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流転の大戦記  作者: どらごんますたぁ
第1章 日米開戦への道1941
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第2話 虎と狐

1941年3月20日

ドイツ第三帝国・首都ベルリン



 ベルリンの霞ヶ関とも言える主要官庁が在するヴィルヘルム街・総統官邸。

 大国がひしめく欧州を、そのカリスマ性と独善的ともとれる豪腕で牽引し、確実に席巻しつつあるヒトラーの下を訪れる人間は数多い。

 順風満帆、とまではいかないがまさしく、ドイツにおける絶頂期を迎えていたのだが、その主ともいうべきヒトラーの表情は物憂げであった。

 側近達にしてみればこれは嵐が訪れる前兆であり、一度スイッチが入れば暴風が吹き荒れるかの如く、手が付けられなくなる。巻き込まれた人間は精神をゴリゴリと削られ、最終的には壊れる容赦なき人間クラッシャーなのだ。


 故に、ヒトラーが政務にあたる執務室にいるのは今は彼一人だ。

 そのヒトラーに面会ができる人間は、主に諸外国と国政に関わる要人に特に限られている。この日は珍しく、その事例から外れる人物がこの部屋を訪れることになっていた。



「ご多忙のなか、直接面会を許可して頂いたこと、感謝申し上げます総統閣下マインフューラー

「よい。君と私は身命を共にしてきた間柄ではないか。遠慮はいらない、用件を述べたまえ。まあ、君が私の下を訪れた理由については、だいたい察しはつくがね。ヘル・マツオカとの面会も控えているから手短に頼む」

 ヒトラーと相対しているのは、アフリカより一時帰還していたロンメルその人だ。

 ロンメルの活躍を表するための、柏葉付騎士鉄十字章かしわばつききしてつじゅうじしょうの叙勲が行われた後のことである。

 傲慢かつヒステリック、狂人的指導者と多くの人間に受け取られるヒトラーらしからぬ、ごく一部の人間に見せる態度。

 

 ロンメルは、マツオカという聞きなれない名を訝しんだが、直接関わり合いはないこととして聞き流した。


「では、申し上げます。私の下に更に装甲師団の増援と、アフリカでの指揮の全権と、裁量の自由を与えていただきたいのです」

 回りくどい言い回しはこの際不要、とばかりにロンメルは単刀直入に本題を切り出した。

 予想はしていたが、その範疇を超えた要求を出したロンメルに、さすがのヒトラーも頭を抱えた。

「いくら君でも、その要求は呑めんな。あくまでもアフリカは支作戦に過ぎん」

 ヒトラーは立ち上がると、中庭を見下ろす窓へと歩み寄り、後ろ手を組む。

 ロンメルのことをヒトラーはことのほか目にかけている。特別にお気に入りの人物なのは、前回の装甲師団を与えたことからも見て取れる。が、それでも限度がある。

 新設一個師団と、一個軍に匹敵しかねない指揮権を与えるには訳が違う。ヒトラーの権限をもってしても、ロンメルは一中将でありまだ実績が不足している。国防軍内部から反発を受けるのは必至。何より同盟国イタリアの立場もある。

 上級大将へと昇進し軍に匹敵する装甲集団を指揮する、沈着冷静でありながら明朗快活な目指すべき指標、ホートの言葉を思い出しながら、ロンメルは内心で歯噛みする。


「直談判は結構だが、君は、わずか二個師団で打って出るつもりかね?」

 冷ややかな視線を送りながら、ヒトラーはロンメルに問いかける。

「いえ、現段階では一個師団であります。しかし、やるなら今、この時が最良と判断いたします」

 この時、ロンメルの指揮下には、第5軽師団と第15装甲師団の二つの部隊であった。しかも、主力たるべき第15装甲師団はアフリカに到着すらしていない。

 その状況下で、ロンメルはイギリス軍の最前線エル・アゲイラに対しての前進命令を発令していた。命令違反を覚悟の上での賭け。

 既に賽は投げられていたのだ。


(オー)(カー)(ハー)の計画では、アフリカで大規模な作戦行動をとる予定はない。我々には片付けなければならない事案はそこらへんに転がっている。ギリシャ然り、ユーゴ然り、だ」

