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流転の大戦記  作者: どらごんますたぁ
第1章 日米開戦への道1941
26/34

第1話 狐と向日葵

1941年2月12日

地中海・北アフリカ



 コバルトブルー一色に染まる地中海の上空を、戦闘機に護衛された1機の双発単葉の陸上爆撃機・ハインケルHe111が悠然と飛行している。

 戦闘機不要論が幅を利かせていた、1930年代中期に高速爆撃機として計画された機体だったが、昨今の高速化著しい戦闘機を振り切るほどの速度は望むべくもなく、バトルオブブリテンでは英戦闘機の迎撃を受け大損害を受けた。

 爆撃機としては限界を迎えつつあるが、高速で搭載量も多く輸送機として見るならば使用するには最適とされ改装されたものだ。幅の広い大型の主翼は、今となってはどこか渉禽類を思わせる。

 そのHe111のやや離れて左右前方に2機と、後方に2機の計4機の単葉機が飛行している。

 護衛に当たっているのはドイツ空軍のメッサーシュミットMe109Eと、イタリア空軍の現状の最精鋭機マッキMC.200サエッタ。

 メッサーシュミットと比較すると、マッキがまだ旧式であることが見た目で判別できる。くびれた機首回りの形状は洗練されているとはいいがたいが、速度性能などは零戦一一型に匹敵する速度を保持している。

 パイロット第一優先主義ともいえる、空気抵抗を増大させるのを覚悟のうえで、視界確保のため背を高くした操縦席と風防は、その考え方を如実に表していると言える。

 実戦経験も零戦とほぼ同時期で、概ね搭乗員には好評だ。

 故にズーム&ダイブに特化したMe109Eが555km/hに対し、MC.200が510km/hと速度性能は大分開きがある。不利なのは確かだが、だからと言って速度が全てと言えばそれは否であり、イタリア空軍の中核を成した功労機であるのは疑いようがない。


 物々しいこの行列を敵が目にしていれば、間違いなく襲い掛かってくるのは必定だったが、幸いにしてその恐れはないと踏んでいた。これらの護衛機は地中海の枢軸国側の要、パンテレリーア島から飛び立っており、一応制空権を確保されている安全ルートを迂回しているからだ。

「我が空軍だけでなく、イタリーも護衛を付けてくれるとはなかなかの歓待ぶりですね。閣下ゲネラール

「それだけ切迫しているという事だろう。我々はいわば賓客ゲストだからな」

 調度品もない搭乗用の椅子が備え付けられているだけの無機質な殺風景の機内から、やや離れて飛行するサエッタを窓越しに覗いながら、会話する将官とその副官。

 もっとも護衛がいたとしても、絶対的な安全の保証とははならない。

 連合国側の拠点マルタ島が目と鼻の先にあり、もしこの機の搭乗者が著名な将軍であったならば、まず襲撃される公算が大きい。そして、この海域はマルタ島への補給経路でもあるせいで、英空母がごくまれに出没する海域でもある。

 アークロイヤル、イーグルといった戦歴の豊富な英空母が、マルタに戦闘機を輸送していると通信傍受・暗号解析によって判明しており、あの救国戦闘機とまで言われたスピットファイアが配備される恐れがある。

 英海軍ロイヤルネイビーの視線は、この地中海に向けられつつあることを意味している。その行動は地中海全域に及び活動は非常に活発だ。旧式であったはずの戦闘機ハリケーンですら、改修を受け油断ならない強敵に変貌している。これらの空母との鉢合わせなど願い下げだ。  

 軍を指揮する将軍とは、有能であればあるほどそれに比例して価値が跳ね上がる。敵側であったならば無理をしてでも暗殺という手段に打って出ても不思議ではない。実際にどこぞの誰かは、味方であろうとも暗殺されかけたりしてる。


(そこまで有名でもないかな?)と将官は様々な思いを巡らせながら内心で自嘲する。

その突破力と進撃速度から第7装甲師団は幽霊ゲシュペンスト師団ディビジオーンとして名は馳せたが、※パンツァー・クライストや※疾風ブリーゼヴィントハインツに比べれば、まだまだ遠く及ばない。所詮は一師団長に過ぎないか、と。

「まもなく当機はトリポリに到着します」

 機長からのアナウンスが聞こえると、搭乗している面々はおもむろに窓の外に視線を送る。

 彼らの視界には、目を覚まさせる鮮やかな群青と黄金、海と大地が織りなすコントラストが広がっていた。

挿絵(By みてみん)



