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流転の大戦記  作者: どらごんますたぁ
第1章 日米開戦への道1941
28/34

第3話 変動の予兆

1941年4月3日

北アフリカ・アジダビヤー



「この機会を逃す手はない」

 砂漠の交易都市・アジダビヤー郊外に設営された、簡素な幕舎内にしつらえられた台上に広げられた、キレナイカ方面の地図に視線を落としながら、ロンメルは指揮棒にて三箇所の地点を指し示す。

「ベダ・フォム、アンテラト、テンゲデル。この三点を同時に攻略し突破する」

 砂漠の突風に煽られ幕舎に砂塵が舞い込む風の音に、上空に飛来するシュトルヒや偵察車輌が行きかう音が混じりあい騒然としているが、ロンメルの声はよく通った。


 エル・アゲイラをほぼ無血で突破し、次の拠点メルサ・ブレガにおいて、ドイツ第5軽師団とイギリス第2機甲師団が衝突し激闘となったが、イギリス軍側の誤判断もありドイツ軍が押し切った。わずか2週間で、出撃地点のスルトから、既に300kmの前進をはたしたドイツ・アフリカ軍団。

 メルサ・ブレガから更に100km北東の、内陸部に位置するアジダビヤーに駐屯する、ドイツ・イタリア同盟軍司令部での事だ。

 次の作戦に備え、ここにはⅢ号戦車、Ⅳ号戦車、M13/40戦車、計115輌の戦車からなる機械化2個師団が集結している。


 ベダ・フォムは北の海岸都市ベンガジの前衛、アンテラトは北東方面の補給拠点メキリへの経路、テンゲデルは東北東の内陸部の拠点と、英軍側にとってトゥブルクとベンガジを東西に結ぶ要点であった。

 この内容を聞いて、この場に参加していた幕僚達は驚きの反応を見せた。が、この中にあって既にロンメルに魅せられていた第5軽師団長シュトライヒのみはしたり顔だった。

 あまりにも簡潔明瞭。揺るぎない意思と過剰ともいえなくもない自信。

 

「戦力分散の愚、各個撃破の危険性は重々承知している。が、今は違う。皆も聞き及んでいるかもしれないが、間もなくバルカン方面で戦端が開かれる。そして、英軍は戦力をこの方面に引き抜き、こちら側まで手が回っていない。この隙にとことんつけこむ!」

 ロンメルの言葉に、幕僚たちは静かに耳を傾ける。そして、それは彼に付き従っているイタリア軍士官も同様だった。

「このような分散攻撃は、山岳等の地形の複雑な場所での追撃戦で行われることはあったが、平坦地形で行われる例は非常に少ない。ほぼ皆無といっても過言ではない、が、だからこそ敵は想定していないし、かつ成功した時の効果は絶大だ」

 ロンメルは解説する。先の大戦で、山岳兵大隊を率いてフランス、イタリア、ルーマニアと転戦した経験が大きく活きていた。それを砂漠の戦いへ応用したのだ。

「細かな説明は参謀長の方から頼む」

「は、分析では現在英軍の機械化1個師団、および2個歩兵師団相当が広域にわたって展開、うち主力はベンガジ方面に展開中であることを確認しております。北東方面の敵勢は歩兵中心で弱体、とはいえ補給基地メキリには更に旅団クラスの戦力が展開中と思われます。それに対して我が軍は第5軽師団、およびイタリア・102トレント自動車化歩兵師団。うち、第5軽師団は前回のメルサ・ブレガ会戦での消耗が響いており、およそ3分の1の戦車が使用不可となっています。このため、第5軽師団主力の第5装甲連隊を第1、第2大隊、それに猟兵装甲大隊へと分割。これにトレント師団を組み込んで、それぞれの方向に進撃していただくことになります。前回採用した陽動と迂回を駆使し、可能な限り消耗を抑え突破包囲することに全力を挙げていただきたい。北西方面はベンガジを攻略後、地中海沿岸部を突破しデルナへ。北東方面はメキリ攻略を目標とし、最終的にはトゥブルク以西全域の制圧を目指します」

説明を終えた参謀長に続き、ロンメルは再び口を開く。

「今回はイタリア側から、トレント師団が増派されていた事を僥倖に思う。今回の攻勢に躓けば、その後方のトブルクを要塞化され、そこを起点に英軍の反攻はより厳しくなり、キレナイカの奪回は困難なものとなるだろう。遅れれば遅れるほど、その困難はより大きくなることを、各々よく理解して行動してもらいたい」

