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流転の大戦記  作者: どらごんますたぁ
第1章 日米開戦への道1941
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第4話 ケルベロス

1941年6月11日

北海



「取り舵一杯! 針路1-8-0!」

リンデマンは命令を下す。

ビスマルクは回頭し、艦隊は南へと変針する。北海を南下した先にあるのはドーバー海峡。

何も知らされていない後続艦の動揺は、相当なものであろう事が予想される。

それもそのはずだ。ドーバー海峡を突破した艦隊は、350年前のスペイン無敵艦隊、通称アルマダの先例があるのみ。

そして、そのアルマダはその後、英国艦隊によって撃滅されスペインは覇権国家から転落し、イギリスが海洋の覇権を握った。

ドーバー海峡は敵国にすれば地獄の門と言える。そのような場所に飛び込んでいくなど、まさしく自殺行為。決死の覚悟で挑まねばならない。

故に、その作戦内容はリュッチェンス、レーダーをはじめとした極少数によって秘匿された。

作戦名はツェルベルス。艦数に因み、三頭の地獄の番犬の名が当てられた。

これには、ヒトラーが作戦に介入したことで、多分に政治的な内容を含む事になった。ヒトラーにとってみれば、予測を裏切って徹底抗戦を主張した挙げ句、ベルリンにまで空襲を加えてくるイギリスの顔に泥を塗りつける。半ば私怨にも似た感情がある。

そして、史上最大規模となるバルバロッサ作戦に匹敵する成果を求められた結果が、ツェルベルス作戦だった。

正にイギリスを世界帝国の地位に押し上げた英海軍(ロイヤルネイビー)の聖域たる、ドーバーを突破することは、ダンケルクの奇跡と英本土上陸作戦(ゼーレーヴェ)の失敗を払拭するに足る前人未到の偉業と見ている節があったのだ、とリュッチェンスはリンデマンに語った。

これらの詳細を知りながら、作戦内容を秘匿するため一切口をつぐみ続け、出航後からは口やかましいほどにあれこれ指示を出し続けたリュッチェンスの心労を、リンデマンは思いやった。

苦楽を同じ艦の上で共にするのだ、水臭いではないか…



「艦隊陣形変更を僚艦に通達。プリンツ・オイゲンを先頭へ。航路はドーバー海峡を突破し、ブレストへ」

「発光信号にて艦隊陣形変更! 航路ドーバー海峡、後ブレスト!」

発光信号はビスマルクからティルピッツを介して、最後尾のプリンツ・オイゲンに伝えられ、命令を受けたプリンツ・オイゲンが、最後尾からビスマルクとティルピッツを追い抜くべく加速を始める。

雨はいつしか小雨となり、薄い雲が覆う空は暗く沈み、時刻は間もなく日没を迎えようとしている。

「プリンツ・オイゲン、右舷1500を通過!」

 トップスピードの32ktで、艦首から盛大な波しぶきを上げて脇を過ぎぬけるプリンツ・オイゲン。

「機関第3戦速!各艦連絡を密とせよ!」

プリンツ・オイゲンの動向に注意を払いつつ、艦隊は24ktへと増速し、北海の出口ドーバー海峡を目指し直進を始めた。

ここでリンデマンにとっての不安は、突然の行動に一番練度の低いティルピッツが追従できるかどうかだ。

プリンツ・オイゲンに関しては、ビスマルクより練度は明らかに上だ。先導させるにも申し分ない。

ドーバー海峡への進入は夜明けになるだろう。


この航路をとるにあたり、リュッチェンスには緻密に計算された計画が立てられていた。

北海で艦隊が南に転進した後、ノルウェーで補給を受ける旨の偽装電を発信。この欺瞞によって判断を誤らせ、英本国艦隊の行動をある程度拘束できると踏んでいた。

そして、最大の難関ドーバーから英仏海峡に至る狭い領域に、大量に散布された英独両国の機雷と、座礁の危険性だ。

ライン演習作戦が密かに変更された時、5月初旬に機雷除去が下達され、フランス沿岸側の掃海は進んでいる。それでも水深の浅い領域を通過せねばならず、戦艦の喫水に十分に足りる領域はかなり狭められる。