 この日、後に「砂漠の狐」と連合軍に恐れられる、エルヴィン・ロンメル中将がアフリカの大地を踏んだ。実に3年に及ぶ、ロンメル率いるドイツアフリカコーアの長い砂漠の戦いの始まりであった。

挿絵(By みてみん)

地中海戦線・主要拠点略図



「聞いた話よりもたしかに実物は戦い辛そうだな。正に不毛の大地、か」

 ハインケルから降り立ったロンメルの身体と、機体には砂塵が強風に煽られて、絶え間なく打ち付けられてくる。手で目に砂が入らぬよう顔を覆うが、その隙間から吹き込んでくる砂塵に顔をしかめ、目を細めながら呟く。時刻は昼過ぎだ。

 ロンメルが降り立ったのはリビア西部に位置する港湾都市・トリポリの空港。アフリカ北岸のほぼ中央に位置する。

 古くから要衝として栄えてきたせいか、レンガ造りの建物、イスラム風モスクの独特の形状の尖塔が目につく。海岸線に沿って市街が形成されているが、すぐ近くまで砂漠が迫り、内陸部は見渡す限りの砂に覆われている。

「これが、アフリカの砂漠……」

 ロンメルに付き従っている副官が、その光景に圧倒され言葉を失っている。

「見ての通りと言う事だ。ここが我々の新たな仕事場になるんだ。躊躇している暇はないぞ」

厄介払いができたと参謀本部の連中は考えているだろうが、奴らに縛られぬ此処こそが、私の戦場だ。

 心の中でそうほくそ笑みながら、眼前の光景に圧倒されている副官を叱咤する。参謀総長フランツ・ハルダーらを中心とする旧態然とする首脳陣にとっては、独断専行とヒトラーの寵愛を受けるロンメルは、目障りな存在にしかとらえていない。

 ロンメルの直属の上官であったホートは、猪突猛進が過ぎるとしながらも肯定的に見ていたが「もっと経験と実績を積んだほうがよい。それが成しえたならば、間違いなく名将となれるだろう」とアドバイスを送っている。

 だが、ロンメルの第7装甲師団は、フランスで英本土上陸作戦の訓練に明け暮れていたが、ホートの助言に応え、さらなる飛躍を望むロンメルにとっては時間の浪費、無駄にしか過ぎない。

 欧州の戦場とはまるで異なる様相の、これまでの常識から隔絶した砂漠の戦い。この砂漠の戦いに自分の持ち得る全てをぶつけ、新たな戦闘形態を打ち立てるのだ。

 軍人として一軍を率いるのは男冥利に尽きる。あのフォン・マンシュタインや、グデーリアンに劣らぬ戦いぶりを見せつけねばならないのだ。

 アフリカの戦いに思いを馳せるロンメルが、北アフリカに派遣されるに至る状況はやや複雑である。


  

 

 ちょうどロンメルがフランスで部隊錬成に当たっていた時、それと並行してドイツはイタリアに、英本土上陸作戦ゼーレーヴェの助勢として、エジプト侵攻を依頼していた。

 だが、作戦無期限延期の決定を下した今となっては、エジプト侵攻も無意味なものである、とヒトラーは考えていた。

 ヒトラーの目は既に東方、ロシアの大地を見据えており、英本土攻略に当たる部隊の大半が、カーゾンライン(現独ソ国境)へと密かに移動を開始している。


 しかし、アフリカではかつての栄光を取り戻す「ローマ帝国の復活」「地中海の覇者」という大願を果たすべく、総統ベニート・ムッソリーニの主導の下、英領エジプトへの攻勢を継続する事を声高に宣言する。

「これはイタリアの戦いである!」と。

 リビア総督イタロ・バルボは、最後まで時間を稼ぐべく抵抗したが、結局は総督解任に追い込まれる。

後任は第二次エチオピア戦争(1935~1936年)の英雄ロドルフォ・グラツィアーニ陸軍元帥。この地では圧政者として有名。そして、砂漠という特異な戦場で戦車と航空機を最初に運用したとも言われる。

 砂漠における機械化部隊の重要性を、現時点においては最も理解している人物である。まずはトラックをはじめとした輸送手段の確保、戦車戦力の充実を本国へと求めていた。

 