 明らかにヒトラーの機嫌を悪くしている兆候が見え始める。その後に続くのは、人間離れした雷鳴のような怒号と、罵詈雑言の嵐が吹き荒れるのがお決まりだ。

腹立たしい、まったくもって腹立たしい!とロンメルに話しながら、ヒトラーは後ろ手を組んだまませわしなく、窓の前を往復する。

 ヒトラーが特に苛立っていたのは、新たな面倒事として浮上してきたユーゴスラビアの動向である。ギリシャ介入は昨12月に折り込み済みのことで、これだけだったならば大した問題ではなかった。


「ユーゴスラビア国内で不穏な動きあり」

 枢軸同盟に加盟していなかったユーゴスラビアが、ドイツの外交圧力によって同盟に加盟する運びとなっていたのは、ここ最近のことだ。

 ユーゴスラビアは他民族国家であり、特にセルビア人は枢軸反対の態度が大多数を占め、ユーゴスラビア軍内にも大きなウェイトを占める。そんな中で入ったこの報告は、その後のドイツの軍事行動に影を落とすことになる。

 セルビア人はスラブ系民族であり、アーリア人至上主義を掲げるナチスのユダヤ人ほどではないにせよ、共産主義を跋扈させる未開な劣等民族として、明確な排除対象としてみていた。

 かつ先の大戦の引き金を直接的に引いたのも、このセルビア人とユーゴスラビアの地であり、ドイツを地獄へと引きずりこんだ、呪われた地・呪われた民族としてヒトラーはとらえていた。

「劣等民族が!またしても邪魔をするのか!」

 ヒトラーが激しい苛立ちと怒りと憎悪をつのらせているのは、そのタイミングがあまりにも悪かったからだ。

 バルバロッサ作戦に投入されるのは戦略予備を含め、150個師団。作戦開始は5月22日発動予定。もうわずか2ヵ月しかない、この重要な時期に!

 ユーゴスラビア軍の規模は総兵力120万。ドイツの外貨獲得のため輸出された、メッサーシュミットなど最新鋭兵器を導入している部隊もあり、ポーランド軍と比較しても遜色のない、部分的には上回っている程の戦力を保有している。そんな存在が、ドイツ・イタリアの目と鼻の先に敵対勢力として浮上してくる。

 ポーランドの時とは違い徹底抗戦する事態とはならないだろうが、少なくとも事態解決に一個軍の投入が必要となるのは確実。それに空軍も航空艦隊を投入せねばならない。

 こんな好機をイギリスが見逃すはずがない!

 単独でみればない大したことはない、が全ての事象は連動して起こりだしてしまう。

 何事も起こらなければ、それは杞憂に終わるのだが、事が起きれば座して静観することなど不可能。ヒトラーは、何事も起こらぬことを祈っていたのかもしれない。

 小さなとるに足らない綻びでしかないはずだった。

 稀代の英雄ナポレオンが、自らの合理性をもって洗練させた三兵戦術を駆使して欧州制覇を成し遂げんとしたのを同じく、新たな戦闘教義ドクトリン電撃戦を展開して勝利を積み重ねていく。まさに欧州制覇目前にしながら、130年前に起こったその過ちをも踏襲しようとしている。

 歴史は幾度となく、時代を越えて再現されようとしている……



「お言葉ですが、ユーゴやギリシャなど、ものの数ではありません。先の大戦で3年をかけて成しえなかった、西部戦線を瓦解させた我が軍の総力を挙げれば、兵力で勝るソ連といえどもただの寄せ集めに過ぎません。総統閣下、何も恐れるものはありません」