 念を押すロンメル。実際に英中東方面軍の戦力の方が、ドイツ・アフリカ軍団と比較すれば圧倒的に強大な以上、その力を発揮しだす前に先手を打って、効率的にこれらを撃破していかなければならない。スピードが重要な要素であることを、ロンメルは心得ていた。

 北アフリカ最大の要塞・トゥブルク。今回の戦闘は、そこへと至る前哨戦とロンメルは捉えていた。目下、最大の障壁である。

 それに今回の作戦には、ベンガジの攻略が含まれている。ベンガジは、物資の欠乏するドイツ・イタリア同盟軍にとっての数少ない補給拠点として活用できる港湾都市だ。ここを手にすれば、増援を載せた輸送船団入港も可能となり、ドイツ軍の作戦遂行能力は飛躍的に向上する。

 尤も、それを簡単に英空海軍は見逃しはしないだろうことは、想像に難くない。

 トリポリから既に800kmもの距離に足を踏み入れている。補給線が伸びれば、伸びるほど前線での戦闘に深刻な影響を与え、柔軟な動きができなくなることを意味する。逆に言えば、英軍側の方が補給線を引き延ばされ、何ら有効な手立てを打てずにいる。

 確かに、イタリア軍を華麗なまでに撃破した英砂漠部隊司令官リチャード・オコンナー中将の電撃戦は、特筆に値する。しかし、その鮮やかすぎる手腕は相手側に大きな戦訓を遺した。この点にロンメルは着目していた。

 自らが採用した戦法をそっくりそのままやり返されたら、どのように感じるであろうか? いや、模倣といった段階を超え、独自に昇華させた戦術へと変えねばならないのだ。

 散会をつげ、ロンメルは立ち上がる。

「では行こう諸君。我らが鉄の同盟のために!」

「ハイル・ゲネラール・ロンメル!」

 ドイツ軍の将兵のみならず、イタリア側も敬礼をもって応える。この積極果敢で、敵前に自らの身をさらすことも厭わない若き将軍に、イタリア軍の兵士からも全幅の信頼を得るようになった。

 ロンメルに対して、頑なに否定的な態度をとったイタリア軍司令官ガリボルディでさえも、それを認めざるを得ないようになっていた。

「全部隊に通達! 全車前進開始!」

ロンメルは、手近にあったⅢ号指揮戦車に飛び乗り、そう号令を下すと防塵用のゴーグルと口元を覆う布を着用して、我先へと戦車と共に飛び出していく。それに遅れじと、待機中だった各戦車、装甲車は一斉に動き出した。

 


 ドイツ・アフリカ軍団、アジダビヤーを出撃。

 ドイツ軍の出撃は、アジダビヤー近郊を偵察行動中だったブリストル・ブレニムによって発見された。

 この報告は、ドイツ軍の進撃によって既に捕虜となってしまったニーム中将に代わって、慌てて派遣されたベンガジに駐留するオコンナーの下に届けられた。

「敵部隊の詳細はどうなっている?! 敵戦車の数とその後の動向は?!」

「偵察機からの報告ではおよそ2個師団! 戦車およそ120輌! 敵部隊はベンガジ方面と北東方向へと分離、間もなく前線と接触するものと思われます!」

 ベンガジ・英第13軍団司令部。

 ドイツ軍が迫る慌ただしい状況の中で、報告を受けたオコンナーは周辺の戦況を分析する。

 手持ちの戦車は台数はいるが、それは見かけ上のものでしかなく実際に使用可能な戦車はほぼない。迅速に行動可能な巡航戦車、軽戦車はそれぞれMkⅢ/MkⅣ計30輌と、MkⅥが27輌。鹵獲したイタリア戦車は200輌を数えるが、連戦につぐ連戦で消耗が激しく、普通に動き回っているだけでどんどん数が減っていく有様なのだ。

 鹵獲したイタリア戦車に至っては、燃料が軽油を使用しているディーゼルエンジンのため、巡航戦車用の燃料庫のガソリンが使えずガラクタと化していた。動けなければ鉄屑に等しい。

 ドイツ戦車も、砂漠戦仕様の吸気口防塵フィルターの装着などは施されていなかったが、整備は行き届いていた事が稼働に如実に現れていた。砂漠では駆動部に砂が入り込み、こちらも容易に損耗していく機械にとっても過酷な環境だ。