 だが、彼もまた早期侵攻に「象に挑むノミに等しい」と痛烈に反対し、侵攻開始は半月ほど遅れを見せる。最終的にイタリア軍がエジプト国境を越えたのは9月下期にずれ込んだ。

 イタリア・リビア総軍の総兵力は40万を越える大兵力だが、イギリス中東方面軍はその倍、実に80万に及ぶ。これは帝國陸軍の支那派遣軍の規模に匹敵する。

 

 イタリアの将軍達に(この攻勢が成功する)などと甘い幻想を抱いているものは一人もいなかった。

 それは攻撃を命じた、ムッソリーニ本人でさえもだ。

 理解はしていたのだが、軍人としての気概も見せず、のらりくらりとした態度に終始する将軍たちに、ムッソリーニの怒りは爆発する。

「成功の可否に拘わらず、眼前の敵を攻撃せよ!」

 攻撃を渋るグラツィアーニも、この命令には従わざるをえなかった。はっきり無理だと言えば、多少は違ったのだろうが、前総督バルボの例もある以上やむを得ない事情なのかもしれない。

 ムッソリーニの心中には、成功を収め続けるヒトラーに対する嫉妬、戦局に寄与していない焦りと苛立ち、ドイツに対しての劣等感。

 後塵を拝していたはずの存在が、いつの間にか立場が逆転し、顎で命じてくる。

 何様であるのか!と憤慨もあったのであろう。

 だが、ドイツを援護するという意味ではまぎれもない事実であり、時には固い結束と信頼を見せるが、また時としてこの負の感情が巻き起こる場面もあるなど、その様相は簡単に言い表せるものではない。



 ムッソリーニの怒りと焦りを含んだ、時期尚早の軍事行動をイタリア軍が実行に移している間に、ドイツと日本が主導する三国同盟が成り、ソ連の南下を危惧する東欧諸国は、続々と枢軸同盟に加盟。

 そのうちルーマニアでは、領土喪失が続いた最後に、ソ連によるベッサラビアとブゴビナ割譲によって国民の不満は頂点に達した。この国民の声に後押しされた軍によるクーデターによって、国王カロル2世が退位。元帥イオン=アントネスクを首班とする新政権が樹立。速やかにドイツ軍が進駐し、対ソ戦の準備が始まる。 

 北欧でも、ソ連と激闘を繰り広げたフィンランドもまた、ドイツと密約を結ぶ。同盟国ではなく協戦国として、一歩距離を置く形で……

 これにより、欧州はイギリス・スイス・ギリシャを除き枢軸一色に染まっていた。



ムッソリーニの目は、北アフリカ戦線から早くもこのギリシャに向けられていた。

事が起こってから、既成事実を突き付けてくるドイツとヒトラーの鼻をあかす。ルーマニアへの進駐はバルカン方面へのドイツの野心の現れであり、容認できるものではない。いずれギリシャに、ドイツの介入があるのは必然であり、ここに先鞭をつける。

 ギリシャに対しても10月28日から攻撃を開始。イタリア・ギリシャ戦争の勃発である。

 ギリシャは親英国であり、地勢的にイタリア本土とルーマニアに対して戦略爆撃機の展開と、欧州本土最後の橋頭保として、極めて重要な位置にあった。

 イギリスは、最後までギリシャを重要視し、連合国側の不和の種となるのは後の話だ。

 このことに大きな危惧を抱いていたのは、ドイツのナンバー2・ゲーリングであった。

 バトルオブブリテンにて、英空軍ロイヤルエアフォースに敗退した独空軍ルフトヴァッフェ総司令官ゲーリングは責任を感じ、英国を屈服させるならば地中海域を手中に納めるべきと主張。地中海の東西に位置するジブラルタルとクレタ、望めるならばアレクサンドリアの攻略を提言していた。

 ヒトラーは「英国を屈服させるには、危機的状況であった英本土戦を耐え切った以上、ソ連を滅ぼす以外に道はない」とゲーリングの提言を一蹴する。

 二正面作戦の危険はあるが、海を越えて大規模な戦線を構築することに対してのリスクを、ヒトラーは天秤にかけソ連攻略をとった。当時、最強を謳われたフランスを短期間で撃破してしまった事実が、彼をそこまで強気にさせ、また国防軍内にも表立ってソ連侵攻に異を唱える者はいなかったのだから。