 ヒトラーの苛立ちをなだめるように、ロンメルはそう賛美を口にする。

 質実剛健を知られるロンメルにそう諭されれば、そのように信じたくなる、ヒトラーとは違ったカリスマ性を持っている。

「そう、まさにその通りだロンメル!」

 大声を上げて、ヒトラーがロンメルを見据える。

「我々の道を阻もうなどと考える愚か者共には、その愚行の報いを受けるという事を、その身をもって知らしめねばならない!」

 ヒトラーの怒りと、その奥に潜在する狂気を垣間見せる瞬間。

 この狂気に当てられた者は、彼に抗う術を失う。そうなる人間が大半であり、大衆は容易にそれに飲み込まれてしまう。

 そのヒトラーの面前で臆せず毅然と意見を述べ、戦史上稀に見る成功へと導いたマンシュタインを、ロンメルは尊敬の念をもって振り返っていた。

「……熱くなってしまったな。君の要求には応えられないが、敵から仕掛けてきた場合には、この限りではない」

「反撃ならば、許可を頂けるのですね?」

 ロンメルは念を押して確認をとる。この言質をとれるか否かで、今後の作戦行動の行く末が決まる。

「当然だ! 戦いに身を置く者にあるのはジーク・オーデル・トート(勝利か死)!」

 抑えきれない感情をあらわにしながら、ヒトラーはそう言い放つ。

 勇壮な文言。ヒトラーにとっての揺るぎない確固たる信念なのだ。

「ジーク・ハイル! マインフューラー!」

 姿勢を正し、ナチス式敬礼をもってロンメルはそれに応える。

 ロンメルはこの時、国防軍内部でも屈指の熱烈なヒトラー信奉者となっている。後に不和の芽が芽生えるなど想像もつかないことだった。

「今日はここまでにしよう。どこにあろうと、私は君の活躍を祈っている。ロンメル君」

「ハイル!ヒトラー!」

 これで条件付きながらもフリーハンドを得たのだ。後はOKH・陸軍総司令部がどこまで理解を示すか、だ。

 ロンメルは急ぎ、OKH所在地・ベルリン郊外ヴュンスドルフへと向かうことにした。



 総統官邸内を足早に進むロンメルは、ここで思いもよらぬ人物と再開する。

「ロンメル? エルヴィン・ロンメルか?」 

 呼び止められたロンメルが声をかけられた方向に向き直る。

「久しぶりじゃないか。アフリカに飛ばされても、相変わらず命令違反をやっているのか?」

 意地悪そうな笑顔を浮かべて、そんな嫌味を直接言ってのける。そんな人間は数少ない。

 尤も、この人物にしてみれば別に悪気があってやっている訳ではないのだが、何分ざっくばらんなところがある。

「……グデーリアン閣下!」

 ロンメルにとっての今目指すべき指標となる人物の一人、装甲部隊の名指揮官ハインツ・グデーリアン上級大将。

ポーランドとフランスで発揮した電撃戦は、ロンメルの脳裏に鮮やかな記憶として残っている。

 間違いなく、機動戦術の第一の理解者。

「閣下、人聞きの悪い。しかし、ここで会えるとは思いませんでした。装甲集団指揮のため、たしかブレスト・リトフスク方面におられるものと……」

 言い終える前に、グデーリアンからジェスチャーで制止される。

「その話は、後で話そう。こちらの方々に知られるのは、今はまずい」

 小声でトーンダウンするグデーリアン。その後方に控える、明らかにカーキ色の軍服を着用した数人の東洋人の一団。

「こちらの方々は?」

「お前さんは直接話す機会はなかったな。紹介しよう。我らが頼もしき同盟国、大日本帝國ヤーパンカイザーライヒ陸軍アルメーの山下奉文将軍だ」

 グデーリアンの紹介を受け、集団の中で一際巨躯の男が一歩前に歩み出る。

「帝國陸軍使節団代表・山下奉文やましたともゆきです。どうぞよろしく」

 丁寧に一礼した後、その大きな右手を差し出した。日本人はわりと小柄と聞いていたが、その認識を改めさせられる体躯、180センチは超えている。周囲の他の者よりも頭一つは抜きん出ている巨漢。

「ドイツ・アフリカ軍団司令官、エルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメルです」

 ロンメルは帽子を脱いで、その握手に応じる。

「山下将軍は、日本陸軍では航空総監という立場で視察においでになっている。我々でいうところの、さしずめ航空相トップと言ったところだ」

 グデーリアンは補足する。航空相はゲーリングの管轄だが、実質的に取り仕切っている次官・空軍元帥エアハルト・ミルヒを指す。

「なるほど、我々とは違い、航空部門が分かたれてはいないのですね」

「恥ずかしながらおっしゃる通りです。我が軍は陸軍と海軍とで、見事に分断されそれぞれが航空部門を持っております。さながら敵、と言っても過言ではない関係です」

 山下はロンメルの言葉に同意し、流暢とまではいかないまでもドイツ語でそのように話した。

 日本陸海軍の確執は、ドイツでも有名な話だ。

 1941年現在でも、性能的に最高峰に位置する液冷発動機ダイムラー・ベンツ(DB601 液冷V型12気筒)を日本がライセンス取得する際に生じた、陸海軍が別々にライセンス料を支払う事態があった。