 とにかく敵の行動は素早い。対応できる部隊もいない。

 ここまでの通信の情報解析でもたらされた報告では、指揮官はフランスで暴れまわった幽霊(ファントム)を率いたロンメルと判明はしていた。

厄介な奴が回されてきた、とオコンナーは嫌なものを感じていた。

 それは現実のものとなる。



 ロンメル率いる梯団は、最短距離のベダ・フォムに突入する。ベンガジ=アジダビヤーロードに沿った英軍の拠点。

 砂漠上の丘陵に展開された英軍防御陣地。最前線だけにそれなりの火砲のお出迎えを受ける。

「敵野砲陣地を確認! 派手にぶっ放してきますが、どうしますか?!」

 Ⅲ号指揮戦車E型に跨上したまま、英軍との戦闘に突入したロンメル。砲塔内に入るようにもすすめられたが、それを拒否して現在に至る。

「迂回しながら撃ち返せ! まともに相手をするな! 主攻撃は後続に任せ、突破を第一優先とせよ!」

 機動力の重要性を理解するロンメルは、戦車長に伝える。

 後方からは牽引された野砲、及び重砲部隊が追従している。本格的な攻撃はこれらに任せ、素早く後方に回り込んで包囲する方が効率的。しかも指揮戦車は武装が機銃のみで攻撃にはやや不向きだ。

「ヤヴォール・ヘア・ゲネラール!」

 威勢の良い返事が返ってくる。

 一斉に回頭し、迂回行動に入った戦車部隊に対し、英軍の砲撃は的外れな位置に着弾し、砂塵を巻き上げる。まるでロンメルを避けていくかのように。


 ドイツ軍と戦端が開かれる頃、この動きの全容とその意図をオコンナーは把握する。

 ドイツ軍の北東方向への内陸進攻は、明らかに一翼包囲戦術。海岸線に敵戦力を拘束しながら内陸部を突破し、後方を遮断して包囲する、半年前にイタリア軍に対して実践した機動戦術「プラン1919」の応用。

 先のイタリア軍撃破も、過去の戦術を洗いざらい研究し苦心の果てに成しえた成果なのだ。

 第一次大戦後より機動戦術に精通していたオコンナーは、すぐに自らの置かれた絶望的状況に気付く。

「全部隊をトゥブルクに避退させる!」

 まさか、ここまで大胆に動いてくるとは! このままでは連絡線をズタズタに切断されて包囲される。いくら時間が無かったとはいえ、読みが甘かったか……

 下手に戦闘に入ったところで、部隊がまるごと包囲されてしまうのは明白。砂漠戦での孤立は文字通り死を意味する以上、退路の確保は必要不可欠だ。オコンナーは撤退することを決断する。

 英第13軍団、総退却開始。

 しかし、既に戦闘が開始された部隊では連絡が伝わらず、後方深くに浸透していくドイツ快速部隊の行動に翻弄され瞬く間に戦線の突破を許す。

 4日、ベダ・フォム、アンテラト陥落。5日、テンゲデル到達、突破。6日、英軍ベンガジ放棄、デルナへ後退。ドイツ軍ムスス到達、ベンガジ陥落。8日、メキリにてインド第3旅団と戦闘開始。

 わずか1日で3地点はほぼ同時に近い時刻に陥落、この間のドイツ軍の進撃速度は1日に150kmに達した。

 そこからは撤退するイギリス軍と、追撃するロンメルとの競争となった。流石にインド旅団との戦闘は、あまりの進撃速度のため、ドイツ軍も息切れになり戦闘が長引いたが、最終的にトゥブルク以西をロンメルが手中に収めた。

 この進撃の間に、オコンナーが捕虜になるという、ドイツ側にとっては嬉しい誤算があった。

 撤退を開始したオコンナーではあったが、車輌が次々と故障し廃棄せざるをえないという不運が続き、それは戦車も同様であり20kmも走れば1台が失われるという有様だった。トゥブルクを目前にしたデルナ近郊で、追いついてきたオートバイ部隊によってオコンナーは捕虜となった

 尤もオコンナーも捕まってただ大人しくしている訳でもなく、後に4度も脱走を試みるのはこぼれ話であった。

 この間の4月7日、ドイツ・イタリアを中心とする枢軸同盟軍は、ギリシャ及びユーゴスラビアへ進攻を開始。戦闘は一気にバルカン半島へと拡大する。

 総計5個軍に匹敵する精鋭を相手に、急派されたイギリス軍に勝てる要素もなくミニチュア版ダンケルクの撤退を再演し、イギリス軍は欧州本土の橋頭保であるギリシャを失って叩き出された。