 史上最大規模の大攻勢、1941年春季攻勢「バルバロッサ作戦」が具現化しつつある中で、膨大な船舶を必要とする地中海戦線を重視する声が上がるはずもない。



 戦端を開いたのはイタリアであったにせよ、それを抜きにしたとしても、このギリシャの持つ地勢的重要性は英独両国にとっては無視できない。

 ソ連進攻の側面にあたるこの場所をドイツが放置するなどはありえず、放置すれば英軍が介入してくるのは目に見えている。

 「とにかく先手を打つことこそが重要である」として急遽準備された7個歩兵師団が出撃することになった。

 これは予めイギリス側にも想定されていた事であり、実際に開戦から数日の間に英軍はクレタ島とギリシャに進駐を開始。その行動は、事前に周到に準備されていなければできない芸当だ。


 イタリアが、北アフリカを放り出して意気揚々とギリシャで攻勢を開始したが、その攻勢は一月と経ずに頓挫する。

 ギリシャ北西面に位置するアルバニアから侵攻を開始したイタリア軍ではあったが、その前にはピンドス山脈が立ち塞がり、この天然の要塞と秋の長雨と豪雨によって、攻勢は瞬く間に停滞。(ギリシャのほとんどが山岳地帯である図参照)

 この山岳戦闘で、イタリア軍がギリシャ軍のモッティ戦術によって、各所で分断包囲され壊滅。逆にアルバニアに逆進攻されるという大失態を演じている。

 そもそも、準備が明らかに不足している僅か7個師団で仕掛けたのは、あまりにもギリシャを楽に勝てる相手と低く見積もった驕りだった。この結果を受け、事態を重く受け止めたムッソリーニは司令官を更迭、更なる増派を決定。後任は後に数々の戦場で勇名を轟かせることになる、ジョヴァンニ・メッセ陸軍中将。

 この人事は、イタリア本国内でのゴタゴタに起因するが、結果としてはギリシャ方面での戦いに貢献することとなる。

 

 この結果を受け、ヒトラーは即座にギリシャに介入する決断を下す。ギリシャに対しては後に、ヴィルヘルム・リスト元帥の第12軍を派遣。フランス戦で電撃戦を展開したクライスト装甲集団の一部を含む、過剰とも言える6個軍団もの大戦力を投入して、ギリシャ・イギリス連合軍を粉砕している。

 ドイツがこの方面への介入が遅れたのは、地中海最大の要塞ジブラルタル攻略作戦・フェリックス作戦が平行して準備されていた事情が垣間見える。

 ジブラルタルは強力な艦隊・H部隊(戦艦3隻・空母1隻を基幹)と、巡洋艦主砲クラスの海岸砲台によって何重にも防護され、加え飛行場も備え難攻不落を謳われた要塞で、海上からの攻略はほぼ不可能とされる。

 ジブラルタルを攻略できたならば、地中海の入り口を塞ぐ形となるため、戦略的価値は計り知れないが陸路攻略するとなればスペイン領を通過せねばならないのだが、こちらは、火中の栗を拾う事を嫌った、スペイン総統フランコの日和見な態度によって、作戦は事実上の中止に追い込まれている。

 この作戦に積極的だったのは、機動戦術に長けたグデーリアンと、それに賛同するドイツ軍きっての猛将ライヒェナウだった。この作戦は後々まで燻り続けることとなる。




 アフリカ戦線に視点を戻す。ロンメルの北アフリカ派遣から、さかのぼる事3ヵ月前の1940年12月。

 もとより攻勢に積極的ではなかったイタリア軍の進撃は、イギリス軍の遅滞戦術と相まって、エジプト国境を越えて100kmも進まぬうちにほぼ停止していた。

 元々、機械化部隊の配備が遅れていたことに加え、兵士は長期間の過酷な砂漠の環境下での前線勤務で、戦意は恐ろしいまでに低下していた。

そんなイタリア軍の状況に対し、イギリス軍は兵士数でこそ劣勢であったが、戦車・装甲車・輸送車両などの装備の面で遥かに優越していた。

 イタリア軍が補給不足で停滞している間にギリシャ戦争が勃発。イタリアにとって戦線が拡大し、北アフリカが放置されていくそんな最中、イギリス軍は本土防空戦を耐え抜き、戦闘機をはじめとした増援を受け、戦力を倍増。伊空軍アエロナウティカと制空権を巡って激闘を演じた。