 実際には液冷発動機メーカー・愛知が単独でライセンスを取得し、陸海両軍に供給する算段だったが、生産能力見積もりの誤りから、同じ液冷発動機メーカー・川崎もライセンスを取得し、海軍に愛知が、陸軍に川崎が発動機を供給することになった。

 海軍は愛知に艦上爆撃機を、陸軍は川崎に戦闘機を発注。それぞれ十三試艦爆、キ60・キ61として試作が行われ、キ61以外は初飛行を済ましている。

 零戦に搭載された栄がようやく1000hpに手が届く域に到達したが、このDB601は既に1010hpを発揮し、十三試艦爆は液冷発動機故の空力特性の良さから550km/hを突破し、海軍機最高速をマークしている。後の二式艦偵・彗星だ。

 陸軍キ60は、一撃離脱・迎撃用の重戦闘機の位置づけで開発が進められ、20mm・12.7mm機関砲各二門と重武装でありながらメッサーシュミット、キ44(後の二式戦闘機鍾馗)を上回る560km/hの高速性を発揮したが、試験機の域を出ず、キ44に模擬空戦で敗北し廃棄となり、キ61に開発が移行する。このキ61が後の三式戦闘機飛燕となる。

 兎にも角にも、メーカーごとにライセンス料を支払っただけのことのようだが、ライセンス取得に際してゴタゴタがあったのは間違いなく、日本の内情など知らないドイツ側からすれば、陸海軍が対立しているように映ったであろうことは容易に推察できる。


 航空部門を空軍として一本化できたドイツの行政は、陸海軍の対立が顕著な日本、直接的に航空行政に携わっている山下からすれば、理想的に映った。身内の恥をさらすかのようなその言葉も、両名が信頼に値する将と見込んでの、内心の吐露に他ならない。

「下らぬことを口にしましたな。それにしても貴国の洗練された装備・教育・思想、何をとっても感じ入るものばかりです。特にアルデンヌからダンケルク、ブルターニュ、そしてマジノ線と、貴軍の進攻ルートを視察させていただきましたが、空陸直協による後方遮断と機動戦術は素晴らしいの一言につきます。我が陸軍もこれに続かねばいけませんな」  

 ドイツ・オーストリア駐在の経歴を持ち、流暢なドイツ語で語る山下の眼には、憧憬と共に複雑な色が浮かんでいることを、ロンメルは見逃さなかった。

 称賛しつつも「我々とあなた方は違う」という、どこかで明確な一線を引いているように見受けられた。だが決して侮蔑とは違う。

 正直な人だ。そうロンメルは感じ、この大柄な将軍に対して親近感を抱いた。

「私やここにいるロンメルの真似はしないほうがよいですぞ。下手をするとクビにされかねませんのでね」

 グデーリアンは笑いながらそう言った。とにかく上司との衝突は絶えないくらい起こしている。

「そこは否定できませんが……」

 ロンメルも苦笑いを浮かべる。どちらかといえば同僚達との不和の種は多い。

だが、「私も同じですよ」と予想もしない山下からの驚きの答えが返ってきた。

「ほぅ、聞いたかロンメル? 山下将軍はどうやら、こちら側の方らしい。いや、実に興味深い」

 冗談で言ったつもりだったが、仲間が増えたかのような喜ばしい出来事のようにグデーリアンは語る。

「山下将軍はヒトラー総統に面会された後、イタリアに向かわれる予定だった」

「しかし、今イタリアへ向かうのは……」

 グデーリアンの案内に、ロンメルは口を濁した。

分かっている、とグデーリアンは言う。

「ユーゴスラビア、だろ。もう噂になってる」

 憮然とするグデーリアンは、山下に対してロンメルと共に少し離れる旨を伝える。


「もうクーデターが起きるのは、ほぼ確実と見ていい」

二人で並んで歩く中でグデーリアンは切り出す。

「既にヴァイクス将軍の第2軍、リスト将軍の第12軍、そしてクライスト将軍の装甲集団が移動を開始している。総計で30個師団は下るまい」

 事実上3個軍!予想以上の規模!