 ここに至るまでも、海上ではイギリス海軍とイタリア海軍は数度に渡って地中海で戦闘を繰り広げたが、先年の戦艦3隻を喪失したタラント空襲に続き、3月に起きたマタパン岬沖海戦で、行動可能だった戦艦ヴィットリオ・ヴェネトが被雷し中破、重巡洋艦3隻を喪失したイタリア海軍は、積極行動に出る余裕を無くした。この戦闘ではイタリア海軍の空母の不在、夜戦におけるレーダー装備の有無が決定的な役割を果たした。

 これにより、イギリス海軍は戦艦を地中海以外に派遣できる余力を得る形となった。


 ギリシャ本土を抑えたドイツ軍ではあったが、戦略上重要なルーマニア油田地帯への脅威は完全には消えておらず、次の目標をその南方クレタ島に定める。

 5月には第4航空艦隊アレクサンダー・レーア上級大将を指揮官とし、黄色作戦(フランス進攻)序盤で活躍したクルト・シュトゥデント航空兵大将の空挺部隊・第11航空軍団2個師団を投入。クレタ攻略が開始される予定だ。

 これら一連の欧州本土の動きを尻目に、ロンメル率いるドイツ・アフリカ軍団は、ドイツ第15装甲師団、イタリア・アリエテ機甲師団、合計3個師団の増強を受け、ついに要衝トゥブルクを包囲する。

 しかし、トゥブルクの重要性は誰の目にも明らかであり、これより東で港湾として使用できるのは、エジプト・アレクサンドリアとなり一気に防衛線を引き下げる必要が生じるため、何としてもトゥブルクは守り切らねばならないのだ。

 チャーチルとウェーベルはトゥブルクの死守を厳命し、あえて危険な地中海ルートを使用しての緊急輸送を計画(タイガー作戦)、防衛体制の構築を始めた。



4月30日

トゥブルク近郊


「なかなか攻めあぐねているようだね、ロンメル将軍」

 野戦指揮所にて指揮をとるロンメルの下に、陸軍参謀本部から思いもしない人物が訪れる。

「貴方がここに来られるとは思いもしませんでした、パウルス閣下」

 参謀本部次長兼作戦部第1部長フリードリヒ・パウルス中将。参謀本部のナンバー2が、こんな砂漠の末端部の戦場に直々に派遣されてくるなど、尋常なことではない。

 しかもパウルスは参謀本部でバルバロッサ作戦策定の中心にあり、極めて多忙であったはずなのだ。

「あまりかしこまらんでくれ。今は同じ階級だ。まったく、ここまでの戦果を上げたのは良くも悪くも予想外だった。ま、悪い意味では独断専行でクレームの多い、君の監視役というのが職務上の役目だがね。良い意味では、この戦果に総統閣下ヒトラーがひどく気にされて、ね。様子を見てこい、という訳なのだよ」

 もちろん私は後者側の立場だよ、とパウルスは言う。

 由緒あるプロイセンより系譜を連ねる参謀本部は、反ヒトラー派が多くを占めているが、パウルスが言っている事は嘘ではないだろう。

 ロンメルはそのように捉えた。

 パウルスが長らく上司として仕えたライヒェナウは、ヒトラーの熱烈な信奉者だ。そうなっていてもおかしくはない。そして、ロンメルの上司だったホート、グデーリアンでさえも、ライヒェナウの絶大な影響を受けている。親分気質ながら頭も切れ、隠れたカリスマ性も持っている

「私は本来ここにはいないはずだが、君が暴れ回ったことで、昨月、君が参謀本部で語った2個装甲軍団を送れ、そうすれば中東を制圧できる!などという夢物語が現実味を帯びてきた」

 してやったり! ロンメルは内心でガッツポーズをとりたい気持ちだった。

「では増援を?」

「前向きに検討はする方向で、調整を進めよう。まずは目の前の問題を片づけられるか、否かだ。やはりトゥブルクはしばらくかかりそうか?」

 トゥブルク周辺の地図を開き、ロンメルは説明に入る。

「現有戦力での火力では、不足していると言わざるを得ません。今日までで2回総攻撃を実施していますが、前衛の地雷原と砲陣地に阻まれ前進を阻止されています。部分的には突破は可能ですが、戦車の機動を確保できるほど突破口を拡大するには至っておらず、無理に突破した部隊は集中砲火を浴びせられるのが現状です。願わくば地雷原を更地にできるほどの砲火力が欲しいですな。後は戦車も」

