!これでもダメか…」

「流石にヤバい!」

 操縦手は焦りの声をあげる。

 距離400まで接近している状態ではいつ命中弾を受けてもおかしくない。

「前に出過ぎだと言われています!」

 通信手が小隊長からであろう通信を伝えてくる。

 状況に流されて、通信は耳に入っていなかった。

「右旋回で離脱を!」

「待った!ほんの少し、2秒でいい!直進を!」

 砲手は動き回る中、砲塔だけはしっかり敵戦車を照準に合わせて放していない。

「あ?的になりてぇのか!?」

 操縦手が言っているのは、戦車だけではなく敵砲兵にも狙われていると言っているのだ。的を絞らせる訳にはいかず、操縦手は回避行動に移りつつあった。

 小隊の全車両が有効打を与えられず、敵戦車と撃ち合いになっている状況。ソ連戦車の練度不足であるおかげか、今のところ全車輌は無事なようだ。


「その時は少尉も含めて、皆仲良くこの戦車と運命共同体だ!」

「おめぇと心中なんて願い下げだ!」

「右に同じく!」

 通信手まで操縦手に同意する。

「やれ!!」

「おめぇは指揮官じゃねぇだろうが!ったく!いいんで?少尉殿!?」

「エルの言う通りに」

 砲手の考えあっての事であろう。今更口を挟める事ではない、とシュルツは砲手に任せる。

 舌打ちしながらも、操縦手は砲手の言う通りに右旋回のためにニュートラルに入れていた右ギアを、左と同じ3速ギアまで入れ直し直進に入る。

「今度は弾けねぇぞ!!」

 照準を修正し続けていた砲手は、その瞬間に主砲を放つ。

 放たれた砲弾は敵戦車の車体前面右下部、特に面積の狭い履帯(キャタピラ)に命中させる。

 その重量級の車体からしたら、あまりにも華奢な履帯から引き剥がされた板切れ状の鉄片と火花を撒き散らし、傾いた敵戦車の動きが停止する。

 しかし、履帯を破壊して行動不能にしたが、砲塔は健在に見えた。

 だが、それは外観上で砲手が放った2射目は、短砲身故の初速の低さから装甲の貫通こそできなかったが、至近で命中した砲弾の重量と衝撃で内部表層が剥離。

 その破片が砲塔内で飛び散った結果、内部は阿鼻叫喚となっていた。

まだニッケルなどを含んだ合金製ではなく、破壊された戦車の廃材の再利用が行われていた租造物も混じっていたが、この場合は特に顕著にこの現象が見られる。生産性のみを優先し乗員を省みないソ連特有の性質。


 しかし、その事情があってもT34の性能上の優越を覆すのは困難だった。

Ⅲ号戦車A~F型の主力KwK36(3.7cm46.5口径)では680gという重量不足のため、更に150mまで近づかねばならない。元がドアノッカーとまで言われていた砲で、使用の限界を迎えていた。

この不評が元で、砲弾重量がKwK36の3倍近い約2kgのKwK39(5cm42口径)装備となったG型以降でも、500mまで接近しなければならず、また生産数も少ない。

これも初期型に対してで、改修されていくに従って性能的に太刀打ちできなくなっていく。

 


後退ツリュック急げシュネル!」

 シュルツも着弾を見届けると、操縦手に大声で命じる。

「無茶させやがって!」

 砲手に悪態をついて、操縦手は再び右旋回をしながら、アクセルを踏み込んでその場から離れる。

突出してしまっていたシュルツ車の周囲には、戦車だけでなく、砲陣地からの集中砲火を浴びせかけられていた。

「全車後退!建て直しを図るとの事!」

 通信手が無線の内容を伝えてくる。

 予想以上に強固な陣地と、化け物のような戦車を不用意に同時に相手をするのは無謀と判断したのだ。

「空軍に支援を要請!」

 恐るべき敵新型戦車現る!