 予想を遥かに上回る事態に、ロンメルは困惑する。

「ではバルバロッサは?! 全戦力の四分の一も投入してしまっては南翼が……」

「延期を余儀なくされるだろうな。山下将軍達もドイツ内に留めるのがいいだろう。これだけの規模だ。移動と再編でOKHは手一杯だな。逆に俺の第2装甲集団は手持無沙汰になって、ここで案内役を買って出ているわけだが」

 イタリアへ向かう予定だった、という言い回しに合点がいった。

 話すグデーリアンの表情は暗い。グデーリアンは向き直ると、すれ違うようにロンメルの肩を軽く叩いた。

「そんな訳でな、今はアフリカ方面を増勢する余裕は、全くと言っていいほどないのだ。これからOKHに向かうつもりなんだろうが、残念だが時期が悪すぎる。すぐにアフリカに戻ることを一応勧めておくぞ。言っても無駄かもしれんが、くれぐれも無茶ばかりはするなよ」

 どこかで楽観的に捉えていた節があったロンメルは絶句する。

 総統は本気で、ユーゴスラビアを一撃の元に粉砕するつもりなのだ。その後にはポーランドのような苛烈な占領が控えていることを思い、ロンメルは胸を痛める。

「山下将軍の案内が終わり次第、俺もリトフスクへ戻る。ロンメル、君もアフリカで壮健でな」

 そう別れを告げるグデーリアン。古今未曽有の戦いに挑まんとする者の背中がそこにはあった。

「閣下! 私は、私のやり方でアフリカで戦います!」

 ロンメルは意を決したようにグデーリアンに対して宣誓する。

 去り際に一瞬振り返ったグデーリアンは、小さく答礼を返した。

 OKHに増援の直接交渉に出るつもりだったロンメルの淡い期待は、消し飛ばされることになったが、このようなことでめげるロンメルではなかった。

 ヴュンスドルフの参謀本部に交渉に出向いたロンメルは、参謀次長フリードリヒ・パウルスから、第15装甲師団到着後であるならば攻撃を限定的に承認する、という言質を取るので精一杯だった。その日のうちに、ロンメルはアフリカへ戻ることになる。



「戻られましたな。どの様なお話で? 差しさわりがなければ教えていただければ幸いです」

 屈託のない笑顔で山下はグデーリアンを迎える。

「アフリカ方面についてです。あいつは何分先走る傾向が強いので、釘を刺しておこうと思いまして」

 裏の意図はない屈託さ。それが逆に、自身のいう事が背信的に思えてしまうグデーリアンの胸中は辛い。尤も口からデマカセを言っている訳ではないのだが、バルバロッサだけは秘匿しなければならない。

「それはさて置き、我々の都合で予定の変更をお願いせねばなりません。つきましては、貴国側から要望があれば善処したいと思います」

 うしろめたさを隠しながら、グデーリアンは話題を変えた。

 予想もしないドイツ側からの申し出に、やや驚いた様子ではあったが、山下は随員の一人とやりとりした後にあることを願い出てきた。

「一つ、お願いがあります」

「なんでしょう?」

「レーダー施設の視察をお願いしたいのです」

 この御仁、難しい所を突いてきたな、とグデーリアンは内心で思った。

 何せレーダーとそれに付随した対空砲に関しては、陸軍ではなく空軍の所管であり、グデーリアンと言えどもおいそれと自由にできるものではなかった。加えて、陸軍海軍は日本に対して友好的だったが、空軍だけは秘密主義的であった。

 早期警戒レーダーと射撃管制レーダー・ウルツブルグの技術取得を最重要項目として挙げていたが、ドイツ空軍側の頑なな態度に交渉は難航していた。

 イギリス・ドイツ両国がレーダー類の開発に先行していたのは、先の大戦による本土航空戦が発生していた事情が大きい。

 だが、そこはグデーリアンである。

「なんとかしましょう」と事も無げに言ってのける。

 グデーリアンが便宜を図ったのは、フランスで直接的な援護を行った第3航空艦隊司令官フーゴ・シュペルレを通して、大西洋岸の防空を管轄とするヨーゼフ・カムフーバー航空兵少将であった。