 ロンメルは地図上、トゥブルクの南東、エジプト国境ハルファヤ峠を指し示す。

「現在、イタリア軍にトゥブルク包囲網前面を当たらせ、我が装甲部隊は開囲を目指す英軍に対処するため、ハルファヤ峠に展開。実際にこの後背を脅かす攻撃の兆候があり、下手に動けない状況です」

「ふむ。後一度だけ、トゥブルクに対し攻撃を加えるのはどうであろうか? このまま引き下がったのでは、報告もままならん」

 とても成果が望めるとは思えませんが。そう前置きをしたうえでロンメルはパウルスの申し出を受け入れる。

 翌1日から2日にかけての一両日に渡って、パウルスの監視の下、ドイツ・イタリア軍はトゥブルクに対し総攻撃を実施。しかし、この攻撃もやはり撃退され失敗する。

 守備隊は頑強に抵抗し、補給拠点でもあることからその抵抗は衰えなかった。この戦闘における教訓は、受動的兵器である地雷が、絶大な効果を発揮することを思い知らされた。

 これ以来ロンメルは局地防衛に、地雷を多用するようになる。

 この結果を受け、英独両軍の増強合戦に陥ることをパウルスは予測し、詳細な報告をまとめ本国へと帰国する。

 トゥブルクを巡って、包囲を続けるドイツ軍と解囲を目指すイギリス軍の攻防は、一進一退となって戦局は膠着。わずか2週間余りで1000kmを走破した、ロンメルによる向日葵ゾンネンブルーメは終結を迎えた。トゥブルク前面での膠着が打開されるのは、半年後まで待たねばならなかった。

 だが、4月初旬の驚異的なドイツ軍の攻勢によって、今まで無名の一将官に過ぎなかったロンメルは、「砂漠の狐」と敵味方から伝説的な名称で呼ばれることになる。

 




1941年6月8日

ドイツ(旧ポーランド)・ゴーテンハーフェン


 バルト海の南岸の港湾都市・ゴーテンハーフェン。

 ダンツィヒの北西に位置する新設港を有し、ドイツ海軍主力艦の停泊地となっている。元々はポーランドが、新たな貿易港として開いたものを接収したものだ。

 イギリス本土に近いヴィルヘルムスハーフェンやキールなどの主要港は、英空軍ロイヤルエアフォースによる爆撃の標的とされており、安全とは言い難い。その点で、バルト海という内海の奥深くにあるゴーテンハーフェンは、安全面ではうってつけなのだ。

 バルバロッサ作戦発動が目前に迫ったこの日、ドイツ海軍が誇る新鋭艦が3隻、このゴーテンハーフェンの沖合に揃い踏みをしていた。


 オットー・フォン・ビスマルクとアルフレート・フォン・ティルピッツ

 ドイツ帝政において勇名をはせた鉄血宰相と海軍元帥の名を冠した戦艦2隻。

 それに加え、かのナポレオンが七名将の一人に挙げたオーストリアの名将、オイゲン・フォン・ザヴォイエンの名を冠した重巡洋艦1隻。


ビスマルク


ティルピッツ


プリンツ・オイゲン


 ビスマルクとティルピッツは同型艦のため、外観の差異はほとんど見受けられない。ごつい双子の兄弟を思わせる。艦名からして宰相と元帥、船は女性的と表現されるが、このビスマルク級に関して言えば表現を改めざるをえないであろう、というのが当事者たちの意見だ。