 中東方面軍司令官アーチボルト・ウェーベル大将は現地部隊の要請に応え、マチルダⅡ歩兵戦車をはじめとした機甲戦力を増強。

 しかし、彼の受け持つ中東方面軍は80万名という戦力を有しながらも、東はイラン国境から西はエジプト、北はトルコ国境、南は東アフリカ・ソマリア方面と実に広大であり、加えてギリシャ方面も加わったため猫の手も借りたいほどの人手不足に陥っていた。積極攻勢に反対だったのは実は英軍側も同様だった。

 だが、そんな実情を知ってか知らずか、矢のような催促で攻勢を命じてきたのは誰あろう英首相ウィンストン・チャーチルであった。9月時点で、ドイツ軍の本土上陸の意思を砕いたと確信を持っていたからであった。

 既に、ドイツの暗号機エニグマによる通信は、イギリスの暗号解読機関「ウルトラ」によって部分的にではあったが暴き出されていたのだ。

 チャーチルの剣幕に、ウェーベルも不承不承ながらも制空権を奪取した後、満を持してイギリス軍は反攻に転じた。作戦名はコンパス。

 中東軍砂漠部隊、リチャード・オコンナー少将率いる戦車270輌を主軸とする3個師団が、5日間攻勢と呼ばれる不眠不休の突破攻勢に出た。これが絶妙なタイミングで絶大な効果を発揮した。

 グラツィアーニは、引き伸ばされた補給面でのインフラ整備に全力を注いだが、その努力は無に帰した。

 この一連のイギリス軍の反攻作戦により、イタリア軍3個軍団23万対イギリス軍3個師団6万で始まったコンパス作戦は、撤退するイタリア軍と、迂回包囲するべく急進するイギリス軍との激しい競争が始まる。

 リビア国境のハルファヤ峠が陥落。続いてバルディア、トゥブルク、ベンガジと次々と陥落。各所で万単位の捕虜を出すことになった。

イタリア側が戦力の大半とキレナイカ(リビア東部)を喪失し大敗を喫する。イタリアがヘタリアと蔑称される所以でもある。

 手持ちのイタリア・リビア総軍の過半を失って、行動不能に陥ったイタリアは、ドイツに対して救援を要請。

 ヒトラーは度重なるイタリアの失態に冷淡であったが、「最悪、北アフリカを失っても軍事的には我慢ができる範囲にある。が、これを見捨てることは他の同盟国の心証を害する不利益の方が大きい。そして、イタリア自体の内部崩壊を防がねばならない」と救援を派遣することを了承。

 ギリシャ方面のマリータ作戦に引き続き、北アフリカ方面でのゾンネンブルーメ作戦が裁可された。

 その人選で白羽の矢が立ったのが、ヒトラーのお気に入りで独断専行が目に余るロンメルを、必要最低限の装備で送り出した。この北アフリカ戦線は、情けない同盟国の尻拭いという、ドイツ軍からすれば一種の外れクジなのだ。




 トリポリに降り立ったロンメル一行を迎えたのは、軍の人間だけではなくラジオ・新聞といったマスメディアであった。

 取材に訪れていた新聞記者のインタビューに応えるロンメルを、イタリアの記者たちは好感をもって記している。

「どんなすかしたドイツ野郎が来るかと期待していたが、いい意味で期待を裏切ってくれた。気取ったところは微塵も感じられず、精悍だが実に活動的、丁寧で気さくな人柄を感じさせてくれる。何かをやってくれそうな雰囲気をまとっていた」と。


 出迎えに来ているイタリア軍の車輌に乗り込むと、ロンメル達は空港からトリポリ市街に移された総督府仮庁舎に向かう。

 砂埃を舞い上げながら走り抜ける車内から、人影もまばらなトリポリの市街を眺め「敵が迫った街とは、このようなものなのだろう」とひとり物思いにふけりながら観察する。市街は厭戦気分と、殺伐とした不穏な空気が支配しているようにロンメルは感じていた。

 この押し潰される様な閉塞感は先の大戦末期に味わっているが、この感じはたまらなく不快だ。後背に当たるこの重要拠点であるべきトリポリが、このような状況では先が思いやられる。

 兵力で圧倒しておきながらの惨敗、無能の極み。同盟国とはいえ残念だが辛辣にならざるをえない、というのがロンメルの正直な感想だ。

 