 現在、バトルオブブリテンで威力を発揮したイギリスのチェーンホームに並ぶ、最新鋭の対空監視システム・フライヤ。

 ドイツ空の守護者、北欧神話の女神フライヤの名を冠したレーダーシステム。これらを大規模に運用した防空網を司令官の名をとってカムフーバーラインという。後にこの防空網に侵入した連合軍機を多数撃墜し、その有用性を示した。

 流石に詳細な視察までは許可が下りなかったが、航空機を実際に使用した実演を日本視察団が見ることができたのは、それから4日後のことだった。

 


3月24日

フランス・ロリアン


 フランス北西部ブルターニュ半島、フランス大西洋艦隊の母港として知られるブレストにほど近い港湾都市・ロリアン。

 現在、ロリアンの港湾には、Uボートブンカーが設置されており、通商破壊戦に出撃するUボートの基地として機能している。さらにブレストには、機関不調のためドイツ戦艦シャルンホルストが停泊している。この近郊には、比較的まとまった防空体制がしかれている。

 そのロリアン近郊。広がる大西洋を見渡すことができる小高い丘の上に、10m程の鉄骨を組み合わせた、箱形の骨組みが櫓のようにそびえている。見るものが見れば、すぐにアンテナの一種であると容易に推察できる。

 ここでは珍しく黒色の軍装と、カーキ色の軍装をまとった日本陸海軍の人物同士が、やや緊張の面持ちでこのアンテナを見上げていた。

「これがフライヤですか……。話で聞けば、ここを起点に周囲150km監視可能とか。にわかには信じられない話ですが」

「嘘か真か、見る機会をえられたのは、当方としても幸いです」

 佐竹金次さたけきんじ陸軍中佐と伊藤庸二いとうようじ海軍中佐の二人である。陸海両軍の電子部門の先駆者パイオニア的存在。

 佐竹は陸軍のレーダー開発指揮者だ。

 レーダーの開発で先行していたのは防空を所管とする陸軍で、1932年から基礎研究を始めている。実用化の目途が立ったのが1939年。陸軍でも電波航空機探知機の名称で、超短波警戒機 甲を百台程度を支那戦線に導入し始めていたが、それは発信側アンテナと受信側アンテナを離して設置し、その間に航空機が侵入した場合に警報を発するという代物だ。

 この場合、発信側の送信波を捉えた受信側はスピーカーにつながれており、スピーカーからは送信波が一定の音程、常に鳴りっぱなしの状態となっている。航空機が侵入した場合、この送信波に干渉したノイズが音となって検知可能となる。距離によって音程は変化し、その範囲から航空機が通過してしまえば、元の状態に戻るという原始的な仕組みで成り立っている。

 あくまで航空機の接近を知ることができるものでしかない。送信側の電力を400Wに上げることで、探知距離は最大350kmと広げることができるが、距離、高度などの詳細は分からないので、諸元入力が必須となる対空砲と連動させるなど、対物情報が不足していてとても不可能だった。

 これが日本実用第一のレーダーだったが、陸軍に遅れること7年、艦隊の隠密性を理由に「闇夜の提灯」とレーダーを軽視していた海軍は、中華民国空軍によって甚大な被害を受けた漢口空襲(塚原二四三海軍中将が負傷した事件)や台湾・九州への爆撃機侵入などの苦い経験を受け、開発が一気に加速。1938年の事だ。


 今回の陸軍のドイツ視察に遅ればせながらも、海軍も野村直邦海軍中将を代表とする視察団を派遣。

 海軍側の伊藤は、ドイツ・ドレスデン大学で弱電工学を学び、教授バルクハウゼンの助手として勤務していた経歴を持っていた。この視察でも経歴が伝手となって、今月の初めにレーダーに関してのある程度の詳細を把握することができ、このような機会に巡り合えた。

 海軍側の研究は大きく立ち遅れており、伊藤が個人的に研究している程度で、昨今、ようやく海岸線に設置したマイクロ波の送受信機が、沖合いの艦艇の反射波を捉える事に成功したが実用化できる形にはなっていないのだ。