 重装感の漂う、比較的背丈を抑えどっしりとした幅広の上部構造物は、流麗な美しさとはまた違った剛健さを漂わせている。

 シャルンホルスト級を踏襲した設計であったが、これも大型戦艦ゆえの特徴でもあった。

 プリンツ・オイゲンはビスマルクと同じ、1935年度計画艦として建造された重巡洋艦で、その外観はビスマルクと酷似している。

 ミニチュア版ビスマルク、弟分とも形容できるものだ。


ビスマルク級

性能諸元


全長 251m

全幅 36m

基準排水量 41700t

機関 ブラウン・ボベリー式ギヤード・タービン3基3軸

出力 130000hp

速力 31kt

航続距離 16kt9300浬


武装

主砲 SKC/34 38cm47口径連装砲 4基8門

副砲 SKC/28 15cm55口径連装速射砲 6基12門

高角砲 SKC/33 10.5cm65口径連装高角砲 8基16門

機銃 SKC/30 3.7cm83口径連装機関砲 8基16門

   SKC/38 2cm65口径四連装機関砲 2基8門 同単装機関砲12門


装甲

主砲塔前盾 360mm 側盾220mm 後盾320mm 天蓋130mm

主装甲帯 最大320mm 

甲板装甲 最大110mm

司令塔 最大350mm


 ドイツ海軍の仮想敵はフランス海軍で、ビスマルク級戦艦は当時脅威とされたダンケルク級戦艦を圧倒することを目的に、ポスト条約型の欧州戦艦ではスタンダートとなった15in(38.1cm)クラスの主砲を搭載した、新生ドイツ初の純粋な戦艦として建造が開始された。計画始動時には、翌年にワシントン海軍軍縮条約の失効はほぼ決定的で、その縛りをほぼ受けていない。

 ビスマルク級は1941年の現段階において、満載排水量50000tを超過する世界最大の戦艦として君臨することとなる。

 武装のSKは高速装填を意味し、C/は正式採用年を意味している。

 

プリンツ・オイゲン

性能諸元


全長 207.7m

全幅 21.7m

基準排水量 15000t

機関 ブローム・ウント・フォス式ギヤード・タービン3基3軸

出力 130000hp

速力 33kt

航続距離 20kt6400浬


武装

主砲 SKC/34 20.3cm60口径連装砲 4基8門

高角砲 SKC/33 10.5cm65口径連装高角砲 6基12門

機銃 SKC/30 3.7cm83口径連装機関砲 6基12門

   SKC/38 2cm65口径単装機関砲8門

雷装 533mm魚雷発射管3連装4基12門


装甲

主砲塔防盾 最大105mm

主装甲帯 最大80mm 

甲板装甲 最大50mm

司令塔 最大150mm


 アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦3番艦。

 同級もやはりフランス海軍を意識しており、ライバルともいえる重巡洋艦アルジェリーを凌駕しつつ、ダンケルク級戦艦から離脱できる速力を求められた。結果として排水量は大幅に増大し、前大戦時の巡洋戦艦に匹敵する排水量に達してしまった。

 対外公表では10000t。満載排水量だと倍近いサバ読みで明らかに条約違反ではあったが、各国でも平然と黙認された経緯があり、さしたる問題ではなかった。

 外観は意図的にシャルンホルスト・ビスマルク級と似せてあるため、北大西洋の波浪や濃霧といった気象条件では、遠距離戦及び偵察時に相手側の誤認を期待できる。

 

 第二次大戦の勃発以降で、独海軍クリークスマリーネの主力艦が勢揃いするのは、西方(ウェーザー)演習(ユーヴング)作戦以来の事で、出撃が近い事を意味していた。

 今度の出撃は、バルバロッサ作戦の裁下が下りた事によって、このままでは資材と予算、人員の配分が大きく陸軍と空軍に傾いて主導権が移り、海軍の求心力が大幅に低下する事に危機感を抱いた総司令官レーダー元帥は、この事態打開を計画する。


 独海軍の任務は連合国に対しての通商破壊が主であり、ビスマルク級を投入した新たなライン演習作戦を海軍軍令部は発案し、裁可を得るべくヒトラーへと提出した。

 作戦の概要は、英国本土グレートブリテンを迂回しノルウェー沖からアイスランド・グリーンランド間のデンマーク海峡を通過。大西洋を南下し英米間及び植民地間の輸送ルートに対しての通商破壊戦を展開するというものであった。


 

 この作戦を巡っては、海軍内部で意見の衝突が見られた。

 3月11日、アメリカにおいて武器貸与法レンドリースが成立し、イギリスに対しての援護がより明確かつ強力なものとなった。イギリスは米軍に基地使用と引き換えに、50隻もの旧式駆逐艦を譲渡する契約を結んだ。この海上戦力の増強はとても無視できるものではなく、これらは後にドイツが対米宣戦布告へ踏み切る要因となる。

 イギリスの旧式駆逐艦譲渡の要求は、対潜水艦戦において強力な武装を必要としないからだった。潜水艦は主力兵装たる魚雷こそ強力だったが、それ以外の面では極めて脆弱で、外殻の軽微な損傷でも潜航不能となり、容易に沈没へと至る。新鋭駆逐艦などは水上艦戦闘向け、どちらかといえば強力な艦艇を保有する、イタリア海軍の庭というべき地中海へと振り向けたい思惑がある。