そして、練度不足の艦隊で夜間に、この狭い領域を高速で突破するのは、相当無茶を艦隊に強いる事になる。最悪、玉突き事故で全艦座礁などという、洒落にならない事態に陥りかねない。

そのために陣形を変更を日没前に設定し、夜明けを期して海峡へと突入する算段を整えていた。


とにかく、偽装に掃海の緒任務は、それぞれが単独で時期を外して命令が伝えられているため、一つ一つの行動がドーバー海峡突破を想定する事につながる恐れは薄い。

かなり危険性の高い任務であるから、情報の漏洩防止には万全が期された。

実際に英艦艇との接触はない。

「後はこの天候がいつまで持つか……」

南へ向けて突き進むビスマルクの望楼に立ち、小雨混じりの湿気を多分に含んだ潮風を浴びながら、リンデマンは天を仰ぐ。

曇天と雨とが交互に変わる、微妙な天候が続いていたが、雲量は明らかに減って来ている。

「不安かね?」

「司令…。不安は、ありますね」

珍しくリュッチェンスの方から話しかけられた。周囲を見渡してからリンデマンは答える。

士官や兵達には聞かせられない。

「当然だろうな、何も知らせずに事を運んだのだから」

気を楽にして聞いてくれ、と前置きしリュッチェンスは語り始めた。

「艦長、君と二人でこのようにして話すのは初めてだったな」

「そうですな。言葉を交わすのは業務連絡ぐらいだったと記憶しております」

「今回の件は済まなかった。こうなる事は想定外だったのだ。無謀だからとティルピッツや護衛の駆逐艦参加を要求したら、ティルピッツのみのあげく余計に無謀な事を押し付けられるとは、ね」

表情そのものはいつもと変わらない。誰かは知らないが、余計な事を

「どんな皮肉ですか」

まったく、といった風に悪態をつきながらも、リンデマンは応じる。

「確かに…、私は命令に逆らえない気の弱い男だ。今回の一件でつくづく思い知らされた」

いつもは無口なリュッチェンスらしからず、珍しく本音を語ってくるほど饒舌だ。

「軍人は命令に忠実であれ。予定通りにライン演習作戦が発動されていれば、戦艦との不要な戦闘は避けよとの命令を、私は忠実に守ろうとしただろう。君にしてみれば、即断即決、勇猛果敢なマルシャルの方がよほどやり易かったかもしれん。私は彼のようには振る舞えない」

責任の重圧に押し潰されたかのような、にじみ出る不満と呪言。

落ち窪んだ目には、言い知れぬ疲労の色が浮かんでいる。

「司令、ここまで来て弱気は禁物です。ならば、我々が成し遂げて見せましょう、その偉業を。そして、我が物顔で海の上を闊歩するいけすかない英海軍(ライミー)どもに、独海軍(クリークスマリーネ)の底力を見せつけてやりましょう!」