「それにしても、巨大なアンテナと高射砲だ。我が野戦高射砲よりもかなり大型だな」

佐竹はフライヤの近くに設置されている、パラボラアンテナと105mm高射砲を見て、伊藤に話しかけた。

「艦艇用対空砲に匹敵する大きさです。恐らく10tは超えているでしょう。パラボラのほうも3m強でしょうか?」

伊藤はそのように応える。

「本当に信じられない話しだ。航空機の接近を知り、なおかつあれほど巨大な砲を、探知した情報のみで制御するなどと」

佐竹は信じられないと重ねて言っている。現場を知るが故に、その隔絶した技術の格差を認めたくない、という本心があった。

「ま、まあ、それが本当かどうかは、百聞は一見にしかず。この場ではっきりしますよ」

伊藤としても同意見だ。

ドイツ空軍からは最低限の案内のみで、それ以上の説明や案内などはほとんどなし。箝口令でもしかれているかのような、誰も口をきこうとしない空軍関係者の物々しい雰囲気と態度。空軍の白色の軍服が、そのよそよそしさに拍車をかけている。

 見ることだけを許された事が、信じられないような機密事項であることを物語っている。


「目標探知!」

フライヤの操作員の声がこだまする。


「始まりましたな」

「ええ、機会は一回だけですから、可能な限り本国へ情報を持ち帰らないと」

 見学が許可された時間は、わずか30分。つまり接近する航空機がこの試験会場の上を通過し、飛び去るまでの間だけ。

 フライヤと連結されたウルツブルグが、目標の接近している方向へと指向される。その動きに連動して高射砲もその方向へと向けられる。

「ほう、これだけでも驚きだ。後は目標に追従できるかどうかだが」

 佐竹は関心したようにそう言ったが、伊藤は固唾を飲んでその様子を凝視する。

 東方向(パリ方面)から飛行してきたのはドイツ空軍所属の双発爆撃機Ju88。この時期の爆撃機としては高速の部類に入る。

 ウルツブルグと高射砲はほぼ正確に、侵入方向と角度を捉えているように見受けられた。

「緩降下からの侵入は問題ないようですな」

「そうですね。問題はここから」

 緩い降下から低空飛行へ移行し、さらにそこから旋回して上昇へと転じ離脱する軌道を描くJu88。その軌道に追従するように、ウルツブルグと高射砲は連動して稼働を続けていた。

 わずか2~3分間の出来事だったが、しばらくの沈黙の後、二人の技術者は感嘆の声を上げていた。

「見たかね、今のを! 信じられん。ドイツの技術はこれほどまでに進んでいるとは」

「感動です。追従はほぼ完璧でした。恐るべき驚異的な正確さです」

 早期警戒レーダー・フライヤと、射撃制御レーダー・ウルツブルグとそれに連動した105mm高射砲を用いた実演に、その精度の高さに驚きを隠せないでいた。

 このウルツブルグの技術取得が、陸軍の目玉でもあった。

「この技術は何としても手に入れたい。これが導入できれば、日本の防空は新時代を迎えられるぞ!」

 会場から去る際も興奮冷めやらぬ佐竹は、そのように話す。

「これは急いで報告せねばなりません。方位測定、高度算出、いずれも驚異的段階に到達していると」

伊藤にとっても、もはや雲をつかむレベルの話だ。技術者が生の実演を見てようやく納得できた代物を、頭が硬い海軍上層部が理解できるとは正直思えなかった。

 見ることしか叶わなかったが、それは非常にショッキングな事実として、技術者には受け止められた。  まさしく雲泥の差を見せつけられた。

 だが、この半年後の9月には、陸軍のレーダー開発に協力した、日本電気の協力により海軍は中攻を用いた実験で成功を収め、陸軍と肩を並べるレベルに到達し、実用品の試作もおぼつかなかった時と比較すればレーダー開発は一気に促進していくことになるのだ。 




3月24日

北アフリカ



 エル・アゲイラ。リビアの北を、キレナイカとトリポリタニアを分け隔てるスルト湾の南端。

 ここは東から進攻してきたイギリス軍の最前線であった。

「やはり、英軍は前進してこなかった。予定通り、ゾーネンブルメを発動する。捜索大隊は前進を開始せよ!」

 待ちに待ったこの時が来たのだ!