 英海軍ロイヤルネイビーの戦力増強を伴った地中海での行動の活発化(これはロンメルの活躍によってもたらされた副次的なもの)と、北半球の大西洋上の気象条件と極北海域の長い夜を活かすべく、作戦を早期に実行に移したい海軍総司令部と、作戦を実際に指揮する立場にあって、更なる増勢を希望する海軍艦隊司令部が真っ向からぶつかり合うことになる。

 先のノルウェー沖での一連の戦闘では、重巡洋艦が3分の1、駆逐艦の半数を失う甚大な損害をドイツ海軍は被っていた。

 更に時期の悪いことに、先に通商破壊戦を展開した巡洋戦艦シャルンホルストは、機関不調により行動不能のまま、フランス・ブレストに留めおかれ、同型艦グナイゼナウもまた、ブレスト港内で英空軍の攻撃を受け行動不能に陥っていた(ベルリン作戦)。

 戦艦戦隊司令長官ギュンター・リュッチェンス海軍大将は、戦力が手薄なこの時期に作戦を強行しても、効果は望めず逆に壊滅の憂き目にあうと猛反発するも、自身を買っていた総司令官レーダーの意見に迎合する形でリュッチェンスは屈する。

 本来であれば、ビスマルクとプリンツ・オイゲンの二隻のみで作戦が強行されるはずだった。

 だが、これに待ったをかけたのがヒトラーであった。

 元々、大型艦艇を用いる作戦に懐疑的だったヒトラー。尤もそれはUボートによる戦果と比較すれば、の話であり大型艦による撃沈数も、2隻合計で230000tにのぼる相当な戦果を上げている。

「戦力は集中してこそ価値がある。陸空軍に引け目を感じているのだとしたら、それは誤りだ」

 至極まっとうな意見と、内心を見透かされたレーダーはヒトラーに丸め込まれる。

 

 このヒトラーの介入劇には、かつて西方(ウェーザー)演習(ユーヴング)作戦の際、西方方面艦隊司令長官として、リュッチェンスやその前任だったヴィルヘルム・マルシャル海軍中将を指揮下においた、アルフレート・ザールヴェヒター上級大将が、リュッチェンスの意見を汲んで部下を通じて、フランス電撃戦の立役者マンシュタインと、ヒトラーを引き合わせた、総統付国防軍主席副官ルドルフ・シュミント大佐に告げ口をした裏事情があった。 

 先のノルウェー沖の戦いで、戦艦で空母を撃沈するという極めて珍しい戦果を上げるも、命令を無視し独断専行が過ぎるマルシャルとは違い、極めて従順な性格のリュッチェンスを憐れんでのことでもあった。

「無謀が過ぎる」

 ザールヴェヒターもリュッチェンスと同意見であり、たった2隻では袋叩きにされるのが目に見えている。

 未だに駆逐艦の補充もままならない状況下で、護衛も無しにむざむざ新鋭艦を沈めるような作戦は看過できない。それほどにイギリス海軍とドイツ海軍には隔絶された戦力差がある。

 だが、海軍内で独裁的な権限を振るうレーダーに、直接意見するのは憚られる。故にシュミントという裏口を利用したのだ。

 実際に、シュミントの助言が直接ではないにせよ、ヒトラーの思考に影響を及ぼす事は周知の事実なのだ。

 北アフリカの友軍を支援する思惑と、実際の戦力不足とを天秤にかけざるを得ないという紆余曲折を経るが、訓練未了のティルピッツを無理矢理作戦に参加させることが、ヒトラーの鶴の一声で決まり、ライン演習作戦は思わぬ形で独り歩きを始める。



「艦内に異常はないか?」

「は、異常なし! 出港準備は万全であります、艦長!」

 ビスマルクの艦橋。今回の作戦の旗艦を務める。

 ダークブルーの海軍軍装に身を包み、艦長席に座り制帽をかぶりなおしているのは、ビスマルク艦長エルンスト・リンデマン海軍大佐。

「よろしい 」

 2ヵ月近くも待機を強いられ、ようやく待ちに待った、世界最大最強たる鉄血宰相の出撃の時を迎えたのだ。

 いずれ塗り替えられることになるだろうが、この栄誉を賜ることをリンデマンは神に感謝していた。

元帥閣下ティルピッツの方はどうかね?」

「は、同じく準備完了との連絡が入っています」

 不安要素は、ティルピッツの練度の明らかな不足だ。攻撃どころか艦隊行動ですら、まともに訓練していない状況下で、出撃を強行するなどと。

ど素人か!