 各前線からのこの報告は、直ちに司令部にも伝えられる。

 進撃を開始した南方軍集団は、3日目からその余裕の戦闘推移に陰りが早くも見え始める。


 要衝キエフ前面にはソ連4個軍が展開し、強力な防御を見せている。この4個軍は中央軍集団が対峙した4個軍とは、明らかに異質なものだった。

 加えてキエフ前面には本格的な野戦築城により、防衛線が幾重にも構築されているせいで、その都度停止を余儀なくされる。

 ソ連軍の開戦前の想定では、主要工業地帯であるキエフが第1目標にされると予想されたため、ソ連軍機甲部隊の半数以上がこの近郊に配備されていた。

ソ連南西方面軍司令官ミハイル・キルポノス大将は、国境に配備された有力な機甲戦力を差し向け、キエフ前面で激しい戦闘が繰り広げられ、一時的に戦線は膠着状態に陥る。

 間隙を縫って東へ突破するドイツ第1装甲集団に対し、ソ連第5軍が北から、ソ連第6軍が南から側面からの挟撃を画策する。



6月26日

リヴォノ近郊


「敵戦車部隊北上中!およそ3個大隊!真っ直ぐこちらに移動中!」

 10km程後退し、後方からの牽引式重砲群などの集結を図っていた最中の第11装甲師団は、再びソ連の機甲旅団と遭遇する。

「了解。今度はずいぶんと数が多いですね」

 通信手に声をかけるシュルツ。

 シュルツの指揮するⅣ号戦車は、再びソ連戦車と対峙する事になった。

 散開して配置されている味方戦車の上空を、シュトゥーカの編隊が排気の尾を引いて、ソ連軍が接近していく方向へと飛びさっていく。

ハンガリー国境に配備されていたソ連第6軍の機甲部隊を北上させ、第1装甲集団の先端にぶつけてきたのだ。


(制空権はこちらにある)

 数は多いが、苦労するのは敵側のほうだ。

 鷲に狙われた亀を連想させる状況に、敵は陥っていると思われる。

 相手が陣地との直協でなければ、相手ができないということはない、とシュルツは感じている。尤もあの頑強さは驚異的であり、撃破するにはよほど上手く立ち回らなければならないのは変わりないが、援護が期待できるぶん精神的に余裕が持てる。


 ハッチ上から覗く方向からは、舞い上がる砂煙と、所々から黒煙が見える。

 報告からすれば、およそ50輌程度の戦車部隊。

 何輌かはシュトゥーカが始末しているようだ。

 今までは明らかな攻勢において真価を発揮していた装甲部隊が、防衛側として戦闘に参加するのは珍しい事だ。

 対戦車砲陣地が控える後方への敵の突破を阻止せねばならない。

 歩兵支援、防衛戦における撃ち合いと言う意味合いにおいては、Ⅲ号戦車やⅣ号戦車よりも英・マチルダや、仏・シャール、あるいはStug・Ⅲ号突撃砲の方が性質的にはむいている。