決してナチスに忠誠を誓っている訳ではない。むしろ面白くない無謀な任務をあてがわれた。

だが、ノルウェーでの雪辱を晴らす機会を与えられた事で、逆に高揚するリンデマンがあった。

「頼もしいな。だが、後7時間もすれば夜が明ける。ドーバー海峡に突入した時点で、否応なしにイギリス側に気付かれる」

夏至に近い高緯度地域の夜は短い。日没は21時30分前後、夜明けは4時45分前後と、隠密行動をとるにはかなり厳しい条件。

短い束の間の休息の時間。

夜明けを迎えれば、敵味方共々大騒ぎになることは容易に想像がつく。

「ここまで来たら、突っ走るしかないですな。我々は運命共同体です。腹をくくりましょう」

諦めた訳ではないが、リンデマンの胸中はどこか爽やかだった。

「期待しとるよ艦長。それに運命共同体はもう一人いるようだぞ?」

リュッチェンスの視線の先を見ると、リンデマンの足下には一匹の猫が、いつの間に来たのか行儀よくお座りをして二人を見上げていた。

黒がメインの白のぶち模様、小柄で愛嬌のある雄だ。

いつビスマルクに乗り込んでいたか定かではないが、飼い主がハッキリしない。

「どうしたんだオスカー?」

リンデマンは屈むと、オスカーと名前を呼んだ猫を掴んで抱き上げる。

軍艦猫のオスカー。

そう呼ばれるこの猫は、ビスマルクの艦内を気の向くままに歩き回って、愛嬌を振り撒いているマスコットキャラだ。

女っ気のない艦内では乗員達の間では、アイドルのようにかわいがられている。

女がいたらいたで、楽しい事になるだけだが。

「食事の時に見かけたが、目を合わせようとすらせずに行ってしまった」

オスカーを見ながら、リュッチェンスは言う。どうやら嫌われているようだ。

「そんな事はありませんよ。コイツは人懐こい奴ですから」

そんなリュッチェンスを気遣って、リンデマンは抱き抱えていたオスカーを差し出した。

ならば、と試しにリュッチェンスは手を出してみるが……

シャーッ!!

思っきり威嚇されてしまった。

「嫌われとるようだな」

「………」

オスカーはリンデマンの手元から飛び降りると、また艦内に姿を消していった。

その場にはリュッチェンスとリンデマンの二人と、非常に気まずい沈黙が残された。

「申し訳ありません……」

沈黙に耐えられず、リンデマンの方がそう言って頭を下げる。

「まあ、いいさ。この顔と性格も直さんといかんのかもな……」

どこか寂しげにリュッチェンスはそう言って、踵を返す。

「夜明け後の事を参謀達と協議しておく。何かあれば報告の方を頼む」

またいつものぶっきらぼうな口調に戻っている。苦笑いをしつつ「ヤヴォール・ヘア・アトミラール」と敬礼する。

「何かあるのかね?艦長」

「いえ、何も」

そう簡単に変わらないだろう、とリンデマンはリュッチェンスを見送った。




同時刻

イギリス

オークニー諸島 スカパ・フロー



英海軍(ロイヤルネイビー)本国艦隊(グランドフリート)の一大根拠地。

日本の呉、アメリカのハワイと並ぶ、世界最大規模の停泊地としてあまりにも有名。オークニー諸島の各島嶼に囲まれた水域は広く、またその出入口は狭く、敵の侵入に対処しやすいため古くから泊地として運用されてきた。

だが、昨年にはUボートの侵入を許し、リヴェンジ級戦艦ロイヤル・オークを撃沈され、今次大戦で初の戦艦を喪失した汚点を残した。

だが、このスカパ・フロー以上の適地はイギリス本土付近にはなく、対潜水艦防止ネット、対航空機用気球を展開するなどの対策をこうじ、お茶を濁したままで運用が続けられている。

その泊地のほぼ中央に投錨している旗艦キング・ジョージ5世(KGⅤ)。

周囲には同型艦プリンス・オブ・ウェールズ(POW)、巡洋戦艦フッド、レパルス、空母ヴィクトリアス、その他多数の巡洋艦、駆逐艦、潜水艦が停泊している。

帝國海軍の柱島泊地に比較すると、艦艇数の点で壮観と言うには、やや物足りない雰囲気があるのは否めない。尤もその理由は多数の主力艦が大西洋、地中海、インド洋に分散されているためでもあった。