 リンデマンは怒りを禁じえなかった。確かに戦力不足は間違いないが、強大な英海軍も絶対無敵な存在ではなく、戦えない訳ではないのだが。

「リュッチェンス閣下、到着されました」

「艦長、よろしく頼む」

 幕僚を伴って艦橋に入ったリュッチェンス。今は亡きドイツ帝国軍装を相変わらず身に着け、神経質な顔に浮かぶその表情は暗い。真面目で有能なのは間違いないが、口数が少ないせいで、どこか人を拒むような雰囲気を持っている。

 だが、今回はいつも以上に険しい表情なのをリンデマンは見て取った。

「了解しました。抜錨! これより出航する!」

 雲が低く垂れこめる曇天の中、ビスマルク以下の第1戦艦戦隊はゴーテンハーフェンを出撃する。


 2日後の6月10日。

 バルト海を航行していた第1戦隊は、ユトランド半島とスカンディナビア半島に挟まれた、カテガット海峡を通過しようとしていた。無線封鎖と荒天の気象条件により、英偵察機の接触は避けられたが、この海峡の最狭部を通過することで、間違いなくビスマルクの出撃は察知されると予想されていた。

 その予想通り、海峡を第1戦隊が通過するのは、スウェーデン海軍によって補足され、それは英国諜報員を通じてイギリスへと報告された。

「ドイツ新型戦艦、大西洋へ出撃」

 この報告は、ドイツ海軍によって昨年から実施されている通商破壊戦からベルリン作戦に至るまでで、1000000tを超過する輸送船を撃沈された、英海軍を震撼させる内容として受け止められた。

 これまでシャルンホルスト級以下の襲撃は、リヴェンジ級、クイーンエリザベス級、ネルソン級などの低速戦艦を護衛に組み込むことによって、撃退が可能だった。

 だが、ビスマルク級が外洋に出ると、これらの低速戦艦ではアドバンテージとはならなくなってしまい、常に速度と砲力で同等のフッド以下の巡洋戦艦、あるいは最新鋭のキング・ジョージ5世(KGⅤ)級を護衛に組み込む必要に迫られる。

 ビスマルク級に砲戦を挑んでまともに対抗できるのは、16in(40.6cm)砲搭載のネルソン級のネルソンとロドニー、KGⅤ級のKGⅤとプリンス・オブ・ウェールズ(POW)の4隻。ネルソン級は速度の点で大きく劣り、対しKGⅤ級は火力で劣り、英海軍と言えども隻数と性能の関係上、相当な負担を強いられることが予想された。



 カテガット海峡~スカゲラク海峡を通過し北海へと進む。

「リュッチェンス司令、間もなくハンスホルム沖を通過。本艦は北海へと入ります」

 幸いにして英偵察機との接触はない。

 6月初旬の北海は比較的、天候が荒れやすい傾向がある。風雨が吹き付ける悪天候下、水深の浅い北海は潜水艦の展開するうえでも不利な海域。秘密裏に行動が可能な条件が整っている。

 今は良いが、英独両国の制空権が入り混じる北海を抜ければ、完全な英海軍のテリトリーに入る。

(できればノルウェー近海を通過し、味方の制空権を活かしたいところだが)

 リンデマンの思惑では、北寄りに進路をとって安全圏を進みたいと考えていた。

「わかった、報告ごくろう。針路2-7-0へ変更」

 司令席のリュッチェンスは、リンデマンの思惑をよそに、西へと進路を向けることを命じる。

「は、ハッ! 取舵20! 針路2-7-0!」

 予期せぬ命令を受け動揺しながらもリンデマンは復唱する。

 リンデマンは納得がいかなかった。なぜ、そのような危険を冒す必要があるのか?

 無表情、寡黙なリュッチェンスからは、その意図を読み取れないでいた。 



「艦長。現在位置を報告せよ」

「は、北緯57度33分。東経3度4分、であります」

 針路変更より十数時間あまり。

 唐突にリュッチェンスに報告を求められたリンデマンは、海図と羅針盤を確認し報告する。

 北海のど真ん中。英海軍ロイヤルネイビー本国艦隊グランドフリート根拠地、スカパ・フローの南東およそ200kmの海域。

 いくらなんでも近過ぎではないのか?

「艦長、針路変更だ。針路は……」

「……?!」



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