「敵戦車の突破を阻止する!戦車部隊前進(パンツァーフォー)!」

「大隊前進開始です!」

 通信手が命令を伝えてくる。

「了解!前進開始!」

「あいよ!」

 操縦手は命令を受け取り、アクセルを踏み込みながら、左右のギアを徐々に上げていく。


 ソ連機甲部隊に向けて前進を始めた第11装甲師団の上空。

 超低空を、失速するのではないのか?と思われるほどの低速で飛行するシュトルヒの姿があった。

「予想以上に敵戦車の数が多い。聞くところによれば我が戦車の砲がまるで通じない、怪物が現れたと聞くが本当かね?」

 眼下の地上の様子を伺いながら、第1装甲集団司令官エヴァルト・フォン・クライスト上級大将は同乗者に問いかける。

 フランス戦までは戦車集中運用に疑問を抱く保守派的思想の持主だったが、その絶大な効果を目の当たりにし考えを改めた。

 戦車戦術の理解を深めた今では、パンツァークライストの異名で呼ばれる、グデーリアンと並ぶドイツ装甲部隊指揮官の筆頭格。


「それは間違いありません。遭遇した前線部隊から多数の報告があがっており、総監部が調査に動いています」

 クライストの前線視察に同乗していた、ヴェルナー・ケンプフ装甲兵大将はその問いかけに答える。

 後にソ連軍と数々の戦車戦を繰り広げる事となる、ドイツ装甲部隊指揮官の一人。

「由々しき事態だ。我が部隊が1週間と立たずに、苦戦する事を宿命付けられるとは」

「クライスト閣下」

 世界最強を自負するドイツ装甲軍が衝撃を与えられた、いわゆるT34ショックの始まりだった。

 撃破され廃棄されたT34は、後に装甲兵総監部にて徹底的に分析される事になり、今保有するいかなるドイツ戦車よりも強力な物である事が確認される。

「新型戦車の開発指示は先月出されたばかりだ。一々空軍に高射砲の貸与を依頼していたのでは、迅速な作戦行動など夢のまた夢だ」

 苦渋の色を浮かべたクライストの表情は、作戦開始時の余裕は失われていた。

 次期主力戦車と目されるⅥ号戦車・ティーガーⅠの開発指示は5月26日に発令されたが、明らかに時期を失している。

 早期に対抗策を打たなければならない焦りが、クライストの胸中を支配している。

「敵戦車撃破のため、現在、軍団砲兵を前線へと集結中。できれば6軍か17軍から、直轄砲兵を回して頂きたいところではありますが」

ケンプフは言う。火力で劣るならば、更なる火力を迅速に必要な場所に送り込まねばならない事を心得ている。

 軍団重砲大隊装備の10.5cm/sK18ならば、1500m以遠からでもその砲弾重量で装甲自体を砕き割ることも可能。問題点はその重量と取り回しの悪さだが、その貫徹力はアハトアハトを凌駕するこの砲は、後にⅢ号戦車の車体に搭載し、10.5cm突撃榴弾砲42としても採用される。

 この砲は歩兵師団砲兵連隊に3個大隊36門が配備、装甲師団には2個大隊が配備され戦車を除いた火力面では歩兵師団がある意味で上回っている。

更に高威力となる重榴弾砲15cm/sFH18は、各歩兵師団の砲兵連隊に1個大隊12門配備されているが、これらの大規模な火力の統一運用は、軍団以上の直轄砲兵指揮官に限られており、状況に応じて砲兵連隊をまとめその砲火力を集中させることにより、絶大な効力を発揮する。


「うむ、要請はしてみよう。だが、両軍とも既に前進を開始している。我々に回す余裕はあるまい。第4航空艦隊にアハトアハトの貸与と、急降下爆撃飛行団の更なる増援を要請をする」

 クライストはそう言って、再び眼下に視線を戻す。

「如何しましょう、このまま督戦されますか?」

 ケンプフがクライストに問いかける。

「戦場上空を一巡りだけしたら直ぐに戻る。6軍17軍の両軍にも側面支援と連携を図るよう、ルントシュテット元帥に進言し、ライヒェナウ元帥とシュテルプナーゲル将軍の両軍司令官とも急いで協議しなければなるまい。我が装甲集団が突破を図る前に挟撃を受けるなどと、これは想定以上の事だ」

 ケンプフはクライストの心中を思いながらも、同じように地上で砲火を交え始める装甲部隊を見つめる。

「道は近く、さりとて遠いキエフ、か」

 苦渋の色を押し隠しながらクライストは、ケンプフにも聞こえないように苦々しく呟いた。


 キエフ前面を巡って、ドイツ第1装甲集団とソ連第5軍、第6軍が1週間に渡っての戦車戦を繰り広げる。

 これに対しドイツ第6軍がソ連第5軍と、ドイツ第17軍がソ連第6軍を更に側面を撃つ形で戦線を力ずくで東へと押し上げる格好になり、キエフ攻略が、当初の想定以上の困難を伴うのが確実となった。

 7月2日には、脆弱なソ連第12軍国境部隊を撃破してベッサラビアを奪回したドイツ第11軍とルーマニア第3軍が、ドニエストル河を渡河して進撃を再開。

 ドイツ第11軍は北上し南方面から圧力を加え、ルーマニア軍は東へ向かい単独で黒海沿岸のオデッサを攻略する形になる。オデッサはソ連黒海艦隊の主要基地のひとつである。

 ルーマニア軍は元ソ連国境のドニエストル河を越える計画はなかったが、首相・元帥イオン・アントネスクは対ドイツ協力の証として、更なる奥地への進攻を了承。ドイツが必要とする兵員マンパワーを提供し続ける事となった。


砲手はエルンスト略称エルにしております


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