それでも、独仏伊海軍からすれば十分に強力な艦隊だ。空母の数が少ないが、欧州で空母を保有しているのは仏海軍のベアルンだけだ。

これに護衛のリヴェンジ級戦艦などが必要に応じて加わる形になる。

ドイツ戦艦戦隊の出撃を察知した段階で、本国艦隊は臨戦態勢をとった。


本国艦隊旗艦・KGⅤ


英海軍最新鋭戦艦。ワシントン軍縮条約明け後に計画された、新標準艦隊計画の第一段計画艦。

列強海軍の中で最も軍縮条約に振り回された、不運な戦艦として生まれ落ちた。

大戦終結後には「戦艦のようなモノで我々は戦った」とチャーチルに戦艦モドキのレッテルを貼られてしまう。

と言うのも戦艦の顔と言うべき、主砲の設計でしくじったままで早期の戦力化を求められたせいで、他国の新型戦艦より明らかに弱い。

KGⅤ級は条約更新がされる前提で、15inではなくサイズダウンされた14in(35.6cm)砲で設計され、4連装砲塔3基12門搭載艦となるはずだったが、あろう事か不具合の発覚により2番砲塔(英海軍的にはB砲塔)を連装砲塔に変更せざるをえなくなり、4連装連装混載艦と言う不恰好な戦艦になってしまった。

4連装砲塔搭載艦は仏海軍のダンケルク級、リシュリュー級がある。

外観上でもそのバランスの悪さから、見劣りする感があるのは否めない。

一応米海軍のノースカロライナ級も4連装砲塔搭載艦だったが、軍縮条約のエスカレーター条項によって、16in(40.6cm)3連装砲塔3基に換装されている。

日米の戦艦は化物か!


だが、攻撃的が大きく劣る代償と言うのは変だが、防御力の点ではまずまずの性能を有している。


キング・ジョージ5世級

性能諸元


全長 227.2m

全幅 31.4m

基準排水量 36770t

機関 パーソンズ式ギヤード・タービン4基4軸

出力 125000hp

速力 28kt

航続距離 10kt7000浬


武装

主砲 MarkⅦ 35.6cm45口径4連装砲 2基8門

同連装砲1基2門

副砲 MarkⅠ 13.3cm50口径連装両用砲 8基16門

機銃 ヴィッカースMarkVIII 4cm40口径8連装機関砲 4基32門

ロケット砲 UP17.8cm20連装ロケット砲 4基


装甲

主砲塔前盾 324mm

主装甲帯 最大374mm 

甲板装甲 最大180mm

司令塔 最大100mm


ビスマルク級と比較すると一回り小さく、巡洋戦艦フッドの方が強力に見えてしまうのが悲哀を誘う。

だが、新鋭艦だけあり通信機能や電子兵装面では最新の物が取り揃えられており、本国艦隊の旗艦を務めている。


「報告いたします。先程の通信より新たな発信はありません。ドイツ本土と思われる方面からは、非常に活発な通信を傍受しておりますが、残念ながら敵艦隊に関しての内容は発見されておりません」

「ご苦労。引き続き、通信の変化に十分注意するように」

長官室にて通信士官の報告を受け、本国艦隊司令長官ジョン・トーヴィー海軍大将は渋い顔をしていた。ドイツ戦艦戦隊の出撃をキャッチして以降は終始不機嫌だった。

ベルリン作戦で出撃してきたシャルンホルストとグナイゼナウは、長い追撃の末にブレストに押し込んで閉じ込めたが、戦艦3隻クラスとなれば、侮れない戦力だ。

このKGⅤでは、ドイツ新型戦艦と互角に戦えるか不安がある。

そればかりではなく、三流海軍と見ていた独海軍が、一人前にこのKGⅤ級以上の巨艦を保有している事に、どこかで面白くないと感じているがゆえかもしれない。

「ノア管区の方はどうなっている?」

「は、ドイツ戦艦出撃に備え、東方海域の船団は避退。在艦はそれに合わせ護衛に当たっているとの事です」

これらの情報を照らし合わせれば、今のところ動きは見られない。

これまでの通商破壊の行動から、北海からノルウェー海、大西洋へと進出するルートを今回も通るであろうと推測される。

その公算が大きいはずなのに、何か違和感を感じるトーヴィー。

「H部隊の現在位置は?」

「先程の連絡ですとアイルランド南西沖、凡そ300kmとなっています」

護衛任務を終えた戦艦ネルソン、ロドニー、巡洋戦艦レナウン、そして空母アークロイヤルが、本土へ移動中だったのは幸いだった。優速の戦艦がスカパ・フローに集結中だが、いかんせん旧式の巡洋戦艦と最新鋭の高速戦艦では分が悪い。