 総督府庁舎に到着すると、総督執務室へと案内されるロンメルとその副官。

 案内に従って移動しているロンメルは軍使に尋ねる。

「たしか、トゥブルクからベンガジ、エルアゲイラに至る会戦で貴軍は壊滅し、指揮官が戦死されたと聞いていたのだが?」

 流暢とは言えないながらも、イタリア語でそれとなく探りをいれる。

 翻訳者を通さずに話しかけられた軍使はやや驚いた様子ではあったが、やや感慨深げに話し始めた。

「テレーラ将軍のことですね。機械化された英軍6万による奇襲攻撃によって、第一線はズタズタにされました。部隊の大半は徒歩、後方に回り込まれれば退路はありません。防衛陣地は包囲され、海岸要塞地区に立てこもった部隊は英艦隊による艦砲射撃によりほぼ壊滅。更に続いた英軍の突破と迂回攻勢によって、我が第10軍は各所で寸断、撤退する先々で包囲されました。将軍は包囲された残余部隊を率いて、これを突破するべく最後の突撃を敢行され名誉の戦死…。今はガリボルディ将軍が指揮を執っています」

ロンメルの問いかけに、軍使は暗い表情で応える。

 

 なるほど。包囲戦に艦砲射撃、嫌な組み合わせだな。イタリア軍の敗退も、一様に弱いからと片付けるのは危険とみるべきだな。

 しかし、連隊指揮官ならば分かるが、軍司令官戦死とは尋常ではない。それだけ苛烈だったと言うことか。

「貴官はもしや、戦いに参加していたのかね?」

 ロンメルは再び軍使に問いかけた。

「ええ、最後の戦いで戦友を置き去りにした生き残りです。貴方方にとっては恥ずべき行為なのでしょうが……。生き恥をさらしています。こちらでグラツィアーニ総督がお待ちです」

 いつの間にか、総督執務室の前に到着していた。


 

「ロンメル将軍をお連れいたしました!」

 執務室内から衛兵の報告に対し「入ってよろしい」と太い声が返ってくる。その声に従って、衛兵が扉を開ける。


「待ちわびておりましたぞ。ご足労痛み入ります、ロンメル閣下」

 イタリア軍士官が両サイドに居並ぶ間を、老元帥は喜々とした様子で歩み寄ると、ロンメルの手を両手で強く握りしめる。

「ドイツ・アフリカ派遣軍団司令官、エルウィン・オイゲン・ロンメルです」

 あまりのことに、ロンメルは面食らった様子を見せながらも一応、冷静に対処する。

「これは失礼。ハイル・ヒトラー!いや、ハイル・ドイッチュラントとでもいうべきですかな? リビア総督ロドルフォ・グラツィアーニです。むさくるしい男どもと砂だらけの我らがオアシス、トリポリへようこそ。歓迎セレモニーで迎え入れたいところではあるのだが、何分切羽詰まっている状況でね」 

 ファシズム式の敬礼は我々が元祖でね、とグラツィアーニはおどけて見せる。終始和やかなムードを作ろうとしているグラツィアーニの背後で、その雰囲気をぶち壊すように憮然とした態度で付き従っている男に、自然とロンメルの注意が向いた。

 無言だが、この部屋に入るように促したのはこの男だろう、とロンメルは感じていた。

「ああ」とグラツィアーニは後方に控えるイタリア軍の指揮官へと向き直る。

「紹介がまだでしたな。彼はイタロ・ガリボルディ大将。私に代わって今リビアの全イタリア軍部隊の指揮を執っている。何せ私は敗軍の将でね、そのうち総督職も彼に譲ることになるだろうが」

 悲哀の漂うグラツィアーニから、ロンメルは紹介されたガリボルディを見据える。

 陽に焼けた熊と見紛う屈強な風貌と、その眼差しには、憔悴と共に不屈の光が宿っている。

「イタロ・ガリボルディだ。援軍には感謝するが、貴官らが好き放題にして良い、と言う法はない」

 そう言い放つガリボルディ。ここは我々の戦場で余所者が首を突っ込むな!と強烈な洗礼を浴びせかけてきたのだ。

「それは重々承知のこと。故に我がアフリカ軍団は貴軍の指揮下に入ることを命じられております。目的はトリポリタニアを全力で死守すること、ならば貴軍を主とすることに何の不満がありましょうか?」

 ガリボルディの威圧に臆する様子もなく、ロンメルは淡々と応える。

 出会って早々、一気に険悪な空気が場を支配する。「イタリア弱し」の風聞は広く伝わっており、ガリボルディにとっては、この若輩とも言えるドイツの将軍に、ろくに戦いもせずに降伏した、などと侮られることは不利な状況で苦闘を続けた意地が許さなかった。