 Ⅲ号戦車に跨り、砂塵を防ぐゴーグルを身に着け、砂漠の人となったロンメルの姿があった。

「しかし、前衛は捜索大隊のみでよろしいので?」

 第5軽師団師団長のヨハネス・シュトライヒ少将がロンメルに尋ねる。

「大丈夫だ。状況によっては装甲連隊にも出てもらうが、今ならば問題はない。よく見ておくのだ、私の戦い方を」

 確信をもってロンメルは応える。

 この時、エル・アゲイラに駐屯する英軍は、1個師団と1個機甲旅団というロンメル率いるドイツ軍に倍する戦力を有していた。

 捜索大隊は、Sd Kfz221やSd Kfz221といった装甲車中心の偵察部隊であり、その装甲車の武装はオープントップの機銃が2門の軽武装でしかない。シュトライヒとしては、強力な戦車部隊を有するイギリス軍に対して、無謀な突撃のように映ったのである。

 ロンメルは情報収集を怠っていなかった。

 現在、エル・アゲイラに駐屯するイギリス部隊は、確かに形式上と見た目には強大だが、その実は連戦で酷使されたままの部隊であることを正確に把握していた。本来は増援を受けた上で、トリポリまで進撃してくる恐れがあったが、幸いにも後方からの増援はギリシャ方面へと送られていた。

 バルバロッサの前哨戦として、ドイツが誇る装甲集団をも投入されるギリシャへ、だ。急遽派遣された部隊など一蹴されるのが目に見えていた。

 とにかく北アフリカのイギリス軍は手薄かつ戦意不足なのだ。これほどの好機、見逃すなどあってはならないことだ。

 ロンメルは、その戦意不足を巧みに利用した心理戦をイギリス軍に仕掛けた。

 装甲車にワイヤーで繋いだ枯れ木などを引きずらせ、派手な砂塵を巻き上げさせ前進させたのだ。

「ドイツの大軍迫る!」

 予想だにしていない攻撃に、イギリス軍は恐慌状態に陥った。そもそも、暗号解析と情報分析によってドイツ軍の集結は5月以降と分析していた英中東方面軍だったが、エル・アゲイラの防衛状態は不十分として後方への撤退も状況によっては許可すると判断したが、そのことがこの状況に拍車をかける。

 更にロンメルに味方したのは、イギリス側の指揮官に関しての人事の誤判断があった。イタリア軍を一方的に破り、砂漠戦の指揮を執っていたリチャード・オコンナー陸軍少将を、昇進させてエジプト方面指揮官として、後任に砂漠戦の経験のない工兵出身の将軍を起用していたのだ。

 予期せぬ好条件が重なり、エル・アゲイラは一両日中に陥落する。

「こんなことが、起こり得るとは……」

 攻撃に不安を抱いていたシュトライヒは、イギリス軍の逃げ去った拠点に入り、そう呟いた。

「言った通り、うまくいっただろ」

 シュトライヒの後方に、サイドカー付きのオートバイで乗り付け、イギリス首相チャーチルの真似をしてVサインを出したロンメルの姿があった。

「恐れ入りました」

 もう平伏するばかりである。

「だが、二度目はこうはいかんぞ。次のメルサ・ブレガで全力で殴り合ってもらうことになるから、その覚悟でいてくれ」

「ハイル・ロンメル!」

 まさしく戦わずして勝つ。初戦で完全なる勝利を収めたロンメルは、次の矛先を更に後方のメルサ・ブレガへと定める。人心掌握と奇策をもって翻弄する「砂漠の狐」の戦いが始まったのだ。




視察団が技術格差を目の当たりにし、ロンメルが北アフリカ反攻作戦を開始した直後。

翌25日、国内の反対を押し切ってユーゴスラビアが三国同盟に加盟。ユーゴスラビア軍によるクーデターの発生はその3日後であった。

 クーデターが発覚するや、ヒトラーはその激烈なる怒りの矛先をユーゴスラビアへと向ける。

「ユーゴスラビアが、恭順の意を示すとも敵国とみなす。可及的速やかにこれを粉砕。空軍基地及び首都ベオグラードを昼夜を問わず攻撃し、これを破壊すべし」

 総統指令25号にはこのようにある。

 4月7日、ドイツ・イタリア・ハンガリーの枢軸同盟軍がユーゴスラビアへと進攻を開始することになるが、戦闘はわずか10日で終結し、ユーゴスラビアは解体され地図上から消滅するのである。

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