純粋な戦艦としては、ネルソン級の方が強力だ。

それでも、これらが集結すれば戦艦7隻、空母2隻が揃い、ドイツ戦艦部隊を圧倒する計算になる。惜しむらくは、空母フォーミタブルとイラストリアスが、損傷を受けてドック入りしている事だ。


後は網に掛かればいいのだが。

トーヴィーとしてはそこが一番の心配事だった。

既に多数の艦艇をノルウェー海に放っているが、前回はしくじっている。リュッチェンスの消極的な指揮が功を奏し、グナイゼナウとシャルンホルストを見失い大損害を被った。そのせいで風当たりは強い。

その成功の前列を踏襲するならば、ほぼ確実に同様の航路を取るものと判断をしていた。




6月12日

ドーバー海峡


時刻は5時を迎え、海峡は大陸の地平線から上る、束の間の日の出の陽光に照らされていた。

雨は既に止んでいるが、曇天に日の出も隠れようとしている。

「右舷、ドーバー・白壁(ヴァイスヴァル)を視認!」

ビスマルク艦橋。艦橋に上がっている全員が双眼鏡を持つ者は片手に、そうでない者も右方に顔を向ける。

ついにビスマルク以下のドイツ第1戦艦戦隊は、英仏海峡の入口へと到達したのだ。

「では艦長、始めようか」

「全艦、右砲戦用意!」

リンデマンの命令の下、ビスマルクの4基の連装砲塔が旋回を始める。

標的とされたドーバーには、海峡全域を射程におさめる沿岸要塞砲が配備されている。正確に言えば長射程の列車砲だ。

戦艦の主砲を改造した15in砲4門と、9in砲が8門。これらがドーバー海峡に睨みを効かせている。恐らく沿岸砲で最も戦闘を経験している。

この砲は対岸のドイツ軍の要塞砲と、海峡を挟んでときたま砲撃戦を繰り広げている。

どのみち、英仏海峡最峡部のここで艦隊の通過が察知されるのならば、先制攻撃を加え、可能ならば撃破しておきたい。

正確に言えばあわよくば、というのが正直なところだ。


理由は、陸上砲台の撃破が極めて困難だから。

陸上砲台は艦船のピッチングとヨーイング、縦揺れ横揺れによる射点の変動が無く、安定性の点で比較にならない。

艦艇と砲台の砲撃は極端に言えば、相手が揺れているか、自身が揺れているかと言う点に集約される。

この揺れによる誤差の修正は極めて困難で、命中率に大きな差が生まれる。戦艦同士ならば条件は同じになる。

もし、同規模、同装甲の砲塔を持つ砲台と戦艦が砲撃戦を展開すれば、まず間違いなく戦艦が敗北する。砲台側の利点は砲塔のみで被害を限定できるのに対し、戦艦は砲塔以外にも被弾する面積が広く不利になる。

そのため、航行の自由が利かない海峡部や湾口に、防衛のための沿岸砲が設置されている。実際の戦果としては第一次大戦でのガリポリの戦いにおける戦艦オーシャン、イレジスティブルの例がある。

直接の撃沈ではないにせよ、砲台を沈黙させられず一方的に打撃を受け、長時間拘束された事によって戦艦側が触雷した事例だ。格下の砲台であっても、よほどの口径差がなければ苦戦するのはほぼ確実とされ、要塞砲の射程に入るのは禁忌とされた。