 甘言を弄するか、あるいは激怒するか、同盟国の将軍に対しての態度ではないが、敢えてそのような行動に出たガリボルディ。

 総督グラツィアーニは悲観主義に陥っていて、自身が言う通り更迭されるのはほぼ確実で、最悪な状況で後釜に据えられるガリボルディにとって、この颯爽と現れたつもりであろうドイツの将軍が、どの程度の人物なのか、また信頼に足る人物であるのか見極めずにはいられなかった。


「ま、まぁ、長い空の旅で疲れているでしょう。一旦、休憩を挟んから、今後のことを協議したいと思うがいかがかな?」

 やや、ばつが悪そうに上役であるグラツィアーニが仲裁も兼ねて、解散を提案する。

 周囲の状況とは裏腹に、落ち着いた様子でお互いに視線を外すことなく相対するのロンメルとガリボルディ。その二人とは対照的に、ロンメルの副官は憤りを隠せないでいる。

 数秒の沈黙の後。

「そうですな、では後ほど……」

 ロンメルはグラツィアーニの提案に賛同し踵を返す。ふん、と鼻を鳴らすガリボルディを尻目に、ロンメルは副官の肩を叩き、執務室を後にする。



「さすがに礼を失し過ぎではないのかね、将軍。あれではこれから先に響くぞ」

 ロンメル達が退室していくのを見計らうと、士官たちにも退室を命じる。

 二人だけになった執務室内で、グラツィアーニは溜め息を吐きながらガリボルディを叱責する。

「申し訳ありません閣下。友好が重要である事は理解しております。しかし、お言葉ですが、今はこのトリポリを失うやもしれない非常の時。いかに友邦とは言え、先ほども言った通り信用ならない奴らに主導権を渡すのは如何なものかと」

「君の言わんとすることも分かるが、客人に礼を尽くすのは当然だろう。まぁいい。で? 君はあの将軍をどう見るね?」

「肝が据わっているのは間違いないでしょう。激情にかられるわけでもなく、自分の立場も分かっていて理性的。部下として見るならば良い部下になるでしょう。しかし……」

「しかし?」

 一瞬、言いよどむガリボルディ。

「あの理性的な対応の裏で、何かを企んでいるのではないのかと疑念を抱きました。一筋縄ではいかぬ、油断のならない人物と見受けました」

 聞き捨てならんね、とグラツィアーニはガリボルディの評に反駁を加える。

「やけに手厳しいな。あれかね? ああいうタイプの人間は嫌いな性質かね?」

「ええ、大嫌いであります」

 そこまではっきり言われてしまっては取り付く島もない、と苦笑いしながらグラツィアーニは、ロンメルに対して同情してしまっていた。

「まあいいさ。どれ、老人が一つ、客人に砂漠における戦いの初歩を教えておこうかね? 砂漠に放り出され味方にまで辛く当たられるのは酷というものだろう?」

 おどけながらそんなことを話すグラツィアーニに対し、今度はガリボルディの方がその強面に渋い表情を浮かべる。

「閣下、お節介もほどほどにとどめていただきたいところですが……」

 できれば余所者にはでかい面をさせたくはないのにこの人は。

「これからのためだよ」

 意味深な言葉を投げかけて、グラツィアーニは執務室を出ていく。


 初戦で大敗を喫したグラツィアーニではあったが、彼自身が無能であった訳ではない。むしろ砂漠の戦闘の指揮をとり、その戦闘の何たるかをこの時点で最も深く理解しているのは彼だった。

 敗れこそしたが、それは貴重な経験として積み上げられている。

 そして、ロンメルと共にこれからやってくる、ドイツ装甲部隊こそが砂漠における切り札となりえる存在であり、それを運用する手腕にかかっていることも十分に理解している。

 グラツィアーニの戦いは、大惨敗の無能というレッテルを貼られて終わったが、蓄積されたノウハウはロンメルへと継承され、わずか一月後の迅速な反撃へと移り、ロンメルの名は伝説にまで昇華される。


北アフリカ戦線での向日葵(ゾンネンブルーメ)作戦は、当初の構想とはかけ離れた、熱砂に相応しい烈火の如く花開く事になるのだった。  

※エヴァルト・フォン・クライスト上級大将の渾名 騎兵大将より1940年7月に昇進

※ハインツ・グデーリアン上級大将の渾名 装甲兵大将より1940年7月に昇進


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