ドイツ海軍もノルウェー・オスロフィヨルドにおいて、この禁を犯し、重巡ブリュッヒャーが撃沈に至り、リュッツォウが6in砲の被弾によって中破、一時的に戦闘不能に追い込まれている。

沿岸要塞砲が設置される場所は、要地防衛である場合がほとんどで、単独で戦艦対砲台の図式が成り立つ訳ではない。

むしろ、機雷及び航空機によって何重にも守られている防衛機構の一角に過ぎない。


今回のドイツ艦隊は、意図してその射程内に突入せねばならないため、砲撃を実行しながら強行突破を図る事となる。

どのみち高速で航行しながらでは、命中は望めないし、そもそもこんな狭い海域で悠長に撃ち合うつもりはない。

これは文字通り、挨拶がわりの一撃なのだ。



「全主砲一斉射撃!撃方始め!!」

「フォイヤ!!」

測距をする事なく、第一射からの全門斉発に入るビスマルク。

標的は白壁の後方、約2kmに展開する重砲群。20km圏内だが直接照準ができない。

ドーバー市街地への着弾は可能な限り避けている。さすがに虐殺者ではない。

これが、グレートブリテン島に対して、他国戦艦としての初の艦砲射撃となった。

艦橋には耳をつんざく轟音と、朝日を凌ぐ発砲炎の輝きが射し込んだ。

「機関第5戦速!無線封鎖解除、総司令部宛てに打電!我ドーバーにあり! 第2射装填急げ!撃ってくるぞ!」

ここまでは計画通りと、矢継ぎ早に命令を下したリンデマンは、作戦の成功を確信まではいかずとも期待した。

英本国艦隊を出し抜いて、後は全速で英仏海峡を走り抜けるだけ。

気象班の予報では、まだ晴れ渡るには時間がかかる。天は我々に味方している。


「もう二度と、この海峡を通過する事はないだろうな」

引き返せぬ状況になったことで、リュッチェンスは一人呟く。

「次があるとすれば、戦争が終わった後の事でしょうな。生きていれば、の話しでしょうが」

リンデマンは何気なくそれに応じる。

「そうだな。こんな政治屋向けの作戦など、本来我々がやるような事ではない」

軍はヒトラーのオモチャではない、との不満が出ている。

だが、ときたま常識はずれの事をやってのけた実績があるのもまた事実であるのが、余計に達が悪い。

「もし次に、二度目の命令を受けたら?」

「愚問だ、艦長」

「失礼しました」

二人のやり取りは、今までろくに話しすらなかった場面しか見ていない乗員には奇異な事に見えた。

「こうなると、空軍の援護に期待したいところですが」

間違いなく、巣をつつかれた蜂のように、殺気立った英空軍機の襲来が予想される。別組織の空軍が、何も知らされていないこの状況でどこまで動いてくれるかは、正直わからない。

「出撃前に根回しはしておいたが、後はあの男の命令次第だ」

こんな作戦を強制した元凶。

こうなることは当然、予測されてしかるべき事態だ。

まさか想定外だった、などと言う妄言を吐かれでもしたら、命をかける乗員達を何だと考えているのか?


突如、いや、予想通り、ビスマルクの右前方に巨大な水柱が立ち上る。

「敵砲台から砲撃!数4!遠弾です!」

「この調子ならば、命中には至るまい。針路まま!このまま砲撃を続行せよ!」

「ヤヴォール!」

間接照準が上手くいっていないようだ。こちらも実質的にはめくら撃ちだが、牽制と混乱を誘発させるには十分だ。

それよりも空軍の対応策がない場合は、最悪の事態を想定しなくてならない。

だからこそ、救難信号に等しいド派手な無線を発信したのだから。

「まさか、な……」

リュッチェンスとリンデマンの二人には、拭い去れぬ一抹の不安がよぎっていた。





軍艦猫がいたかどうかは不明。

因みに名前は、オスカー・クメッツ海軍中将より

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